マジカルカーニバル編壱
更新は時々。
設定についての突っ込みはご遠慮ください。
マジカルカーニバル編
15世紀末、世にいう戦国時代に紅毛人や南蛮人により魔術が伝えられる。
俗に錬金術や妖術とされるそれらの力は日本でも戦で扱われる用になり、戦国の大名たちは各々の家に代々で魔術を伝え進化させた。
そして、21世紀2020年現在にも戦国時代の大名の子孫たちに血脈のように受け継がれて、刀を扱う武士から魔法を扱う《士族》と呼び名をかえ――。
有名な徳川家や豊臣家。織田や武田や伊達といった名家にはそれぞれに秘術が伝えられていた。ゆえに名家の婚姻は昔から当主が決めた許婚とが結ばれることが多かった。
魔法の資質を上げるために名家の姫を我先にと手を上げるものたちは後を絶たず、そのほとんどが20世紀の世界大戦などの戦争で名を上げた新参者たちだった。
近代魔法は20世紀中ごろに言霊や紋章、杖や箒から簡易契約パスへとシフトしていった。
簡易契約パスとは魔法発動させる為のトリガーで、体の一部につける装飾品や刺青などのペイントと手ごろになっている。近年の戦争、米と新ソ連の戦争では近代武器と融合させた物も開発された。
それでも、日本が扱う魔法には隠密性と広域破壊を目的としたものが多く、それに匹敵する力を持つ国は限られていた。
現代の日本においては、そういった戦争よりも内輪の権威権力保守のような争いが多く、軍隊よりも傭兵やSPといった仕事を受け持つ民間魔法士軍事企業が自国防衛を担っていた。軍隊が機能している国は稀で、そうした国は違わず大国と呼ばれた。
そして、国営民間魔法士軍事会社――通称にも護衛の仕事の依頼が入った。その仕事は、現代魔法科高校に通う士族の姫の警護だった。
敵は殺す、刺して斬って吹き飛ばして爆破して―――それが傭兵の常。たとえ一般人が殺されようと巻き込まれようと知ったことではない。兵器であり殺人者であり化け物、私情や感情などといったものも持ったりしない――。
《ノーフェイス》――その名の通り顔無しという意味ではない。《人の顔は一つではない、常に違う顔を持っていると警戒し、疑い、また自らも顔を偽るべし》その理念から付けられた……らしい。
らしいというのも、この業界に入ったのは4年前でまだまだ新人扱いの俺にとっては、名前の経緯や意図・意味など興味の範疇ではないからだ。
今日の支部から呼び出されたのは、新しい仕事が入ったかららしい。もちろん内容は知らないが傭兵専門の俺には珍しい要人警護だそうだ。一月前に受けた仕事は、大中華連邦と新ソ連強行派とのモンゴル平原での紛争への介入で要人暗殺の任務を終えたばかりだというのに、次は要人警護とはいよいよ乱世に違いない。
都内某所ビルの5階へと上るエレベーターの中で、目にかかる前髪を払いながら大きな溜め息を吐く。
近年における日本の立場は、新ソ連との同盟・北米との敵対関係・南米との同盟関係・大中華連邦との戦争・ヨーロッパ戦役における戦争時介入―――となっているわけだが。ヨーロッパは国と国とが地繋ぎで日本なんか興味は無いほど争いが絶えないし、大中華はソ連の強行派との戦争に忙しく、北米は南米との錬金術師同士の争いが極限で、正直日本は攻めてくる国がいないから基本は諜報活動一色。
というのも、核兵器を日本に落とそうとした北米は自国で誤爆したことが原因で、そのときに南米の北部も一部巻き添えになり……南北の短い同盟が泡と消え現状にいたる。
エレベーターを出て奥に進むと支部長室と書かれた部屋のドアをノックする。もちろん返事があるわけでもないが礼儀の問題だ。部屋に入ると封書文書といった資料が散乱している。
山積みの資料が置かれた机の向こう側にいる人物に話しかけるのも毎度の事だ。
「早乙女支部長、寝てんのか?少しは片付けたらどうなんだ、部下にやらせればすぐだろうに」
ソファーの資料を床へばら撒き腰を落とすと、資料の山から低い声で返事が返ってくる。
