28:愛がある関係
今、僕らが乗っている馬車は如何ともしがたい空気に包まれている。
アリーゼと熱いキッスをするのに夢中すぎて、貴族の子供達に熱烈ラブシーンを披露してしまうという羞恥イベントが起きたからだ。鎮静スライムで眠らされた状態からの自然回復、少なくとも1時間程度はお互いに求め合っていたようだ。
「2人がそんな関係だったなんて気付かなかったですけど……愛があって良いですよね」
少女が漏らした言葉は、政略結婚の道具としてここに来ているからこそ感じるものだろう。皆、覚悟を決めてきているのだがやはり割り切れない部分があるようだ。僕の両親はお見合い結婚だったため「集団お見合いをさせます」と言った聖女様の言葉に抵抗を覚えなかったんだけど、やはり当人は感じるものが違うのか。
『豚姉陵辱計画』を断ったために相成ったお見合いなので、相思相愛カップルが出来るように仲人を頑張ろうと思ってたんだけど……これは、壊す方向に持って行った方が良いのかもしれない。いや、相手側の様子を見てからではあるが。
「不安がらなくても大丈夫。愛がない結婚になるようなら元々僕が圧力かける予定だったから。でも、今は『暴漆竜トルネギオスの首』というお土産があるからさ、これを無料で献上しておけば今回のお見合いなんて余裕で回避できる」
「そ、そうですか! でしたら、私も勇者様とアリーゼ様のような関係になれる人を、将来見つけることができますか?」
「ああ、キミは可愛いし、きっと見つかるよ。うん、僕が保証する」
「……はい、ありがとうございます。あ、あの……私、ソニアって言います。良ければ……片隅にでも覚えて頂ければ、嬉しいです」
「うん、ソニア。ばっちり覚えたよ」
馬車の前部からちょっと無理して頭を撫でてやると、ソニアは「えへへ」と子供らしく微笑んだ。やはり、子供は笑顔が一番だ。
体勢を戻すとアリーゼが僕の肩に頭を預けてきたので、彼女の頭もなでなでしてやる。満面の笑みで満足そうだ。「交代」と言うと今度はアリーゼが僕の頭を撫でてくれて、とっても幸せな気持ちになりました。
「僕の両親は、お見合い結婚で幸せになったんだ。だから、今回のお見合いが政略結婚前提だからって、初めから斜めに見るのは止めて欲しい。相手側で選出される人たちも、お互い好き同士で幸せになれたらと思っているんだしね」
たまには格好つけても良いですよね。そんなことを思って発言したら「主様、格好良いです」とアリーゼが僕にだけ聞こえる声で囁いてくれた。
この『主様』という呼び方は、リエルが『ご主人様』と僕を呼んでいるので、「私にも特別な呼び方をさせて下さい」ということでこうなった。普通に「名前で呼んで欲しい」と言ったのにコレだから、例によって性癖のようだ。これはこれで悪い気がしないから良いんだけどね。
ただ、スライムを上手く使えるだけの僕がこんなに敬って貰うワケにはいかんので、先代の後光を借りているだけの勇者としての立場を自分の力で強固なものにしてリエルやアリーゼに相応しい人間にならないといけないと思う。
その後、皆にせがまれて僕の恥ずかしい恋愛話をした。アリーゼだけでなく、リエルとも付き合っていることを話すと驚かれる。リエルは貴族の子供に魔法を指導する機会が多く、その年代の男子にはかなり人気があり口説かれたりもするのだが鉄壁ガード。さらには女性の胸を機会があれば触ろうとしてくるので、女色だという認知があったようだ。城内の人からはそんな話を聞かなかったので、所変われば評価も変わってくるらしい。
侯爵家の少年はそんなリエルに恋慕を抱いていたらしく、僕が惚気話をすると泣き出してしまい「彼女の凍てついた心を溶かすのはボクだったのに、勇者様よりボクのほうが彼女のことを――」と言うものだから、一緒にお風呂に入った話をして追い打ちをかけておいた。リエルは僕の大切な女性だからね、周囲にそう認知させるためには心を鬼にする必要があるのだよ。その際、「私とも今度ご一緒してください」とアリーゼに言われたのですごく嬉しかったです。【獣都】に到着したら早速お風呂行こう。
1ヶ月後にリエルと合流したら「アリーゼ様のおっぱいは私のものです、ご主人様は私の貧相な胸で我慢していて下さい」という会話が発生して、しばらくアリーゼの胸を独占されて僕が嫉妬する展開が待ち受けているのが安易に予想できるからね。今のうちにアリーゼ成分を大量補給しておかなければ。
