校内対抗戦編2
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2020年6月22日。
早朝。
携帯端末が朝を告げる体内時計より早く鳴ったせいで、俺は2時間程度しか眠れなかったが別に普段との違いを感じずに起きた。端末に出る行動も素早く、連絡を入れたはずの社長が〈ちゃんと寝てるのか?〉と聞いてきたぐらいだ。
「それで、なんの御用ですか?社長」
用件は単純な報告と新たな依頼で、【メルト・インワード】通称《MI》と呼ばれる魔薬の一種の売買組織に関して上に報告した結果。4つの組織は、内務省の警保局に担当を一任されて魔法士団に関しては第三の機関に委ね、そして【新魔法騎士団】に関しては《石田民間魔法士軍事会社》に"一任する"とのことだった。
「どうも、上の対応と石田の対応に連携が取れてる。ここからする話は早乙女支部長と当矢だけに話すことだからそのつもりで聞け」
社長の話では【新魔法騎士団】は明鏡院現代魔法学校の3年に在籍する織部 誠司という男が現在トップにいる。そしてMIの元締めの石田 光は石田家の姫でその男――織部 誠司の女であること。そして都内の魔法学校のほとんどにその構成員がいることだった。
「これは私――緒神 愛緒個人が夜神 当矢に依頼する。《聖徳院にいる新魔法騎士団の構成員を割り出し報告》それが依頼――その方法に関しては当矢のやり方でかまわない」
「詰まる所、俺はもうしばらく学生ごっこに興じろというわけですね。わかりました」
「なに?もう学生には厭きた?まだ一月も経ってないぞ」
何気なく部屋の壁を見てかかった制服とここ数日の学生生活が思い出される。
「そんなんじゃないですよ。ただ俺には相応しくない――なんて考えてはしまいますけど」
ここで時間はその日の昼の話に戻る。
騒動の後、夜神 当矢と豊臣 桜子は食堂にて話をしていた。
「計らずも私の思惑に向かったけど……神夜くん――まさかと思うけど…本当にあの女を手に入れたいの?」
食べ終わった弁当を包みに戻しながら話す彼の瞳は、何かを思い出すようだった。
「別に…そんなんじゃないよ――。あいつが自分自身を軽く見てるのが気に食わなかった…それだけのことだ」
二日後。
6月24日――。
午後からの授業時間を割いてFクラスでは話し合いが行われていた。内容は《7月に行われる校内対抗戦における出場選手決め》である。校内戦は、8月に行われる《都内魔法学校バトルトーナメント》備えるためのもので、優勝と準優勝したクラスのチームが本戦でも学校を代表して戦う仕組みになっている。
Fクラスでは5人の代表選手を推薦で決めると言った委員長に、いつもは目立つことを避ける夜神 当矢/神夜 紀正が反対しているところだった。
「悪いがその決め方には賛成できない。他の決め方にしてくれ」
眼鏡をかけて教壇に立つ委員長は明らかな敵意で彼に聞いた。
「いつもは静かにしている神夜くんが今日に限っては意欲的だね。どうして推薦がダメなのか聞いてもいいかな神夜くん?」
「決まっているだろ…校内戦はクラスの威信を賭けた戦いで勝たなければならない。だから、推薦で決められたメンバーが最善とは限らない以上その決め方は適していない」
彼の意見は最もで正しい指摘だった。だが委員長は不適な笑みを浮かべ、メガネのリムを人差し指と親指でつまんで上げると彼に言う。
「反対するのは君が"選ばれる可能性がない"だからじゃないのかい?君は"君が選ばれるまで何度も反対する"そうだろう?君が生徒会長と決闘するのは君の勝手だけどね僕らには関係ないことだ。違うかい神夜くん――」
ふてぶてしい態度で委員長は彼を貶めようとしているのが分かる。その事に彼を始めクラスの何人かが気付いた。
「確かに私情を持ち込みすぎだよね」「女賭けてる奴が代表になるってのもな」「相応しくないわよね」
次第に彼にとって風向きが悪くなっていく。
