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【更新停止】とげぬきねこ地蔵  作者: 黒作@また休止だっ
長めのおまけ。だらだら後日談
10/20

8.



 立田にとって、吉永はとにもかくにも、突然、唐突な存在である。


「お弁当どこで食べようか! シート持ってきたんだけど、あの丘っぽいところ行こうか? あ、ベンチも空いてるね、あっちのほうがいいかな」

 あー、でもご夫婦が散歩してるし座るのかも……空けておいたほうがいいのかな、エトセトラえとせとら。

「たった君?」

「じゃ、丘にすっか」

 二度ほど流れたものの、ムサシがかつて通っていたという公園に3人(ふたりと一匹)でやってきた。犬用カートを転がして来るには遠かったので、大家に車を借りてのなかなか大掛かりな散歩。大家は快く貸してくれたものの、「一緒に住んでるなら次回の契約では」とか言い出し始めたので、大家にも世話になった黒ケツの時に一度泊まったことはあるが、以降は一切ないと弁明した。そう? 2階がいつまでも空いてると思わないでよ? と悪徳な売り手のように言われ、鍵をひったくるようにして逃げた。勘弁してほしい。

「ムサシ、落ち着かないね? ちょっと歩いてみる?」

 ムサシに聞きながらこちらにちらりと目線をよこしたので、いいよと返すと、吉永はリードを手に巻いてムサシをカートから抱き上げた。ゆっくり地面に下ろすと、ムサシは鼻を地面につけ、そのままくんくんとせわしなく嗅ぎながら歩き出す。

「ああ、やっぱり懐かしいんだ。よかったねえ、ムサシ。ありがとう、たった君」

「なんで吉永が礼言うの」

 だってわたし車運転できないから、と言い訳されたが、そういう話ではなく、ムサシは立田の犬のはずである。

 立田がムサシのカートを預かり、吉永はムサシとそのまま園内の散歩道を歩き出す。犬の入園を許可している大きな公園で、人も犬も多い。ドッグランもあるらしく、そちらには犬専用のゴミ入れがあると案内が出ていた。ムサシは外で排泄しないが、もししてもそこで捨ててから帰れると思うと、やはり借りた車で来た身としては気が楽になる。

 秋晴れのもと、吉永は故郷に戻ってきたムサシよりもご機嫌である。どうもよくわからないが、彼女は、この年老いて偏屈で愛想のない不細工な中型犬にとことんまでメロメロだ。

「いっぱい歩こうね。ムサシのお弁当も、おやつもあるよ」

 いずれも手作りなのだろう。あれやこれやと試行錯誤していることは知っている。

 ムサシをかわいがってくれることに不満はまったくない。立田に毎日用意される夕食も、正直なところ、非常に助かっている。立田は料理が得意でも、好きでもない。

「どうぞ、召し上がれ」

 シートを広げ、吉永はムサシに水と弁当を差し出した。ムサシはよく水を飲み、珍しいことに吉永謹製の犬用弁当(肉と野菜の混ぜご飯風)もたいらげた。

 感動にふるえている吉永を尻目に、立田は荷物を広げ、3つの弁当箱と3つの水筒、それに割り箸を取り出す。

「俺これ?」

「うん」

 小さいほうの弁当箱と割り箸を吉永に渡す。

「なんか水筒3つもあるんだけど」

「豚汁と、熱いほうじ茶と、冷たい麦茶」

 吉永のリュックが大きく、重かった理由がよくわかる。

「こっちはデザートね」

 3つめの弁当箱、というよりタッパーを指して言う。わずかに透けて中身が果物だということがわかる。

「いただきまーす」

 と声をかけたのは吉永だけである。立田は早々に割り箸を割り、たまご焼きにウィンナー、ポテトサラダ、おそらくいつぞやに話していたメニューを頬張った。ぱくぱく無心で食べていると、吉永がこちらをのぞいていることに気づいた。

「なに?」

「ううん」

 吉永はにこりと笑って、自分の分を食べ始める。

「たった君、二日酔いとか大丈夫?」

「平気」

 酒が残っていたりしたら、吉永とムサシを乗せて運転などできない。

「武中君、まだ寝てるのかなあ」

「酒弱えーくせに馬鹿飲みするからなー。まあ、放っとけば勝手に起きて帰るから」

 武中と飲んだのは昨夜のこと。そこへ吉永が来たのは予想外だったが、いずれ顔を合わせることがあるとは思っていた。武中は予想通り中学時代のようにからかってきたので、予想通りにうっとうしかった。

「武中君にも合鍵渡してるの?」

「まさか。でも気にもしないで開けっ放しで帰るよ」

 立田も、動物が家にいる時以外はそうしっかりと戸締りをしない。

「たった君には、色々驚かされるなあ」

 小さな具の入った豚汁を抱えながら、吉永がつぶやいた。

「わたし、またほっとしちゃった。だってたった君、よりにもよって武中君と仲良くなってるんだもん」

 ほっとする、とはどうしてなのか、どういう意味なのか、立田にはよく意味が取れなかった。わからないまま吉永を見ていると、彼女は照れたようにはにかむ。

「できたら、気を悪くしないでね。いじめられてるの、いつも見過ごしてたから」

「ああ」

 やっと理解する。そういえば吉永は、犬猫だけじゃなく、いじめられている自分にも胸を痛めていたらしい。再会のときにも確かこんな会話をした。プライド的には余計なお世話だと思い、冷静な部分では吉永らしいと思う。

