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マジカルカーニバル編弐

更新は時々。

設定についての突っ込みはご遠慮ください。

 曇る鏡を拭うとそこには長い黒髪。光の中では茶色――影の中では黒色をした瞳。アンダー80トップ97の胸が曝け出される全裸姿の自らの姿が写っている。

 彼女は落ち込んでいた、自分の人生を託した者が適切な人選ではなかったからだ。

 小さい頃から豊臣の姫で学校でも家でもどこでもそれを保っていた。9歳の時彼女はクラスの女子全員から無視されるいじめを受ける。

 だが、彼女は幼いころから姫として見られるだけで本当の自分は見てもらえなかった。それは彼女の中で無視されているのとなんら変わらない。ゆえに彼女にとって無視とはいじめの内には入らないし、むしろ日常でしかなかった。

 いじめなんて気にも留めない彼女だが、今回の出来事は思いのほか堪えていた。彼女自身が自分でも驚くほど彼に期待していたということが、さらに落ち込む要因となっていたのだった。

「私……思ったより期待していたのかな」

 呟いた彼女の顔には笑顔と涙が浮かんでいた。


 8月20日。

 《マジカルカーニバル》当日。

 土曜日にもかかわらず都内の一画にある225340㎡の競技会場は異常な人口密度になっていた。出店や会場内の売店もありまさにカーニバルってわけ。ここで砲撃・狙撃・近接・障壁の魔法競技が行われる。

 私が1年の時は正親と見て回った。本当は競技に出たかったけど、豊臣の姫である私は選手登録すらできなかった。

 それでもあの時はまだ、"楽しいことがきっとあるから"って、正親が励ましてくれたのよね。

 すれ違う学生の男女があの頃の自分に見えて、足が止まる。

 今日、優勝した人と結婚することに多分なるだろうとどこかで諦めていたから。

 だから――

「姫様!こちらにいたのですか探しましたよ」

 息を切らして走ってきた正親が大慌てで喋り始めた。

「ど、どうして当主様に申し出て――だ、代役代えをしたんですか?し、しかもよりによって、Fクラスの男なんかに―――」

 唾が散って汚い。

 制服の上着からハンカチを取り出して顔を拭く私を見て〈すみません〉と正親が謝る。今は怒る気すらないほど気力がない。

「昨日の内に心を決めたわ。今日優勝した人が誰であろうとその人を好きになろうって…」

 何かを言おうとしてそれを呑み込んだ正親。そんな正親にニッコリと笑って見せた。うまく笑えたと思う――これ以上心配させても仕方ないから。

 会場内に放送が響く{9時20分から砲撃の予選の部を開催します}と。

 いよいよ運命の時がくる。

 砲撃の会場は約6万㎡の広さで、競技場には的が複数置かれて高さはばらばら。距離は近いのが得点が低く遠いのは得点が高い。

 1から9までの得点が割り振られていて、5分間の内に何点取れるかで予選は競われる。

「的が無くなる事はないの?」

「ここの地面の下は競技をサポートするためのハイテク機材が仕込まれていて、的なんかもスイッチ1つで再度出現させることができるんだ」

 競技を見てる後ろのカップルの話が耳に入る。私もあんな風にできたらよかったのに。そういえば、神夜くんには悪いことをしたな無理やり参加登録させちゃって。

 次々と参加者が予選を終えて大方の予想どうり、徳川康汰は順当に現状1位1802ポイントで黄色い歓声に沸く中、とても派手な砲撃だった。8位は1204ポイント、体内のマナ保有量が少ない神夜くんじゃ到底勝てない点数だ。