すると夜神 当矢はクラスに響くほどの舌打ちをした後徐に立ち上がり教壇に歩いてゆく。そして電子黒板に書かれた委員長の名前――井上 秋人を消すと委員長に殺気を混ぜながら言った。
「そこまで分かっているなら問題ない。悪いが貴様は首だ」
「な、何をするんだ!」
そしてクラスメイトに向けて投げた問いは単純なものだった。
「勝ちたいか?」
それは"一言"だが唯一そこにいる全員が心に持ち続ける一つの思いを引き出す"一言"だった。だが引き出したそれを押し留める一言が教室に響く。
「負けて恥を掻きたい者なんかいない!な!みんな!」
誰もがそっと、のど元まで出かかった言葉を呑み込んだ。しかしそれ自体が彼の描いたもので、ここからが彼の思惑に進む第一歩。
「恥……か。ならお前は勝手に"絶対に負けないが絶対に勝てない人生"を送るといい。俺も無理にとは言わない、好きで恥を曝すやつはいないからな」
そして次の一言が彼の更なる一歩。
「でも、それでもという者がいるのなら、俺が勝利をくれてやる。今すぐじゃなくてもいい俺に声をかけろ」
夜神 当矢の思惑とは《自らの意思で戦う仲間》それを探すことと、彼が成り行きでも最初のメンバーとなること。どうしてこんなことが必要かというと、さすがの彼も"夜神 当矢"ならまだしも"神夜 紀正"である今は一人では決勝まで行けないから。だが悠長に仲間の自力を測る時間はない。ゆえに彼が求めるのは"意志の強さ"。そして最初のメンバーになることでリーダーとして動きやすくするため。
その時彼に声をかけたものはいなかった。だが10分の休憩後一人が名乗り出た。
「神夜くん…ぼ、僕、勝ちたいな」
6限目が始まった時、一人の生徒が教室の入り口で呟いた。その男子を見た井上 秋人は鼻で笑ってメガネのリムを持ち上げた。
「確か……岡崎 啓だったな。いいだろ――まずは一人だ」
岡崎 啓――Fクラスの中でも小柄で魔法の技能も低く取り立てて目立たない男子。だが彼は夜神 当矢が最もメンバーにいれたい人材だった。その理由は彼が弱者であるから、心も体も圧倒的に弱い人間のほうが底上げが容易であるからだ。
「僕なんかでいいのかな?弱いし、臆病だし、…僕だし」
「所詮そんなものは岡崎、お前の自己評価だ。重要なのは"勝ちたい"と自ら名乗り出たことだ」
あと三人――だけどその日は岡崎 啓以外は名乗り出るものはいなかった。
その日の放課後。
夜神 当矢は岡崎 啓と西演習場で校内対抗戦の必勝法を話していた。
「必勝法?ベイズクラッシュ・バトルロイヤルに?」
驚きを隠せない表情の岡崎 啓に夜神 当矢は演習場にあるベイズ鉱石を指差す。
「このゲームはあの石を壊されると負け、そしてチームが全員倒されても負け。逆に言うと《一人でも無事であの石を壊されなければ"絶対"に負けない》。これが必勝法に繋がる」
固唾を呑む岡崎 啓〈それはどんな?〉と言う。
「それは5人のメンバーが揃った時教える。今は岡崎、お前の魔法を見てその後色々決めていこう」
そう言うと魔法で小さい板状の障壁を発動させる。そしてそれから少し離れると岡崎 啓に指示を出した。
「この魔法障壁に"マナ"を当ててくれ。"マナ"だけだぞ、魔法じゃないからな」
彼の言う"マナ"とはこの世界に混在する原子と別の"そこにあるがそこにない"幻に近しいものだ。それらが生物や植物や鉱物に吸収され蓄積することが、魔法や錬金術をこの世に発生させる最初の工程で生物たる人にも当てはまり、そして人はパスを通じマナを干渉させることの出来る唯一の存在である。
つまりパスを通さず体内のマナ――幻に近しいそれを出せと彼は言ったのだ。しかし、岡崎 啓にはそれが出来るわけないということが簡単な一言に集約された。
「そんなの無理だ…」
それを聞いた彼は一瞬躊躇ったがすぐにやり方を教え始めた。
「魔法を出そうとするときに必要なのは、その魔法の知識と形状や系統を定めるイメージだ。そして知識無しでイメージだけで出そうとしたらどうなる?」
「それは…勿論失敗するよ」
