2.
「それで、毎日通ってたの?」
また土曜日、週末。グリングリンの津野さんと安口さんに、呆れた顔をされてしまいました。
「ブラッシングと、耳掃除はできたんですよ。でも爪切りはできなくて、多分伸びてるなあって思うんですけど」
「立田君、できると思うわよ。なんで頼まないの」
あ。
「そうか! たった君できるんだ!」
「この子はいったいどうしたっていうの……」
「ひとつ集中すると周りが見えなくなるタイプなのねー」
安口さんが首を振り、津野さんがお手上げだと首を振る。確かにそうなんだけど、たった君がブラッシングしてなかったみたいだから、てっきりそういう犬のお手入れとかって苦手なのかと思い込んでいた。男の子って苦手そうな気がする。
「帰ったら頼んでみます」
「吉永ちゃん、帰ったらって」
また苦笑される。……いえ、わかってるんですよ!
「あのう、相談に乗って頂きたいんですけど」
「立田君に彼女がいるかは自分で確かめなさい」
「ちがいますよ! そのー、わたしだって毎晩毎晩、たった君の家に行くなんて迷惑というか非常識だよなって思ってるんです。彼女とかでもないのに。……いくら犬の世話って言っても、おかしい、ですよね?」
おふたりがまた顔を見合わせる。
「一応、御礼がわりに夕飯になりそうなおかずを持って行ってはいるんですけど」
から揚げ、カレー、肉じゃが、冷やし中華。もっとちゃんと夕食として作ったほうがいいんだろうか。
「わたし、やっぱりあのアパートに引っ越したいです。動物を預かれないと、結局お金でしか支援できないし」
あとはせいぜい、お散歩の手伝いか。それだって、いけるときだけ。動物を飼ったこともないし、知識も経験もない。
ひょっとして怒られたりするかな……なんておびえてしまったのが情けないんだけど、津野さんはそうではなく、不思議そうに首をかしげた。
「そういえば吉永ちゃんって、動物を飼いたいって言わないね」
「え?」
「そういえばそうねー。黒ケツのときも、欲しそうなそぶりはなかったし」
安口さんもうなずく。
「それは別に……飼いたくないとかじゃなくて、自分が動物飼えるわけがないって思ってただけで。実際、今は飼えないですし」
飼える環境を手に入れたら、そしてもう少し動物に慣れたら、変わるんじゃないかな? あんまり意識してなかったから、予想だけど。
「ふうん。そんなものなのかしらね。まーねえ、突き放した言い方しちゃえば、自分の決めた通りにすれば、なんだけど。もうおとななんだし」
「そ、そりゃそうですよねっ……」
お姉さまは容赦ないです!
「かわいい吉永ちゃんにそんなこと言えない! なんてね。まー、社会人として言うなら、やめときなさい。でもグリングリンとしては大歓迎だから。ほらわたしも一概には言えないのよ」
ねー、って手を振る。安口さんも、
「吉永ちゃんが立田君と同じアパートに住んだら、あれ頼んでこれも頼んで、って、絶対巻き込むわ。今わたし、預け先が増える、って考えたもん。でも吉永ちゃんのご両親は心配するでしょうね。愛娘が保護活動に全力をだしはじめました、なんて」
その言い方が少し悲しくて、くちびるをかむ。
「まあやっぱりね。そういう向きはあるからね」
にごしながら、津野さんが苦笑した。わかると思う。どんな目が向けられるか。わたしだって実のところ、この里親の会に来るのがこわかった。今だって少しこわい。覚悟や、意識、知識、そして献身の差を見せつけられて、自分なんかは退散すべきなんじゃないかって思う。
「津野さん、容赦なくお金お金って言うし? かわいい娘が何度もお金をせびられているこの事実」
「人聞きの悪い。お金の話ができない活動はしたくないんです」
つん、と顔をそむけたあと、津野さんはわたしに向き直る。
「吉永ちゃん。立田君とよく話してみなさい。あれは変な子だけど、……まあ変な子ねえ」
「津野さん、なに言ってんの」
なぜか突然迷子になってしまった津野さんの肩を、安口さんがたたいた。
***
一度家に帰り、下準備しておいた夕食を作り上げる。料理は好き。お母さんといつも一緒に色んなメニューを作っていた。お父さんが喜ぶのは一部だけ、いつも決まっていたけど。
