39:少し長めの夏休み
少年は、僕の言葉に肯定し、頭をガンガン振っている。落ち着け。
そんな彼はくすんだ金髪に、ダサイ英単語……PHANTOMの刺繍と、亡霊らしきシルエットが描いた黒い半袖シャツ。狼にダメージを受ける前からダメージを受けているダメージジーンズを着ている。
お年頃なのか、パンクとかロックなのか微妙に判断に困る格好だなぁ。
「触手の人! ここって異世界だよな! すっげぇ! 勇者とかお姫様って存在してるの?」
「うん、異世界だね。勇者は僕だし獣耳のお姫様は嫁」
「見栄を張って嘘つかなくて良いって。兄さんはイロモノポジションだろ、触手だし!」
「いやいやいや、本当だよ? それに、さっきのは触手だけど、正確にはスライムだから」
右手に銀色でドロリとした硬化スライムを生成し、少年に見せつけてやる。
普段のように柔らかなスライムを揉ませる嗜好ではないのは、彼が日本人で某国民的RPGを知っていると踏んだからだ。あのゲームをやっている人間はスライムを雑魚扱いするから。
目の前で「雑魚じゃん」なんて言われた日には同郷とはいえども内心穏やかでいられないからね。
「すっげぇ! メタルじゃん、触手兄さんレア能力使いかよ」
「すごいだろう? 僕のことはスライムマイスターと「ワオォォーン」」
適度に自己紹介をしてから状況を説明しようとしている最中、狼の遠吠えが聞こえた。
距離的には結構遠い……ハズ。声が届くってコトは、伝説級の獣が走れば一瞬で詰まる距離ではあるだろうが。
「少年、聞いてくれ。僕はこの平原に『狼のボス』を討伐しにきていてね。所謂、墜ちた守護獣ってヤツで強力だ……さっきキミを襲った狼たちは、その眷属といった感じかな」
話をしている途中で、嫌な気配が強くなってきたので、ハンプティ・ジョーカーを装着。ダンプティ・ジョーカーで少年の身体を覆い、戦闘準備をする。
「え、兄さんなんだよこれ?」
「少しまってて。スライムの素晴らしさはすぐに説明する。まずは、目の前の標的を対処だね」
「何もいないじゃん」
「気配遮断に光学迷彩的なスキルを持ってるくさいね、これはなかなか厄介だ―――姿を現しな、丸見えだ」
折角なので格好を付けた台詞を言ってみると、目の前に巨大な狼が1匹と、大量の小型狼(それでも全長2mはある)が姿を現す。
少年が唾を飲む音がして―――、それを合図に開戦した。
倒すのはそう難しくないが、少年に格好良い所を魅せたいな、さて。
*
「す、っげぇ!」
俺は、触手兄さんとボス狼との戦いを食い入るように眺めていた。
地面から触手を出して狼を貫いたり、身体から伸ばした触手で貫いたり、背後から飛びかかった狼に対し、身体から弾丸を発射して振り向かずに対処したりと圧倒的な強さを見せつけた。
たまに俺のほうを襲いにくる狼もいるが、身体が勝手に動いて回避する、その隙を兄さんの触手がグサリ、だ。
攻撃を受けた相手は『爆散』って感じで肉片を飛び散らせたりするんだけど、兄さんが浴びたソレは、身体に纏っているスライムに吸収されてあっという間に綺麗になる。
つーか、触手に貫通された敵は、瞬く間に黑いスライムに覆われて速攻で小さくなって……多分、兄さんの触手が生物を喰べているんだろう、どう考えてもグロ。血肉を喰うスライム……この人、絶対に勇者じゃねぇな。
俺はゾンビ映画とか見てるから結構耐性があるけど、普通の人だったら吐いてるだろ。しかも、タチが悪いことに、狼を殺す毎になんかポーズを決めんだよ。くねくねーっと、ダサイ。気持ち悪い。
さっき少し話した感じはまともだったけど、今の光景を見ていると完全に気狂いだわ、この変態触手男。
げ、ボス狼の目を両側から触手で潰しやがった。苦しんで叫んでるトコに口の中に触手を、うッ……
……吐いちまった。
俺を覆ってるスライムがゲロも喰ったから平気だけどよ。
だけど、強さは本物だ。あのボス狼がどれくらい強いかはイマイチわかんねーが、それを圧倒するこの触手男はかなり強い。
凄惨で圧倒的な光景だったけど目が離せなかった。
異世界に召還されて嬉しいなんて思ったのは一瞬だよ。俺、こんな世界にいたくない。
父さん、母さん……
俺、帰ったら真面目に勉強する。髪の毛だって黑に戻すし不良辞める。
だから、ご先祖様、俺に生存の加護を―――、無事に元の世界へ返して下さい。
*
「討伐完了かな。しかし、周囲も汚染されたなぁ」
周囲に気配を向けると、嫌な雰囲気が立ちこめている。こりゃぁ、僕が来て正解だった。
少年がスライムかっけぇ! と思ってくれるように、右手を掲げ、自由の女神のポーズをしながら黄金スライムを生成。
黄金の光―――、僕の魔力で周囲を照らし、辺りの空気を浄化していく。
よっし、完了。
少年の目には、スライムは神の力のように映ったに違いない、信者獲得!
僕はハンプティ・ダンプティ共に解除。すると、少年が地面に崩れ落ちたので、慌てて肩を貸して立ち上がらせる。
「すんません、色々と……凄すぎて」
「でしょう。スライムの素晴らしさは異常でしょう。感動しすぎてガクンガクン来たか。良い傾向だ」
「……それで、あの。俺は帰れるんスか?」
「うん、大丈夫。うちの聖女様が送還術を使えるからね。キミみたいに召喚されてないのに迷い込んでくる異世界人が迷い込んでくるケースが過去にもあってね。ちゃんと対策ができてるんだ」
「よ、よかった……でも、勇者サンはこっちの世界に残ってるし―――」
「僕は、入り用で召喚されたから。神々の加護を受けてこの世界に定着しちゃってるから戻れないんだ」
「……すんません」
「謝らないで。召喚される場合は、地球への執着が捨てれる人が選ばれるようになってるんだ。実際、僕も未練なんて振り切ったし」
それから、少年にこの世界の説明をした。
猫耳が付いてる種族だったり、下半身が蛇の種族なんかがいること。リエルの可愛さ、アリーゼの可愛さ、メリアの可愛さ、エフィルの可愛さ……あとは魔力について。
これは、実際にレクチャーしてあげようと、少年の口に触手を挿入し、無理矢理魔力を流し込んで強制覚醒された。
魔力は異世界人だから多いなんて法則はなくて、完全に人の素養と精神構造に依存する。この少年は、平均よりやや少ないって感じかな。
「そういえば、少年の名前を聞いてなかった。まずは僕だけど――――」
この後、およそ2ヶ月間。
送還の準備が整うまで、スライム風呂にはいったり、アカハネさんに連れられてギルドで簡単な依頼を受けてみたり、リエル先生の魔法講座に参加してみたり……少年は、少し長めの夏休みを満喫してた。
そして、「ありがとうございました、この恩は忘れません」と笑顔で言って還っていった。
その前に聖女様と話をしていたのだけが若干気になるんだけども……
まぁ、大丈夫だろう。僕も家族も自己防衛の準備は出来ているので被害は受けないハズだ、多分。