33:仮面夫婦になる準備
場を収め、会議室に戻って2人きりになると、姫様が弟のコトを嫌いな理由を話し出した。
主に、パンツを被られたり臭いを嗅がれたり、クローゼットから盗まれたり、「姉様のパンツは可愛いですね」と風呂上がりに穿いてわざわざ見せにきたり。それに、美人に執着に対する執着が酷く暴走して問題になることも稀にあるそうだ。
王位継承者で、<遮断の魔眼>を持つ優秀な子供という立場なので、黙認されているのが現状……このため、能力的に劣るし、側室の子供である姫様は立場を踏まえた遠回しな苦言しかできないということだ。
それに伴い、今後の行動指針を話しあった。
僕を取り巻く女性関係だったり、姫様周りの人間関係、王都に行くとそれがどう変化するのかなどだ。
豚王子の対処は完全に聖女様にお任せする腹づもりなので、できるだけ姫様が楽しく感じるような話をする。王都の庭園で一緒にスライムを育てたり、夫婦生活をするまで仲良くなったら一緒にスライムのベッドで寝ようと冗談を言ったり。
コンコン、とノックの音がしたので「どうぞー」と返答をする。
「勇者さん、防音部屋なので聞こえてないよ。鍵してあるし」
「そうだった、ドアあけるね」
僕が扉を開くと、そこには犬耳のメイドさんとアリーゼが立っていた。
アリーゼは、普段の鎧姿からパーティドレスに着替えていた。露出を控え、白色だけで構成されたドレス。上品な装いでよく似合っている。「着替えたんだね、奇麗だよ」と本心を伝えると、「主様も素敵ですよ」と言う切り返しを受けた。
先程の殺伐とした出来事を相殺してお釣りが来るほどの笑顔だよ、アリーゼ可愛いなぁ。頭をなでなでしようとすると「こ、公務中ですので」と弱めの抵抗をするんだけど、気にせず僕は撫で続ける。
……おっと、犬耳メイドさんが厳しい目付き睨んでいるのでこの辺りが潮時か。アリーゼの頭から手を離すと彼女は名残惜しそうな目で僕を見てくるので、思わず抱きしめそうになる。
「アリーゼ、夜になったら、いっぱい可愛がってあげるからね」
「……はい。楽しみにしています」
「私たちの姫様に手を出した挙句に、アリーゼ殿まで毒牙にかけているとは……勇者は変態という話は事実のようですね」
「ニーナ、私の旦那となる人にその物言いは感心しませんね」
「何を、姫様も本位ではないでしょうに」
「確かに本位ではありません。しかし、最善なのは間違いないです」
「ですが――――」
姫様とニーナさんは、2人でごちゃごちゃと話し始めた。
先程聞いた所では、このニーナと言う女性は、僕に対するアリーゼのようなポジションで姫様が全幅の信頼を置いている人だそうだ。だから、姫様が豚王子に抱いている嫌悪感も知っているし、ざっくばらんな話もする。
口汚いということも聞いていたので、心構えができていた僕に精神的なダメージはありませんよ。
こっちも、アリーゼと手短に用件を話としよう。
まずは、こちらの状況を要点を絞って伝える。姫様がスライムに興味を持っていて嬉しかったことと、豚姉陵辱計画が発動してしまたこと、その際に姫様とキスして王子の心を折ったこと……最後のを伝えたときに、アリーゼが悲しげな表情をしたのが心に刺さる。
だが、仮面夫婦をする以上は避けては通れない出来事だったので、謝りはしない。
「それに、今は仮面夫婦のような感じだけど、僕と姫様はお互いに仲良くなる努力は惜しまないつもりだから」
「……きっと、すぐに仲良くなれますよ。私も、一緒に仲良くなる努力をしますから」
アリーゼは、姫様に近づいていくと、唇を一瞬だけ重ね合わせる。そんな彼女を、姫様は抱きしめて頭を撫でる。
