35:肥やしは成長の糧となる
「可愛い乳首をしてやがるぜ」
「勇者様も対抗して全裸になるしかないだろう」
「いや、そんなことしないですから」
何故、こんなコトを言われているのか。全ての原因は王子にある。
壇上で上半身裸になり「勇者よ、我と勝負だ!」と声高らかに宣言。筋肉がないのにマッスルポーズで自己アピールしているからだ。
申し訳なさそうな顔をしているアリーゼによると、王子が僕のことを糞やら雑魚やら挑発してくるので、地味に反論をしていたら「実際に成敗してくれよう」そんな流れになってしまったそうな。
面倒だが、王子と相対するために壇上へ登る。
王様や妃様は止めるどころか「息子よ、勝利を掴め!」と挑発してるし。獣都の重役連中はお手並み拝見、てな感じで様子見。若い連中は純粋に楽しんでいる。応援は王子寄り……というか、王子様一色。
まぁ、国のトップがいる場所で他国の勇者を応援するなんてことできんよな。大人の対応、苦戦して負けるように見せかける手でいくか。
何かを掛けた勝負ではないので、角が立つようなことはするべきではない。
「勇者様! 頑張って下さい」「王都の誇りを!」「トルネギオスを討伐した実力を見せてやって下さい」
くっ、アウェーだというのに、貴族の子達が声をだして応援してくれてるよ。でも僕は敗北する予定なんだ、すまない……
考え事をしながら歩いていると、ドン、と。何かにぶつかって体勢を崩してしまう。うおお、格好悪い。周囲の人にも嘲笑をうけている。
状況がよくわからないので、何かと接触した辺りに手を伸ばしてみる。何だこれ? 進路上に透明な壁があるんだけど。
「ハッハッハ。それが我の<遮断の魔眼>だ。貴様にそれが破れるかな?」
なるほど、魔眼の力か。姫様に軽く聞いてはいたけど、防御特化した力だなぁ。うちの聖女様は人体干渉型だけど、こっちは空間に直接干渉するタイプらしい。これなら鉄壁だし、王子が有用視されるのもよく分かる。適度に強力で隠す必要もないし、力を誇示するのに役立つね。
「破るのは難しかもしれませんね。王子の胸を借りるつもりで頑張らせて頂きます」
「そうだろう? 所詮は勇者と言えども異界から呼ばれた少し強い人間というだけだ。我に比べれば所詮は雑魚」
「……そうかもしれませんね」
僕が壇上に登ると、丁度姫様が入り口から入って来たのが目に入った。
どうやら、僕を探しているようで辺りをキョロキョロと見回している。あ、目が合った。
状況が把握できないようで、首をかしげている。とりあえず手でも振って誤魔化しておくか……そう思っていたらアリーゼが姫様に近づいていき、一言二言の説明をする。
「勇者さん頑張って下さいー!!」
そうしたら、いきなり大声で声援がきた。
会場にいる人間の半数以上が驚いて、姫様の方に視線を向ける。だけど、彼女はそれに動じることなく僕の方を見つめている。
……これは、負けるのは無しだ。期待に応えさせて貰う。
両腕を振り上げ、顔に余裕の笑みを浮かべてコロンビアのポーズ―――
それに対して、会場が沸き立つ。
王子様の目から光彩が消え、ぶつぶつと独り言を言い始め、顔がどんどん歪んでいく。
「不、フハh、掛かってkい勇者、貴様を倒し、この会場すべての女性に雄としての優劣を叩き込んでyろう」
「そうですか」
僕は右の掌に、スライムを生成して王子に見せつける。
「粘菌、だと……舐めていrのkあああああAaaaa!」
「命を刈り奪る形をしてるだろ?」
「巫山戯るな!」
激高した王子は、突撃をしかけてくる。同時に、僕はスライムを顔面に投擲する。
そのスライムは遮断された空間を破り、王子の顔面にぶち当たって、即座に意識を奪い取った。
一瞬の静寂が訪れ、溢れんばかりの歓声で会場が沸き立つ。
偉そうな人たちが苦々しい表情だったり、引きつった顔をしているけどそれは心の片隅に置いて放置しよう。
アリーゼに手を引かれ、姫様が僕の元までやってくる。
「勇者さんのスライム強すぎ。弟の魔眼が獣都防衛の要だったのに」
「空間干渉型は、便利なんだけど強さ的にはそんなにって感じだから。あとは、まぁ、普段から弟くんの比ではないレベルの魔眼の驚異に晒されているので、意志確立による干渉破壊をするのが楽だったという話。ともあれ、話す前に王子様を起こそうか」
「勇者さんの私生活どうなってるの? ともあれは、アリーゼ様がやってる最中」
王子のほうを見ると、意識が戻って虚ろな目をして天井を見つめていた。
アリーゼはそれを介抱する振りをして、耳元で心を折る作業に勤しんでいる。
「おかしいですね、力量で劣っている糞勇者に負けてしまうなんて……」
「そ、そうだ。これは何かの間違い―――」
「糞に負ける王子様は、糞以下ですね。畑の肥やしにもなりません」
「なん―――」
「それと、私は勇者様……主様の女です。王子様に与えられなくても、快楽も愛情もいっぱい貰っているんですよ」
「ば、あkあ、な。こ、この売女!」
……根が善人なので精神的に攻める行為にアリーゼは向いていないようです。
「とりあえず、事態を収拾させて―――」
場を落ち着かせようと思ったら、さらなる騒ぎの火種が壁を突き破ってやってきた。
ドゴォンと軽快な打撃音がしたと思ったら王子がもたれていた壁が砕け、周囲に瓦礫をまき散らす。「あああああ」と言いながら王子は衝撃で空中浮遊するので、触手を伸ばして華麗にキャッチ。
アリーゼが壁を突き破った何かと対峙する姿勢を見せたので、僕は晩餐会を楽しんでいる人たちに被害がないよう、フォローできる立ち位置に移動する。
煙が消え、そこに立っていたのは――――、王都に残っているハズの聖女様だった。
逆海老風に紅い鎖で縛られた人を足蹴にして、これまでになく上機嫌な笑顔を浮かべている。