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第一章:開戦

二十二世紀の世界は二十一世紀の世界では二次元という仮想の上でしか認められていなかったようなことが認められていた。

いつの時代にも存在していたが現実の産物ではないと考えられていた、特殊な「体質」をもつ人間ー超能力者が活躍する時代になった。

それまで、超能力者当人もそのことを隠していたのも大きな原因だが、化学者や生物学者が「科学で説明できない=非現実」という考えを払拭したのに影響を受けた各国政府が存在を認めたことで一つの区切りがついた。

しかし、彼らは「生物兵器」として軍に入隊することが義務づけられ、体内に小型の発信器を埋め込まれて徹底的に監視された。当然、それによる精神的な負担を考慮してか、優遇される政策を打ち出した。

そして、この日本でも同じ現象が発生した。否、その政策は世界でも群を抜く、過度な拘束に過度な優遇。

「それにしても、厳重ですね。まるで収容所みたいだ……」

「並のリゾートホテルじゃあ敵わないほど豪華な中身らしいね」

そして、ジャックもそんな日本の政策に捕まった超能力者のうちの一人だった。七歳のときに日本に来てから九年間この施設で生活してきたが改めて"内"と"外"の仕切りは凄いと思う。高い壁に、超能力者の能力処理を邪魔する妨害電波。まだ、"外"を知らない。しかし、有力な資本家を中心に経済が回っていると"内"の学校で習った。

「まぁいいじゃないの。そんなにカタイ話とかじゃなくてさ。せっかくの日曜日を楽しまないと人生損してるよ」

ジャックの隣を歩く親友、啓介。彼の能力は強力な念力。

「早くも高校に入って二ヶ月が過ぎましたが、どうですか。気になる女の子とか出来ました?」

「随分とストレートな質問ですね。僕はあまりそういうのがわかりません」

“内”に存在するすべての高校は各学年一クラスしかない。より効率よく優秀な軍人に育てるために入学試験の難易度を細かく設定した。入学当初から少人数レベル別授業が受けられる仕組みだ。

しかし、そのようなシステムの割に学校の数は少ない。それは当然のことだ。敷地面積の割に合わない人数の"内"の世界には、軍人とその家族や研究者など軍に精通している人か、超能力者しかいない。とは言っても、日本軍に所属するすべての軍人、研究者がいるわけではなく特別な審査を受け、合格した優秀な者しか入ることはできない。しかし、彼らの息子や娘が必ず優秀ということはなく、法律上義務教育は“内”で教育を受けることが可能だが高校以降は完全な自己責任。三回浪人した地点で追放されてしまう。

「啓介はいるんですか?好きな人が」

「好きな人とは飛躍しすぎだよ。でもさ、メリッサさんはかわいいと思うな。彼女もジャックと同じイギリス人なんだろ?」

クラスで三人しかいない超能力者の一人のメリッサはジャックと同じイギリス出身だ。しかし、超能力者であることはクラスメート全員が知っている事実だが、能力を未だ一度も使っていないためどのような能力なのかは誰も知らない。唯一知っていると思われる教師には生徒の過去や、超能力者の場合は能力など、ありとあらゆる個人情報を与えてはならないという決まりがあるらしく、教えてくれない。

「確かに彼女は美人だと思いますね。僕も」

「お?ジャックは俺のライバルってことか」

「いえいえ、僕はメリッサを狙っているわけではありませんので」

その上、メリッサは美人だった。腰まで届く長い銀髪に気の強そうな緋色の瞳。啓介曰く、胸が小さいのもポイントが高い所以らしい。

「今さらだけどさ、ずっと歩きっていうのも疲れるし一回寮に戻らない?」

「はい。僕もそう考え始めたところでした」

そう言って、ジャックは啓介に微笑みかけた。



日曜日も終わり、再び憂鬱な朝が訪れる。特に休日らしい落ち着いて平和な日の次の日には温かいベッドの心地よさに身を委ね、いっそ学校なんてサボってしまおうかと考えることも多々ある。しかし、世の中にはこのようには考えずに朝にこそ活発な行動をとりたがる人間も存在しているわけで、今日の朝もルームメートのイギリス人は逆立ちをしている。毎朝五分間逆立ちをし続けることを日課にしている彼の身体は筋トレをしているのか疑わしくなるくらいに細く、しなやかだ。

「ジャック、今何時?」

眠気でろれつが回らない。身体を起き上がらせずにルームメートに尋ねる。そして、やはり逆立ちをしたまま、

「八時十五分ですね。あと、十分でホームルームが始まります。」

「そっかー、今日も遅刻か」

そして、啓介はゆっくりと起き上がった。伸びをして脇腹に心地の良い痛みがはしる。窓を開けると梅雨の季節らしい生暖かい不快な風が流れ込む。その風に顔をしかめ窓辺から離れた。

「もう、食堂は閉まっているので作っておきました。イングリッシュマフィンですよ」

イギリスの料理はマズい、と世界中で言われ続けているが日本でも一定数の人気を誇るのがイングリッシュマフィン。断面のみをカリカリに焼き、さらにベーコンやハムやソーセージをのせると朝食にちょうどいい。