 いよいよ彼の出番。

 最初は期待していたのに、今は申し訳ないとすら思ってしまっている。会場にいる大多数の人間は彼のことを知らないし気にも留めないだろう。

 だけど――。


 競技が始まってすぐ会場がどよめいた。

 彼は右手と左手を構えて左右の腕から魔法を出してみせた。砲撃標準現代魔法の弐――【水縮砲(すいしゅくほう)】に似ているが、格段に小さい水の弾。

 強度も高く、しかも物凄い数の量を撃ち出している。

 会場で解説している魔法解説のおじさんも〈はじめてみる魔法ですよ〉と奇声を上げていた。

 止まることのない水弾の雨が的をどんどん破壊していき、開始から3分を過ぎた時に得点が1669ポイント暫定3位になった。

 このまま続ければ1位だって―――。

 すると突然マナの供給を止めた彼は両手を下げて魔法発動をやめた。

 会場はそれでまたどよめいているが、私だけは分かっている。彼が《体内保有量のマナを使い切ったから》ということを。

 そして、そのまま制限時間が過ぎて彼はその間も堂々と腕組みをして、再度体内にマナを集めているようだった。

 ブザーが鳴り拍手と歓声が起こって私は気付いたら駆けていた、彼のところへ向かって行く。

「神夜くん!」

 その声は控え室へ続く通路に響き、決勝戦を10分後に控える選手たちの視線を集めた。けど、そんなのどうでもよかった。

 無意識だった、大会のスタッフや選手をかわして飛びついていた。馬鹿みたいだけど抑えきれない想いが涙として流れていて〈すごいすごい〉と言葉を出していた。

 そんな私の頭をそっと撫でて耳元で囁かれる声はとても落ち着いていた。

「予選を通過しただけだ、喜ぶのはまだ早い。大丈夫優勝はするさ、それが契約だからな」

 そんなことをしているうちに近くまで寄ってきていたのは徳川 康汰だった。

「僕は徳川 康汰です、さっきの試合見ていたよ。君の名前を聞いてもいいかい?」

 伸ばされた右手を握り返して神夜くんが名乗ると、徳川 康汰は私の顔を見てから会釈して背を向け一言呟いた。

「悪いけど君は勝てないよ」

 控え室に入ってからはただただ彼を見ていた。予選の後も決勝まで時間がない一言謝らないと。

「昨日、……ごめんなさい。私すべてを諦めてた。貴方を信じることができなかった……。信じなきゃいけなかったのに――」

 スッと手を出すと神夜くんは首を横に振り、机に外した腕を半分覆うほどの競技用簡易パスを装着すると言った。

「信頼なんて必要ない。そんな物なくても俺は契約通りただ勝つ。それに、俺も何の根拠も無しに完全に信頼されても困る」

 ああそうか、神夜くんは私を助けるために現れた王子様じゃないんだ。ただ私が神夜くんが王子様だったらいいなって思いがあったんだ。

 好きなんだ神夜くんのこと―――。

「どうしたんだ?顔が赤いぞ具合でも悪いのか?」

 〈大丈夫大丈夫〉と顔を手で隠しごまかすと、しばらく気恥ずかしさを抑えようと無心になろうとする。そうこうしている間に、控え室のスピーカーが鳴って決勝の組み合わせが発表された。

 神夜くんは――。

 一ノ宮(いちのみや)学園の日野(ひの)(たける)――予選6位と競うことになる。しかも、試合自体は第一試合。

 だったけど、彼は落ち着いていて〈で、何の用?〉と目線は競技用パスに向けたまま手元で調節しながら言った。確かに私がここ来たのは謝りたかったのとどうしても聞きたいことがあったから。

 だけど、火照った心が顔に出ていてまともに喋れない。

「予選で使ったあの魔法…それにもうマナが無いはずなのにどうやって戦うですか?」

 ようやく口から出た言葉は変な敬語で、今度は純粋な恥ずかしさで顔に火が点きそうになりその場に蹲る。急に首に冷たさを感じて前のめりになって上を見上げると冷えたペットボトルのスポーツ飲料水を持った神夜くんが口元に笑みを作る。