「夜神くん?そうか、僕が呼び出したんだった。君にしか頼めない依頼が入ってね。
要人警護という本来君に回さない仕事だが……適役がいなくてね」
資料の山の向こうでゴソゴソと動く音がするが、肝心の当人は姿を見せない。というよりも、俺自身早乙女支部長の顔を見たことが無い。
ま、多分薄らハゲの中年オヤジだろうと勝手にイメージを持っているけど。
依頼内容らしき資料が俺の座るソファーの前の机に投げ込まれる。内容は、《聖徳院高等学校現代魔法科の2年に在籍する要人の隠密警護》――警護対象は豊臣家の桜子姫。
つまり、士族のお姫様のお守りか―――。
頭を抱えるが、確かに俺にしかできない依頼ではある。現代魔法を学んでいる学生の目から隠れながらの警護は到底無理だろう。
だから隠密警護するなら学生として編入するのが妥当か。
「今さら魔法科に通うことになるなんてな。しかもよりによって聖徳院……何かの前ぶれか―――」
「夜神くんは17歳。本来なら学生として過ごすこともあった訳ですから、今さらなんってことはありませんよ。
それより――聖徳院とは何か因縁が?」
その質問に〈別に〉と答えて部屋を後にする。
俺は中高と学校には通っていない。中学受験の時に聖徳院を受けたが、受からなかった。
以来、学業は主に通信教育で行いその上でパイプのあった《ノーフェイス》に雇ってもらうことになった。
その辺の話は今はどうでもいい、それよりも今は編入や警護の準備をしないと…。
明日から夜神 当矢とは別の名前になるわけだから、それにもなれないといけない。
2020年6月8日。
聖徳院現代魔法科Fクラスに編入して一週間がたった。
夜神 当矢は髪を切り名前を偽っている。
できるだけ目立たないように警護対象の概要を探った結果。
豊臣の姫には現当主により、20日に行われる高校生の魔法の祭典の競技の一つ砲撃の男子部門で優勝した者との婚姻が言い付けられていた。言わば《優勝の副賞》にされているのだ。
だがそれだけで警護がいるとは思えない。
さらに探りをいれてみた彼はようやくその原因に辿りついた。
徳川 康汰――徳川 家康の子孫にして直系の末裔が大きく係わっているのだ。厳密に言うと彼が原因の元ではなくその一つということ。
掻い摘んで説明すると、先月豊臣家で行われた懇親会で徳川 康汰が桜子姫に一目惚れしてしまい、それに気付いた豊臣の当主は面白がっり《マジカルカーニバル》砲撃の男子部門で優勝した者との婚姻――という話に繋がる。
桜子姫にとっての不幸は、徳川 康汰は複数の女性から求婚されるくらい顔立ちがよかった。その為、今回の話に納得がいかない女性から桜子姫宛てに脅迫状が届いたり、その中の一人が殺し屋を雇ったことは豊臣家の諜報部に探りを入れて分かったこと。
色恋沙汰で殺し屋雇うなんて行動は理解できないが、事実そうなのだから時代の所為というしかない。
二流の殺し屋なんて彼の敵ではない。だが、護衛は食事・トイレ・睡眠時も常にというかなり難しい仕事だ。
それでも彼は仕事だと割り切るしかなかった。
「正親、貴方そんなことで徳川に勝てるの?まったく…、当主様も面倒なことを決定してくれたものだわ」
聖徳院の魔法演習場は主に砲撃や狙撃の試し撃ちや試験などが行われる。
6月18日。
《マジカルカーニバル》の二日前、そこで砲撃を行っている頭の悪そうな男は私の親戚なんだけど。
「申し訳ありません桜子姫様。ですが!必ずやこの木下正親!優勝してみせます!」
「当然よ。貴方に勝ってもらわないと私の人生が知らない男の妻で終わることのなるのよ。そんなの納得できないわ」
そうよ、私はちゃんと恋して愛しあって結ばれる人生を送りたいの。
だから今度の《マジカルカーニバル》砲撃は正親に優勝してもらって婚姻は無かったことにしてもらう――。
そういう約束を当主様としたからには正親に強くなってもらう。いや、するのよ!
