1.
3LDKにひとり暮らしって、無駄だ。お父さん達の部屋と客室はまったく使ってない。ふたりがおばあちゃんのところへ行ってしばらくは、ひとりが寂しいこともあって友達を泊めたりもしたけど、お隣は怖いしみんなも忙しくなったりで、今は意識して風を通さなきゃいけないありさま。
「あんたにアパート暮らしなんてできるわけないじゃないの」
おばあちゃん家に行った土曜日。何食わぬ顔で、住んでみたい家があってーとかお母さんに探りを入れてみたら、すっかり呆れた様子でそう言われた。
「あの家、あんたわかってないだろうけど、暮らすには本当に便利なのよ? あんたがご近所とまったく付き合わなくても平気なのは、お父さんが理事会ずーっとやってたからなんだからね」
そういえば、近所付き合いなんて気にしたことなかった。小さい頃からここに住んでたから忘れてたけど、そんな問題もあるのか。
「それに洗濯機だって掃除機だって、普通の集合住宅じゃ好きな時間に回せないのよ。あんたたまに思いついたように夜中に模様替えとか始めるけど、あんなことしたらご近所さんから苦情が来るんだからね」
「は、はい、ごめんなさい」
それより、ベランダの植木は元気にしてる? またゴミためてないでしょうね。トイレの掃除は一週間に一度必ずやってるわね。流しはちゃんと排水口も洗うのよ、まだ暑いんだし毎日だっていいんだからね……エトセトラ、エトセトラ。
一泊する予定だったのに、頼まれていた買い物と書類だけ渡して、逃げるように帰った。
***
里親の会は、美人ぞろいである。
「あはは、それで逃げ帰ってきちゃったんだ」
「はい……もーどうせ親が正しいですから」
大口を開けて笑っても美人なお姉さん、里親の会「グリングリン」代表、津野さんは、ノートパソコンをタイプする手をとめ、肘をついてわたしを見る。
「吉永ちゃんのこと、かわいくてしかたないんだろうねえ」
「子ども扱いされてるだけですよ、もう24なんですけど」
「そうねー吉永ちゃんはちょっと幼いよね」
津野さんの向かいに座る、安口さんもにやにや笑ってうなずく。ちなみにこちらも美人。グサリである。気にはしてるんだけど。
「ひとりっ子のひとり娘でしょ? 親御さんはまだまだ、吉永ちゃんを子供にしておきたいんじゃないかなあ。吉永ちゃんが幼いのは、親御さんも原因だと思うね」
びしっ、と安口さんは手に持っていた赤ペンでわたしを指す。彼女は、迷い犬のチラシを貼った場所を地図に書き込んでいる。昨今はチラシとか貼りづらかろうと思ったら、それはそうなんだけども、許可を得てチラシを貼り続けていたらグリングリンの存在が浸透してきて、チラシを貼らせてくれる=犬好き猫好き、協力的な場所、という意味の地図にもなってきたのだとか。ご近所づきあいは大事よ! とこのふたりはいっつもこぶしを握る。
「ご両親がおばあ様のところへ行かれたのって、吉永ちゃんが就職したあとだって言ったっけ?」
「はい」
「でもひょっとして、一緒におばあ様のところへ来るよう誘われたんじゃない?」
「……ええ、はい」
確かに、言われた。色々ぼかしながらだけど。
「両親はその、わたしの今の職場をあまり気に入っていなくて」
「いずれにせよ、吉永ちゃんひとりくらい、養えるからよね。やっぱり裕福なのねえ」
「そんなことはないと思うんですが……すみません」
いたたまれない。肩をちぢこめて謝ると、津野さんがまた笑った。
「ごめんね、嫌味だったね。でもねー我がグリングリンはお金持ち大歓迎ですから! 吉永ちゃん大歓迎よ!」
「つ、津野さん、それフォローじゃないです! 全然フォローじゃないです!」
「あはははは!」
ふたりはげらげら笑って、津野さんはまたノートパソコンをカチカチ言わせ始める。
「それに、わたしはそんなにお金ないですよ……」
「えーそう言わず。マルとトシボウの去勢代、カンパしてってよ」
「あ、はい。それは」
急いでお財布を出す。1匹2千円……ううん、2匹で5千円でいいかな?