 〈ありがとう〉といいながら受け取り少し火照りの冷めた心と体を起こして、胸を押さえながら冷静に質問をする。

「あの魔法は…今まで見たことも無い魔法だった。神夜くんが作った魔法なの?」

 その質問に、彼は調整し終えた簡易パスから視線を私に向けて答えてくれた。

「作ったんじゃない。あれは《スプラッシュ》っていうアメリカの魔法技術を真似たものだ。

 違いは多分まったく無いけど、魔法式は別物を使っていて、かなりマナ消費の少ない魔法になった」

 魔法式――魔法の属性、形状や操れる範囲さらには力の働きを決めるための目に見えない集合体のこと。

 神夜くんは真似たといったが、本来魔法とは見ただけで真似ることができるほど簡単じゃない。

 魔法は、扱う者の知識とイメージに体内のマナ。さらにそれらを繋げるパスが必要不可欠で、見ただけでイメージできても知識の無い人間には扱えない。

 仮に真似るとしたら、知識である魔法式を見て理解する。それをもとにイメージし、パスを使って体内のマナで魔法を作り出す。これ以外はできない。

 けど、神夜くんは魔法式は別物と言っていたから、つまりは同じ魔法を全く違う知識で作り上げたということになる。

 これは、極端な話人間が酸素で息しているのを別の気体で補うと同じことだ。酸素が魔法で言う魔法式なら、イメージが人体。

 それを踏まえてかんがえると、イメージが取り込む魔法式が違う…、実際にそんなことをすると普通の魔法は機能しない。

 ――魔法式が違う、イメージが近いだけというなら。

 ならやっぱり神夜くんが作った魔法じゃない。そう言いかけた時。

「時間です。神夜選手は競技場に入ってください」

 競技スタッフの女性が控え室に顔だけを覗かせて声をかけてくる。

「マナ保有量に関してはまた後で教える」

 立ち上がった彼の顔は高校生には思えなかった。まるで、傭兵として会社に勤めている叔父が戦いに向かう時の顔に似ていた。


 困惑。

 その言葉しか浮かばない――と、頭の中で考える男は、準決勝で今現在戦っている相手に抱いた純粋な気持ちだった。

 男は星凛魔法学園3年の間宮(まみや) (あつし)という名で、昨年砲撃を3位に入賞し今年の予選を2位で通過した。実力だけでいうと、あの徳川 康汰に次ぐ実力を持っている…いや、それさえも妥当し優勝してあの美しい豊臣の姫を妻にするという考えさえ持っていた。

 その作戦も完璧に機能するはずだったが、誤算は準々決勝で勝ち上がってくるはずの一ノ宮学園の日野 武が負けて、勝ち上がってきた神夜 紀正が彼の予想した"まぐれ"ではなかった事だ。

 間宮 敦は、日野 武とは相性がよく一度も負けたことがなかった。

 だから予選も警戒したのは徳川 康汰一人で準々決勝にいたっては見てない、仮に日野 武が負けて知らない新参者が勝ちあがっても問題なく勝てるという自負あったからに他ならない。だがその見当は大いに外れる。

 準々決勝の試合は日野 武が先攻で14回目の的の一つを外し負けたが、彼にしては十分すぎる成績だったはずだ――去年までなら。それでも勝ち上がってきた神夜 紀正は"まぐれ"でしかないという考えを間宮 敦は変えなかった。

 いざ試合が始まり16回目の標的は前大会でもっとも到達できた難易度なのだが、先攻の神夜 紀正がすべてを破壊したのに対し間宮 敦は2つも破壊しそびれた。その原因が《スプラッシュ》という魔法にあったのは否めない。

 "アメリカ魔法のその用途や対抗を知っている者がいても、使えるものがいない"という常識の間宮 敦が、その魔法を知っていた彼だからこそ、今まさに初めて日本人が使うのを目にしたのだから動揺しても無理もない。

 実際に予選――もしくは、その後の日野 武の戦いを見ていれば、そこで見てさえいれば結果は分からなかっただろう。

 彼が密かに抱き続けてきた"名家の血筋を我が子"にという最大のチャンスは今まさに潰えたのだった。


 砲撃――決勝。

 呼吸を深く吸う、大気に漂うマナを喉から肺からあるいは全身の皮膚から吸収し蓄積する。

 一般人が体内に留めておける平均マナの量は500mlのペットボトルほどで、空気や食べ物から吸収できる量はの一滴に等しい。

 だが、夜神 当矢においてはそれにあたらず最大マナの量はペットボトルのキャップ程度。

 それに対して吸収できる量は約1分でそれを満杯に回復する。

 なぜ彼がそんな体質なのかは今の時点で謎に包まれている。

 砲撃における最も難しい的の配置は25番目の的。決着が付かない時、それ以降はその難易度を繰り返しというのが競技会における決まりである。

 数にして19、距離にして最長50m――夜神 当矢/神夜 紀正は22番目の的を破壊するために両腕を伸ばし肩幅に広げると三角を作るイメージで止め、その中心にマナをため《スプラッシュ》を放つ体勢に入る。

 パシュシュシュシュシュ!と放たれた水弾が、次々と的を砕き割るが幾つかは外れてしまう。だが、放たれた水弾の数は40を軽く上回り最終的にはすべての的を粉砕した。

 魔法の砲撃というのは種類のこと。厳密には、手元から放たれる限りは属性や形状は問わず数にも限度が無い。もっと簡略にすると手元から放たれ着弾まで放出され続けれるものはすべて砲撃に分類される。

「聖徳院~現代魔法科の2年の神夜 の~り~ま~さぁぁあ~!またも!22番の的をすべて砕いた!!ダーク!ホ~ス!!まさに21世紀に神童現る!!