本当なら私が出て自らの自由を勝ち取りたいけど、男しか出られない砲撃戦じゃどうやったって無理。豊臣の直系に生まれたってだけでこれまで規則だの風習だのって縛られてきたけど、今までで一番最悪よこれは。
ムシャクシャが溜まって砲撃標準現代魔法の壱――【灼火砲】を12m先の的に放つと、水平方向に螺旋回転して的に命中する。
「さすが!桜子姫様!お見事でございます」
その言葉に溜め息が出る。
何故かというと、【灼火砲】は命中精度が一番高いだけの競技では得られる得点も低い魔法。
技量がいらない初級魔法を的に当てたぐらいで、"さすが"なんて言うこの男に私の人生がかかっているなんて……。
もう一回深く溜め息を吐きうなだれる。
徳川 康汰に勝つにはせめて、砲撃変則現代魔法の参――【雷電砲】ぐらい使えないと。
彼の砲撃古式魔法の徳川秘伝【葵天導砲】には勝てないと思う。
今さら他に頼める人もいないし……、豊臣家は砲撃よりも障壁の方に資質が偏っているから。武田家の知り合いがいれば砲撃なんて優勝できるんだろうけど、残念ながら知り合いどころか武田家は確か高校生の男子がいない。
私の溜め息に首を傾げる正親を凝視し、〈王子様っていうより従者だわ〉と言い捨てる。
「今日はもう帰るわ。今さら特訓しても強くなれるわけでもないし、もう奇跡を祈るしかないわね」
演習場の出口へ向かう私の後ろから付いて来る正親の顔は申し訳なさそうに見える。
決して正親が悪いわけじゃないのは私も分かっている。だけど、それでも現状手段として彼じゃ頼りないのも確かで。
出口のフェンスを通るとテニスコートではテニス部が試合をしていて、芝が生えたグラウンドではサッカー部が練習をしている。
魔法科高校で部活なんてしても意味はない。そう思って入らなかったけど…、やっぱり私も何か入ればよかったなーなんて、今さらながら後ろ髪を引かれている自分がいる。
ポニーテールを翻し、それらに背を向けて歩き始めるが正親が慌ててそれを制止する。
「どちらにいかれるのですか?危険ですのでお供します」
「一人にさせて!学校の中なら安全よ。……多分」
脅迫状とか色々とうんざりだし、現代魔法にも興味ないし、ただただ豊臣という名が私の人生に閉塞感をもたらしている。昔からずっと―――
生まれた家だけで全てが決まるなんて人生――あんまりじゃない。
そんなことを考えながら歩いていると、中庭の空気が冷たく頬に当たり気が付くと辺りに人気が無い。
聞こえるはずの風の音さえ聞こえない。
ありえない――。
放課後っていってもまだ人はいるはずなのに……。
これは、《結界魔法》つまりは私を狙った襲撃――。
よく見ると黒いローブ姿の人影が見える。
囲まれて――。
黒いローブ姿の男の腕が、手に持っているハンドガンを次の瞬間には私に向けて弾丸が飛んでくるだろう。
「風よ!我が身の壁となり防げ!」
砲撃の帰りで手首に学生用の簡易パスをしていたのが幸いし、障壁変則現代魔法の肆――【断風】を張れた。障壁魔法の中でも側面全方位に対応できる魔法。
風の障壁に容赦なく降り注ぐ雨のような弾丸がバシバシと当たり、ブレスレット状の簡易パスが見る見る変色する。
簡易パスは、昔の魔術師が魔法を使うとき呪文を唱えたり六芒星を書いたりしていたその工程を省くための物。
学生用は使用できる魔法の要領が決まっていて、緑から赤へと色が変わり最終的にはそれ自体が一時機能しなくなる。
そうなると魔法が発動できなくなる。
「ぐはぁ!」
パスが柿色になったとき、後ろ側の攻撃が止んだ。
振り返るとそこにいたのは学生服を着た男子が立っていて、足元に数人襲撃者が倒れている。
次の瞬間には、彼の手にマナが目に見える形で蓄積され、それが雷竜のようにうねりながら次々と襲撃者を貫いた。
