04:マジカルプリンセス
「勇者様、ご機嫌よう」
暇を持て余し、兵士の訓練所に顔を出すも、誰も相手をしてくなくて寂しくて片隅でこれみよがしにスライムを弄りまくっていた人間がいる……僕だ。
そんな哀れな子羊に声を掛けてくれる存在がいらっしゃる、そう、我らが聖女様である。
彼女は強大な魔力を宿すマジカルプリンセスで、20歳にして、宮廷魔術師であるエフィルさんと肩を並べるほどの実力者。僕を召喚した張本人でもある。
趣味は、城内の風景観察。「立場上、おいそれと外出することができず、容姿、魔力共に目立つ人間なので変装するのも難しいのです。でしたら、今ある環境で最大限楽しみませんとね、ホホホホ」とは本人の言葉。
この人は、傾国の美女という表現が似合う程に美しい。黄金の瞳は魔力を帯びており、見る者全てを虜にする。僕もそんな御方の奴隷であり愛しい聖女様のためなら―――ッ、厄介だなこの魔眼。
意識を強く持たないと、クソッタレ聖女様に存在が飲み込まれてしまいそうだ。
そう、彼女が持つ黄金の瞳は、世間で言われる『魔眼』というものだ。日本で有名な”相手を石化させるメデューサ”や”死の線が見える殺人鬼の少年”が持っている能力と同じようなもの。聖女様の場合は”意識して見た相手を魅了して隷属させる”という人権無視の便利能力。
この能力を知っているのは、国の一部の重鎮と、僕やエフィルさん、アリーゼのように自力で抵抗できる人間のみ。ホント恐いよね、独裁国家って。というか、挨拶代わりに魅了してこようとするのは止めて頂きたい。
「おはようございます。今日も見回りですか?」
「いいえ。勇者様に意見を言いに来たのです。城内の者からアナタの奇行に対して苦情があがってきております。立場を盤石にするためにも、ほとぼりを冷ますためにも、今すぐに冒険者ギルドで依頼をこなし、住民の生活に貢献してきて下さい」
……貴族は言葉を飾るもの、そう思っていた時期が僕にもありました。
聖女様から単刀直入に『今すぐ出て行け、仕事しろ』という用件を申し使ってしまったので、スライムと戯れる作業を中断して冒険者ギルドに行くことにする。
トイレを清潔にするという実験を奇行と言うのは、どこの誰だよ、まったく。しかし、エフィルさんに依頼した核の作成に時間もかかるので、良い暇潰しを貰えたと内心喜んでしまう、悔しいっ……。
ともはかく。城外へ行くので、アリーゼに同行してもらわないとな。地理にも詳しくないので、冒険者ギルドの位置すらわかないし。
「勇者様と一緒に行動すると汚れが移ります、独りでどこぞへ行って下さい」
そんなことを考えていたのに、余裕の職務放棄をかまされた。まぁ、僕の監視役も兼ねているハズなんで、そういう面では信頼されていると思えば寂しくないんだからね。余裕ですよ、余裕。
「ギルドなら2Fで臨時パーティが組めますので、寂しいならそこで同好の人とパーティを組めば良いと思いますよ。場所は……今から地図を書くので少し待ってくださいね」
アドバイスもしてくれるぐらいの好感度はありますからね! 平気ですよ。
城下町までサクサクと移動。ギルドにズバッと参上。
受付の猫耳お姉さんの説明を聞き、水晶に手をかざして個人情報を抜き取られたり、「あなたが噂の勇者様でしたか。意外と普通ですね」「イケメンとか噂されてました? いやぁ、現実はこんなもんなんで」なんて雑談し、スライムを布教したり、質問に答えたりしてギルドへの登録があっという間に完了する。
「以上で基本項目の説明を終わります。疑問点が他にありましたら、その都度窓口のものに質問するようにお願いします」
「はい、分かりました。どうもありがとうございます」
さて。どんな依頼を受けようか……と掲示板を見てみたけど、登録したてのGランクは山菜採取やら、料理店のキッチン補助やら、町内の手伝い的なものしか受注することができない。