 あれはなんて魔法ですかね?解説の佐藤さん」

 場内に響く実況の声が歓声を盛り上げる。

「先ほど調べた結果あれは多分、南アメリカの魔法士が扱う《スプラッシュ》でしょう。日本人が扱うのは初めて見ますがね。

 手元には彼についての経歴がないので、どういう経緯で扱えるのか――私とても気になります」

 次に競技ポジションついた徳川 康汰は、右手の拳を握り締める。すると凛凛と光始め、その拳を正拳突きの如く突き出し放出される砲撃古式魔法の徳川秘伝――【(あおい)天導砲(てんどうほう)】が場内の的を全て吹き飛ばす。

「せ~つ~なぁぁぁああ~!!まさに、刹那!瞬きをしていて、見れなかった人は!大型モニターでのリプレイをご覧く!だ!さ!いぃぃぃいい!」

 またも実況の声が歓声を盛り上げ、会場内の大型モニター2個分に映像が再び映し出されハイライトが流れる。

 俺の扱える魔法は今回スプラッシュと奥の手の二つ、それに対して相手は奥の手を使っている。このままいけば…勝てる

 神夜 紀正はそう考えていた。

 人の熱気が妙に鬱陶しく感じられ自分はこの場に嫌気が差している。そしてさっさと優勝してこの任務は終わりにする。

 それしか頭に無かった。

 優勝にこだわる理由は、彼が豊臣の本家に行った時に遡らなければいけない。


 6月19日。

 カーニバル前日――夕刻。

 黒スーツに黒のYシャツ黒ネクタイ、シルバープレートを加工したサングラスに似た簡易パスを身に着け探索術式を展開する。広大な敷地内を人に会わないように立ち回る。

 光の反対闇、もしくは陽の反対陰、それを身に纏うのは影に潜むために他ならない。

 豊臣家は現在優秀な魔法士が不足しているらしく、スルスルと当主がいるであろう建物に近づける。

 襖を開き中に入ると灯火(とうか)が二つ、その中ほどに年老いた人影が蓄えた髭を触っている。

「全く(うち)の警備はザルだの~。当主であるワシ以外ヌシの存在に気付けなんだのはイカン。

 の、わっぱ……ヌシは電話で聞いた桜子の連れ合いか?……なら用も分かっている」

 チッと舌打ちをした夜神 当矢は、座している髭面の足元に、自宅というかアジト兼隠れ家というべき所の玄関口に刺さっていたクナイを、結んであった紙縒りと一緒に投げる。

「用があるのはそっちだろ。時間外手当すら出ない仕事をするつもりは無い…手短にしてくれ」

 すると豊臣の当主たる人伸晃(のぶあきら)は、口元に内心を刻むと手元に置いてあった扇を拾い足を叩いた。

「すまんすまん。それはまさに家の忍びのものだ。どうだろう神夜 紀正…いや夜神 当矢、《ノーフェイス》のヌシを呼び出すに聊か苦労した。

 何せヌシは暗殺やら工作やらでしか裏にすら出てこんからな。表に出すのにはヌシにしかできん依頼を出すしかなかったくらいのー」

 つまり、今回の依頼事態が彼を目的とした計略の一部。なぜ夜神 当矢にそれほどまで固執するのか?