タッパーにつめて、着替えをして、アパートへ向かう。たった君に連絡は入れていない。合鍵も返してしまったから、もし外出していると困るんだけど、聞いた予定だと平日はしばらく夜勤だと聞いていたし、彼はあんまり予定外の外出をしない。
着くと、玄関のドアが少し開いていた。靴が引っかかっている。わざとなのか、それとも気づいていないのか。
「こんばんはー……」
ゆっくり開けると、中で少しお酒の匂いがした。お酒というか、酔っ払いの匂いだ。昨日は金曜日でフットサルだったから、みんなと飲みに行ったのかな? 中に入ると、すぐに大の字で寝ているたった君がいた。起こさないように気をつけながら、サンダルを脱ぐ。
「ムサシ」
テーブルの上に夕食を置いて、たった君を通り過ぎ、ムサシのところへ行く。
「あ」
ムサシが、ちょっとだけ頭を上げてくれた。わ、わたしのこと覚えてくれたのかなー!? どきどきしながら鼻先に手をのばすと、ぺちょん、とくっつけるいつもと同じお愛想。だよね。でもうれしいな。くう、胸がきゅんきゅんするぜ。
「たった君、寝てるね。ムサシ、ごはんどうした?」
小さな声で聞く。もちろん返事はありませんが。わたしはムサシの食事を知らない。まだ18時だから、もしかしたらあげていないのかも。
今日もブラッシングをしてあげるつもりだったけど、たった君が寝ているのは予想外。夕食もまだだし(少なくとも人間のは)、ここで抜け毛を撒き散らすわけにはいかないよねえ。
どうしようかなーと、とりあえずムサシをなでる。犬の毛皮と体温、気持ちいい。寝そべったおなからへんに、鼻をうずめてみる。超くしゃみでそう。でも幸せ。ムサシは、肉球もさわらせてくれる(というか構わない)。思ってたみたいにふわふわじゃないんだけど、表面がガサッとしてかたいんだけど、でもスタンプみたいできゅんきゅんする。まっくろな肢にピンクの肉球。このデザインを考えた人はなんなの? 神様なの?
……で、寝そべって思う存分ムサシを堪能していたら、心地よい疲れが睡魔を連れて来たようで。
ばたん、って扉を閉める音で目が覚めた。部屋の中がいい匂いで満ちている、あたためられたシャンプーの匂いだ。あわてて起き上がると、たった君がお風呂場から出てきたところだった。
「ど、どうもっ」
「驚くから、来た時は来たって教えてよ」
「ごめん、あのね起こしたら悪いかなって」
「驚かせるのも悪いと思う……」
ですね! たった君がテーブルの上のタッパーに手をのばす。
「あ、今日ちゃんと作ってきたんだ。今あっためるからちょっと待ってて、夜勤ないよね?」
土日は基本、休みだって聞いた。
「一緒に食べようと思って」
どたばた、台所を借りる。といっても、レンジでチン、だけど。
「ひき肉がねえ、安かったからいっぱいあって。またハンバーグなんだ」
「あのハンバーグ、うまかったよ」
「ほんと? よかった」
うむ、気に入ってくれた気はしてたのだ。だって前に持ってきたとき、かなりいっぱいあったのに全部食べちゃったもんね。
「でね、ムサシにもね、ハンバーグ作ってきたんだ」
合挽きと、蒸したニンジンとホウレン草をまぜて、調味料なしで蒸しあげたやつ。どきどきしつつたった君に見せてみる。たった君は携帯の時計を見て(この部屋、他に時計がない)、まだ濡れた頭を首のタオルでかく。
「ムサシに飯忘れてた」
やっぱり。意外とうっかりなところもあるんだ。と、たった君がムサシのハンバーグをぱくりと食べてしまった。
「えっ! それちがうよ、ムサシのだよ、たった君のはこっちの」
「わかってるよ。味見ただけ。今日はこれやってみるか」
冷蔵庫を空けて、ごそごそムサシのごはんの準備をはじめる。隣の食器棚から出したお皿をのぞきこむ。赤色の、深めの犬用ごはん皿。底に、白い骨と世界一有名なビーグル犬がプリントされていた。
「スヌーピーだああ、かわいい」
たった君はそのお皿をひっくり返して見たあと、うん、とうなずいた。