その魔法は、砲撃変則現代魔法の漆――【蒼逆鱗】放たれた魔法が龍の様に舞、逆鱗に触れた人の蒼く染まる顔のように対象がなる様からその名が付けられたといわれる。砲撃現代魔法の最上位匠の位の魔法。
敵が撤退し終えたのを見届けた彼は、ゆっくりとこちらを見ると〈平気か?〉と一言。
その時私の頭は真っ白で、でも確かな高揚と興奮の中にいた。
彼が私の―――――
護衛とは、要人その他諸々の一般人を巻き込まないように動き、また要人の危機の際には命がけで護り逃がす事が役割。
簡単なように思えるが、実際に護りきる為には要人の壁になるしかない。つまり、リスク当然の仕事ということ。
《マジカルカーニバル》まで後二日。護衛対象の豊臣 桜子は今日まで特に危険も無く平穏そのもの。
しかし、昨日今日と嫌な気配を感じた夜神 当矢は警戒を強めていた。
彼が姫を狙うならわざわざ学校にいるときは狙わない。なぜならリスクが高すぎるから。
人が多い上、魔法を使えば気付かれやすい。当然証拠が残りやすい。こんなリスクを分かって強行するなら余程の使い手か三流か。
「三流の方だったか。学生用じゃあまり強い魔法は使えないな」
手元を見ると赤くなったパスがもうこれ以上機能しないのが一目で分かる。
隠密警護の対象に姿を見られた―――なら、やはり名乗るべきだ――と判断した彼は自ら名乗ろうとしたが……。
「あなた!今の【蒼逆鱗】よね!学年は?クラスはどこ?」
彼女が突然どうした訳か、目を輝かせて近寄ってくる。
"怪しい所でもあったのか"と一瞬脳裏にチラついた《依頼継続不可》を振り払い、彼は学生になりきる。
「俺は2年の神夜 紀正、クラスはFだ」
神夜 紀正――もちろん偽名。彼の経歴や住所なんかは全部嘘と偽りで塗り固められてる。
「Fですって!神夜くんだっけ?この学校AからHまでクラスがあって、Aから順に成績が下がっていくのよ。つまり魔法士としての強さがね。
今の【蒼逆鱗】はAクラスでも一人か二人しか使えない魔法なのよ。Fの人が使えるはずが……」
そう、そういう仕組みになっていることは知っていた。だから、こういう時の言い訳もちゃんと彼は用意してある。
「俺は転校してきたばかりで試験は受けていなくてな、人数に空きのあるFクラスに入ることになったんだ。それよりアンタこそ、さっきの奴らはいったい何者だ」
話題の方向を無理に襲撃者に向けさせる。
すると、彼女は事の経緯を話して頭を抱える。
隠密というには少し関わりすぎているが、状況が状況なだけに話を聞くだけなら別に構わないだろう。
ここで立ち話をするのはなんだからと学食の個室に移動することになり、学校のアイドル的存在の彼女と変な男子が歩いていると噂になってしまったのを彼が知るのは後日になる。
私立というだけあって食堂には立派な個室があり、六畳の和室で姫はやはり姫さんで姿勢正しく正座だった。手拭きで手を拭く姿も様になっていて、和菓子を食べる姿も気品のある物腰をしていた。
「で、話は戻るけど私の指名した代理が頼りなくてね。もう《マジカルカーニバル》まで日もないし今さら―――で、そんなところに神夜くんが現れたの!神夜くん私に雇われてみない?」
唐突な誘いだったがこれはいい機会。なぜなら、護衛のし易さが格段に変わる。だが、高校生の魔法士として競技に出るのは姿が目立ちすぎるというもの。
眼のいい魔法士が彼を見たら一発で普通の学生ではないと見破られてしまう。
「悪いけど返事は明日でもいいか?今すぐは無理だ」
「ううん、急なお願いなのは私も分かっているから…。可能性が出てきただけでありがたいしね」
彼女は少し俯いてすぐ顔を上げ笑顔を見せた。
その日の内に早乙女さんに連絡した。
