36:最後は自分の手を汚す
対峙したアリーゼが、立っている人物が聖女様であることを視認して警戒を解く。
しかし、今度は警備のオッサンが臨戦態勢に移行し、正面から圧倒的な肉塊の力を持って突撃槍を構えて突き進む。
「あの女、ただもんじゃないぞ。オランド、マシュー、アイツに黒連槍竜突を掛けるぞ」
「おお」「やるぞ」
迫り来る魔力を宿した槍に対し、聖女様は足蹴にしていた人を紅い鎖で振り回して対抗する。
鎖に縛られた人は、槍の穂先に頭が当るように角度が調整されている。「えげつない」とアリーゼが呟き、オッサンが舌打ちをしながら槍を聖女様にめがけて投擲し、鎖の人を両手で受け止め――――切れずに吹っ飛ばされる。
それは狙い澄ましたように……というか、角度的に完全に無理があるのに僕の方に飛んでくるので「王子ガード!」と脂肪のクッションで防御姿勢を整える。
「主様、何やってるんですか!」
「ごめん、触手が手頃なものを掴んでいたのでついね」
アリーゼが僕を庇うように前に出て、オッサンを右腕で掴んでそのまま身体を回転、聖女様に向かってオッサンを投げる。
「なにやってるんだよ!」
「すいません、手頃なものを掴んだのでつい」
僕はアリーゼが投げたオッサンを高速で触手を伸ばして回収し、回復スライムを生成して口から摂取させておく。
その間に聖女様は残りのオッサン(2人目)の金的に頭から鎖の人を直撃させ1確死。オッサン(3人目)が槍の間合いまで距離を詰めたと思ったら、その懐に入り込んで腹に正拳を直撃させた。「無駄に6発入れてますね」とはアリーゼ談。僕には残念ながら視認できない。
「力量の差も測れないとは未熟。まったく、久々に城を出てきたのに運動不足が解消できません」
お前は何を言っているんだ――――そう声を出そうと思ったが、口からは何も漏れてこなかった。
どうやら、<隷属の魔眼>の支配下にあるようだ。まぁ、僕が抵抗している間に誰かがツッコミをやってくれるハズ。そう思ったが、誰も声を発しない。もしや、これは……<隷属の魔眼>で空間干渉してるのか? 視界を合わせた相手にしか干渉できないと、いつから僕は錯覚していた……。
ぐッと。気合いで魔眼の干渉を退けてようとするも、何時もよりも強烈でなかなか上手いことはいかない。
「ご機嫌よう、または初めまして。わたくしは、王都で聖女と名乗らせて頂いている者です。この度は報復に参りました」
「報復、だと……」
「あら。もう束縛を解いて喋るとはさすが勇者様です。今回は良い仕事をして頂きました。こっそりと見守っていましたよ」
「なん、だと……、気配なんて微塵も―――「少し黙っていてください」」
「……」
「ごほん。申し訳ありません。報復というのは、今わたくしが踏んでいるこれ。大魔法師リネンドと呼ばれていた逆賊ですね。この方が王都に多大なる損害をもたらしたからです」
今度こそ僕は言論を封じられ、聖女様がひとり語りを始める。
要約してしまえば――――「リネンドさんが全て悪い」ということである。獣都でも色々暗躍していたようで、王子他数人が洗脳され、国に不利益を起こすように仕組まれていたらしい。黑竜を自国で討伐できないのがまさにそれ。
この黑竜もリネンドさんに利用されており、王猪の森の件では共犯だったらしい。黒い瘴気に包まれた熊とか、瘴気のバケモノとか、よく考えてみると共通点がある。
で、以前に話したときは「国家同士の戦争発展しかねない」というようなことを言っていた気がしたんだけど、今回のこれは……
「まずは、お姫様。この件に関して発言をどうぞ」
「あ……まだ公の場では発表していませんが、私は勇者様に嫁ぐことになりました。王都側の立場ということになります。ですので、一般論でしか言えませんが……、国の重役に所属する人間が他国に損害をもたらしたら賠償という形を取るのが普通だと思います」
「そうですね、見事に一般論です。では、次に豚……王子様」