「そんなにいいの? 無理しなくていいのよ」
「がっつり受け取ってから言わないでください……」
「毎度っ」
にやあっと笑う。それから、グリングリン印の領収証をくれた。ありがとにゃー、ありがとわんって犬猫のイラストが書いてあって、そこに金5000円也って書かれている。ものをカンパすると、ものの名前が書かれる。
里親の会と呼んではいるけど、実際は個人、津野さんの活動に乗る人がいるというかたち。組織化されているわけではなく、義務も会費もない。
グリングリンのHPでは、津野さんの活動に使われたお金の記録が載っている。カンパされたお金の使い道もここでわかる。でも、大半は津野さんの自腹。3.11以降、被災動物への支援活動に、津野さんは今もほとんど参加できていないという。理由は、ただ単純に、手持ちの活動でいっぱいいっぱいだからだと津野さんは笑った。――でも、しばらくはテレビをつけられなかったね。やっぱり、猫も犬も好きだからね。話を聞いた時、ここで泣き出したもんだから、以降わたしは「甘ったれ」の吉永ちゃんである。
「でもマルちゃん、もう手術するんですか? まだ子犬だっていってませんでしたっけ」
グリングリンの活動拠点は、津野さんの家と、webサイト。先日保護されたマルチーズのマルちゃん、わたしも写真を見たけど、見た目で子供とわかる幼い身体だったんだけど。
答えてくれたのは安口さん。
「もう生理がきちゃってねえ」
「え」
「危ないから早めにやることにしたの。あの匂い嗅ぐと、雄犬が興奮して性格変わっちゃうのよ」
そういうものなのか。ちょっと赤面してしまう自分が情けない。今はうちで預かっているよ、とおっしゃる安口さんは、旦那さんが獣医さん。
「まだ1歳にもいってないと思って、油断してたわ」
「多分純血だし逃げ出した子だと思うし、すぐに飼い主見つかると思ったんだけどなー」
カチカチっと、特に音高くタイピングして、津野さんはノートを閉めた。
「よし、アップおわり。散歩行こうか」
「はい!」
津野さんのお家には今、マルちゃんとトシボウを含めずに6匹の犬がいる。猫は7匹。うち2匹の犬だけが津野さんの犬で、あとは里親さんを待つ子達。一軒家で飼うには限界を越えちゃってるんだよね、と津野さんは言う。
津野さんは、ご夫婦で普通のお勤めをしながら、愛護活動をされている。旦那さんはもともと愛犬家で、ブリーダーに憧れていたらしいのだけど、犬も猫も余ってんじゃん! と思い断念したそうな(ここらへんはサイトに詳しく書いてあった。胸の痛い内容と一緒に)。
「やー助かるわー、手伝ってもらうと2回行かなくて済む」
「6匹をひとりで散歩って大変ですよね」
「無理ねえ。わたしは安全を確保できないな」
わたしが2匹、津野さんが4匹連れて道を歩く。安口さんはフリー。大型犬はいないけど、なかなかの重労働。体力もだけど、神経を使う。すれ違う人だってそうだろう。
マーキングをしたら、安口さんが持参したペットボトルの水で流す。おっきいほうはもちろん、包んで持って帰る。マーキングのほうはやらない飼い主さんも多いそうだけど、数も数だし、ご近所に理解して受け入れてもらいたいと津野さんはよく繰り返す。やっぱりトラブルもあるんだろうな。
「吉永ちゃん、慣れてきたね」
「本当ですか? うれしいな」
安口さんに褒めてもらって、一気にテンションがあがる。憧れだった犬の散歩、はじめてやったときは、テンパっちゃって大騒ぎだった。
そもそもわたし、犬がこわい。昔噛まれたとかそういう積極的(?)な苦手じゃなくて、慣れていないから。だから、ほんとは猫もこわい。特におとなの猫。引っかかれそう。無礼者! にゃー!