噂や外聞など、当てにはならない。好評にしろ酷評にしろ当然それは事実無根というわけではなく、言い出しっぺの第一印象が連鎖的に広がるものだ。あるいは説得力を持った意見が同様に連鎖的な情報の共有となってしまう。

世間は巨乳に鼻の下を伸ばすが、啓介は自己主張の控えめかつ服でしっかりコーティングされたものこそが女性の真骨頂であると感じる主義だ。貧乳 イズ ザ ベスト ギフト。ギフトには天からの贈り物、つまり才能という意味もあるから貧乳とはある一種の才能である。

「朝からろくでもないことを考えていないで、さっさとご飯食べて行きましょう」

なぜ、考えていることが分かってしまうのだろうか?顔に出るタイプと言われることもしばしばあるが、それがどのような内容かまでは分からないのが普通だ。つまり、

「ジャック!おまえまさか読心系の超能力も持っていたのか!?」

「啓介がバカなのは十分理解しています。だから、キャラの確立ていどのことで自分を傷つける必要はありませんよ」

「……えーと、………バカにされてる!?」

ジャックはいつも遠回しに悪口を言う。明言を避け、にこやかな笑顔で花のじゅうたんを作り、されど心にはナイフのように一撃では突かれないもののバラのトゲのようにねちっこく刺さっていく。

食卓ににイングリッシュマフィンとレタス、ハムが並んだ。啓介もパジャマ姿のままジャックの真向かいに座る、もともとは勉強机のため一人分のスペースは割と広い。

「それでは、いただきます」

胸の前で合掌し、命を捧げてくれた食卓に上る生物に感謝を述べる。そこに啓介は違和感を覚えた。

「そういやさ、ジャックってイギリス人だろ?」

「ええ、まぁそうですが。それがどうかしましたか?」

「なんか、イギリス人っていうとキリスト教を信仰してて『ああ主よ、今日を無事に暮らせたことに感謝します。アーメン』みたいなことをするものじゃないの?」

イギリスはキリスト教の本場、というのが啓介のイメージ。それは決して間違いというわけではないだろう。しかし、今ジャックが行ったのは宗教に無頓着な古来からの日本の簡易な儀式。格式張った長たらしい言葉とは無縁の形骸化したものだ。

「ブレックファースト、朝食で一日を感謝するとは啓介もなかなかツワモノですね」

ハァ、っとジャックはため息をついた。

「僕は神は信じてはいませんよ。むしろ、憎悪に近い感情の方が強いかもしれませんね。理由は聞かないでください」

ジャックは表情に雲一つ出さない。ときに超能力者は世間から冷遇を受ける。超能力者が住むのは充実した施設。しかし、各部屋にはカメラがいたるところに設置され本当の自由はそこにない。部屋にはテレビがある。しかし、情報の制限によって国防軍に有益なもの以外は報道されることはない。自由にものを購入できない。さらに、体内の小型のチップが埋め込まれていることを超能力者本人は知らない。

そして、ジャックにも神を憎まなければならなくなった理由があるのだろう。触れてはならないような出来事があのポーカーフェイスにはある。ならば触れないのが優しさであり、啓介にとってもジャックにとっても気分を害さない最善の選択だ。

「ああ。聞かんよ」

そこで、今現在の最重要な問題について話を振った。

「遅刻、どうする?」

ジャックは斜め上、部屋の上方のすみに目をやった。

「啓介、人間は考える葦ですよ。人間に考えて、学習することを取ればただの脆い生き物です」

ジャックが見ていたのは小型の監視カメラ。普段生活しているには気がつかないほど小さなカメラだが、その存在を知ったのが前回の同じようなシュチュエーションのときだった。

『言い訳、どうするよ。ジャック』

『そうですね。とりあえず正門では啓介が囮になってください。その後、校長室や職員室に呼ばれるはずです。そのときに僕が精一杯啓介を庇って説得に努めます。学年主席の熱弁に、ウソだと切り捨てられる人は少ないでしょうから、僕たちは必要最小限の被害で済みます』

『分かった!それで行こう!』

その後、ジャックと啓介は勇ましく部屋を出陣した。正門で予定通り啓介が囮になった。しかし、授業が全て終わり校長室にはもちろん、職員室にすら呼ばれることはなく、日は過ぎて行ってそして寮。

『ありがとうございました。啓介の犠牲で僕は免罪です』

とこんなことがあり、その後二人とも遅刻した事実の隠蔽を図ったとして翌日に厳重注意を受けた。そのときのスムーズすぎる対応に違和感を覚えたジャックがカメラを探し出した。部屋にあったカメラは浴室、脱衣所を含めて合計四つ。

そして、その死角に啓介は肌色の多い雑誌とゲーム機を隠し持っている。

「ここは言い訳をせずに報告するのが一番いいと思います」

「俺はよく分からないけど、ジャックがそう思うならそれでいいや」

前回、ジャックに騙されたことを学習していない啓介は快諾した。今回も疑念を抱いていない。

「はい。それではそういうことで」

その啓介の様子にジャックはニヤリと意味あり気に笑う。その笑みを隠すようにイングリッシュマフィンを頬張った。


時は六時三十分。ここからジャックの日常は始まる。部屋に目覚まし時計はなく、ベッドの横に腕時計が置いてあるだけだ。しかし、これも啓介の私物でジャックのものではない。ジャックには時計というものが必要ないのだ。