「いじめられてたっつっても、俺の場合、そう深刻なもんじゃなかったし」

「そうなの?」

「なんてか、俺が悪いとこもあったかなーとか」

 立田にもいじめられる要素はあったのだ。露骨に、自分の興味あるものにしか関心を示さない子供だった。相手に興味がわかなければろくに話もしない、つまり文字通りの子供だったのだけれども、当然、周りもそれを理解し許容するほど大人ではなく。

「そもそも俺が、武中のこと無視したらしいんだよね」

「無視?」

「俺ら、1年と3年で同じクラスだったんだけどね。入学初日、武中、俺に声かけたらしくて」

 たけなか、たつたと前後の席になった。隣は女子だ。武中は振り向き、立田に声をかけた。おまえどこ小? 好きなもんなに? 立田は、小学校は答えた。しかし、それだけでよそを向き、もう一度問いかけた武中に対しては、今度こそ無視をしたのだという。

「そ、それはちょっとかわいそうかも。だって入学初日って、結構緊張とかしたりしてるよね。しかもたった君、ひょっとして、覚えてないんだね……?」

 覚えていなかった。これは武中に、再会してから恨み言として聞いた話だ。

 覚えてはいないが、自分が無視をしたのは、武中にも、その会話にも興味を持たなかったからだろう。武中が特別というわけでなく、立田は興味を持った数人としかまともな会話をしなかった。いっそ誰ともろくに話さないってんなら、腹も立たなかったのかもしれないけどな、とのちに武中は言った。無価値として扱われたクラスメイト達は、立田を嫌うようになった。

 意識の偏った立田の話し方を笑い、目立つことをすれば皆であげつらって笑う。班分けでは邪魔者にする。物や体を攻撃されるまでにエスカレートしなかったのは、当時の学生が割合おだやかな気性であったか、もしかすると、立田が寺の子供だったことも関係していたのかもしれない。地元の子供の間では、立田の寺は有名だった。

「ほんと、中学の頃ってあんま覚えてないんだよな。つまんねんだもん。授業だるいし、部活とかくだんねーし」

 もちろん、負け惜しみもあると自覚している。勉強は苦手で、理解できない、興味も持てない50分間の話はひたすら退屈だった。体も小さかった立田は運動でも人に勝てず、仲の悪いクラスメイトに笑い者にされる不愉快な時間だった。

 立田は、同年の子供達の間では、団体行動というものを学ぶことができなかった。部活動のかわりに参加したおとなの主催するボランティア活動で、立田はそれを学ぶことになる。

 傷つかなかったとは言わないが、立田は自分が嫌われることを恐れる性分ではなかったし、正直なところ、面倒なことはあまり考えない。自分がいじめられていたのは弱かったからではなく、変わっていたからだと立田は思っているし、吉永に同情の目で見られるのは愉快ではない。

「不思議だなあ。やっぱり、見え方ってちがうね。たった君は、やっぱりたった君だね」

 どういう意味だ。わからないが、吉永はもう、あの申し訳なさそうな目をしていない。あれを向けられるのが嫌いだから、じゃあいいかと立田は豚汁をすすった。

「でも、そうだな。武中とまた会った時さ、あいつ超笑ってさ」

――うわ、おまえたったか? 立田史彦だろ? うわー超なつかしいわ!

 立田は武中のことを思い出せなかったから、誰だよ、と尋ねた。思いきり怪訝な顔をしていたと思う。武中は、いやそうな、でもうれしそうな、複雑な苦笑をした。

――やっぱ覚えてねーし。ほんとたっただよな。

 それを見て、当時の武中にとって自分がどう見えていたのかをわずかながら察した。自分は武中を傷つけていた。

「ま、でも俺のこと散々からかってたくせに、なにけろっと笑ってんだよと思って」

 当時の感情も少し思い出した。武中に会うたび身構え、気鬱にさせられたあの苦手意識が、いまだ自分にこびりついていたことに立田は腹を立てた。そんな弱さは我慢がならない。

「だから、なに落ちぶれてんのざまあ、って笑ってやった」

「えっ」

「ゴミくせえんだよとっとと出て行けって言ったのに、武中怒りながらうちまで押しかけてきやがってさー意味わかんね」

 吉永は眉をひそめ口をへの字にして心底から理解に苦しんでいる。

 その顔がなんとなくかわいかったので、立田は笑った。理解して欲しいわけではない。そもそも理解のできなさでいえば、立田には、吉永のほうがよっぽど理解できないのだ。

「……でも、たった君、嫌いな人だったら家に入れたりしないよね」

 あたりまえ、と答えると、吉永はなぜかさらに上機嫌になった。



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