ここは、聖女様や、僕の行動を奇行なんて言う人を見返すためにも、難度が高い依頼をこなしたい所だ……そのためには、高ランクの人とパーティを組むことが必要だ。受付のお姉さんが、手早くギルドランク以上の依頼を受けたいならそうして下さいと言っていたしね。幸いにも、僕のギルドカードには『戦闘評価:S級』の記述があるし、軽く見られることはないハズだ。
そんなワケで、僕は2Fの喫茶店に移動する。
ここはアリーゼが言っていたように、ギルドに登録した人間がパーティを組むための待合場所だ。喫茶店、という表現をしているのだが、実際は荒くれ者の冒険者が利用する場所。実際は酒場のような雰囲気になっている。
ただし、酔っ払いが周囲にかける迷惑を鑑みて、飲み物は果樹汁と水、ミルク程度しか取り扱っていない。
待合の仕組みとしては、
・ドリンクを注文すると、記入用紙が貰える。
・募集要項を記入して店内の掲示板に貼り付けておく。
・気が合った人同士でレッツハンティング。
っといた仕組みになっている。
僕の場合は、高難易度の依頼なら何でも良いので……こんな感じか。
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<スライム大好きな人募集>
戦闘評価:B以上
報酬:均等分配
粘液スキーな人、一緒に狩りに行きませんか?
戦闘では、近距離~遠距離まで距離に関係なく対応できます。
今なら、声を掛けてくれた人にプレゼント有、お買い得物件です。
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ギルドから帰宅し、夕食を済まして城内の自室。
スライムで作った布団に寝転がり、スライムの感触を全身で味わいまったりと過ごしていた。
コンコン。
「勇者様、私です。お時間よろしかったでしょうか?」
アリーゼの声だ。おそらく、今日のギルドでの僕の活動報告を聞きに来たのだろう。「どうぞ」と返事をすると「失礼します」と言いながら音も無く入室してきた。隠密スキルが高い姫騎士さんである。
彼女は僕の近くまで来ると、壁に背を預ける。職務が終わった時間なので鎧は身につけて折らず、女の子らしい薄桃色の寝間着を羽織りいつものトゲトゲしい雰囲気はない。
これは、「疲れるので寝る前ぐらい気を抜いて欲しい」と、何回か口を酸っぱくして言った結果だ。
しかし、まだ遠慮があるようで、彼女専用に用意した『ひんやり・マッサージ機能付きスライム座椅子』を勧めるも、「これで十分楽ですので、気を遣いすぎないようにしてください」とやもなしに断られる。普段なら絶対直立不動だし、気を抜いているのはわかるんだけど……スライムを頑なに警戒するのだけは残念です。
一度座ればその甘美な感触に絶対ハマること間違いないので、いつか仕事で疲れているタイミングで無理矢理座らせてあげないとな。アリーゼが帰った後に、椅子から触手を生やして、無理矢理捕獲できるように改造するプランを健闘しよう。
「勇者様の……本日の武勇伝をお聞かせ願おうと思いまして」
来て早々、大げさに言うなぁ、と僕は苦笑する。ただ、今回のギルドでのスライムの布教活動には自信がある。誇張表現なしで、ありのままを聞かせてやろうではないか。きっと、アリーゼも心打たれるハズだ。
「僕の活躍に、吃驚しちゃうよ?」
「はい、楽しみにしております」
そう言って彼女は微笑んだ。可愛い。この姫騎士さん、鎧を脱いでいると性格がものっそい柔らかいのである。正直、人格の変わりようにあの鎧は呪われているんじゃ無いかと疑っている。聖女様に祝福された装備らしいけど、呪いがかかっている気がしてならない。
「じゃぁ、今日の出来事を語ろうか―――」
こうして、僕はスライムと戦斧を担いだオッサンとの出会いを語りはじめた。