「そう。だが、その時手のひらで静電気が走るような現象が起きたことはないか?」
うつむいて考え始めた岡崎 啓はパッと顔を上げて〈ある〉と答えた。
「確かに失敗したときビリビリってくる時が何回かあったよ」
「そう。それこそが"マナ"だ。知識の足りなかった魔法は形状や系統を定めるイメージも失敗して弾ける。なら何が弾けたのか?それこそ体内から引っ張り出した"純粋なマナ"なんだ」
「…そう言われると、なんだか出来そうな気がしてきたよ。やってみる」
岡崎 啓は目を瞑り集中し始め、手のひらを空中に浮遊する魔法障壁に向かって突き出す。そして、はあぁぁぁぁああ!と気迫の籠った掛け声を上げると空中に浮遊する魔法障壁に丸い小さな穴が開いた。
「で、出来た!出来たよ神夜くん!」
その魔法障壁に開いた丸い小さな穴を見ると彼は〈ようやく先に進める〉と小さな安堵を口から漏らした。
「で、これなに?これで何が分かったの?」
「これは魔法の適正だ。砲撃・狙撃・近接・障壁のどれが一番お前に適しているかが分かった」
魔法障壁に小さい亀裂が幾つも入れば砲撃。小さな丸い穴が開けば狙撃。ランダムな方向に一箇所傷が出来れば近接。何もなければ同種の属性障壁。
その説明を踏まえた上で岡崎 啓にもう一度言う。
「お前の適性は狙撃だ。だから今日からお前には狙撃の魔法だけを練習してもらう」
「僕、狙撃魔法なんて今まで授業でしか使ったことないけど…」
「問題ない。すぐに慣れるさ」
その後夕方7時まで、夜神 当矢は岡崎 啓に狙撃標準現代魔法の壱――【光弾】の初動作を反復させてその日は解散した。
校内対抗戦まで16日、必要メンバーは残り3人。
6月27日。
《ノーフェイス》――都内第二支部。
第一会議室。
そこには社長の緒神 愛緒と、ウェーブさせたミディアムの茶髪をクルクル指先で回す支部長の水城 雪が凄い剣幕で睨み合っていた。
他にも、鷹城 康助と松田 浩道とシックスがそこにはいたが3人ともあまりの緊迫感に口を噤んでいた。
「社長命令だ。言う事を聞け雪!」
「お断りよ!いくらアンタが社長だろうとこの件に私は人材を出さない!以上終了!はいサヨナラ!」
お互いが立派な椅子の背もたれに体を預け膝を組んでいる態度は、どっちが社長でどっちが部下か分からないほどだった。
次の瞬間、愛緒が起立すると綺麗な角度で頭を下げた。その姿に驚いたのは3人の男たちだったが、それは社長が頭を下げるのを始めてみたからだ。
だが、そんな愛緒の姿を見ても雪は態度を変えなかった。
「頼む雪。当矢のためなんだ」
その言葉が再び雪の逆鱗に触れた。
「当矢、当矢、当矢、当矢!アンタが無茶するときはいつも当矢!この会社はあの子の為にあるわけじゃないの!"私たち"の為の会社なの!……ようやく国営のP_M_M_Cじゃなくなるってところで!あの子の為だけに国とやり合うなんて――冗談じゃない!」
それでも頭を下げ続ける愛緒はそのままの体勢で男たちに言った。
「3人とも出ていってくれないか。雪と二人っきりで話したい」
その言葉に3人は即座に退室した。そしてようやく深く息をした。
「やべーッス。マジ死ぬかと思いました」
シックスはその場に座り込むと胸中を吐露した。
「雪さんが反対するのはとー然ですよね。フクロウに構って国と揉めるのなんか認めるわけないッスもん」
松田 浩道はだんまりだったが、鷹城 康助はタバコを点すと吸いながらそれに関して話し始めた。
「あれは俺が37の時だ。まだ俺と愛ちゃんと雪ちゃんが内務省で働いていた頃。雪ちゃんは警保局保安課諜報係で政府の汚い膿をバンバン出していってな。愛ちゃんと俺は警保局保安課実行係ってのに勤めて出した膿を始末しまくってた……。まだ24、5だった雪ちゃんと愛ちゃんは出世街道を直走っててな、女ってこともあって随分と有名だった。"筒抜けの雪"と"鉄壁紅手の愛"ってあだ名でな。