「結構好き。スヌーピー、こんな皿でエサ食ってるじゃん、うまそうじゃない?」
じゃあまさか、自分で選んだの? あらやだたった君がかわいい。
ざらざらーっとドライフードを入れて、その上にレンジでぬるめにあたためたハンバーグを乗せる。で、さらに鶏のスープを全体にかける。
「なんだかおいしそう」
「今日は贅沢だなー」
できあがった夕食を渡される。わたしがあげていいのかな。どきどきしつつ、ムサシのもとへ。たった君がタオルを敷いてくれたので、そこに置く。
「ムサシ、ごはんだよ」
食べてくれなかったらどうしよう。でも、むさしはのっそりからだを起こし、においをかいでから、おすわりの姿勢で食べ始めた。
「食べた……!」
「だから、食べてるって言ってるじゃん」
正座で見守っていると、たった君が立ち上がる。
「ん、ひょっとして吉永って、ムサシが今日明日にも死んじゃうとか思ってたの?」
たった君を見上げる。
「あー。それでわざわざ毎日来てたの。そう」
「……ムサシ、死なないの?」
「体悪いとこないし。12歳だからまだけっこう元気だと思うよ」
「でも寝たきりだよ!? それに、生きる気がないって、たった君がすごく脅かすから」
いやいや、って首を振られる。
「寝たきりじゃねーし。そいつ歩けるし。トイレシート風呂場だけど、自分でそこまでいってやってるよ、ちゃんと」
「えっ」
「今だっておすわりして食ってたでしょ」
思わずムサシを見る。そうなの。
「まあね。失意で死んじゃうのはいるよ。特にこいつは、じいさんしかいなかったわけだし」
がしがしっと、たった君は少し乱暴に見える手つきでムサシの体をかいてやる。
「武士みたいな感じ、しない? ご主人が逝ったのに、拙者だけ生き残るわけにはいかぬ、みたいな」
「ムサシ……」
「……いやただの想像だから。なんでこれだけで泣けるの。おかしい」
「だってぇええ」
さみしいよ。ムサシとおじいさん、きっとどっちも、お互いをおいていきたくなんかなかったよね(いや、おじいさんはご存命なんだけれども)。
ティッシュを箱で渡される。ありがとうございます。
ごはんもチン、お味噌汁もチン。煮込みハンバーグもチンして、ラップに包んであったサラダを出して、両手を合わせて頂きます。中学校のときもやらされたね、って言ったら、たった君は覚えてないとそっけない返事。
「……あのさー、たった君」
「なに?」
お味噌汁をすすりながら、たった君がテレビをつける。
「わたし、ここの2階に引っ越そうかと考えてるんだけど」
リモコンを落としてお味噌汁を噴いた。
「……やっぱり、ありえないかな」
咳き込むたった君にティッシュ箱を渡し返す。でも、そこまで驚かなくてもいいじゃないですか。テーブルを拭こうとしたら、とめられた。自分でやる、って、ジェスチャーだけで伝えられる。
「あれ? そういえばたった君、床変えた?」
前は畳敷きだった気がするんだけど、今はフローリングっぽくなっていて、テーブルのある中央にはラグが敷いてある。
「上から敷きつめただけ、すぐ剥がせるし値段も安いし」
「へえー」
たった君がささっと床を拭いたもんだから(多分とっさにあっち側を向いたんだと思う)、その処理の手早さで気づいた。
「昨日、会社の人達がフットサルのあとに来て、やってくれた。で、そのあとここで飲んだの」
わたしが帰ったあとだ。よく知らないけど、たった君の仕事は土木とか建築とかそんな感じだから、職人さんとかいるのかも。
「急ぐことなかったんだけどな。こいつトイレしっかりしてたし」
「ムサシのため?」
「引き取る前は、寝たきりって聞いてたんだよ」
お粗相しても、掃除しやすいようにってこと……なのかな。ラグのないところに触ってみる。材質はわからないけど、フローリングみたいにつるつるもしてないし、かたくもない。
「掃除、楽そう」
「うん。畳もそろそろボロくなってたし、ちょうどいいやと思って。ムサシの足もすべんないしな」
言いながら、咳き込みから完全復帰したたった君がボウルからサラダを食べはじめる。わたしの分もあるんだけどな。次はふたり別々に作ったほうがいいかな?
