03:投げ合いパーティ
ゴーン、ゴーンと鐘の音がして目を覚ました。どうやら、昼寝を満喫しすぎたようだ。
辺りを見回すとお弟子さんは枕ごと何処かに消え去っており、庭師のじいさんが昼飯を食べている最中だった。
「こんにちは。今日もじいさんは愛妻弁当で羨ましいね」
「おう、坊主は今日も年若いメイドさんの手作りだろ、わしからすればそっちのほうが羨ましいわ」
「初めは嬉しかったけど、自分の両親や、じいさんの弁当と比較すると味が落ちるのがなぁ……」
「かーっ、贅沢いうな。坊主もリエルの嬢ちゃんがもう少し育てば作って貰えば作ってもらえるようになるだろ」
「なんで彼女が僕の弁当作るのさ?」
「彼女が作るのは彼女だからだろうが、腕にしがみついて幸せそうに寝ておったぞ。思わずわしと婆さんの若い頃を思い出してしまったわい」
……お弟子さん、寝ぼけていたんだろうなぁ。気付いて起きれていれば感触を享受できたと言うのに、勿体なかった。スライムの枕による安眠性能が高すぎて深い睡眠状態だったんだろう、不覚を取った……
ともかく、僕とお弟子さんは付き合ってるような関係じゃないのでそこは否定しておく。
「なん、じゃと……起きたあと嬢ちゃんは幸せオーラ全開だったように見えたぞ」
「そりゃぁ、僕のスライム枕で寝ましたからね。夢見心地はまさに天国だったハズだから」
「それは違うと思うがの。それと、嬢ちゃんから伝言だ。『枕はいただきました』だと」
「フッ……了解です。じゃぁ、僕もお昼に行きますんで」
*
じいさんに別れを告げ、食事を済ましたあとに日課の体力トレーニングを3時間かけて消化。冷水を浴びて身ぎれいに。
そうしてエフィルさんの部屋を訪ね、僕は”汚物をスライムに食べさせる実験”の経過報告を行っていた。
「―――という感じで失敗に終わりました」
「なるほど、前回の失敗は取り除けたが、新たな問題が出てきて困ったわけじゃな」
「そうですね。消臭効果を期待して『バニラの香り』を付加していたんですが、完全に汚臭に喰われてしまって。これ以上、僕の能力の行使範囲内で改善できる気がしないんですよね」
今、僕と話している古風な言葉遣いをしているのがエフィルさん。宮廷魔術師で、お弟子さんの師匠である。
うっすらと金色が入った白髪に、尖った耳、若々しい肌。肩を露出させた黒いローブを纏った18歳くらいの巨乳美少女……に見えるが、実際は長い時を若い姿のまま生きているエルフという種族で、俗に言う”ロリババァ”というヤツだ。
正確な年齢は276歳で、勇者補正がある僕以上の魔力を持ち、知識があり、スライムへの理解もあるというかなりハイスペックな人物である。
エルフという種族の特性は地球の伝承とは異なっており、完全に人間の上位互換的な的な存在で、魔力に関する適性が高いことに加え基礎身体能力も高いという隙知らず。そのなかでもエフィルさんは『ハイエルフ』と呼ばれる、魔力を高めて年齢を重ねた存在で、この世界に100人いないであろう枠内の1人らしい。
さらに驚いたのが『ハイエルフ』の魔力が成長していくと、今度は額から角が生えて『魔王』と呼ばれる存在に進化するという事実。この世界の魔王の定義は”悪の化身”ではなく、”魔力を司る偉大な王”ということで、様々な種族から敬い尊敬されるとのことだ。
「で、わしの所に来たと言うことは、何かネタを考えてきたのじゃろう?」
「はい。除臭や魔力の吸収などを盛り込んだ魔石を作って貰い、スライムに核として同化させることができないかと」
「面白い発想じゃな。スライムと魔石を上手く同調させることができれば、問題解決は間違いなかろうて」
「「ハーイ!」」
二人でハイタッチを交わす。エフィルさんは言葉は古風なんだけど、精神年齢は僕とそんなに変わらなくて非常に気が合うのだ。他のエルフはどうなんだろうと思って聞いたことがあるけど「人それぞれじゃが、保守的なヤツが多いかの」とのことで、そのへんは一般的なイメージ通りらしい。
そんな少し変わり種で良い性格をしているエフィルさんだが、実力は本物で、『王都最狂』と言われている。僕もその片鱗は国王主催の模擬戦で体感しており、命が削らる恐怖を味わった。
