32:聖女様の導きのままに
まったく、ノックをせずに扉を空けるとは不躾な王子様だ。獣都は王族に対する教育をもっとシッカリやるべき――――
「全身に浸かった時の抱擁感がすごい、気持ちよかったです……」
ちょっと、姫様何を言ってくれてるのタイミング悪いから!
王子様は信じられないって表情で僕らのことを見ているから。絶対何か勘違いしてるから。
「でも、息苦しくしたのは意地悪です。もっと優しくしてくれても良いのに。私、お嫁さん候補だぞー」
起き上がろうとして、姫様も状況に気付いたようだ。「嫌ッ」と拒絶の言葉を叫んで、彼女は王子の視界から隠れるように僕の背中に回り込む。部屋に逃げ込んでくれと思うばかりだが、状況が状況なのでパニっくているのだろう。
王子様は、未だに行動できず。何かを言おうとして口がパクパクしている状態だ。
僕も、何を言って良いのかわからないのでとりあえず溢れたスライムを体内に還元し、物的な証拠を消滅させる。
場を支配するのは沈黙。
どう動く? こうなった経緯を話しても聞いてくれないだろうし、王子の意識を刈り取って落ち着かせてから状況再開させても良いんだけど……姫様があまりに怯えた様子なのがきな臭い。状況のせいだとさっき思ったばかりだけど、今は僕にしがみついていて、背中に震えが伝わってくるからね。あと胸部E(推定)の感触が……くっ、落ち着け、落ち着くんだ。
不本意だけど、ここは聖女様の導き……『姉豚陵辱計画』の流れに乗るしか無いだろう。今の様子を見ていると、姫様を獣都に残したまま帰るなんて後味が悪いことができないからね。
「姉様に何をくぁwせdrftgひゅじこlp;」
「何を言ってるのかわかりません、さぁ、落ち着いて。深呼吸して――――」
スゥーゥゥ、ハーァ。
「吸ってー。吐いてー。さぁもう一度。吸ってー。吐いてー」
律儀に深呼吸する王子様。この人も精神的なショックが大きく、かなり混乱しているようだ。煽ったつもりだったんだけど普通に対応されるとは思わなかったよ。
「な、何をやらせるか!」
意識が正常に戻ってきたようでなによりです。
鋭い視線を僕に向けてくる程に気力も持ち直したようだ。姫様のほうも、何故か王子様と一緒に深呼吸をしており、震えは小さくなっている。この辺りは、きな臭くてもやはり姉弟。血の成せる技なのだろうね。
僕は、姫様が掴んでいる腰の手を払い、耳元に顔を近づけ「大丈夫、僕が守るから」と彼女にだけ聞こえる声で言葉を伝える。ついでに、白濁色のスライムで体を包み込んで露出も隠す。先程のスライム風呂の時と同じ成分を含んでいるので、リラックス効果があるハズだ。
「き、貴様! 得体の知れないもので姉様を汚すな!」
「とんでもない。私は王子様の視線から嫁の柔肌を隠したに過ぎません、いくら姉弟と言えども、年頃の女性ですからね」
「馬鹿を言うな! 汚いそれを姉様から剥がせ!」
「汚いとは心外ですよ。むしろ、このスライムに包まれることによってあなたの姉様は奇麗になるのです」
「よ、世迷い言を! この気狂いが!」
「何を言っているのですか、先程まで、あなたの姉君はアレに包まれて恍惚とした笑顔を浮かべていましたよ。ほら。『全身に浸かった時の抱擁感がすごい、気持ちよかったです……』この言葉、誰の口から漏れたんですっけ、王子様。どうしてこのような状況になったのか、王子様は聞きたいですよね? お姫様が、大人の階段を上った話を(スライムの味を知った女的な意味で)」
「き、き、き、ああああくぁwせdrft、貴様が、貴様が、貴様が姉様を×××××して無理矢理××しただけだろう!」
「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」
「……なっ!」
「フフ、不敬でしたか、すいません。冗談ですよ。ただ、姫様とは合意の上ですので、アーッハッハッハッハ」
こんな感じで大丈夫だろう。聖女様ならもっと心を折りにいくんだろうが、僕にはこのあたりが限界だ。それに、現実で使いたいセリフ10選に含まれる「お前がそう思うんならそうなんだろう」が使えたので非常に満足である。おおと、顔がニヤけてしまう。
そんな僕とは違い、王子様の顔には絶望が色濃いし、目尻には涙が浮かんでいる。年下の子供にここまでするのに罪悪感を覚えないでも無いが……
「そ、そうです。私は勇者さんのお嫁さんになるんです」
姫様が容赦ない援護射撃をする。胸を右腕に押し当ててね……と言ってもスライムで包まれてるから柔らかいんだけど別物の感触だけど。それでも気持ちよいので顔がニヤけるのが加速するけど。比例して王子様の顔が歪んでいきます。
「愛していますよ、勇者さん」
そう言うと、姫様は僕の頬に唇を押しつけた。愛情の無い、縁起だけのキス。「ちょ、自分を大事に――――」そう言いかけた僕の口も間を置かずに唇で塞がれる。
反射的に、僕は彼女を突き飛ばそうとしたのだが、僕の腰に両腕を回してギュっとされた。無論、唇を離さないままでだ。
「あ、ああ、ああああぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
王子様は発狂して崩れ落ちた。
濁りきって光彩が消えた目で「嘘だ、こんなの、ない……」と独り言を始めている。完全に、心が折れたようだ。
体を離した姫様の様子を見ると、そんな王子を観察しながら必死に唇を手で拭っていた。何度も、何度も。
……くっ、僕の心も一緒に折りにきてるのか? 好きな相手じゃないから当然の行動なんだろうが、やっぱり傷つきます。僕は姫様に背を向けて、手で唇を拭うようにみせかかて舌で舐めておきました。思春期の少年の罪をお許し下さい、役得は享受する性質なのです。
しばらくそのままの状態にしていると、王子様の悲鳴を聞いた部隊が駆け付けてきた。「私と勇者様の睦言を見ていた王子が云々」と姫様は説明し、一部の兵士に蔑めの視線を向けられながらも平和的に状況は解決した。
アリーゼにこの件を報告することを考えると、憂鬱でたまりません。




