29:獣耳が住まう王国
獣都に到着して僕らを待ち受けていたのは、手荒い歓迎だった。街門が見えて、もうすぐ到着だー、なんて思っていたら弓矢の雨が降ってきたり、炎や氷が飛来したりするワケですよ。「間違いなく、主様が魔物と間違われましたね」とアリーゼがぼやくけど、普通は対話から入ると思うんだ。スライムに囚われた少年少女が遠目にも見えるワケだし……
まぁ、すべて僕に向かって攻撃が放たれているから理性的ではあるんだけども。ハンプティ・ダンプティのようなネバッとしていてチャーミングなスライムを魔物と勘違いするとは練度が不足している証拠だよ。
溜息を吐きつつ、馬車を停止。興奮するユニコーンを宥めつつ、ダンプティを人型から大盾に変化させて周囲に展開する。
「主様、私が場を収めます。少しだけ協力してください」
アリーゼは御者から降り、馬車の後ろに繋がっている荷車から『トルネギスの首』を持ち上げると、獣都の兵士達が群がっている方向に放り投げた。
大地が削れ、土煙と土砂が舞い上がり、僕は「ひっ」となった。和平的に対話すると思ってたら武力で攻めるんだもの。聖女様の指導による賜物だろうね、『恐怖による戦意喪失』とかあの人は嬉々として教育していそうだし。
「聞け! 我が名はアリーゼ。王都よりの使者だ。その首、暴漆竜を手土産に馳せ参上したというのに、獣都の人間は剣を向けるのか! そして、ここにいる御方は此度召喚された勇者であるぞ。敵対するというのなら……」
アリーゼが抜刀したと思った瞬間に、前列に配置されていた犬耳の兵士が吹き飛んで地面を転がる。
僕の方を目配せしたので、触手を伸ばして回収。痛覚を感じないように麻痺スライムを流し込んで、そのまま僕の前に宙づりにしてプラプラ。こんな感じで脅しにはなるだろう。
「御覧の通り、無力化させてもらう。魔法を使う動作をしようとしたのでな、悪いが見せしめだ」
うん、阿吽の呼吸だったね。さすが僕とアリーゼだ。
―――そう思っていたらユニコーンが兵士さんの尻穴に角を突き刺しました。興奮しているのか何度も何度も突撃します。体が反射的にビクン、ビクンと痙攣する。あまりの恐怖に「ひっ」と、スライムの操作を手放し、地面に座り込んだ。同じタイミングで兵士さんの拘束が解けて地面に落下するワケだけど、それに追撃するユニ子ちゃん。品種改良とは何だったのか……本能に目覚めてるよコレ。
いかん、腑抜けている場合ではない。「ユニ子ちゃん、落ち着くんだ」と説得を開始するも、聞いてくれない。狂ったように角で突き続ける作業をしている。仕方が無い。僕は、触手でユニ子ちゃんを無理矢理押し倒してから鎮静作用のあるスライムを流し込んで意識を刈り取る。そして、兵士さんの尻に回復スライムを流し込む作業。
彼の感覚を麻痺させておいたことが不幸中の幸いだろう。気を失ってるからトラウマにはならないだろうし……
「……武器を収め、我々の検閲をしてもらおうか」
ギルドカードを提示して、誤解も解けて獣都へ歓迎して迎え入れられた僕ら。
現在は豪華な馬車に乗せられて王城へと移動しているのだが、先程とは一転。周囲の扱いは非常に良いものとなっている。
理由は、トルネギスを2匹討伐したことを報告したからだ。
案内をしてくれているのは先程ユニ子ちゃんの被害にあった犬耳の兵士、クロゥドさん。本来なら上の立場の人間がやる仕事だが、断ってこちらから指名した。
制止を無視して魔法を放とうとしたのが扇動だったのか、愛国心で視野が狭くなっていたかを調べる為だ。もちろん、彼のズボンは予備のものに交換してもらっている。「うわ、恥ずかしい! 吹っ飛ばされた時に擦って破れたんだな」と言っていたが、僕らは何もコメントすることができなかった。
「あの黒竜の兄弟はな、以前から姫の寵愛を受けようと獣都にいらんちょっかいをしてきたんだわ。討伐しようにも王城で戦えば被害が尋常なものではなくなるし、ならばこちらから攻めようとしても巣穴にしているダンジョンが見つからない。そんな状態だった所に、黒竜の首を牽引したボロボロの馬車がきた。しかも、不審な黒い生物が貴族を昏睡状態の貴族を得体の知れない檻に捕らえているオマケ付きだ。これはもう、厄介事の臭いしかしないだろう?」
「確かに、そう言われると僕らの対応も悪かったなぁ、矢を射られた事実は覆らないから謝らないけど」
後ろを振り返りアリーゼを見ると、慌てて目を逸らされた。
貴族の子供たちは苦笑している。
「主様の奇行に馴れすぎて配慮できなかったんです、王都なら『また勇者様か』ですべて済みますから」
確かに、自分でもそんな気がする。しかし、ドラゴンが姫様の寵愛か。魔物図鑑には人間サイズに小さくなれるのは白竜種だけだと書いてあった気がするんだけど、どうやって交尾するんだろ。
下世話な話だけど結構気になってしまうね。
事務的な話を終えて、クロゥドさんに解説してもらいながら街の様子を見学する。王都と技術水準については同じくらいだが、植林がしてあったり、家のベランダにプランターでハーブを栽培している家庭が多く見られるなど、オーガニックな雰囲気の街である。
それには、街の住人も一役買っていて、殆どの人が耳があるタイプの獣人だ。猫耳、犬耳、狐耳、狼耳が代表的だろうか。まさに獣耳王国といった雰囲気で、獣都の名はその名の通りだなぁと無駄に感心した。
僕は獣耳属性はないんだけど、その手の人にはたまらない空間だろう。スライム耳とか半透明な感じのを身につけている種族がいれば最高に可愛いと思うんだけど……。あとで、アリーゼにスライムでスラ耳カチューシャを作成してつけて貰おう、うん。
「さて、そろそろ到着です。ようこそ、我ら獣都の城へ」
目の前にそびえるのは、城というより塔が近くに何本も生えて連結路で繋がっている感じだ。街の意匠はそれほど王都と変わらないのに、なんだか不思議である。
疑問に感じてクロゥドさんに訪ねてみると、「初代の王が高いところが好きでしてね」という愚直なまでの建設理由が返ってきた。完全に公私混同です。防衛観点からするとどうなんだコレ。
城門を潜ると、兵士達がずらーっと並んでおり、一斉に礼をした。なんとも圧巻。
……なんだけど、外から見て何の異常のなかった塔の一角が崩れていることに気が付いた。どういう状況だこれ?