38:勇者支援金
今日は、7月26日。僕が召喚されてから丁度1年が経過した。
毎日が楽しくて、とても短かったと思う。スライムと、家族になった3人+居候のおかげだ。
今晩は、『召喚記念日』ということで「サプライズパーティなのです」と嬉しい出来事が開かれる予定で、家に帰るのがとても楽しみである。
残業なんかせずに、早いトコ勤務時間を終えて、さくっと家に帰ってみんなでご飯を食べたいね。
まぁ、そんな日でも情け無用で容赦が無いのが聖女様なんだけどさ。
「王都から南西に進んだ区域に、巨大な狼がいるとの報告を受けました。討伐をお願いします」
「今日は、家族が豪華晩餐の用意をしてくれているんですけど……」
「良いではないですか、労働した後のご飯は美味しいですよ?」
「働かずに食べるご飯はもっと美味しいで――――『はい、聖女様の仰せのままに討伐して御覧にいれましょう』」
……魔眼によって反論は封殺され、無理矢理討伐を確約させられる。
「今回は、勇者様でなければならない理由があるのです。巨大な狼は、『墜ちた帝狼』ですから」
なるほど。それなら仕方が無い、という感じで納得いった。
討伐対象……『墜ちた帝狼』というのは戦闘をする際に瘴気を周囲にまき散らす大型の魔獣、帝狼ウルヴァラの通称だ。
元々は、狼耳の人たちを守護する獣人だったのだが、失恋云々で狂気に犯され魔獣となり、勇者ムラクモにより封印されたと言われている。
愛読の王都魔物図鑑(3版)の伝説の魔獣紹介に名前を連ねていたのでバッチリ記憶の中に情報あり、だ。
僕で無ければならない理由は、相手が伝説級の強さであることと、瘴気をまき散らすという要素に関係してくる。
戦闘後の土地が広範囲の瘴気で汚染された場合、単身で浄化できるのが僕とエフィルさんしかいないのだ。
その2択で僕が選ばれたのは、便利な移動手段を持っているからだろう。
加えて言うなら、最近のエフィルさんは”聖女様の道楽を兼ねた国家事業”を手伝っているので手が回らないというのもある。
「了解ですけど、家族への説明は聖女様からお願いしますね」
「……そうですね、それくらいはわたくしがやりましょう。ついでにリエルでも虐めてやりましょう」
「そっちは勘弁してください、憂さ晴らしにリエルに胸を揉まれて憔悴するメリア(姫さん)の姿しか浮かびません」
ニッコリと黒い笑顔をする聖女様に諦観を抱き、僕は謁見の間を出るとスライム、ハンプティ・ジョーカーを纏い窓から屋上へ。
そして、南西に向けて設置してあるアダマン鋼で出来た鉄芯2本に、スライムを展開して牽引する。
スリングショット……俗に言うパチンコだ。コイツで身体を運動エネルギーに任せるままに吹き飛ばして長距離を高速移動するのだ。
「目標へ飛翔する!」
弾丸となった僕は、空を飛ぶ。
スライムに纏われているため、身体にGはかからないので気楽な空中散歩。
非常に便利なんだけど、この装置を考案してしまったせいで遠方の任務にあたる機会が多くなったのが困りものだ。僕以外は利用できないので、運び屋代わりにされるなんて日常である。
各拠点にはコレと対になる鉄芯が設置してあり、簡単に往復ができるようになっているのだ。獣都となんか、30分かからずに往復できるからね……
設置当時は、昼夜問わずに利用の申請がされ、僕は寝る間を惜しんで労働に勤しんだ。
この頃は、城を離れて家を構えるため金策に必死だったので「働くので、給料以上にお金を下さい」と聖女様にお願いして頑張っていた。いたんだけれども、不当な賃金で働かされていたようでね。
これに対してアリーゼが聖女様にブチキレたことがあった。
僕の給料は一般兵1年目と同額で、同じような危険度の任務を行っているアリーゼの給料の1/4しかなかったんだよ。
城住みだから食費は無料だし、用事で買い物に出かけたりする時は結構な額の”支度金”がでるので、公務員としては破格の待遇だと思ってたんだけど実際は……という話。
給料日に「頑張りました!」とドヤ顔でお金をテーブルに置いて「主様、もったいぶらないでくださいよ」「え? これが全額だけど……」とやり取りをしたと思ったら「お花を摘みに行ってきます」と何処かに消え去り翌日。
疲れた顔をした聖女様に「勇者様が住む家の代金は、わたくしが……いえ、国税で支払ってさしあげます」と、苦々しく言われる後味の悪いイベントが起きた。
アリーゼに聞いたところによると「幼少の頃からお仕えしていたので、私だって聖女様の弱みぐらい握っていますよ」と彼女にしては珍しい影のある笑顔で教えてくれた。
脅迫まがいのことをして自己嫌悪してしまった、まじめなアリーゼである。
ちなみに、削られていた僕の給料は『勇者支援金』の名義で孤児院に寄付されていたので、文句は何も言えない所か、給料の支払いが正常に戻った後にも自ら寄付することを強いられるという策略が待っていたのはご愛敬である。
たまに孤児院の子供らと遊んだときに「ゆうしゃさまいつもありがとー」と言われるのは、僕が毎回玩具用スライムと食用スライムゼリーを持っていっているからだと思っていたのに、それはまったくの慢心で少し悲しく―――
お、速度が低下してきた。そろそろ自由飛行にはいるかな。
両腕を伸ばし、身体のスライムをグライダーのような三角形にして滑空する。
「あれは……」
丁度良く狼の群れが補足できたと思ったら、少年が襲われている姿が目に映った。
僕はハンプティ・ジョーカーから口が付いた触手を生やし、狼26匹を丸呑みにして捕食。解除して少年に近づき、噛まれていた右足に回復スライムを貼り付け、傷を治癒させてやる。
「大丈夫?」
「た、助かった。サンキュー触手兄さん」
「まったく、なんだってこんな場所にキミのような―――」
そう言いかけて、気付いた。
彼が着ているシャツには、英語でPHANTOMという文字が書かれている。
「キミの格好……もしかして日本人かい?」