姫様には「リエル、アリーゼという2人の愛する女性がいる」と伝えてあるので、アリーゼの気持ちを汲んでくれたのだろう。その様子を見て、目の保養だぜフヒヒ、と思ってしまう僕の邪な気持ちを許して下さい。
正直、アリーゼがあそこで姫様にキスをしにいった理由が僕にはサッパリです。
「そろそろ時間も押してきていますし、アリーゼ殿は変態勇者を試着室へ案内してください」
「了解しました、では移動しましょう」
「じゃぁ、勇者さん、また晩餐会でお話しようね」
「うん。美味しいご飯がでてくることを期待してるよ」
2人と別れ、僕はアリーゼに先導される形で試着室へ向かう。
僕が今着ている服装は、王都の士官服の背中に『スライム命』と日本語で小さく刺繍してある格式が高い格好だ。しかし、「アリーゼ様は可愛いのですから鎧なんて無粋です」と獣都のメイドさん達に乗せられて着替えてしまったので、勇者様だけ士官服なのはおかしいだろう……てなコトで、僕も衣装替えとなったのだ。
しかし、さっきから廊下で女性とすれ違うと怯えられ、男性とすれ違うと敵を見るような視線を向けられるのは何故だろうか。
可愛いアリーゼと並んで歩いているので、男性の視線は理解できるけど女性に怯えられるのは……獣都に来る道中でトルネギオスを屠っているから暴力的な意味で怖がられているのか?
「アリーゼ、なんか周りの視線が厳しいと思うんだけど」
「……それは、主様が平常運行しすぎたのが原因です」
どうやら、噂の伝達速度というのは思っていた以上に早いらしい。
僕は、『隣国の姫に会って数時間で手を出した変態勇者』として有名になっているようだ。
さらに、この噂のタチが悪い所は”勇者が悪役”に仕立て上がられている点だ。「姫様は国の為に自らを犠牲にした」「勇者は弱みにつけ込む卑怯者」「王子の目の前で姫様を犯した」と尾ひれが付いて、僕という存在が徹底的に叩かれるようになっている。
事件当時に集まってきた人間に対しては、「僕と姫様がお互いに一目惚れで」と説明してあるんだけど……王子は心が折れてたし、姫様は「私は、王宮では弟に寵愛されるオマケのような扱いなので」と自虐してたし、王子に介入される、姫様を家臣が庇って僕が悪物。そのどちらの可能性も低いと思うんだけどなぁ。
「うーん、自意識過剰かなぁ」
「そんなことありませんよ? 実際に視線を受けてるのは確かですから」
「いんや、そういうことじゃなくてさ。第三者が暗躍している気がするって話」
「なるほど……確かに。勇者様に対する感情は作為的なものがある気がします。意識過剰かもしれませんが、警戒するに越したことはないでしょう」
「了解。警戒といえば貴族の子達の護衛は大丈夫だった?」
「はい。そちらは、信頼できる獣都の人間に任せてきました。聖女様のことが好きな女性です」
……なるほど、濁して言ってるけど<魔眼>で意識操作して潜らせてあるということか。
任せてきてしまうのは感心できない。だけど、僕と姫様の噂を聞いたのなら、事実確認をしたいと思ってしまうのが人情だよなぁ。
試着室に入ると、王都の男連中がめかし込んだ格好をしていた。
「勇者様、聞きましたよ。獣都の姫様を会った瞬間に孕ましたって」
「」
もう、勘弁して下さい。
服のセンスがない僕は、聖女様の息がかかっているだろうメイドさんに言われるまま黑の燕尾服を着せられる。
なんか、この服は地面に擦るぐらいに背中の二股に分かれている部分が長い。「お似合いですよ」とお世辞を言われるんだけど、現代日本人の価値観からするとすっごく恥ずかしいから反応に困る。
「お着替えは終わりましたね。それでは、晩餐会場に案内します」