 だが、当人である彼は"どうでもいい"と思っていた。

「孫娘まで使って俺を呼び出した理由。あと、そこにいる気配の消し方もなってない忍びをどうにかしろ。間抜けすぎて……呆れるぞ」

 〈よかろう〉と扇を持った手を上げると天井に張り付いていた忍びが後ろに控える。

 髪を後ろで束ねた女、布面積の無さは当主の趣味だろうか。足元に足袋そこから網タイツが首元まで達し、際どい水着のような肌着で手元は籠手。

 上着は胸元がパックリ開いて大きい胸が露出している。口元には顎のラインが見える程度の鼻まで覆われたマスクが着けてあリ、それらがすべて黒で統一されている。

「こいつについては今はよい。ヌシを呼び出したのは他でもない。ヌシをワシの元に"置いておきたかった"。詰まるところ義理の息子として豊臣家に欲しい」

「……それはどういう意味だ?」

 唐突ないいように、彼が戸惑うのも無理はなかった。

「それを思ったのは2年前のあの日だったか……」


 2年と三月前、2018年3月9日。

 豊臣の当主、伸晃は当時――大中華のとある一族と友好関係にあり、大中華の一部朝鮮半島の南の別荘で交流していたときだった。

 相手はフェイ家という資産家。大中華での一族の権力も大きい名家だった。

 フェイ家は、企業としても有名な会社をグループ展開していて、日本進出の際の後ろ盾に豊臣家を選んだ。

 パーティーの席で突如フェイ家の長男リーが頭部を胴体から切り離されていた。それを持つ男は小柄で見たところ子供だが、黒スーツに黒のネクタイで目の部分だけ開いた黒の仮面をつけていた。そのせいで顔は見えない。

 音も無く忍び寄り、100からなる護衛に見つからず標的に近づき獲物を狩ったのだ。まさに凄腕――当時の伸晃はそう思った。

 フェイ家の魔導士が動く前に風の魔法で身を覆うとあっという間に姿を暗ませた。その後を追えたのは警備していた豊臣の忍び三人だったが、二人は無力化され一人は連れ去られた。

 捕まった忍びは後日、本家の庭に全裸で放置されていた。豊臣家とフェイ家の情報をかなり奪われた上で――。

 後に分かったことだが、フェイ家の長男リーは暗殺のプロで次に狙っていたのは日本のライバル会社の会長の首だったのだ。

 結果的に先に暗殺される破目になった訳だが、フェイの当主はそれを知らなかったらしく肩を落とした。

 その時の暗殺者の強さが欲しくて探し出したのが彼――夜神 当矢。

「ちなみにこやつはその時ヌシに連れ去られ拷問を受けた忍びだ。今もお前に玩ばれた体が疼いて気配を消しきれんかったのじゃろうて。

 夜ごと一人喘いでおるわのう」

 コツ!と忍びが籠手で当主の頭を小突いた。

「痛いの~スミレ。だが事実じゃろ、あの日連れ去られたお前は色々とあやつ――夜神 当矢に聞き出されて、体に女の快楽を覚えて帰ってきたではないか。一昨日だって声を出さぬよう必死に――」