性格すぎる体内時計で起きる朝ほど気持ちのいい起床はない。ジャックは静かに起き上がると、啓介の顔には朝日が当たらぬように半分だけカーテンを開けた。梅雨入りの発表がされてからはそう時間は経っていないからか、昨日よりも濃く暗澹とした雲が低空まで沈んでいる。明るい陽は届いて来なかった。パジャマを脱いでスポーツウェアに着替える。そして、顔を洗ってから音をたてないようにそっと寮の廊下へ出た。

赤じゅうたんこそないものの豪華で人が十人は横に並べるほどの広さの中を歩く。寮から学校までの距離が遠い人は起きているが、ほとんどがジャックと同じ高校かその付属中学の人しか生活していないため、昼間ではときどき聞こえる痴話喧嘩や騒々しいドラミングのような叫びも今はない。

清掃員のおばさんに挨拶を交わし、自動ドアから外に出る。同時に湿気の多い風が全身に吹き付けた。

軽くストレッチをして気合いを入れる。足首や膝の裏を入念にほぐしていくと、頭が冴えてきた。そして、いつもの十キロメートルを走り出した。コースは寮の玄関をスタートにして、約一キロ先の国防軍防衛大学校付属第一高校、略称防大一高まで行き、毘沙門天を祀る神社を通り越して、戦車工場を一周する。これを往復して、ゴールは寮の裏庭だ。

気温はそれほど高くない。だが、暑さを感じさせるには十分すぎる湿度がある。その、じれったい暑さに汗をかいてゴールの裏庭に辿り着いた。そこには、クラスでよく見かける後ろ姿があった。

「朝が早いみたいですね、蘇我さん」

ベンチに座っていた蘇我麻由香は突然声をかけられたことに驚くそぶりすら見せずに、手に持っていた文庫本にしおりを挟み、静かに閉じた。

「おはよう、ジャック。朝からトレーニング?真面目なのね」

麻由香はジャックのクラスの学級委員だ。ジャックは“:主席入学生徒は生徒会役員になる”という伝統に従って書記を務めているため、付属の特権である中学のときの学級委員が高校でも引き継ぎで、という流れで麻由香になった。

麻由香は普段は清楚な美人なのだが、一度ネジが外れると愛読書の三国志や趣味であるアニメについて演説が始まるから油断できない。

「蘇我さんは相変わらず三国志ですか?」

「うん。今読んでるのは長坂の戦い。長坂の戦いは……」

「二○八年の曹操と劉備の戦い。劉備の人望に惹かれて人が集まりすぎて速やかに撤退できないところを曹操が攻め入り劉備は阿斗(後の劉禅)と甘婦人を置いて逃亡。婦人と阿斗は趙雲が救出し、張飛が一騎で曹操軍を戦わずして撤退に追い込むことで劉備も九死に一生を得た、ですよね?僕も読んだことがあるので少しなら分かりますよ」

「あら?こんなに近くにこれほど分かる人がいるとは意外だった。どう?今度一緒に三国志同好会でも作らない?」

麻由香の口調は至って普通。しかし、鼻息が荒くなりメガネが若干曇っている。六月だよ?

ジャックに危険信号がほとばしり身構えてしまう。

「まぁ、座ってすわ……」

「遠慮します」

「三国志についてゆっく……」

「お断りします」

「私と結婚し……」

「拒否します」

そこで、ガバッと立ち上がり眼をまん丸にして絶句する。対応が面倒くさくなったジャックは時間が止まり、瞬きすらしないネジの抜けた麻由香の亡骸から去って行った。

部屋に戻っても啓介は夢の世界だった。幸せそうに枕によだれを垂らしている姿は動物的な意味でかわいかった。その微塵も不潔な感情を抱いているようには見えない横顔に少し躊躇われたが、これまた動物のようにティッシュを大量消費する原因となる肌色の多い大人向けの雑誌を一冊拝借し、啓介のスクールバッグに入れる。これは今日は遅刻するだろうと推測していた。

前日にあれだけカラオケで熱唱すれば疲れるだろうが昨晩はまだ、気分が高揚していたのか勉強に集中できずベッドに倒れこんだと思ったら寝息をたてていた。こういうとき、啓介が七時半までに起きることはほとんどない。

次にどのようなことが起こるか分かっていながら対策を打たずにその時の気分に流され、怠けるのは愚の骨頂だ。啓介が寝坊することは予想、いや確実だ。そして、同室であれば遅刻は連帯責任。