ちょうどその頃だったかな――ある政府の機関の膿を掃除するために愛ちゃんが任務に就いた。俺は別件でいなかったが、当時部隊長だった愛ちゃんの部隊はその任務で彼女以外死亡した。彼女自身も右目を負傷して右手とアバラを数本折ったんだがな。その任務から帰った愛ちゃんは一人の少年を連れてた。それが当矢だ。
当時は名前すらなかったが、保安課の治療室で《この子は当矢だ。この子は私が守る私が――》つって愛ちゃんが泣き始めた。後にも先にもその時だけだな愛ちゃんが泣いてるのを見たのは……。調べてみたがあの日何があったかは俺も分からん。だがあの日の数日後愛ちゃんは内務省を辞めた、勿論当矢を連れてだ。
それから4年過ぎた頃だ、愛ちゃんから連絡があった《ノーフェイス》を創ろうってさ。その時雪ちゃんもって話さ」
それを聞いたシックスの表情は俯き陰になって分からなかった。
「その日…社長とフクロウになにがあったんスかね」
「もしかすると、それを今話しているのかもしれないですね」
そう言った松田 浩道は防弾のガラス越しに外の風景を眺めていた。
時間にして数十分、話し終えた愛緒に呼び込まれてようやく3人も話しに加わる。
水城 雪が電話をかけていた。その顔はさっきのような表情じゃなく鬼気迫る顔をしていた。
「ええ、その件はネズミに任せます。だからイーグルはこっちに合流してローズも呼びましたから。それじゃ…」
"ネズミ"・"イーグル"・"ローズ"というのは水城 雪の部下で《ノーフェイス》のコントラクターだ。
《ノーフェイス》は、各支部で異なるコントラクターを配置している。第一、第二、第三、第四と支部があり第一支部の早乙女支部長と第二支部の水城支部長他二名の支部長の下にそれぞれ配置されたコントラクターがいる。会社全体のコントラクターの数は社長にしか分からないし、支部長同士の繋がりはある意味皆無である。
「社長、この任務に当たれる部下はイーグルとローズとマインです。他は動かせません」
「十分だ。私、鷹城、松田、シックス、イーグル、ローズ、マイン、それと第三支部の小鷹に第四支部のツヴァイとゼクスが今回の作戦の人員だ。計10人」
10人という数に鷹城 康助は口笛を鳴らした。
「一つの任務に大隊規模の魔法士を使うなんてな…。いったいどんな任務だ?後――この件に当矢はどう関係している?まさか隠し通すわけがないよな愛ちゃん」
目を瞑る愛緒をジーと見つめ返事を待つ。そして、松田 浩道とシックスも愛緒に注目する。
「今回私の、私たちの任務は日本国家魔法研究所に誘拐されたと思われる孤児院の子供の救出と、研究所に最近雇われたアメリカの錬金術士"キングスレー"を確実に仕留めることだ。そして、当矢がこの件に関係しているのは…」
肩が震えだす愛緒をそっと後ろから抱きしめた雪が、〈大丈夫――後はまかせなさい〉と言って話を引き継いだ。
「あの子がこの件にどう関係しているか――それを話すには、まずこれを見て。これは彼の給与明細と預金とその流れ」
PCモニターに映ったそれを見たシックスはそれを口に出して読み上げた。
「2016年からですか?うお!すげー金額!フクロウってチョーリッチマンだったのか……、でもこれ…全部他の口座に振り込まれている。アオバ園、フューチャーホーム…ってこれ全部孤児院ッスか!」
「そう、あの子は4年前から都内の孤児院に給与の90%を寄付している。そして今回誘拐されたのは、あの子が毎年様子を見に行っていた孤児院の子供なの。きっとあの子が知ったら《ノーフェイス》を辞めてでも政府とぶつかるわ。あと、錬金術士"キングスレー"はあの子の大事な人をキメラにしてる。あの子にとっては殺したいほど怨んでいる男」
「だからフクロウの為に…ですか――」
沈黙後、口火を切ったのは松田 浩道だった。
「で、作戦はどうなっているんです?俺の役割は?」
小さい声で〈すまない〉と愛緒は、鷹城 康助と松田 浩道とシックスに言ってからキリっとした顔で話し始めた。
「第一支部には実行部隊。第二支部には実行部隊の補助。第三支部には補給や物資の手配。第四支部には情報の収集とかく乱。私は実行部隊と補助の指揮に、雪は補給と手配の指揮、最後に早乙女が情報と収集の指揮をそれぞれ担当。以上――全員今すぐ行動に移せ!」