リードはからまるし、どれくらいの強さでリードを引いていいかわからないし、ともかくおっかなびっくり。でも、津野さん達はいつもはとても丁寧に教えてくれた。
「そういえば、立田君。犬を引き取ったんだって?」
「え、そうなんですか?」
驚いたわたしに、津野さん達も驚く。
「あの、そう頻繁に連絡とっているわけではないので。むしろ津野さんのほうがよっぽど会ってます、わたし」
えーそうなの。津野さんがとても不満そうに言った。
***
うちに着いたのが夕方。たった君にメールをしてみる。
『こんばんは。津野さんから、犬を引き取ったって聞いたよ』
返事来るかなあ。と、心配した瞬間返事が来る。早いな!
『うん』
なるほど短い! えーと、えーと。
『今から見に行ってもいいですか? 夜勤ですか?』
迷惑かなーどうかなー、でもたった君の犬、興味ある。またすぐに返事がきた。
『夜勤だけどまだ少し時間あるからいいよ』
あ、やったあ。
「こんばんはー」
「ども」
まず、ハンバーグの入ったタッパーを渡す。
「これ、ちょっと急でお土産とか買ってなくて。よかったら食べて下さい」
「……はあ」
あれ、たった君、ものすごく驚いた顔してるな! まずかったかな、っていうか手作りのおかずのおすそ分けって変か? 今気づいた!
「あ、あの、犬は?」
「いるよ」
たった君が中に入っていく。おじゃましますとつぶやいて失礼すると、部屋のすみに中型犬が寝転がっていた。
わたしが近づいても、特に反応もしない。眠っているのかと思ったらそうでもなくて、目だけでわたしを見て、また戻る。
「……病気? 動けないの?」
「いや。じじいなの」
「老犬?」
「そう」
黒くてもさもさした毛並み。見覚えがある気がするのに、犬種がわからない。もともと詳しくもないんだけど。
「チャウチャウ、とか?」
「さあ、ともかく雑種。先生は甲斐とかラブあたりが入ってそうだって」
先生って一瞬、獣医である安口さんの旦那さんのことかと思ったんだけど、でも安口さんは詳しくなさそうだったしまた別の獣医さんぽい。前に拾った捨て猫、黒ケツのときも、わたしが知らないうちに獣医さんにみせてたみたいだし、近くに親しい先生がいるのかも。
「でも確かに、チャウチャウみたいなしかめっつらだな」
たった君が同意してくれたので、ちょっと吹き出してしまった。この子、基本が黒くて、ところどころに白や茶色が差して模様を作っているんだけども、すごく毛深くて目が小さいし、口もぶすっと怒っているように見える。
「名前は?」
「ムサシ」
「かわいい」
あんまり日本犬っぽくはないけど、がんこそうな直毛にかろうじてそんな面影。ムサシかあ。おじいさんが飼ってたんだってわかる気がした。
「さわったら怒る?」
「そうそう怒らないよ、そいつ」
「そっか。ムサシ、こんばんは。はじめまして」
挨拶をして、鼻先に手をのばす。匂いをかぐのが犬の挨拶だと教えてもらった。小型犬はそろそろ平気なんだけど、中型犬はまだすごく緊張する。ムサシは少しだけ鼻を動かして、あとは興味を失ったみたいだった。本能でそうしただけで、彼自身には興味なんてなかったのかもしれない。なんとなく、そう感じる。
「元気ないね」
「そいつ、飼い主が入院してね」
たった君がこっちに来る。
「飼い主も爺ちゃんだから、多分もう戻ってこれないし、戻れても世話できない。で、頼むって。別れた夜からずっと玄関ばっか見てて、飯食わない、水飲まない。とうとう起き上がらなくなっちゃった……ってとこで、俺が引き取ってきた」
たった君を見たわたしの顔、よっぽど情けなくなってたんだろう。今は多少、食うし飲むよ、って慰めるように言われた。
「こいつは、もう生きる気がないんだろうなあ」
たれ耳をかきあげながら、たった君が言った。
ぼけーっと、ムサシを見ていた。おじいさんはまだ74歳で、ムサシを看取ってから死ぬんだというのが口癖だったそうな。でも脳梗塞かなにかで倒れて、別居していた家族はムサシを飼えず、話が回りまわってたった君にたどり着いた。
たぶん、よく聞く話。でもその結末をわたしはいつも知らない。
「ムサシ、さみしいねえ」
ムサシの背中をなでる。かたい、しっかりとした毛並み。
「ねえたった君、犬ってさわりすぎるとよくない? ムサシほんとはいやかな」
「年寄りは基本的にはかまったほうがいいよ。人間も同じ」
そうなんだ。じゃあ、おばあちゃんで少しわかったこととかも使えるのかなあ。
「ねえたった君、」
「吉永。夜勤の時間です」
「えっ」
「ハンバーグうまかったよ」
「もう食べちゃったの?」
驚いてテーブルを見ると、からっぽのタッパー。というか、ハンバーグだけで食べたの? しかもまさか、あっためてないね?