だからと言って、啓介を叩き起こすことははばかられた。

「ジャック〜ケツも見せてくれよ〜」

果たして啓介は妄想の空間でどんな夢を見ているのだろう?ゾクゾクと背中から鳥肌が立つ。できれば近づきたくないものだ。

スポーツウェアを脱いでシャワーを浴びる。ジャックの金髪から水滴が垂れた。シャンプーを含んだ水が流れていく。実に平和な日常だった。

そんな日常が簡単に砕かれて散る時が近いことをまだ、知らない。



学校では遅刻を啓介の雑誌で回避し、その後寮に戻った二人はテレビゲームに熱を入れていた。

「ぐわー!またジャックに負けた。なあ?どうしてだ!?なぜ巨乳のメインヒロインがロリっ子サブキャラに十七連敗?納得いかねー!」

去年流行った「機械の巨兵」というSFアニメがモデルのアクションゲームをプレイしているのだが、その持ち主である啓介はとても弱かった。いや、ゲーム下手とかそういうことではない。メインストーリーは全てクリアしていることからも分かる。ジャックがうますぎたのだ。

「ロリっ子とはなんでしょう?」

「幼女だよ幼女。二次性徴を迎えてないか、迎え始めくらいの女の子がロリっ子ね。ちなみにそういうのが大好きな人はロリコンと呼ばれる」

「じゃあ、僕はロリコンですね」

ジャックには啓介がいう"ロリっ子サブキャラ"が最も扱いやすいため正直「機械の巨兵」の中では一番好きなキャラクターだ。

「あゝ、ジャックが俺の手に届かない世界へ旅立とうとしている。ここは友として優しく送り出すのが役目であろうか?」

啓介は何を言っているのだろう?よく意味が分からない。

そこでタイミング良く、ドンドンと勢いよく扉を叩く音がした。

「ジャックはいるか?」

それは女の声だった。

ここは男子寮である。女子の出入りが禁止されているわけではないため、不自然なことではないが、親もとを離れた全ての男性がこの寮に住んでいるから(自分の家庭を築き、出て行った人も多い)か、女子が訪れることは滅多にない。あるとしても、恋人などを迎えに来たとか、恋愛絡みのことがほとんどだ。そのため、

「ジャック!オメェ、十五秒前にロリコン宣言しておきながら恋人作っていたのか!?これだからイケメンは嫌いなんだ!」

ジャックに恋人はいないのだが、啓介は何か勘違いしているようだ。しかもこの声が彼女のものだと分かれば……。

「むむ!しかもこの声、間違えるはずもない!メリッサさん!」

バレたか。

「何ゴチャゴチャ言っている?開けるぞ」

ドカンと鍵のかかった部屋を無理やり押し倒すような音がした。これは開けるとは言わないと思うジャックだった。

そして、普通の女の子の腕力ではこのようなことはできない。つまり、高校に入学してからメリッサが始めて超能力を使った瞬間だった。しかし、どのような能力かは分からなかった。

「メリッサさん。ちわーっす!!」

「私はヤクザの棟梁か?そんな挨拶はやめろ。こちらも居心地が悪くなるからな」

ドアがぶっ壊されたことからの切り替えしは素早かった啓介も他の意味で動揺し、ジャックも超能力でドアを壊したことに動揺していた。

「まぁいいさ。ん?どうした?私がここに押しかけたことに驚いているのか?それとも能力を使ったことか?」

「「両方です!!」」

啓介がジャックとハモったことが嫌だったのか、睨んできた。勝手な誤解で嫌がられるなんてジャックとしては理不尽極まりないといった感じだ。

「君たちは仲がいいな」

「気のせいっす!」

クスッと笑ったメリッサは神のイタズラでも度が過ぎていると感じる、とても魅力的な笑顔だった。しかし、啓介の余計な即答で台無し。ジャックも余計なことがしたくなった。

「啓介はメリッサのことが好き…ノファ!?」

啓介に超能力で吹っ飛ばされて壁に激突する。しかし、最後まで言ってやった。ざまぁ。

「い、いやー。ジャックは何を言っているのか。別に俺はメリッサさんのこと嫌いではありませんが、何というか少しドキッとするだけでして。ハハハ、ハハハ」

啓介が苦しい言い訳をするが、結局好きって言っている。見ていてかわいそうになってくる。

「冗談ですよ、メリッサ。いや、本当は冗談ではないのですが、啓介のためをお……ドペ!?」

また、壁に叩きつけられた。

超能力者が生物兵器と揶揄されていることから分かるように超能力は能力によっては高い殺傷力を持つ。それはSとA〜Gまで合計八つのアルファベットでランク分けされていてSが殺傷力が最も強く、Gが最も弱い。ちなみに啓介はAランクで、ジャックはSランクだ。そして呆れ顔で溜め息ついているメリッサはBランクらしい。

「そろそろ、本題に入っていいか?」

「男子寮にわざわざ来たということはよほど重要な要件なのでしょう」

「え?ジャックとメリッサさん付き合ってるから会いにきたんじゃないの?」

メリッサの眉が微妙にピクッと動いたが、啓介はもちろんジャックも気がつかなかった。

「啓介、少し来い」

メリッサが窓辺まで歩いて行き、啓介を手招きした。はいっ!と模範的な元気のいい返事をしながら啓介はジャックを見、さも「先手は取られたが残念だったな!今に貴様は振られるのだ!ハハハハハハ!」みたいな表情をしたが、あまりにも残念なお顔に出来上がっていたので、見て見ぬ振りをする。

「啓介…。今日は天気がいいな。雲は一つもなく、風が優しい。こんな日は外に出たくなる」

「同感です!」

そこでいつの間に後ろに回り込んだメリッサ……。メリッサ?今彼女は啓介のとなりで窓の外を見て、美しい銀髪を耳の後ろで抑え、柔らかい微笑みを浮かべている。メリッサが…二人!?