「す、全てはリネンドがやったこと。処分は我が国が責任持って行う、多額の賠償などできるハズがない!」
「へぇ……そんなことが言えてしまいますか」
聖女様は指をパッチンと鳴らすと、王子が腹を押えて苦痛にのたうち回る。えぐいように感じられるが、王子はリネンドさんと手を組んで王都に内政干渉しようとした側の人間だ。実際、大猪の森に手を出して王都の食料を消失させている。
「次は王妃……いえ、手間ですね。王様どうぞ」
「リネンドがした無礼は詫びよう。賠償も、民に影響がでない範囲で最大限にさせて貰う。だが、我が国も被害者だということを聖女様には理解して頂きたい。王子、いや……息子に苦痛を与えている魔術を、どうにか解いてやってくださらんか。もしも聖女様がこのまま報復をするというのなら、我が国も抵抗せざるを得なくなります。さすれば、戦争という運びになるのは明白なこと」
「いいですね、戦争。やりましょうか?」
「なん、だと……」
「なん、ですと……」
聖女様は王子の側まで優雅に歩いて行くと、腹に蹴りをいれ、頭を踏みつけ、ヒールでぐりぐりと刺激する。
誰も、声を発することができない。魔眼の効果云々ではなく、現在の状況に。
「さて、この場の生殺与奪の権、誰が持っていると思いますか? 動ける人は手を挙げて下さい。あれ? 誰も挙手しませんね。勇者様、あなたは動けますよね。アリーゼも。ほら、挙手してください」
「「……」」
僕とアリーゼは顔を見合わせ、おそるおそる手を挙げる。
「はい、よくできました。おわかりですか? 誰が場を支配しているか。戦争をやることになれば獣都のここにいる貴族は即座に全員死んでしましますよ。王様を含めて。それと、知っていますか? 此度の計略によって、私の大切で大切で大切で大切で大切なものが失われてしまって、戻ってこないことを」
「なにが望みだ……」
「ですから、報復ですよ。それほど難しいことではありません、元凶である魔法師リネンドは王都で捌くのは当然として……あとは、王子様の身柄を下さい。そうすれば、気持ちを切り替えて今まで通り仲良く交易をすることができます」
「その保証は?」
「ありません、が、必要ないでしょう。騒動をしっているのは王都でもわたくしの側近のみ。わたくしとしても、企てに関係が無い獣都の民まで被害がでるようなことは望みません。王様が責任を全うし、王子の身柄を差し出すだけで良いのです」
「……承知した」
「ち、父上! 我を見捨てるのですか!」
「王たる者、少数の犠牲で多くを生かす選択をせねばならん。すまぬとは、謝らんぞ息子よ……」
「た、助け、だれか……」
「誰もあなたを助けたりしませんよ。わたくしも慈悲を与えたりしません。愛しの姉様は身も心も勇者様のもの、王様はあなたを捨てる選択をしました、魔術師さんはそこで鎖に縛られて寝ていますから、ホホホホホ」
「賠償に関しては、これから大臣と話し合ってすぐに決める。息子については、今この瞬間からあなたに渡しましょう」
人生が終わることを悟った王子の絶望、苦渋の判断をした王様。
聖女様が失った大切なものとは、一体何なのだろうか。僕は、黙って見ていることしかできなかった。
「では、そのようにコトを運びましょう」
王様の言葉に満足した聖女様は、まるで聖女のような笑顔で微笑む。
そして、手をパンと叩くと――――、
そこには壊された壁はなく、僕は3人のオッサンと一緒にテーブルを囲んでいた。
違いがあるとすれば、アリーゼ、王子、姫様、王様以外のすべての人が眠りについており、聖女様が壇上でリネンドさんを人間椅子にし、それに座っているだけだ。
いつから<隷属の魔眼>を使ってないと錯覚していた?
「それと、先程頂いた王子様の身柄ですが……処刑するにも器具が汚れてしまいますし、猪のエサにするのも、食べた猪が食中毒を起こしてもたまりませんので。今、この場で捨てていきます。拾ったゴミの所有権は、拾った人のものですよ」