「食うよって言ったけど」
「ごめん、全然聞いてなかったかも」
呆れたふうだったけど、すでに出勤の準備を終えているたった君はわたしが出るのを待っている。
「あ、あのう」
「……なに?」
ちょっとためたのは、予想ができてるからでしょうか。
「も、もうちょっといちゃだめかなー、とか……」
あーため息! ため息ついた! すみません!
「ちょっと待って」
たった君、引き出しをごそごそしだした。そして渡してくれたのは、これはひょっとしてひょっとしなくても、合鍵ですね!
「あ、ありがとう。でもえっとその、どうしよう」
「免許証はいらないけど」
「わわわかってるよ! 出たら、郵便受けとかに入れておけばいい?」
「持ってて、直接返して。俺自分の鍵は持ってるから」
じゃ。作業員さんになったたった君は、のそのそと家を出て行った。でじゃぶー。
タッパーを洗ってから、PCを立ち上げる。許可をもらってないけど、たった君なら大丈夫きっとそう。ずうずうしくてごめんなさい。えーと、老犬介護……?
調べる途中、何度もムサシを見に行く。主のいない家に居座るとか(しかも交流はさほどないというのに)、わきまえてないとは思ったけど。でも、彼があんまり静か過ぎて、呼吸をしているのか確かめずにはいられなかった。
***
明けて月曜日。また薄暗い店内、埃の匂いのついた服の中で電卓を打つ作業のはじまりです。でもこれもすぐ終わっちゃう。忙しいのは春先くらい。
「またため息ついて。店員さんがそんなんじゃだめよ、吉永ちゃん」
「あっ、すみません」
店長に頭を小突かれる。でも顔はにこにこ、たいして怒ってもいない。わたしはこの店長に気に入られている。なぜ気に入られているか、というよりは、気に入られたから採用された、というのが正しい。少人数の会社ってそんなもんじゃないかな。知らないけど。
「ねえ吉永ちゃん、今度斉藤さん達とボーリングのあと食事に行くんだけどね。いいお店知らない? 若い子が行くようなところに行きたいわねって盛り上がっちゃって」
「いいお店、ですか」
詳しい年齢は知らないけど、店長はお母さんより年上に見えるし、60代くらいだと思う。自分の上司は貶めたくない、貶めたくはないけれども、若作りに冷や汗をかくときが正直……ある! ねえ、どうして紫に染めるの。しかも一部を? 中身はとってもいい人なんだけどさあ! この話を友達にすると、ああなるほど洋服を扱う人っぽいって納得されて、それもなんだかなっていう。
「お気に召すかちょっと自信がないですけど、友達と行くところが何軒かありますよ。あと、少し遠いかもですけど、大学時代に打ち上げで使ったお店とか」
「あら、いいわね! 教えてちょうだい。お店のHPあるかしら。私の携帯にURLを送ってくれればいいから」
「はい」
ちなみに店長はスマートフォン。わたしはガラ携だったりする。
ちょっと息をついて、HP探しを始めた。紹介がてらの一言二言を添えればいいだろう。
打ち上げで使ってた居酒屋チェーン店の食事のメニューを見ながら、グルメの店長達が満足するかなって心配になって、でも多分そんなことわかってるなってすぐに結論。今回大事なのは雰囲気なのだ。わたしが友達と行くところは少しだけ高めで、味重視内装重視のいかにも女子会向け。むしろこういうところは、チガウはず。だってもっとおいしくてすてきなところ、いけるもんね。店長達のお財布なら。