「そうです、メリッサさん。話が終わったら二人で外にでも行きませんくぁーーー!!」

「四階から落ちながらも最後まで言うとは尊敬すべき根性だな」

ジャックには啓介のことはどうでも良かった。啓介はどうせ超能力を使って無傷なはずだからかもしれない。そんな事よりもこっちの方がよっぽど有益で興味深いことだ。

「なるほど。メリッサ、あなたの超能力がやっと分かりましたよ。“人形”を作ることですね」

二ヶ月間ずっと隠していたにしてはしょうもないというか、あっけない暴露。どんな事情かは知らないが、なんらかの訳があって隠していたのだろうし、知ったところでどうなるものでもない。だからさっさと話を戻した。

「話の続きをしましょう」

「私たちに出撃命令が下った」

学生に出撃命令が下ることは当然のことながら滅多にあるものではなく、軍で完全には対応しきれない場合のみだ。過去にも例は一度しかない。それは超能力を持たない人間が銃器や刃物を装備したジャケット「ウェポンジャケット」を開発し、反抗したものだった。しかし、そのウェポンジャケットも生身の人間には脅威にもなり得る兵器だったが、超能力者の介入によって反抗グループの士気が低下したのも手伝い、学生は戦場に立たされることなく事態は収束した。

「ものすごい急ですね」

「七年前と同じく、ウェポンジャケットを用いた反抗らしいが今回は規模が軍にいる超能力者だけでは対処しきれない量らしい。戦場に出ることも覚悟しておいた方がいいだろうな」

「組織が一元化したのでしょうか?」

「ご名答。五つの反抗グループが最も大きいものに協力して一つのグループを結成したらしいな。彼らは自らを『アンビッション』と名乗っているみたいだ。なんというか…単調というか、バカっぽい」

アンビッションー志し。ジャックもメリッサのように単調なグループ名だとは思うがそれだけだろうか?単調なだけに直接的なメッセージが存在し、それが彼らのアンビッション。まだ、“内”しか知らないジャックやメリッサ、啓介には想像し難い何かが“外”にはある。

超能力者は治安を瓦解させ秩序や平和的均衡を傷つける“生物兵器”ではない。心がある“生物兵器”として混沌を鎮める鎮痛剤である。それは時には人の死を伴う、副作用が大きいものだが世の中は残酷にも、そのことで迷っている時間をくれない。定められた宿命に関して異論反論は認められない。

「分かりました。集合はどこですか?」

メリッサが腕時計で時刻を確認する。そして、小さく頷いた。

「十分後に国防軍防衛大学校付属第一高校の屋上、第二ヘリポートだ」

「それでは僕は身支度があるので。メリッサは先に行っていて下さい」

「ああ。その前に啓介でも拾ってくるよ」

なんだか実感が湧かないな、とメリッサは言って部屋を出た。

啓介とは相部屋だが、それでも余裕のあるこの部屋は大柄とは言えないジャックには広すぎた。

「今日、僕は……」

何人殺すのだろう?心で波紋を広げる疑問にジャックは祈り、自分の作業を始めた。




入学初の日曜日の登校は愉快なものではなかった。過去に何度もない異常事態にジャックが出撃することは、死をもった鎮圧。中途半端な出来事ではすまないからかも知れない。だから、ジャックはヘリコプターの中でもいつもと変わらない表情でポーカーフェイスを保っていた。

「啓介、ズボンのチャックが全開です」

啓介のとなりにはメリッサが座っているが、メリッサは窓の外に興味を惹かれていたこともあり、無反応。

「バッカ野郎!メリッサさんに聞かれたらどうするんだ」

チラチラとメリッサを伺いながらもチャックを閉めようとする啓介。だが、慌てているからかなかなか閉められない。

「違った高さから見る景色もなかなかい…い……な」

それがメリッサにとっては啓介がアソコを抑えてモジモジしているように映った。そして、思いっきり蔑んだような目で、

「サバイバルナイフを持って来るべきだったか」

「サバイバルナイフ!?」

「安心しろ、啓介。私は頸動脈は外さない」

「いきなり殺人宣言!?」

それでもツッコミを全うする啓介に敬礼。

「ジャックまで何『逝ってこい』みたいな顔で敬礼してんだよ!?」

「少し黙れ!」

啓介に追い打ちをかける操縦士の一喝。

「ったく……。ところで、ウェポンジャケットについてどれだけ知っている?」

「大雑把な姿形だけしか知らないが?」

メリッサの返答に操縦士が驚きの表情を浮かべる。だが、すぐにもとの険しい表情に戻った。

「ウェポンジャケットはその名前通りの『武器』を装備した『防具』だ。弾数がかなり多く、マシンガンタイプならもちろんミサイルタイプだろうがなんたろうが連射が可能だ。防具としてもかなり優秀と聞いている。“内”で作られた徹甲弾を二回同じ場所に当てて、やっと貫通だ。その反面弱点もある。ウェポンジャケットは身体能力を向上させるどころか、その重量故に動きがかなり遅い。だから近接タイプを使う奴は稀だ。まあそのデータはあくまで七年前のウェポンジャケットのデータだからな。外見は以前よりもスマートになっているらしいがそれ以上は何も言えんな」

