11.
「ま、それも結局、こっちの都合なんだけどねー」
さて、津野さんに、あっさり笑いとばされたわけで。
「吉永ちゃんもこれで一人前に近づいたんじゃない」
にやにや、安口さん。わたしが犬関連でトラブルを起こしたことがそんなにうれしいですか!
「ただじゃおかないとか、それ脅迫だから。そいつどうせ何度も言ってるだろうし、今度うまく録音しときなさいよ。なんかあったら使えるわよ」
「どうしてそんな好戦的なんですか……わたし別に、どうかしたいわけじゃないんですよ」
しかもなんかあったらなんて、冗談じゃない。
「どうしてそんなに消極的なのよ。ムサシは公道でうんちしたんでしょ。おばちゃん家の壁におしっこひっかけたんじゃなくて。文句言われる筋じゃないわ」
「そ、それはそうですけど、そういうことじゃなくてですね」
頬杖をつき、津野さんが苦笑する。津野さんのよくする笑い方だ。
「そういう問題じゃないわよね。ご近所さんともめたくないのよ。誰だってそうでしょ。だからみんな、気を遣ったり我慢したり妥協したりして折り合いつけてるわけで。法律だ条令だなんてのはケンカのときに出てくるものだもの」
うんうん、高速でうなずく。安口さん、肩をすくめる。
「なにいってんの。犬好きと犬嫌いが相容れるわけないじゃない」
「安口さああん!」
「それは言っちゃだめだわあ」
そういって津野さん、げらげら笑ってるじゃないですか。
「煙草も分煙あるんだから、動物も分動物すりゃいいと思わない? 動物好きが住むところと、動物嫌いが住むところでさ。あたし喜んで引っ越すわよ」
「いいわねえ。もちろん、詳細次第だけど」
「立田君のアパートはそういう意味でもいいわよね」
「大家さん、いいひとです」
津野さんが目を細める。
「いいひとだね。その手のトラブルって普通関わりたがらないものだと思うけど、責任感が強いっていうか。結構な地主さんなんだっけ。やっぱり、ちがうのねえ」
「そうなんですか?」
「うん、そんな風に聞いたなあ。あの一帯、大家さんと同じ苗字の家がいっぱいあるはずよ。ビルとかも」
そうなんだ。でもアパート経営してるんだから、他に色々やってても当然なのかな? そういう話、全然わからない。とりあえず、アパートに隣接しているご自宅はとても立派だ。
「にしても、立田君とはいまだになにもないの? 正気なの?」
「そうよ、うまく甘えなかったの」
「えー」
「なによ、その『すぐそういう話に結びつけるー』って顔は!」
ほっぺをつねられた。痛いです。
でも、笑い飛ばしてくれて、わかってくれて、ありがとうございますなのです。
津野さん達もいっぱい色んな思いを味わってるんだろうな。心が少し強くなる気がした。多分、これが『先輩』なのかも。学校の部活は仲悪いばっかりだったんだよね。わたしが直接もめたことなかったけど、先輩と仲良くすると同輩に嫌われちゃう、そういう空気だった。
なんだかうれしくなってにやにやしたら、なにかあったな白状しろと責められた。残念、そっちのご期待には添えられていません!