「そうだたった君、ムサシの爪伸びてる気がするの」
「そうだそうだ。切らないとな」
やっぱりできるのか。感心していると、ボウルがすっかりからっぽになって置かれた。え、食べちゃったの? たった君ってわたしのこと考えてない! ……っていうのは別にいいんだけど。
「たった君、ひょっとしてサラダ好き?」
「……あ、ごめん食べちゃった」
「いいよ別に。じゃあもっといっぱい持ってくればよかったね」
「最近野菜食べてなかったからうまかった」
「わたしも野菜食べたいんだけど、買いづらいんだよね。ひとりだとそんなに食べきれないし」
吉永、と名前を呼ばれる。
「毎日毎日、飯持ってこなくていいよ。金かかるだろ」
「残り物をたった君に食べてもらって助かってるよ?」
「…………あ、そうなの」
「うそだけど」
睨まれた。
「毎日お邪魔して悪いなーという、わたしなりの罪滅ぼしといいますか」
「ムサシの世話したいんでしょ。いいから、気が済むまですれば」
とげがある気がするけど気にしない。たった君の言葉ではもうひるまないんだ!
「でも、迷惑だよね。いや絶対迷惑なのはわかってるんだよ」
「じゃあやめれば……」
「でもやめられないからー! だから夕御飯を持ってくるんです!」
「……はあ」
「ね、ぶっちゃけ、ぶっちゃけですよ、ごはん迷惑? 気を遣ったりして逆に面倒だったりする?」
ずずい、っとここ一週間気にしていたことを尋ねる。
「えー? うーん、別に俺はあんま気にしないけど。自分で飯用意するほうが面倒だし」
「よかった!」
「でも変だろ? 吉永、こんなことしてるんだから彼氏とかいないんだとは思うけど、男の家に出入りしまくってていいの」
意外で、たった君を思いっきり見てしまった。
「なに」
「たった君がそんなこと言うなんて思わなくて」
「なんで!」
「そうだよねえ、あのね、わたしもおかしいなあとは思ってるんですよ。だってわたしね、自慢じゃないけど男の子と付き合ったことなくてね」
「確かに自慢ではないね」
肩をひっぱたいた。
「なんでかなー、たった君が同級生だからなのかなあ。あとはやっぱり、動物パワー?」
「俺、ほんっとーに吉永のこと覚えてないんだけど……」
でも、とたった君が箸を置いて麦茶を飲む。たった君の冷蔵庫には、大量の麦茶のペットボトルがある。
「動物パワーはわかる。なんか、動物連れてると近所の人が7割増しくらいでやさしい」
「でしょでしょ! 動物いないたった君とか、なにするかわかんなくてこわそうだもん!」
「あ!?」
「前髪長いし猫背だし口調乱暴だし目つき悪いし! 会った時こわかったよ、キレやすそうな大学生って感じで」
「……まあ、あんときは機嫌悪かったし」
「え、そうなの?」
雨の中で、黒ケツを拾ったとき。
「OLが寄って来るとろくなことない」
「……それ、経験則?」
たった君は肩をすくめただけだった。なんとなく想像ができるような気がしてカナシイ。
「あのね、やっぱりわたし、動物を預かれる人になりたいんだあ。だからここに引っ越したいなーと。でもね、動物のことよく知らないから、なにかあったらたった君にも助けて欲しいなーと、ですね……」
ペットOKの物件なら、他にもきっとある。でも、わたしが頼れる人は今のところ、たった君しかいないのだ。
たった君がわたしを見る。
「吉永って、変だな」
「たった君には言われたくない……」
「じゃなくて。動物飼いたいって言わないから」
「あ、それは」
昼、津野さん達にも言われたことだ。
「別にそういうわけじゃないよ。わたし、ずーっと自分は絶対動物飼えないんだって思い込んでて、今そうじゃないって気づいたばっかりで。だからもう少ししたら、欲しくなったりするんじゃないかな」
「動物飼いたいって、そういうもんじゃない気もするけどね」
「え、ええ?」
たった君にじっと見つめられて、なんだか緊張する。なにが言いたいのかも、いまいちわからない。
「……まあ、いつかなんか飼いたくなったら相談してよ。とりあえずペットショップはナシね」
「どうして?」
たった君と見つめ合う。先にそらしたのはたった君。
「え? ペットショップだめなの?」
それ以上言う気がない、とばかりに、ハンバーグの残りをごはんに乗っける。