メリッサはウェポンジャケットの解説などどこ吹く風。窓の外の風景に再び心を奪われていた。

“内”の中心部から飛行を開始したヘリコプターは早くも眼下には超能力者でさえ乗り越えられない大きな壁があった。

「目的地に到着した。お前ら三人は緊急時の応援部隊だ。国防軍の方も学生はなるべく戦闘に加わらないようにしたいのだろうな。部隊の最後尾で待機だ。とはいえ、生半可な覚悟で戦場に来られても邪魔なだけだ。その辺頼むぜ」

ジャックは生の戦場がどれだけ過酷なものかを知らない。学校での授業やテレビで放送された三次元ではないものを断片的に知識として持ち合わせているが現実味にはどうしても欠けたものばかりだ。

メリッサにも操縦者にも言われた「覚悟」という言葉に気持ち良く頷くことはできなかった。

「了解です。指示には適切に行動しつつ、実戦ではランク相応の戦果をあげて見せましょう」

「初陣には思えねぇ態度だな。期待しているぞ」



「本当に最後尾だな」

ため息のように言葉を発し、メリッサは後ろを振り返った。メリッサの視線に気がつき、ウインクをする啓介の存在を脳内で抹消した先は“内”と“外”を隔てる壁があるだけだ。

「どうしました?メリッサ」

「ジャックか。いや、なんでもない。ただもう戻れないところまで来てしまったのだと思っていただけだ」

そう言うメリッサの顔にはネガティブな感情はないが、決してポジティブには見えない複雑な表情があった。

「私は考えなければいけないと思う。事がある度に命を削り合う今は間違えてはいないかどうか。同じ人間なのになぜ共存することができないのか。ジャック、超能力者とは何なのだろうな」

ジャックはメリッサと同じ疑問を抱くことが何回もあった。凄惨な幼少期を過ごしたからかもしれないし、元来の気質ゆえかもしれない。行動を常に監視された人間は監視する人間と同じ「人間」だろうか。その疑問は先ほどメリッサが見つめていた壁が語った問いかけだ。

「それは誰に聞いても分かる問題ではありませんよ。今まで当たり前だと思っていたことに疑いを持つ人はそう多いものではありません。ですが、僕と同じ疑問を抱いた人間が近くにいてよかったと思っています」

「案外、俺もそういう感じの人だったりして」

渾身のアピールを毎度流され続け、ゾンビ化していた啓介も同調した。

「だから、僕たちはその疑問を解決するために戦い、学ぶのかもしれません」

そんな中をところどころに銃弾を浴び、傷だらけの軍人が前方からやって来た。

「援軍要請です。至急出撃してください」

「よし!皆、出るよ!伝達ご苦労様。あなたは傷を癒してくれ」

最後尾部隊の指揮隊長の超能力者、田邊中尉が叫んだ。

ジャック、メリッサ、啓介はお互いの手を握り合った。その手で三人には分かった。この戦いが人生を大きく変える分岐点となることを。

「ジャック、啓介。必ず戻るぞ!」

「え?一緒に戦うの?」

啓介はマイペースだった。だが、それはとてもありがたいものだった。ちょうどよくリラックスした肩に力みは微塵もない。

「でも、生死を賭けるときだから言う!ジャック!俺はお前……」

「「うおーーーー!!!!」」

啓介の言葉は戦場で死闘を繰り広げるために駆り出された軍人たちの雄叫びに消えた。

「超能力者が四人もいるんです。僕たちは負けはしません」

四人目の田邊中尉の能力は真空の刃を作り出すこと。意図的にカマイタチを発動させることだ。殺傷ランクSだが、人を殺めることを嫌うという性格により目覚ましい戦果はない。しかし、気取らずに謙虚な姿勢は多くの人に信頼を与えた。敵の進軍は止まるだろう。

そして、理不尽な常識に翻弄された学生三人も勇ましく戦場へと進み始めた。




ジャックはアスファルトで舗装された市街地を全力疾走で進んでいた。

ジャックの自分の身体に限った物理的干渉力のオン、オフの能力とメリッサの自分のクローンを無制限に作り出す無限の軍勢、啓介の強力な念力を組み合わせ、死者を最小限に抑えるにはやはり反抗グループの指導者だけを殺害するのがいい、というのは三人の暗黙の了解となっていた。

ウェポンジャケットから発射されるミサイルや銃弾は空中で浮かんだ啓介が食い止め、それを掻い潜ったものはメリッサクローンが盾となり突き進む。時折メリッサは敵の頭上にメリッサクローンを召喚し無力化した。