 ゴツ!と今度は鈍い音で頭を突いた忍びは、暗がりの中で夜神 当矢を見ていた。表情までは伺えないまでも女は大分動揺していたようで、彼と目が合うなり顔を伏せた。

「確かに2年前その女から情報を聞き出すために色々と試したが……。あれは社長命令でやったことで、俺も"初めて"だったからなやりすぎたことは認める。

 だが、その女にそれをしたのはただの仕事だ。私情は一切無い」

「ほほ~"初めて"の~?それにしては前も後ろも滅茶苦茶にしたらしいが……。まあいい、あれ以来ヌシを忘れられないんじゃ。

 コヤツ……スミレは今年で28じゃがまだ"をとめ"での~」

 今度もさぞ強い突っ込みが入るだろう予想したが、彼女は静かに座って彼を見つめていた。なぜか一瞬その場の空気が重くなる。

「提案…というか強請なんじゃが…どうじゃろ、スミレを嫁にもらってくれぬか。こやつはもうヌシ以外の男に見向きもせん、これ以上"行き遅れる"のも見てられんからの」

「断る」

 即答にスミレは余程ショックだったのかバタッと前に倒れた。それを見た伸晃は頭をかかえてフーと息を吐く。

「そうすぐに返事せんでもいいじゃろ。というより、ヌシは断れんぞ夜神 当矢。断ればヌシが《ノーフェイス》にいれなくなるかも知れんぞ。

 それでもよいなら断るがいい」

 少し眉を顰めると〈どういう意味だ?〉と殺気に似たものを纏わせながら言った。

「先の依頼、桜子の護衛の件にもう一つ上乗せしたカーニバルでの優勝。それを加えたのには分けがある。

 実はヌシへの依頼は"護衛すること優勝すること"娶ること"と出してある。上司に確認してもいい」

 彼は頭の中で依頼のデータを思い返す。

「確か、依頼内容は…《姫の護衛とカーニバル優勝、その後姫の願いを叶える》だったか。つまり桜子姫の願いが俺とそこの忍びの結婚なのか?」

 かなり歪んだ言いようで全く筋の通らないもの……。だが確かに彼は《ノーフェイス》にいられなくなる。

 会社の"鉄の掟"任務の失敗は即退社――つまり、結婚しないようにするには優勝しなければいい話だがそれはできない。そして結婚を断ることも――。

「桜子姫の頼み、願いは結婚しないことだったはずだ。まさか桜子姫も騙したのか?」

 扇をバッと素早く開くと〈違う〉と答える伸晃は不敵な笑みを浮かべる。

「ワシは姫の願いと言ったのだ。つまり豊臣の姫だ……ちなみにスミレは分家ではあるがワシの孫じゃ」

 それを聞いて初めて夜神 当矢は〈なるほど〉と理解した。

 つまり、始めからすべて溺愛した孫娘の為に投じた策ってこと、…すべては孫娘のためだけに。

 なんって壮大な、そして馬鹿げた計画。そう思った彼はいつの間にか笑っていた。勿論可笑しいという訳ではなく、呆れて笑ったのだ。

「すべては可愛い孫のためか」

「否」

 扇を閉じて彼に向けると伸晃は最大の笑みを見せ、気迫に満ちた様子で答えた。

「言ったであろう――すべては、"夜神 当矢を息子にせんがため"じゃ」

 "強欲"――その言葉に尽きる。

 豊臣 伸晃は夜神 当矢という個人、いや力を心から欲している。

「策士だなじじい。だが、一つ見誤っているぞ。俺がその女と結婚し任務を遂行した後で豊臣の一族を殺し尽くすかもしれない。

 …そうしたらどうする?」

 張り詰めた空気の中、放たれたのは返事ではなく伸晃の魔法――障壁古式魔法の豊臣秘伝――【城壁】。

 迫りくるマナの壁は空気さえ押しているのか風が彼の横を吹きぬける。このまま何もしなければ、彼はマナ壁に弾かれて怪我ではすまない重症となるだろう。

 しかし、彼に当たる瞬間に消えさるように消滅する。

『マジックイクスパーション・ディストラクション……術式破壊。アメリカの魔法じゃったか…益々欲しいのこの小僧―――』

 欲しいものをぶら下げられた子供のように、目を輝かせて伸晃は笑っていた。そして、とぼけた顔で。

「まぁよい…一族を根絶やすこと、容易いことではなかろう。その場合は、そうじゃのう~《ノーフェイス》にでも警護を依頼しようかの」

 その答えに彼は、チッと舌を鳴らして背中を見せると〈しかたない〉と答え〈だが〉と続けた。

「俺一人では決めれない。返事は後日だ」

 立ち去ろうとする彼は、いつかのときの如く徐々に姿を消していく。

「次からは土足は遠慮してもらいたいもんじゃがの~」

「社長がOKを出したなら堂々とその女を貰いにこよう――土足でな」

 その返事に初めてスミレが口を開いた、がそれをすべて聞く前に夜神 当矢はその場を去って行った。


 そして――現在――砲撃の決勝戦に勝つことが社長命令であり依頼の達成にあたるが、結婚については社長の返事はなかった。

「スプラ~ッシュ!」

 24番目の的へ魔法を放つと、放送席の言葉と同時に次々と的が砕ける。

 ここまでくるといくら効率のいい魔法スプラッシュ"もどき"といえど、ギリギリすべてを破壊できたと言わざるおえない。次は旨くいくまい。

 対する徳川 康汰の【葵天導砲】だが、この期に及んでも問題なくすべての的を砕くものだ。付け入る隙があるとすれば、彼のマナ保有量の消費が激しいのか見る限りもう限界と思える。