その返信内容が〈護衛の範囲内で要人の依頼を受けるべし〉となっていてどうも話がすんなり行き過ぎと思ったが、今は状況に対応して仕事を早く終わらすことを優先した。
その判断が正しかったかは分からない。
次の日、早速昨日の返事にOKと答えたんだが…。休み時間になるたびに桜子姫がクラスに顔を出すようになってしまった。
当然Fクラスは大騒ぎだしあまり悪目立ちしたくはなかったが、変に避けることもできずに昼休みをむかえた。
「あのな……言っておくが俺はアンタの友達でもなんでもないんだぞ。協力するといったが仲良くする気もないし、今度のカーニバルだけの関係だ」
「いいじゃない今だけでも仲良くしたって。別に恋人になるわけでもないし、もう少しだけ神夜くんのこと知っておこうと思っただけ。ね、お昼食べよ!」
図々しい性格をしているというか図太いというか、俺の拒絶が完全に肩透かしだ。
いつもは一人で学食の質素なCランチだが、強引な姫さんに巻き込まれてグレードの高いAランチを差し向かいで食べてる。周りがざわついているがそれは無理もない話しで、この学校の魔法科特有の暗黙のルールがある所為だ。
《格差》――AはA、BはBのルールがあり他のクラスと馴れ合わない。試験で振り分けられたクラスだがその待遇の違いで仲良くし合えない。
中立があるとすれば部活に入っていればそこでの上下が重要視され、たとえクラスが違えど仲良くできる。が、いざクラスでとなると友達でとすら話してはならない。
馬鹿馬鹿しいとは思うが、郷に入っては郷に従えってことで俺も他のクラスの奴とは会話すらしていない。おかげで情報収集には手を焼いたが、この姫さんにはそういう縛りは関係ないらしい。
「ね、魔法は何流なの?現代魔法だけじゃないんでしょ。アレが使えるってことは小さいことから魔法に接しているからよね?」
魔法は中・高で専門学科として学び始めるのが一般的だが、士族やその末席なら幼いころよりその家の流派を学ぶことができる。
確かに俺には流派が身についているが、そんなことは言えない。
これは《ノーフェイス》と俺の機密の高い情報で知っているのは俺を雇ってくれた社長と、世話してくれる早乙女支部長みたいな一部幹部クラスだけだ。
どう答えても筋が通らないだろうが一番らしいのを用意している。
「俺は一応流派は一之江流。少し志波流も混ざっている」
その答えが変だったのか表情に疑問を浮かべる桜子姫はそれを声に出した。
「一之江は伊達の血筋で志波は武田の血筋よね、2つともここ最近じゃ名門でもないしあまりきかないわ。
神夜くんほどの魔法士なら噂になってもおかしくないのに」
その疑問は最もだ。だが、これを聞けば理解できるはずだ。
「俺の名字は神夜、つまり《破門》させられたんだ。だから転校だってした訳だしな」
「あっ、そっか、ごめんねなんか……」
急になんかしをらしい、やはり《破門》って言葉の意味が伝わったようだ。
この時代の破門は、家や血筋から生涯その身やその子孫に亘り出入りを禁止するという事で、子供や結婚相手も巻き込む破目になる。
名字に神や鬼や龍の名の付く者は大概破門された者が名乗る。《破門》なんて聞くだけで重くなる言葉で、もう続きを話す気も失せてしまうくらいに――。
その沈黙を破ったのは第三者だった。
ツカツカと歩み寄ってきた男はテーブルの横に仁王立ちすると、俺を眼鏡越しに睨み付けた後に姫さんに目を向け口を開いた。
「やぁ、桜子さんこんな所で昼食かい?」
「そうですけど、なにか?」
人差し指を額に当てて言う感じが妙に癇に障る。
「いけないなー、ここは君が食事を取るには相応しくない」
姫の顔が一瞬にして強張る。
溜め息が漏れる様子を見るとどうやら姫にとってこいつは嫌いな奴なんだろう。