反抗グループ「アンビッション」のメンバーは国防軍の援軍部隊を誰一人傷つけることができない状況に焦り、また、自軍のメンバーが誰一人傷つかない状況に乱れた。

攻撃が全く当たらない超能力者三人の突撃、進めば切り刻まれると分かっているカマイタチの壁には進もうにも進めずに一歩も動けない。戦況は反抗グループが有利だった。死亡者こそ同数だが、戦闘動員数の分母の桁が違うからだ。

それはこうも脆いものか、と思うほど少人数短時間で覆されようとしている。猪突猛進の勢いで道を開拓していくのをただ眺め悪あがきすることしかできない。

「なんか面倒になってきたなぁ~。あらよ!」

ジャックの先が急に開けた。啓介が念力で道をこじ開けたのだ。

「おい!そこの三人!止まれ!」

筋肉隆々、威風凛然といった巨漢が吠えるが当然止まらない。だからといってジャックは彼の言葉を無視して周囲から浮かせようなどと考えた訳ではなく、むしろ警戒していた。

今までの雑兵とは明らかに異なる純白のウェポンジャケット手首の先についた銃口がは通常より小さいものの、その銃口が六つ。ガトリングタイプだったのだ。

だが………。

ドカッ(メリッサ)

グシャ(ジャック)

ヒョイ(啓介)

メリッサがメリッサクローンを頭上に召喚して地面に崩れ落ち、物理的干渉力をオフにしたジャックの足に蹴られてガトリングは原形を失い、啓介がゴミでも捨てるかのように投げ飛ばす。

中ボスのあっけない退場処分だった。



アンビッションの指導者の元へ辿り着いたのはそれから数分後のことだった。意外にもその指導者は女だった。そして、今その指導者を詰んでいる。物理的干渉力をオフにしたジャックの手が指導者の頭の中に入っている。

「僕が物理的な干渉を元に戻せばあなたの脳みそは華々しく潰れます。どうでしょう?あなたの命を助ける代わりに、撤退してくれませんか?」

周りを囲んだアンビッションの雑兵たちへ向けてメリッサが、余計な手を出してもリーダーの命はないぞ、と脅しているため周囲は傍観することしかできず、指導者も地上に降りてきた啓介によって身体の自由はない。

「我々は理由があってグループを結成し、立ち上がった。汝ら超能力者には戦う理由はあるのか?我は汝の今までの人生を否定し、洗脳する気はない。気を悪くしなければ答えてほしい」

「他の超能力者がどの様に考えているかどうかは僕たちにはわかりません。ですが、ここにいる三人の超能力者はその答えはありません。“生物兵器”と言われている超能力者は何なのか。それが知りたくて誰も殺さなかったのかも知れません」

ジャックは手を指導者の頭から抜いた。アンビッションのメンバーたちの糸が少し和らいだのか小さいため息が聞こえたが、それでも張りすぎていた空気は緊張が続く状況だった。

「ほう。優遇されていることに不満を持ったか」

「不満ではなく疑問です。“内”の世界は正直“外”の世界より綺麗ですし、思案にふけた顔の者はいますが憤怒の表情の者は誰もいません」

「だからこそ、疑問を感じた」

そこで、痺れを切らした啓介が指導者に怒鳴りつけた。

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと結論言えよ!」

「啓介、今は抑えろ。ここはジャックに任せよう」

チッと小さく舌打ちして啓介は下がったが今にも再び食ってかかりそうな顔をした。

メリッサにしてもジャックにしてもイエスともノーとも答えない指導者には早く撤退命令を出して、事を一時的でも収束させたいところだった。

「後ろのバカも喚いているように、こちらとしても早く結論が欲しいのですが?」

「汝らに見てもらいたい場所がある。そこで答えを出すのでは遅いだろうか?」

「いいですが、仮にも今は命の奪い合いの途中です。この瞬間にも誰かが死んでいるかも知れません。それに僕たちが何の条件も出さずにのこのこついて行くとは考えていないでしょう?」

「もちろんだ。汝の条件とやらを聞こう」

ずいぶんと上から目線だな、と啓介が吐き捨てる。

「一つは直ちに攻撃を中止してください。こちらも上に伝えます。もう一つはその場所は僕と僕たちの部隊の指揮隊長の二人とあなたの三人で行くことです。もし、そこでアンビッションのメンバーを見つけたら理由は聞かずに殺します」

「了解した」



それからそこへの道のりはとても長く感じた。それは罠がないかや伏兵はいないか、アンビッションの指導者を警戒していたからかもしれない。それが三十分なのか一時間なのか、それとも十分程度だったのかは分からなかった。

砂塵が多くなりかすかに視界が茶色く霞んでいく。そして啓介とメリッサを残した場所にはあったビル群もなくなっていた。目の前にあるのは荒野。ただし、自然が形成したとは思えない、関東平野に広がった小さな砂漠だった。