「了解!」
雪を含む全員が敬礼する。これで任務が事実上始動したことになる。
6月29日。
校内対抗戦まで後11日。
この日3時限目の魔法実技で校内戦の模擬戦がFクラス内で行われていた。
夜神 当矢の一声で2対5の変則戦になった戦いはクライマックスを迎えていた。
対戦相手は委員長の井上 秋人率いるチームだったが、すでに4人をノックアウトしている。しかもその4人は全員――岡崎 啓が狙撃魔法で倒したのだ。この事実はFクラスの全員を驚かせるのには十分すぎる要素だった。岡崎 啓自身の力量が数日で段違いに変わった、これで少なくとももう2、3人簡単にメンバーが集まることは彼の考えでは確実だった。
夜神 当矢側のベイズ鉱石の前には彼が障壁を頑丈に張っている。その前方13mにはノックアウトされた4人、さらにその後ろの木の陰に井上 秋人が唖然とした表情で隠れている。その視線の先には空中6メートル付近で夜神 当矢の障壁の上に寝そべった岡崎 啓が狙撃用のパス、日本製の狙撃銃【飛鷹】を構えている。そして岡崎 啓が狙っているのは井上 秋人側のベイズ鉱石で、その前に井上 秋人が張ったであろう障壁はもうすでにボロボロだった。
一点、一点を狙撃する――イメージ!――
「ラストー!」
岡崎 啓の終焉の咆哮と共に放たれた狙撃標準現代魔法の壱――【光弾】が壁とベイズ鉱石を貫き砕いた。
終了を告げるブザーが岡崎 啓にはファンファーレに聞こえたに違いない。その表情は確実な自信が生み出すもので、彼自身の意識はもう一段階上に《戦える兵士》になった。
岡崎 啓の所に駆け寄ったクラスメイトは賞賛した。勿論、夜神 当矢にもそれは向けられたが彼は苦笑でしか返せなかった。
その日の昼休み、夜神 当矢のもとには数人のメンバー立候補者が現れた。その中で彼が選んだのは、安部 朋美と朝倉 ネネの二人の女子と佐藤 幸喜だった。
放課後、適性判定の結果女子二人は障壁、佐藤 幸喜は砲撃の適性があった。
「神夜くん凄いね!どこでこんな方法覚えたの?」
そう言うのは、ショートカットで茶髪の安部 朋美。その屈託無い笑顔は彼にはあまりに眩しく見える。
「この方法は民間の魔法士の会社や機関で実際に使われているものだ。だからあまり言い触らさないでくれ」
何の疑いも持たず安部 朋美はそれを信じた。だが、この方法は彼が発見したものでこれを知るのは《ノーフェイス》の支部長以上の人間にしか伝えていない。
隣で岡崎 啓と話す黒髪ボブショートの朝倉 ネネが不意に疑問を夜神 当矢に問う。
「あの神夜くん。女性魔法士に障壁の系統が多いのですかね?私や朋美ちゃんもそうだし――」
「簡単に説明すると女性は基本、攻撃意識より防御意識が強いからでつまりは子供を授かることが出来る女性は生まれながらに母性を持っている。だから障壁が得意な人が多いんだ」
〈へ~〉と関心を示した4人。次に疑問を口にしたのは佐藤 幸喜だった。
「俺も質問していいか?神夜…俺も岡崎みたく強くなれるか?それを聞きたい」
彼は直感した、この男は何かを怨んでいる。その矛先がどこであれ利用できると考えた彼は言葉を選んで意志を決意に変える。
「砲撃の根底は"破壊衝動"と"愚直な善意"だ。誰かや何かを壊すことや誰かを護る思いが向上の助けになる。狙撃の"純粋な自信"よりはずっと早く上達できるさ」
魔法は知識とイメージ…イメージは意志の強さや意識の高さで飛躍的に高いレベルへと魔法は進化する。岡崎 啓には繰り返し同じ魔法同じ動作をするだけで自信につながり、今回の模擬戦でそれが確信へと変わった。
どれほど優れた魔法士でも一つの魔法の威力には上限がある。だからこそその上、さらに上の魔法がありそれが種類として区別されている。このことから、優れていようがいまいが、どんな魔法士でも同じ魔法の限界点は同じ。