から揚げを見ながら、たった君はから揚げ好きそうだなあって思った。ハンバーグが好きなんだから、きっとから揚げもカレーも好きだ。そんな気がする。
ムサシはなにが好きなのかなあ。
自分の携帯を睨む。
***
「こんばん、はっ!」
「……こんばんは」
「から揚げで許してください!」
たった君は呆れていましたが、部屋に入れてくれました。
「あのね、そこのから揚げ、おいしいんだよ」
「ふーん。ムサシ一応、今日も食事したよ」
「ほんと?」
そっかそっか! 早速ムサシのところへ行く。下に敷いているタオルが変わってることに気づく。そういえば、昨日も今日も、ゆるく冷房がかかってることにも。そうだよね、みっしりと生えた毛、暑そうだもん。
「ムサシって、なにが好きなのかなあ」
「飼い主に聞ければよかったけどな。もうしゃべれないらしいから」
「……そっか」
考えてみたらムサシの種類だって、おじいさんならわかったんじゃないだろうか。これは聞く暇もない急な話だった、おじいさんはたったひとりでムサシをかわいがっていた、って予想ができてしまう。おじいさんが良くなって、ムサシを迎えに来たらいいな……ってちょっと持ってた夢にヒビが入ったじゃないか。
「たった君は何が好き?」
「俺ぇ?」
たった君が驚いた声を上げる。って、振り向いたら、もうから揚げを食べてた。
「えー……別になんでも」
「好き嫌い、ない?」
首をひねりつつ、あんまないけど、ってぼやけた答え。
「パンより米のが好き」
それは予想通りです。
じゃ、と出かけたたった君は、またから揚げを食べつくしていた。今の夜勤は、わたしと完全に入れ違いみたいだ。
「ムサシー」
名前を呼んでも、反応しない。でも今日は、してあげたいことがあるのだ。ちゃきっと取り出した、犬用ブラシ。毎日のブラッシングは血行を良くしてうんぬん、サイトでこれを読んで早速今日仕事帰りに買ってきました。食事はたった君がちゃんとしてるだろうし、多分ブラッシングもしてるだろうけど、えー、正直ですね、わんこにブラッシングは憧れだったのです。……不謹慎だろうか! 無気力無関心のムサシをさわるのは、そこまでこわくない。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
おそるおそる、とりあえず一番こわくなさそうな(もちろんわたしが)背中にブラシを当ててみる。このブラシは、スリッカーっていうのかな。サイトのブラッシング講座でおすすめされてた、四角い面に細い櫛がいくつも生えたもの。毛先に丸い球がついているのだ。
「おおお……」
さりさりさり、って音がして、少しなでただけなのに毛が何本も抜けた。これは……これは、やりがいがあるのでは……!? わたし、髪の毛いじるの大好きで、よく自分や友達の頭で遊んでいました。最近は面倒だし、職場でそんなに凝った頭しててもな、って思ってやってなかったんだけど。
背中だけなら要領をつかむのは簡単だった。ムサシはぜーんぜん気にしないし。すぐに、もっさりたっぷり、抜け毛の山ができる。たった君、ひょっとしてブラッシングしてなかったのかなあ?
手脚や顔はこわかったのと、わりと時間がかかっちゃったから、今日は背中だけで終わりにした。帰るまでに抜け毛の始末しないといけない。人様の家だし、掃除機もかけておきたい。あ、この時間に掃除機ってまさか迷惑? か、軽くなら大丈夫かな?
なんとかそれなりに後始末して、こそこそ部屋を出た。