30:お姫様は狐耳
魔法を使って世の中の理に介入する場合、術者の周囲に因と縁の歪みが蓄積する。これを抑えきれなかったり、返された場合は反動となって術者に襲いかかる。その反作用を逆凪という……というのが漫画を読んで覚えた知識である。
崩れている塔に疑問を感じてクロゥドさんに訪ねた所、「崩れているのは、大魔法師であるリネンド様が実験に失敗したからのようで……」と教えてくれた時に、ふと頭に浮かんだ単語。僕の直感は『エフィルさんが何かした』と激しく告げているのだ。魔術返しとか、呪い送りとかそんな感じの妙技をね。
「城に入るまでは塔が見えていなかったのは幻術ですね、民が不安にならないような配慮でしょう」
アリーゼが補足してくれるが、彼女はどうやら獣都に来たときから気付いていたようだ。今は矢面に立つ守護騎士だけど、元々は聖女様の親衛隊だったので、感知することに長けているのかもしれない。
僕の食事に入っている毒味をするのも、本来はアリーゼの役目だったからなぁ。
「では、貴族の方は私と一緒においで下さい。馬車が破損してパーティ・ドレスが全焼したと聞いておりますので、私どもがお召しものを用意させて頂きます。勇者様とお連れの騎士様には黑竜種を討伐して頂いたお礼を差し上げたいと思うので、あちらのメイドに付いていって下さい」
「アリーゼ、キミは僕に付いてこなくて良いのでソニア達に付いていくように。お礼は一緒に貰っておくからさ」
「はっ、かしこまりました」
「それは困ります、授与をしたいという私どもの意向もありまして―――」
「だから、私が行くと言っているのです。そちらの面子を潰さないためにね……黒竜との戦闘で疲れているのに休憩を入れずに引っ張り出すのですから、こちらのささやかな要求ぐらいは聞いて頂きたいのですが?」
普段はしないような言葉遣いで、威圧感を込めて言ってやる。アリーゼと風呂に行って疲れを癒やしたいばかりなのに、授与なんてやろうと思った獣都の王様に文句を言う為に。彼女をソニア達に同伴させたのは、念のためだ。王子様がいらん企てをしていると困るのでね。
アリーゼとしては僕の警護ができないのは不本意だろうが、意図は伝わっている。拳を胸に当てて「任せて下さい」とポーズを取ってくれているのだから。
「よろしいようですね。では、アリーゼ、そちらは任せる。他のみんなも、獣都の方に無礼がないようにな」
「当然です、わたくしの魅力で悩殺ですわ」
「私も侯爵家の人間だ。任せてくれたまえ勇者殿」
……キミらが一番不安なんだよ。権力を利用して僕らの馬車を先頭に配置した張本人じゃないか。アリーゼの方をみると頷いているので、おそらく気持ちは同じハズだ。
他の4人は僕の態度を胡散臭そうな目で見ているけど、自分でもらしくないと思うんだ、勘弁してくれ。
*
「面を上げよ」
最敬礼をしている僕に尊大な言葉をかけるのは、この国の王子である。王座に座っているが王子である。つまり、この授与云々はこの王子の独断専行ということだ。
聖女様は豚扱いしてたけど、狐耳が生えて小太りで可愛い美形の少年なんだが。痩せればすごくモテそうな感じなんだけど、エラそうで鼻につく雰囲気がすべてを台無しにしている。なんだか色々と残念だ。
で、隣で申し訳そうな顔をしている黑髪で狐耳の女性が姫様か。聖女様が自分のものにしたがるのがわかる可愛さかもしれない。
彼女は白くて過剰にフリルが付いたドレスを着ており可憐さを演出しているのだが、胸が大きく少しアンバランスな印象で少々あざとくも見える。年齢は僕より……若干下か。
着物を着たら絶対似合うので、日本人としてはドレスを着せておくのが惜しいばかりの逸材だ。
「此度は、暴漆竜トルネギオスの討伐ご苦労であった。大義だぞ、ハッハッハ。行き遅れ聖女が召喚した勇者にしてはやるではないか」
「いえ……勿体ないお言葉」
文句を言うために来た僕なんだけど、もう関わらずに帰りたくなった。この王子様と正面から相対するんだから、そりゃぁ聖女様はストレスをため込んでしまうのも仕方ないかもしれない。
「ところで、親衛隊のアリーゼちゃんは何処だ? 聖女が一緒の部屋にいたときは、他のおなごに話そうとすると嫉妬するものでな。口説いて我のものにする機会がなかったのだ。今回は丁度良いと思っていたのだが……」
「ハ、ハハ。彼女は、今は一緒にきた貴族の子供達の面倒を見ているのです。晩餐の時にはお会いできると思いますよ」
くっ……よく我慢できた。
聖女様はこの責め苦に耐えて良い顔をしつつ自分の従者にまで配慮をするんだから、僕とは器が段違いだよ。もう少し踏み込まれていたら、僕は堪忍袋の緒が切れていたかもしれない。
「そうか、それなら良い。では、私は用事があるのであとは姉様が良きに計らってくれるだろう。姉様と会話をできるだけでもありがたいと思え、ではな」
王子が立ち上がったので、僕は深々とお辞儀をして見送った。
最後まで退出したのを見届けると、思いっきり気が抜けてボリボリと頭をかきながら「はぁぁぁー」と大きな溜息をついてしまう。
お礼とか聞いていたのに、ねぎらいの言葉しかなかったよ。
……あ、やってしまった。
笑って誤魔化すのは無理だから、無難に謝っておくしかないよなぁ。「王子様が退席したので気が抜けました」と素直に心境を言って勘弁してもらうしかない。
「弟が、その……失礼な態度を取って申し訳ありませんでした」
「ちょ、っとなんでそちらが先に謝ってるんですか。こっちこそすいませんでした! 不敬罪は勘弁してください」
そう思っていたら、逆に謝られので、勢いよく土下座して謝り返しておいた。こっちの方が謝罪レベルが高いので、姫様の謝罪を相殺して僕の罪も許されるだろう……たぶん。
そんな様子を見ていた兵士たちは、頭を下げると散り散りに退室していき、部屋に残ったのは僕と姫様だけになった。なんで?
「勇者さんは、穏やかな人なんですね。一時はすごく気が張ってて恐い雰囲気だったのですが……今は、気が抜けちゃうくらい平穏でびっくりです」
「いや、偉い席だからシッカリしておこうとね……って、申し訳ありません。気が抜けて不躾な口調でお話してしまって」
「気にしないで下さい。えっと、その代わり私も楽に話させて貰って大丈夫ですか?」
「大丈夫。えっと、改めて僕の紹介は必要かな?」
「ううん、聖女様からたくさん聞いてるから平気だよ。すっごく変態だって」
「……」
あの鬼畜聖女、余所様へ威厳がなくなるようなことをやめろと言っておいて、なんで自分から隣国の姫様に勇者のネガティブキャンペーンをやっているんだよ。
今回は名声を上げるためにバッチリ決めようと思ってたのに、これではすごく滑稽じゃないですか。
「それに、人格に致命的な欠陥がるって言ってたんだけど、会ってみたら普通の人で拍子抜けしちゃった」
「……一旦雑談はやめておいて、色々と聞きたいことがあるんだけど」
「人払いをした部屋に案内してからね。それが終わったら、スライムの話とかいっぱい聞かせてくれると嬉しいな」
「お任せくださいお姫様、この勇者めが懇切丁寧に説明致しましょう」