「神夜くん。5人揃ったことだし、必勝法を教えてよ。今日の戦い方が必勝法って訳じゃないよね」
岡崎 啓のワクワクした表情を隠せずに聞いてくる様は、玩具を欲する子供のようだった。
「ああ、そうだな。だけどその前に、安部 朋美、朝倉 ネネ……君たちはどうして校内戦に出ようと思った?その理由は――」
そう聞かれた2人の表情はそれぞれに違いがあった。安部 朋美は変わらない笑顔、朝倉 ネネは恥じらいと戸惑い。
「言わなきゃダメですか?」
朝倉 ネネはそう言ったが、言わずとも彼にはその理由が2人の態度から推測できる。朝倉 ネネは恋の類が理由で安部 朋美は興味――多分快楽の類、そう彼は推測した。
「私はネネに誘われて。後――楽しそうだったからかな」
やはり屈託無い笑顔の安部 朋美はそう答えた。
彼は〈大体分かった〉と答えると校内戦の必勝法を話し始めた。
「必勝法は"速攻"だ。内容は実戦で理解してもらう」
「速攻……?」
攻撃側と防衛側に判れて彼対他4人の模擬戦。開始直後――防衛側はセオリー通り障壁を張る安部 朋美と朝倉 ネネ。そして狙撃手としてその障壁に寝そべる岡崎 啓に素早く茂みに隠れた佐藤 幸喜が右側を牽制する形の布陣だ。
1対4の戦いで完璧な防衛網のはずだった。4mの高さから攻撃側のスタートポイントを見た岡崎 啓は混乱した。スコープに捉えた夜神 当矢/神夜 紀正が物凄い速さで接近して来たからだ。すぐに体内のマナで弾丸をイメージして形を構築し属性を光にすることで貫通力を付ける。狙撃標準現代魔法の壱――【光弾】が高速で夜神 当矢に迫る。
直撃だ!間違いない――。
岡崎 啓がそう思った次の瞬間、夜神 当矢に迫った【光弾】が金属の様な音を立てて弾かれた。一瞬の驚きをすぐに消して次、また次、さらに次と狙い撃つ。しかし、やはり――キン!キン!と弾かれ気が付けばもうベイズ鉱石まで11メートル付近に迫っていた。ここまで近づかれればもう狙撃や砲撃では止められない。
だけどまだ障壁が立ち塞がる。これを利用して背後から撃てば確実に止められると判断した岡崎 啓は、すぐさま自分で障壁の足場を作り駆け下りた。その時彼は気付いた――夜神 当矢の正面に三角錐の鋭い障壁が展開されていることに。障壁と障壁はぶつかり合えばそこで止まる特性を持っていて、障壁で障壁を砕こうとすれば属性を付与しなければならない。しかし、現代魔法において"標準"の障壁に属性は付与できない。最初から属性を付与した"変則"の障壁でないと属性は発生しない特性を持っている。
だが三角錐の鋭い障壁には風の属性が付与されていた。そんな障壁魔法は"変則"でもありえない。なぜなら三角や四角や円といった形の定まった障壁が"標準"ならば、属性を付属した風や火、水や氷といった形の無い障壁が"変則"に部類されるからである。
つまり夜神 当矢の扱っている障壁は"標準"と"変則"両方の性質を持ったものであるため、そんな障壁魔法はありえないと岡崎 啓は直感した。
そしてそんなありえない障壁が安部 朋美と朝倉 ネネの障壁にぶつかったら、無論砕けてしまうのは必然で障壁の後ろで護られていたベイズ鉱石をも砕いてしまうのだった。
「これが…必勝法だ」
試合時間たったの約30秒で勝敗は決まった。
7月4日。
横浜――赤レンガ倉庫が遠目に見える18階建てのビルの16階で湯飲みのお茶を啜る老人が修学旅行中らしき学生を見ていた。
「赤レンガ――翻る制服、恥らう頬も、赤らんで、ああ赤レンガ」
意味の分からないことを言っているのは《ノーフェイス》第四支部ヌル室長。今年で74歳になる日本人とドイツ人のハーフで大戦時にはドイツ軍人として活躍していた経歴を持つ。ヘッドハントで日本の民間魔法士軍事会社に引き抜かれ日本での傭兵活動後60で現役引退し、70歳の頃に社長の緒神 愛緒によって支部長として《ノーフェイス》へ入社した。
この日第4支部には極秘作戦の報告会議が行われていて、メンバーは諜報担当のツヴァイとゼクスに緒神 愛緒、電話で第一支部長早乙女が参加していた。