「悪いけどあなたが何を言ってるか分からないわ。金沢くん、私がどこで誰と何をしようが私の勝手」
口が曲がるとはこの事だろうというぐらいに、真ん中分けの金沢の口元がカタカナのへの字をしている。多分彼女と同じAクラスだろう、いつの間にかやたらと人の視線が集まっていた。
拳を握り締める金沢はゆっくりそれを緩めると今度は子供に言い聞かすように言った。
「いいかい桜子さん、僕らはAクラスだ…ここはFのやつらが昼食をする場所。君がいていい場所じゃない、ほら他のFの人たちも嫌な顔してるじゃないか」
確かに周りにはFクラスの人間しかいないけど、さっきまでの雰囲気とはまったく別な様子でこちらを見ている。
さっきまでの視線は興味からくるものだったが、今はその視線に怒りを感じる。
さすがに目立ち過ぎかと、この場から立ち去る算段をした時だった。
「金沢 治彦くん、あなた馬鹿なの?どう考えたって彼らが迷惑してるのはあなたの言動によ。
ここは食堂で、食事をするところ――席に決まりなんてないし、クラスで離れて食事をする意味が分かんないわ。違う?」
バン!と机を叩きながら凄む桜子姫に圧倒された金沢は、身じろぐと一歩後ずさりして口を曲げながら黙っていた。
するとスタイルのいいストレートロングの髪型をした一人の女子生徒が、Aクラスの席から歩いてくると肩でドンと金沢を撥ね退けテーブルの前に仁王立ちした。
「私は3年Aクラスの井伊 直子よ。確かにこの食堂に境界線はないわ、けどね見えないだけで実際には存在するの。分かる?
才能の差でクラスを分けている以上嫉妬や妬みは生まれるわ、暗黙でもいざこざが起きないようにするべき。この意味分かるわよね?豊臣さん」
上から見下ろすように言い放つ先輩を前に、さすがの桜子姫も言い返せないだろうと思った。が、瞬時に席を立ち腕を組んで胸と胸がぶつかるほど近寄ると彼女は睨みつけた。
その時誰かが〈大きい〉と呟いたが、そんなことよりも騒ぎが大きくなりすぎていることのほうが心配で――。
「何が"クラスで分ける"よ、生憎私はクラスでもそんなに好かれていないわ。嫉妬?妬み?そんなのクラス内でもあるに決まっているでしょ。
大体、才能でクラスが分かれているわけじゃない、《吸収できる速さ》で分けられているの。つまり《やる気の有り無し》でクラスは違うのよ先輩」
バチバチと視線から火花が散るのが俺の目には見えたような気がしたが錯覚だろう。今にも取っ組み合いが始まるかと思ったが、井伊の姫さんが何かを思いついた様子で指を立てた。
「そう言えば豊臣さん、あなた確か今度のカーニバルの優勝商品にされているらしいじゃない。才能で分けられていないというなら、あなたの代役のBクラス木下くんが本命の徳川康汰に勝つ所を見せてもらうわ。
それで、もし勝てたのなら私が木下くんになんでもさせてあげる。でも負けたときは私の従者として扱き使うけど構わないかしら?」
いよいよ話が複雑になってきた。本当なら警護する対象の近くにいられるのは楽なはずなのに、頭痛すらしてきそうだ。
井伊の姫の言葉に不適な笑みを浮かべた桜子姫は、さらに胸を押し付けて言い返した。
「いいでしょう。先輩も言ったからにはもう引けませんよ。私の代役が勝ったら、例え先輩でも、Aクラスでも、代役のおもちゃになってもらいます。
あと、少々誤解があるようなので訂正しますけど。私の代役は正親じゃないわここにいる2年Fクラスの神夜 紀正くんよ」
その場の空気が変に静まり視線が俺へと集中する。
それはそうだろう、Bクラスの男からわざわざFクラスの男に変える意味が分からない。
最初は唖然としていた井伊の姫と金沢だったが、口元を緩めると鼻で笑う。
「ま、誰が代役でも私は構わないけど…。後悔するわよそんな血筋も大したことない人を選んだら」