「……自分で調べるからいいもん」
「自己責任で」
というか、少し予想もついている。津野さんの旦那さんがサイトで書かれていたことと、きっとつながっている。
「……ね、わたしが上に越してきたら迷惑? 色々教えて欲しいし、協力して欲しいんだけど、迷惑かな。結構本気なので、本気で答えてくれるとうれしいなーと……」
たった君、またわたしを見てお箸を置く。
「意外と行動派だよね……」
息を吐きつつ、首をかく。
「とりあえず、2階は全部2DK」
「え?」
2DKって、えーと。2部屋とダイニングキッチンだよね。たった君のここは、1LDKの気がする。今わたし達がいる大きな一部屋と、台所がひとつづき。
「上は家族とか夫婦用」
「あ……だから空いてるの?」
「だからかは知らないけど。家賃もここより高いよ」
「そ、そうなんだ」
気が削がれる。たった君のこの部屋なら、わたしでも借りれると思っていた。値段が上がるんじゃ、わからない。
「それに、親心配すんじゃない? ここ危ないとこではないけど、女の一人暮らしはいないよ。2階のもう1部屋に住んでんのは男夫婦だし」
「男夫婦?」
「なんでもない忘れて。ともかく、俺は確かに動物拾うけど、進んで愛護活動やってるわけじゃないんだ。あんま頼られても困る」
「……そんな、迷惑かけるつもりじゃないんだけど。動物飼うときのアドバイスとか、教えて欲しいなって」
「動物飼う気、ないじゃん」
「え、だから別にないわけじゃないよ?」
「ないよ。動物飼いたいって飼うやつって、一種の独占欲だよ。かわいい、一緒に暮らしたい、って。吉永、それないでしょ。黒ケツのときだって、一度も自分が飼いたいとか言わなかったじゃん」
まさかこんな風に言い切られると思っていなくて、面食らう。
「だからそれは」
言い訳が思いつかない。と、いうか、言い訳する必要あるのかなとも気づく。
「わたし、捨て猫を見ても、迷わずに拾って帰れたらいいなって思ったの」
そうだ。動物を飼いたいって思ったわけじゃなかった。だってわたしが。
「だってわたしが、すぐに連れて帰ったら、白ケツは死ななかったかも」
コンビニなんかで迷っていないで。雨が降ってからあわてて帰ったりしないで。見つけてすぐに抱き上げて、あたためながら、獣医さんに走っていたら。
膝をにぎりしめてうつむいた。
「じゃ、俺も同罪どころか、俺の罪のほうが重いな。吉永より先に気づいてたと思うし」
「ちがうよ、そんなつもりで言ったんじゃないよ」
あせって顔を上げてしまったあと、またすぐにうつむいた。濡れた目をこする。
「気にしてたんだ」
頭に手が置かれた。全然関係ないのに、この手がお父さんじゃないことをわたしは悲しんだ。
本当は、お父さんとお母さんに助けて欲しかった。昔拾った子猫達。捨てて来いじゃなくて、なんとか助けようとして欲しかった。わたしが突き出した子猫達、お母さんはすぐに顔を背けた。いやなものを見た、ってそんな顔で。だからお父さんにすがった。でもお父さんは家に入れるんじゃない、早く戻して来なさいって厳しい声でわたしを叱った。
わかってる。今はもう、しかたないって思ってる。わたしだってたくさんのことを見過ごして生きている。しかたない、は、死んでもしかたがない、だ。にごされるその言葉を明らかにして、自分に思いきりたたきつけたら、少し納得した。きっと多分、わりとたくさんの人が、胸の痛みに自分を鈍くさせながら生きている。
だけどたった君が、しかたないを使ったから。ほっとけないからしかたない、って、言ったから。痛みがまた、鋭さを持って立ち上がった。
「しつっこいな、吉永は」
たった君が笑った。
「そういうやつは、しょうがないんだよなあ」
くつくつ、喉を鳴らす。それから、好きなようにやってみれば、と言った。
「まあでも、無理に借りなくても、うちで済むなら使っていいよ」
「……いいの?」
「どうせ俺、駆け込み寺むかつくって言ったって、ほっとけないもん。吉永、もし今捨て猫見つけたら、俺のとこ連れてくるでしょ?」
苦笑されてしまった。図星だと思う。だって津野さんのところはあふれている。
「ありがとう、たった君」
改めて渡された合鍵に、わたしはお気に入りのロボットのキーホルダーをつけた。