会議室の入り口の正面にホワイトボードがあり、その間に長方形の机があって入り口側にある立派な椅子に緒神 愛緒が机に足を組んでのせている。机に置かれた電話はタブレット型の携帯端末《愛緒の物》は早乙女支部長に繋がっていて、ホワイトボードの横に立った2人がツヴァイとゼクスである。
「作戦名"サイレント・パフォーム・フッフィル・ワンス・デューティ"略してSPFODの現状を報告します"ボス"――緒神」
長身の胸の大きな女性が後ろで束ねたセミロングの髪の色は銀、瞳の色も銀、口紅とアイシャドウはライトブルーのドイツ人と日本人のワンエイス。そのツヴァイがタブレット端末を扱いながら前に立つ。
「現状保護対象者47名はバラバラに監禁されている模様。アメリカの錬金術士"キングスレー"に関してはまだ日本に来ていません。おそらく彼は北アメリカで研究の継続中と思われます。"キングスレー"の詳しい詳細はゼクスより報告します」
ツヴァイの横に立っていた背の低いスレンダーな体つき、ベリーショートの銀髪に黒い瞳のドイツ人と日本人のクォーターでコードネームはゼクス。手に持ったタブレットを操作すると、ホワイトボード上の映像が変わり金髪の男が映し出される。
「この写真は推定100年前のアメリカ南北戦争の物です。彼の年齢は見ためは30代ですが、おそらく150歳は超えていると思われます。錬金術によって強化されているか、寿命を止めている可能性があります。非常に凶悪な錬金術士でキメラやホムンクルス研究の権威。非道な実験を今も北米で続けています。後、フルネームはアルベルト・キングスレーです」
聞き終えた愛緒は目を瞑って、電話の向こう側の早乙女まで沈黙したまま。
次に口を開いた早乙女は意外なことを提案した。
「社長……今回は"キングスレー"が日本に入る前に作戦を実行しましょう。でないと非常に危険です」
「ノーだ」
警告にも似た提案は即答で却下された。だがそれで引き下がるほど早乙女の危機に対する安全マージンのとり方は甘くない。
「このまま作戦を"キングスレー"が日本に入ってから行った場合の部隊生存率は0.3%です。正直、夜神くんを入れた場合の部隊生存率は83.4%になります。せめて彼を部隊に配置すべきです」
それを聞いた愛緒はブーツのヒールを机にゴン!と叩きつけ声を荒げる。
「出しゃばり過ぎだぞ!早乙女!」
黙って聞いていたツヴァイが、スッと一歩前へ出て愛緒にかけた言葉は早乙女と似通ったものだった。
「私も今回の作戦――夜神 当矢さん抜きには成り立たないと思いますボス。例え会社の彼以外の人員を投入しても確立が一桁上がるだけです」
何も言い返せない愛緒、気弱な少女のような顔をして感情を吐き出し始めてた。
「でも、"キングスレー"は生かしてちゃいけないのよ…。当矢が過去を振り払うのに必要なんだ…。当矢の抱えてるものをほんの少しでも軽くしてあげたい……あげたいの」
一際長い沈黙が続く。次に愛緒が言う言葉は絶対に覆ることの無いものになる。それが分かっているツヴァイは再び警告をしようとするが、窓際で茶を啜るヌルが話し始めた。
「急いては事を仕損じる。なれど躊躇いは死を意味する。この老いぼれの命好きに使って下さって結構。ですが若きものの命粗末に扱われますな…。あの小僧をもう少し信頼しておあげ愛緒ちゃん」
「だめだよシェフ!シェフが現場に出る必要はないよ」
声を荒げたゼクスはヌルにしがみつく。ゼクスにとってヌルはシェフ=上司であるが、それと同時に実の祖父でもある。
愛緒はその言葉でようやく決心したのか、決意を胸にそれを口にした。
「この…この作戦は以後"ハーメルンの笛吹き男"とし、47名の救出任務とする。"キングスレー"は倒さなくていい」
「ヤヴォール!ヘアボス!」
ツヴァイとゼクスが起立で返答し、早乙女も〈了解〉と一言告げ電話を切るとようやく作戦の最終的部分が決まった。
7月9日。
校内対抗戦前日。
