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MEMORYS

風色に光る海

作者: 藍咲 紅里

    港に抜ける路地


    流れてくる潮の香り


    駆け出して空を見上げると


    カモメが羽ばたいていった……








「風がキモチ~!」

 真っ白な雲が浮かぶスカイ・ブルーの空の下、あたしは両手を広げて浜辺を渡って吹いてくる潮風を一身に受けた。

 目の前には、オーシャン・グリーンの果てしなく広く続く海。まばゆい太陽の光が水面に反射してキラキラッと輝いていて、とても眩しい。

「昔はさ、こんな当たり前の景色見て、大切な宝物みたいに思ってたんだよね~。いつからそう思わなくなったんだろ?」

 いい返事を期待しつつ、あたしは海から視線をキミに戻す。

「それはやっぱり、俺達(おれら)が大人になったからだろ」

 ……期待ハズレ。

 もっとこう、気のきいた言葉は言えないわけ?

「大切だと思ってた気持ち、捨てるのが大人? あたしはそんな大人になりたくないな~」 

「それが、大人になるってこと。いつまでも子どものままじゃいられないだろ。終わりのないものなんてないんだよ」

 キミはあたしから視線を逸らして、海を見つめながら呟いた。 

 その横顔がすごく大人びて見えて、あたしはなんだか置いていかれた気分になる。

 な、なんでそんな顔するのさ~。

「それより、用事って何だ?」

「え? あ、あぁ。すっかり忘れてた」

 その一言に、“お前な……”という溜息が聞こえてくる。

「これ、あげる」

 あたしの手には、貝で作った星型のアクセサリー。この島に古くから伝わる、旅の無事を祈る船乗り達のお守りだ。

「ちゃんと渡したんだから、必ず帰ってきなよ~」

「……お前、本当に不器用だな。これ、(いびつ)過ぎ。何で同じ大きさの貝を使ってるのにこうなるんだ?」

「文句言うなら返してよ。せっかく作ってあげたのにさ~」

 キミの手から奪おうとするけど、軽くかわされる。

「ま、歪でもないよりはマシかもな。ありがたく貰っとく」

「最初からそう言えばいいのに、素直じゃないな~。歪は余計だけどっ」

「歪を歪と言って何が悪いんだよ。……あっ、そろそろ行かないとな」

 遠くの方で呼ぶ声がして、キミは浜辺を後にしようとする。

 その背中に向かって手を振りながら言う。

“頑張れ~”でも“元気でね~”でもなく。

「土産話、楽しみにしてるからね~」

「はいはい」



 こうして、キミは旅立っていった。

 そして……――――――



 “逢いたい”って一言、砂に書いた。でも、書いたそばから波によって消されていってしまう。

 あの日……キミが嵐の海に投げ出されて行方不明になったと聞かされたあの日から、あたしはずっとキミと一緒にいたこの海に通っている。

 目の前にあるのは、キミにお守りをあげたあの日と同じ景色。

 だけど海の色は眩し過ぎて、空と雲の色は悲し過ぎて、太陽の光は痛過ぎる。まるで、キミとの想い出にしがみついているあたしを笑って見ているかのように。


 暫く海を見ていると、遠くに船の姿が見えてくる。

 あの船にキミが乗っていたら……何度そう思って、港に行っただろう? でも、キミが戻ってくることはなかった。

 今ではもう、あたし以外の皆は、キミは死んだのだと思い始めている。 

 皆、寂しくないんだね……。

「必ず帰ってくるって言ったのに、ウソつき」

 お守りだってちゃんと渡したのに。

 大きく息を吸い込んで

「ウソつき――――!!」

 海に向かって声の限り叫んだ。

 キミは生きていて、きっと元気に戻ってくるっていう気持ちと、もう戻ってこないんじゃないかっていう気持ちが、あたしの中でグチャグチャに混ざる。

 切なくて……苦しい。

 泣きたいって……心が叫んでいる。

「……“さよなら”って言葉を口にすれば、張り裂けそうなこの想い、救えるのかな?」

 でも、あたしにそれを言う勇気はなかった。あたしに出来たのはあの時のまま変わらずにいること。自分の時間を止めてしまうことだった。


 キミが戻ってこない限り、あたしは……。


 キミがいたから、あたしは元気印娘なんて言われてたのかな?