 流す汗・肩で息をし・顔色も悪い……となると使えても後一発。

『【葵天導砲】は術士の負担が大きすぎる、俺ならもっと―――』

 そう考えるも今は次の手に集中する。

「ここが勝負どころだ……"奥の手"を出すか」

 最終25番的――先攻・神夜 紀正。

 前大会での最高が16番的だったのは単に、そこで勝者が決まったからにすぎない。

 的の数50が扇状に競技場に散りばめられる。《スプラッシュ》の水弾は最大50――すべてを的に当てるほどの精度は備えていない。当たっても八割。

 この魔法は目立つため彼は使う気は無かった…。それゆえの奥の手。

「酉・丑・午・戌・辰・酉……申未午巳辰卯寅丑子亥戌酉!」

 目の前で人差し指と中指を時計の針、10時・2時・7時・12時・5時・10時と結び。さらに、反時計回りに円を結ぶと赤紫がかったマナが蓄積される。

 朱雀―――【不死火砲(ふしびほう)】。

 手元から発生した真紅の炎が鳥の形になり競技場を横断し、客席を守る結界が軋むほどの威力で的は消し炭と化した。

 実況も観客も対戦相手ですら微動だにしない静寂、その糸を切ったのは実況だった。

「な…何が起きたのでしょうか?会場が火の海になってしまいました。ものすごい魔法ですよ。ね、佐藤さん」

「私も始めてみましたがこれは…おそらく、真田 幸村が得意としていた真田流奥義の秘伝でしょう。受け継いでいるものはいないはずですが…でも、文献通りです。

 文献では戦場を呑み込む火の鳥の業火と書かれていました」

 拍手が徐々に数を増し席を立つ者が続々と現れた。それが止まない中入れ替わった徳川 康汰は、動揺を抑えきれず術を失敗してしまい三割ほど的が粉砕さず残ってしまった。

 この時点で《マジックカーニバル》砲撃の部優勝者は決定した。


 表彰式が終わりカーニバルは出店が盛り上がるだけとなった。

 あれだけ派手なことをしたからには会場中が噂をしていてもおかしくなかったが、幸いにもこの年1年生ながら近接の部で優勝に輝いた明智 光秀を名乗る男のおかげでそれほど騒ぎにはならなかった。

 それだけが要因というわけではなく、なぜか砲撃決勝の録画機器・携帯端末までもがその後故障していて、映像が無かったということも含まれる。

 式の後、神夜 紀正の控え室には豊臣 桜子よりも徳川 康汰が先に訪れていた。

「君は……何者だい?真田流奥義を使った以上武田に列なる者だろう?なぜ《破門》されているんだ。君みたいな強い魔法士が……」

 帰り支度を済ませた彼は溜め息を吐くと実に短い返答をした。

「お前に教える義理は無い」

 一気に重々しい雰囲気になるが、唐突に開いたドアから澄み渡るような声で入ってきた人物によって解消される。

「神夜くん!おめでとう!!」

 桜子はすぐに徳川 康汰に気付きお辞儀をすると神夜 紀正の後ろに隠れた。ジーと向けられる桜子の視線に徳川 康汰は一礼して部屋を後にしようとする。が、何かを思い出したように立ち止まると。

「式には出られないけど、祝電は送るよ……。結婚おめでとう――」

 哀愁が漂う背中を見送ると"結婚"という言葉にポーと顔を赤める桜子。しかし、彼がそれに気付く前に机の上の携帯端末が鳴ると桜子をよそにそれに出てしまう。

 はい――ええ―昨日の件で―はいすでに………え!――はい!――申し訳ありません!!――はい……失礼します。

 彼には珍しい敬語がスラスラとでてくる。その慌てようから相手は彼にとってとても大事な人に思えた。

 そう考えた桜子は無意識に頬を膨らませていた。

 電話をし終えた彼に〈このあと一緒に――〉と言ったが、サッと出された右手に制止された。

「すまないが…このあとは予定ができた。すぐに行かなければ……大変なことになる――」

 ブツブツと呟き始めた彼は、妙にぎこちない動きで桜子を置いて全力疾走で控え室を後にした。

 1人ポツンと取り残された彼女はゆっくり一息吐くと。

「な、なんなの~」

 その声は控え室中に響き亘ったとか――。



 マジカルカーニバル編――――終

面白かったら幸い。

そうでなければ読んで頂いただけで幸いです。


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