この日――学校は午後から最終的な打ち合わせの為休みで、ようやくメンバーでの役割をうまくこなせるようになっていた夜神 当矢率いるFクラスチームも最後の調整に入っていた。
前衛の安部 朋美、夜神 当矢。後衛の朝倉 ネネ、岡崎 啓、佐藤 幸喜。前衛の役割はベイズ鉱石への接近と破壊で、後衛の役割はそれぞれ違い、障壁でベイズの前に壁を作るのに一人、遠距離から索敵し敵を牽制する狙撃手に一人、茂みや影に紛れ敵の前衛をかく乱し排除するのに一人。
気が付くと朝倉 ネネと岡崎 啓は2人っきりで話すことが多くなっていた。
「神夜くんはすごいなー。あんな必勝法があったなんて、全然思いつきもしなかったよ」
学校から借りている日本製の狙撃銃【飛鷹】を、まるでもう何年も使い続けてきたかのように手馴れた手つきで整備する岡崎 啓。それを横で体育座りで見ている朝倉 ネネはニンマリ笑ってそれを見ている。
「すごいのは…神夜くんだけじゃないよ。岡崎くんもすごかったよ、模擬戦で4人を次々倒した時はビックリしちゃったもん」
それを聞いた岡崎 啓は整備の手を止め、とても小さい声で〈僕じゃないよ〉と言う。
「狙撃の才能があることを教えてくれたのは神夜くんだし、特訓してくれたのも作戦を考えたのも神夜くんだ……僕じゃないよ」
「違うよ。確かにきっかけは神夜くんだったかもしれないけど。それでも岡崎くんががんばったからだよ」
「朝倉さん…ありがとう。でも、やっぱり神夜くんのおかげだと僕は思うから――」
横からの衝撃に驚いた岡崎 啓が視界に見たのは、自分の体に抱きついたのは耳が真っ赤な朝倉 ネネでその表情は全体を窺えないが赤面していたに違いない。
「それでも……岡崎くんはすごいよ!私ずっと見てたから!休み時間や放課後に一人で特訓してるの見てたから!だから…私も手伝いたくてメンバーになったんだから…」
とてもいい雰囲気でそのまま2人の顔が―――とその時、爆音と衝撃が伝わりその方向を見たら佐藤 幸喜が慌てて走ってくる。
「すまない岡崎、朝倉さん!無事だったか?変則の魔法にはまだ慣れなくて…ごめん」
2人が赤面している様子に〈本当に大丈夫か?〉と心配する佐藤 幸喜だった。
その様子を遠くから見守る安部 朋美に夜神 当矢が呼びかける。
「お前の目的はあの2人を恋仲にすることか?」
それに対する返答は笑顔だった。
「最初はそれだけのつもりだったんだけどねー。今は君に興味があるなー神夜くん。多分この学校の教師より魔法に詳しいよね」
ジーっと目を見つめてくる彼女に彼はスッと目を逸らし、近接用のパス長物の刀を手に取り抜刀する。
「面白い推測だ。だけど俺にだって知らない魔法はある。たとえば近接は基本以外知らない。狙撃や障壁もお前たちと知識は大差ない。砲撃以外はからっきしだ」
素振りするように振り下ろす。そして全力で彼女がいる方へ薙いだ――が、キリキリ音を立ててその刃を受け止めた彼女の障壁は風を纏っている。
「ビックリしたー急に危ないじゃん。ってずっと障壁張ってたから問題ないんだけど…。でも、やっぱ君の話し方や振る舞いには違和感が凄くあるんだけどね」
障壁を一瞥して刀を鞘に納めると彼は珍しく口に感情が湧き出て笑みが浮かぶ。
「その障壁――標準と変則を合わせた汎用型の魔法は、Aクラスの人間でもごく一部の魔法士が使えるかもしれない代物だ。魔法の適正を知った時のお前の顔も驚いていなかった。むしろ"はじめから知っていた"かな」
それを聞いた彼女は俯き彼に徐に近づくと、目の前で顔を上げた。その表情は笑顔だったが儚さというか危うさを窺わせるものだった。
「もうそろそろ"お前"じゃなく"朋ちゃん"って呼んでくれてもいいんだよー。私は"カミヤン"って呼ぶから」
溜め息を吐いて両手を上げ降参の意味で両の手を振り〈お前って呼ばないから――〉と言って。
「"カミヤン"だけは辞めてくれ。いろんな意味で迷惑だ」
そう彼が言うと彼女の笑顔は元の無邪気なものになっていた。
面白かったら幸い。
そうでなければ読んで頂いただけで幸いです。