14.
こたつに入っても、たった君が目を合わせてくれません。
「…………、」
わたしが口を開きかけた、それだけの動作でたった君が緊張した気がした。そんな自分をごまかすみたいに、彼はテーブルの真ん中からおせんべいを取る。
『お茶淹れようか』『そのおせんべい美味しいでしょ、お母さんが送ってくれたんだよ』……いつものたわいない会話が、一応浮かぶには浮かぶ。
でもまあ、やっぱりここは。なるべく体を小さくする。
「……えー、突然過ぎました。ごめんなさいでした」
たった君、ずいぶんな顔でわたしを見た。おせんべいを口から離して、大きなため息。
「ほんとだよ」
ほっとしたんだろうか。たった君がおせんべいをかじる。
「でも本気は本気だよ」
たった君がおせんべいを噴く。驚いたムサシが迷惑そうに鼻を鳴らし、また伏せる。
「やめろよな! いっつもいっつも、俺がなんか食ってるときに変なこと言うだろ!」
「狙ってやってるわけじゃないよ!?」
「狙ってなきゃいいと思ってんのか!」
お茶を淹れて渡すと、たった君はまだ不満そうにわたしを睨みながらも、受け取ってくれた。いつもよりぬるめに淹れたから、すぐに飲めると思う。たった君は何度か口をつけて、あおって飲み干した。
「で、どうかなあ」
「なにが」
「だから、結婚」
今度は、飲み干したの見届けてから言ったからね。たった君の顔は結局引きつる。
「てか、吉永こそちゃんと話せよ。俺ら、そういうのじゃないだろ」
そうだよ、そういうのじゃないよ。
くちびるを噛む。
「え、泣いてんの!?」
「だってムサシが」
無理だ。無理だよ先生。わかってたってわからないよ。
「ムサシが死んじゃう」
病院はつらかった。
重いまぶた、鼻をすすれば情けない音。
「泣き過ぎ」
「頭痛い。ぼーっとする」
「そりゃそうでしょ」
べこんと、たった君はわたしが空にしたティッシュの箱をつぶす。
「まあ、わかった。ムサシが死んじゃうと思ったから、結婚したいなんて言い出したわけね」
「……うん」
「入れ込みすぎなんだよ、吉永は。ムサシは俺の犬だって言っただろ」
呆れたため息。
「ムサシの家族になりたいから結婚して、ムサシが死んだあとはどうすんの」
「わたし、たった君のことも好きだよ」
明らかに言い方を間違えた。言い繕おうとして、予想済みだとばかりにたった君に首を振られる。
「ムサシが心配なのはわかるよ。でもそれで結婚っておかしいだろ。頭冷やして。吉永だって、本当はわかってるんだろ?」
彼には珍しい、やさしい口調。
「ムサシが死ぬの、現実に見えちゃったから、びっくりしたんだろ。初めて飼った犬だもんな」
「たった君」
「ちょっと離れたほうがいいよ」
「たった君!」
必死に首を振る。
「ちがうよ、わたし本当にたった君が好きだよ」
精一杯言ったつもりだった。でもたった君は、特に表情を動かさず。
「吉永と結婚なんか考えらんないよ」
声だけが、怒っていた。
ぽつん、寒空の下をひとり歩く。火照った顔には気持ちいい。心と体はちゃんと寒い。
振られたんだよねえ? やっぱり。