その言葉が頭に来た桜子姫は、さらに不適に笑って見せてボソッと囁いた〈後悔しますよ先輩〉と。さすがに止めるべきと判断し、間に入ろうと腕で二人を離した時だった。
向かって左が桜子姫でしっかりと肩を掴んでいるが右手の感触がおかしい。服の上からでも肩を掴めばこんなムニュッと手に柔らかい感触は伝わらないはず。
バチン!と大きな音とともに俺の頬に痛みが走っる。
痛みの方へと顔を向けると、胸を押さえ目に涙を浮かべている井伊の姫がいた。
「こ、この、エッチ!」
「今のは不可抗力だ。他意はない」
「じゃ!純粋に揉みたかったのね!このスケベ!」
あぁ、もうどうにでも解釈してくれとその場での抵抗を止めた。
放課後――。
明日に迫った魔法高校生の魔法の祭典。
それに向け、豊臣 桜子から作戦会議として甘味所に誘われた夜神 当矢/神夜 紀正。
抹茶を練りこんだだんごに抹茶の粉をふったものを頬張ると、彼女はなんとも幸せそうな表情をする。看板メニューは醤油だんごらしいのだが、実は食に興味の無い彼には取り立て食べたいものなどない。
戦場ではレーションが主な補給源になるためで、美味しいものなど数はない。戦場で食に満足している間に気が抜ける可能性がある以上、例え美味しいものがあったとしても不味いレーションを胃に入れるのが傭兵の常。
「おいしいでしょ神夜くん。ここのだんごは別格だから」
「ああ。それで、明日の作戦会議って言ってたが何をするんだ?」
彼の言葉で正座した桜子姫が制服の上着からタブレット端末を出して机に置く。
「電話で当主の了解も出たことだし、後はもう勝つだけ――。神夜くんは砲撃に関してはもちろん知っていると思うけど、ちゃんと理解しているか聞いておきたいの」
ルール確認が必要と思われているが、彼はもちろんルールを把握している。
「予選は時間内にどれだけ得点をとれたかで順位が決まって、上位8人で決勝に進む。
決勝は先攻後攻に判れて、同じ位置同じ数同じ距離に設置された的を射抜き、その結果できなかった方が敗退する。
こんな所か」
「そ。さらに追加すると、簡易パスが競技用に配布されて学校の物より少しマナ供給が多く設定されているの。
もちろん、一時停止して再度使えるようになる時間も早くなってる。で、私の作戦は、【蒼逆鱗】を予選からどんどん使って圧勝するの。
できるでしょ?神夜くん」
満面の笑みを浮かべる彼女に、ある事実を言わないといけない。
「悪いがそれは無理だ。【蒼逆鱗】は日に二度しか使えない。だから、何発もというのは無理な話だ」
それを聞いた彼女は彼の予想通り驚いていた。横に置いてある湯飲みを手に取ると抹茶を飲むとフーと一息吹き。
「えー!」
店内が騒然とするぐらいの声を上げて驚いた。完全に動揺を隠し切れない様子で――。
「ななな、な、なんで?あれだけ完璧に使えるのに?体に負担がかかるから?で、でも、それなら砲撃変則現代魔法の参【雷電砲】を使えば決勝にはいけるでしょ。それで―――」
「それも無理だ。俺の体内マナ保有量は【蒼逆鱗】2発程度、【雷電砲】にしても15発が限界だ。特異体質でな…」
"特異体質"――それを聞いた彼女は険しい表情を浮かべる。
「マナ保有系の欠損ってことなの?事故や病気で起こる小数点以下の特異体質……」
肩をガクッと落とした彼女は自分の置かれた状況に絶望したのか、しばらくそのままだった。
数分後――。
姿勢を正した彼女は、カバンから財布を取り出し机の上にお金を置くと、徐に立ち上がり〈帰る〉と言ってその場を後にした。
その後、《マジカルカーニバル》の当日まで2人が顔を合わせることはなかった。
面白かったら幸い。
そうでなければ読んで頂いただけで幸いです。