なんせ、事前知識を貰って徹底的に戦闘準備していた僕に対し、魔法具を使わず無手で互角以の戦いをされたからね。
スライムの触手を伸ばせば魔法剣でぶった切り、断面の魔力に干渉して再生をできなくする。粘液の弾丸を発射しても驚異的な動体視力で回避するし、ガトリング・粘液というレベルの弾丸も魔法の壁を展開して防ぎきる。硬度を限界まで上昇させたスライムの拳も平然と受け止められるし。
結局、僕の魔力の残りほとんどを注いでスライムの広域結界を生成し「壊せないよ、僕のスライムは砕けない。勝てないけど負けることも無い」と言葉で煽り、エフィルさんにそれを破壊させるように誘導。隙を見て地中から触手を潜行させ、両足をグサリと貫かせて貰って「フフ、わしの負けじゃ」と決着になったからね。
正直、エフィルさんがギブアップ発言しなければ完全に僕が負けてた状況だった。魔力枯渇に壊せない予定の結界も崩壊寸前だったから。あと、貫いたハズの両足も即座に再生されたからね……「召喚されて2週間でここまで戦えるとは、しかも本気で足掻いてくるとは、惚れてしまいそうじゃ」と褒められたんだけど、あのときの僕は敗北感で一杯だった気がする、模擬戦なのに打撲あるし血まみれだったし。「敬語を使わずとも良いぞ」と言ってくれるエフィルさんに対して僕が敬語を使っているのは、これがあったからだと思います。
「よし、核は明日から作製に取りかかろう、暇をしておった所じゃ。スライムに消化されるに融合するというのが難しそうじゃなが、気合いを入れて3日以内に完成品を仕上げてみせようぞ」
「さすが宮廷魔術師殿、すばやい作業遂行能力で」
「いやいや、さすがなのは勇者殿の発想力よ、おもしろくなってきおったぞ」
「「ハーッハッハッハッハ」」
2人で肩をバシバシ叩いてお互いを称える。
僕が作業を行わないが知識を持っておいた方が良いと、ついでにお弟子さんを交えて魔力親和性の講義が始まる。そこからスライムに創る核の形状や素材の親和性を話し合い、徐々に雑談に逸れていき、僕がスライムの素晴らしさを語り……
気付いたら、2人でスライムを投げ合ってネバネバ状態で笑いあっていた。
「ハハハ、そんな投擲あたるものではないわ!」
「くっ、対象の魔力を追尾するスライム弾だ、模擬戦の時のようにはッ」
「やるの勇者殿。だが、自身の魔力を変化させるなどわしには造作もないことじゃ」
「なん、だと……」
途中で、僕らがスライムをぶつけ合う光景を見ていたお弟子さんが狂気に耐えきれず泣き出してしまったが、「すまぬの、2人で遊んでしまったわ。そぉれ!」とエフィルさんが顔面にスライムを投げて沈静化させた。「イヤッ……うぅ」と声を上げていた彼女に対し、「フフ、良い声で鳴きおる」と言った師匠は鬼畜です。
まぁ、「ネバネバ、嫌、気持ち悪い……」とか涙声で言うので、カッとなった僕も特大のスライムを顔面に投げつけたけど。口に入っても良いように、”みんな大好き安定のバニラ味”にしてあるから問題はないだろう。美味しいし。
しばらくこの騒ぎを楽しんだ後、僕とエフィルさんは熱い抱擁を交わし、投げ合いパーティは終了。どちらともなく離れ、名残惜しい気がしてエルフィルさんを見ると頬が赤くなっており……勢いって恐いと思いました。普段の僕らはこんなことしないし。意識すると僕もなんだか恥ずかしくなってくるし。
そう思うと、胸の感触と、衣類に付着したスライムの粘りけ……この素晴らしい要素を、心のアルバムに仕舞う作業を行わなかった自分の馬鹿さ加減にあきれてなにも言えなくなる。なんて勿体ないことをしてしまったのだろう。
「さ、さて。疲れてしまったし。晩餐と共に宴としゃれ込もうではないか」
「良いですね! 宴じゃ、宴じゃ!」
気分を切り替え、メイドさんを呼んで夕飯を部屋に運んで貰えるように伝える。
……で、そのメイドさんが部屋の惨状をアリーゼにチクったので、僕とエフィルさんは正座で説教&夕飯抜きの実刑判決を受け、晩餐の宴は開始する前に終了したのでした。