 そう思った私の脳裏に、“太陽を失うと、月は輝くことを忘れてしまうんだよ”という小さい頃父さんが言っていたセリフが過ぎる。 

今のあたしは、その“太陽に照らされなくなった月”みたいだ。

 そこまで考えて、自嘲気味に笑う。

「……重症かも」 

 キミがいようがいまいが、あたしはあたしのはずなのに。

「そろそろ、潮時……かな」

 これ以上こんな風にしてたら、どんどん深みにはまっていきそう。

 この辺で、すぱっと諦めるべきだよね。

 でも、そのきっかけが掴めない。


「あー、いたー!」

 丘の上から声がしたのと同時に人が走ってくる音が聞こえてきたのは、ちょうどそんなことを考えていたとき。

 振り向くと、籠いっぱいのサフランの花を持った友達が息を切らせながら近づいて来る所だった。

 サフランはこの島よりも東の島にしか咲いていない。その赤い雌しべは薬用、染料、香料になってこの島名産の織物を染める。

 そしてその織物が、他の島に輸出される。

 そういえば、この間持って旅立った船があったっけ。今日辺り帰ってくるはずだったような……。

「どうしたの?」

「落ち着いて、聞いてね。実は……」

「おれ、あいつ(・・・)に会ったんだ」

 いつの間にか数週間前に船に乗って旅立った男友達もいる。

 やっぱり、今日が帰ってくる日だったんだ。

「あいつ?」

 心の奥がざわざわっと騒ぐ。

「そう、あいつ。お前の言う通り生きてたんだ。元気だったぜ。ただ……」

「ただ?」

 その先を聞きたいような、聞きたくないようなそんな感覚がした。

「……記憶をなくしてた。おれに会っても全然分からなくて、友達だって言ってもダメだった」

「…………」

「でもあいつ、お前が渡したお守り、大切そうに持ってたんだぜ。なんか安心するってさ」

「…………そっか。生きていて、幸せならそれでいいや」

 不思議と、落ち着いていた。

 生きていて、幸せに暮らしているならそれでいい。その気持ちにウソはない。もちろん、あたしの事も忘れているだろうから、忘れられたことは悲しいとも思う。

 悲しいけど嬉しい。そんな、少し複雑な気持ちになる。

 そしてそれと同時に、ある(・・)思い(・・)が込み上げてくる。

 そうだ。今が、そのきっかけ。

「……あれだけ、落ち込んでたくせに、ずいぶんあっさりだな」

「寂しく、ないの?」

「……寂しいよ。記憶が戻ってくれたらいいなって思う。だからさ、あたしその島に行く」

 動かなきゃ何も始まらない。待ってるだけじゃいけない。そもそもあたしは待つ人間じゃない。動いてないと落ち着かないっていう人間。

「え?」

「行って、会って、それでも記憶が戻らなかったらきっぱりと諦める」

 キミがいる水平線の向こう側に視線を送りながら、自分に言い聞かせるようにきっぱりと。

「突然だなぁ。でも、やっとあんたらしくなったんじゃない?」

 二人にやっと笑顔が見えてくる。

 もちろんそれは心の底からの笑顔というよりは、苦笑に近かったけれど。

「え、そう~?」

「ああ。見てて結構辛かった」

 そう言われて改めて、悪かったなって気持ちになった。

 ずっと海に通い続けていたあたしを、皆は悲しそうな眼差しで見ていた。そしてあたしは、それに気付かないフリをしてた。

 皆の眼差しに気付かないフリをしてただけじゃない。きっとあたしはこの二年間自分を、“大切な人を失った悲劇のヒロイン”みたいに演じていたんだと思う。……思いたい。


 そっと瞳を閉じて潮風を感じる。


 今までずっと、キミが帰ってこないことと、そのせいでか自分が自分らしくいられないことに不安を感じていた。何度も何度も溢れてきそうで、そのたびに苛立ちすら感じていた。

 でも、もうそんな日々は送らなくてもすむかもしれない。

 たとえキミがこの島に戻ってこない結果(こと)になったとしても、きっと受け止めることができると思う。

 だって、キミを取り戻せなくてもあたしは自分を取り戻せる。前に進むことができるから。



 動くこと、それこそが今のあたしにとって一番重要なこと。

 だから、どんな結果が待っていても、あたしは行くよ。

 あたしが、あたしらしくいられるために。






 大きく息を吸い込みながら、瞳をゆっくりと開けて空を見た。

 どこまでも広がっていく空と旅人のように動いていく雲。

 そして、目の前を一羽のカモメが通り過ぎていった。




 そのカモメは、まるでキミのようだと思った。









大学生時代に書いたショートストーリーズ5部作の『夏』です。

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