「着いた。ここが我が汝らに見て欲しい場所、いや景色だ」

「何か意味があって連れて来たのでしょう?何がしたいのか、いや言いたいのか。話を始めて下さい」

「ああ。分かった」

指導者は頷いた。そして、田邊中尉とジャックの顔を交互に見た。彼女の唇がわずかに動く。


「ここは国防軍が無差別に殺戮を行い、それによって焼滅した小さな街の跡地だ」


田邊中尉が目を細め、ジャックはポーカーフェイスを貫く。まだこの指導者の言っていることが真実かどうかの証拠がないからだ。

「今から………」


* * *


今から四年前だった。世界を隔てる巨壁の向こうを夢みた人々が蜂起した事件の拠点となった一つのお世辞にも発展しているとは言えないし、面積も大きくない町で起きた。

その町、旧国分寺市はところどころに畑や樹木林もあり、存在感は薄かったが歴史的にも価値のあるものもあった。蜂起で一時期混乱したことはあったが、それからも三年が経ったため生活に不自由している市民は誰もいなかった。いや、大金持ちはいなかったし、むしろ金銭的に余裕のある人は少なかったが地域で助けあって精神的にはとても穏やかだった。

アザレアが咲いた公園で子どもたちは笑顔で走り回り、飼い主が談笑している下で犬は互いの尻の匂いを嗅ぎ合う。休日の晴れた日には妊婦とその夫がゆっくり散歩していった。白いハトも空を自由に飛んだ。

そして今日もいつもと同じ時間が過ぎて行く………はずだった。

突然現れた国防軍の軍人に町の雰囲気が変わった。彼が歩く道では誰もが振り向き眉間にシワを寄せた。軍人はある洋食屋に入った。店の主人は客の身分を知りながらも旧国分寺市の市民と同じように接客した。たった一人の軍人に警戒はしただろうが、それ以上の何かがあったのだろう。

その軍人は店で一番人気のオムライスを注文し、黙々と食べ続けた。

公園で遊ぶ子どもが消え、談笑している飼い主と犬が消え、妊婦が消え、白いハトが消えたのはその直後だった。

未知の能力に家は燃え、人は泣き叫ぶ。何が起きたのか分からずに混乱している者も多かった。

洋食屋でも悲劇は起きた。軍人は超能力者だったのだ。無抵抗な主人とその家族、他の客は一人を残して全員が死んだ。

唯一生き残った少女は軍人が全員撤退したあと、たんすから出た。誰なのかも分からないほど無惨な死体を見て、泣いた。厨房にあった血のまみれたエプロンを握りしめて、目元が腫れても泣き続けた。

しかし、少女は真っ白な思考に響く声にハッとした。

『逃げろ……この町を…出ろ………フユ……お前だけは生き延びろ……!』

父の声だった。苦しそうな、けれど間違えようもない。父だった。

「イヤだよ!お父さん! 私も、フユもこのにいる!」

『ダメ…だ……ここにいれば…フユも殺さ…れる………父さんと兄さん…母さんの……敵を……』

遠くでヘリコプターが飛ぶ音がした。涙を両腕で拭い、顔を上げた。

「お父さん、待ってて。いつかフユが作ったオムライス、食べさせてあげるから。それまでに敵取るから!」

父の声は返ってくることはなかった。

フユは立ち上がった。そしてまだ破壊されていないドアから外へ駆け出した。空は真っ赤だった。夕陽と炎で何もかもが赤く染まっていた。

誰もいない道は長かった。息も上がり、肺も足も干からびそうだったが走り続ける。ヘリコプターの音は次第に近づいてくる。

フユはただひたすら走った。しかし、これは逃げているのではない。無差別に人々を殺した、父や母や兄を殺した国防軍と超能力者への復讐のための一歩だ。これから産まれてくるはずだった希望の芽を摘まれた人々の追悼だ。

三年前に父が歩んだ革命の道に出来た広い歩幅と足跡をゼロから駆ける。

振り返り目にした凄惨な光景を目に焼き付けた。そう、

父の踏み込めなかったあの壁の向こうへ行き、未来の希望の芽をもう一度植えるために。


* * *


「長くなってすまなかった。この話を信じるかは汝らに任せる」

ジャックはアンビッションの指導者、フユの瞳を覗いた。とても嘘をついているようには見えない眼光だ。

「あーれ〜?フユちゃん?どうしたの〜?戦場は〜ずっと遠くでしょ〜?」

誰も来てはいけない場所に呑気な声が響いた。フユはハッとして振り返る。しかし、ジャックと田邊中尉は驚きはしたものの身構えることはなかった。

「止まれ!ルナ!」

フユの叫びでルナは瞬時に止まり敬礼した。ルナは不思議そうに目をパチパチして首をかしげている。

「大丈夫ですよ。僕はあなたを信じます。田邊中尉、どうしますか?場合によっては今から敵同士になりますが」

田邊中尉はアゴに指を当て、しばらく思案にくれた。そして、

「ジャック君は本気みたいだね。ならばこの話を聞いた以上キミに協力するよ」

「新人さんですか〜?フユちゃん、ど〜したの〜?」

「いや、なんでもない」

何かをごまかすようにフユはわざとらしい咳をした。

「まぁいい。話はこれで終了だ。帰るとするぞ。我らがアジトへ!」

「オ〜!」

またしても呑気な声はよく晴れた空に響いた。

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