「でも、勇者様はリエル先生と相思相愛なのに、アリーゼ様ともこれだけ仲が良いんですね。私も勇者様に愛して欲しいなー、なんて思ったりして」
「子供がそういう冗談はよしなさい。まぁ、僕も重婚する予定はなかったけどアリーゼが可愛すぎるから悪い」
「私、リエル先生と同い年ですよ? 子供扱いはやめてください」
はいはい。適当に触手を伸ばしてソニアをなでなですると「扱いがぞんざいです」と抗議された、スルーしておく。
「アリーゼ様、あとどれ程で【獣都】に到着するのですか?」
「そうですね……休憩を入れながら進んで、夕方頃には到着する予定だったのですが、黒竜との戦闘があり、その戦利品を積んで進行速度が遅くなっていますので日は完全に沈むかと」
貴族の少年の問に対するアリーゼの答えに、純粋に長いなぁ。と感じた。他の子供らはそんなものか、という顔をしているけど僕にはこれ、激しく苦痛だ。「では、まだ時間がありますね。勇者様、今度はエフィル様と模擬戦をしたときの話をしてくださいよ。リエル先生から聞いてるんですけど、やっぱり直接聞きたいなーって」「わたくしも、聞きたいですわ」と、このような感じに喋ることを強要されることになるからだ。そのくせ、スライムについて語ろうとすると露骨に話題を逸らされるのは長年の経験則から嫌と言うほどわかっている。アリーゼも「お願いします」と目で僕に訴えてくるし……はぁぁ。得意じゃないんだよ。
ともかく、ユニコーンに回復スライムを食べて頑張って貰い、頑張って早い到着を―――、いや、なんで僕は馬車で移動するという概念に囚われている? これ、街道があることだし走れば良いよね。
僕はハンプティ・ジョーカーを身に纏う。
アリーゼが敵が接近したのと勘違いして警戒を高めるが……
「ユニコーンじゃなくて僕が馬になろうと思ってね、ほっ」
御者台から飛び降りて、ユニコーンと併走、その口に回復スライムを流し込んで頭を撫でてやると、「むふー」と鼻息を吐いて、ハンプティに覆われた僕の顔面をペロペロ舐めてきた。
ユニコーンと馬車を切り離し、僕の触手と連結させる。状況を察したアリーゼが、馬車に魔力を通して強化してくれたので、速度を出しても車輪が壊れるなんてことは起きないだろう。
「今から加速するから、話はまた機会があったらね」
そう言って、天井が吹き飛んだ天幕をスライムの薄膜で包み込む。風圧を防ぐと同時に会話をシャットアウト。さらには、馬車の中でシェイクされてもよいようにスライムのクッションを敷き詰めて、触手で体を固定する。うん、我ながら完璧である。
「アリーゼ、近くにモンスターが来たら魔力補給に喰べたいから声かけて。威圧で追い払わないようにして欲しい」
「承知しました。負担がかかるようでしたら、私の魔力も吸って貰って大丈夫ですので」
「そうならなくて良いように、モンスターとの巡り合わせを期待するね」
「普通は遭遇しないことを期待するというのに、全く私の主様は困ります。そういう所も素敵ですけども」
僕と身軽になったユニコーンは、競うように走る。スタートダッシュで出遅れたせいで、常にユニコーン……ユニ子ちゃんの尻を見ることになっているのが少々悔しかったりする。
「主様、右前方向にゴブリンが5匹います」
「はいよ、ダンプティで仕留める」
こういった命を刈り取る作業もしているから、少し差を縮めてもまた広がるんだよ。ダンプティに精密動作をさせるには僕が常に思考状態でいる必要があるので、どうしても全力で走りながらというワケにいかないのが原因だ。うーん、ゴブリンは個体として弱いので、5匹とも粘液で溶かして吸収しても魔力の回復量が少ないな。まぁ、アリーゼによればあと1時間も走れば到着するそうなので、自前の魔力だけでも問題ない。
このままのペースを維持して、お風呂……【獣都】へ向かうことにしよう。
聖女様が支配する【王都】の法律では、複数の嫁・婿を貰うことに問題はありません。ただ、『相思相愛なひとりと生涯を共にする』のを女性は強く望んでいるので、金銭、立場、謀略が絡んでこない立場の人間が一夫多妻になるようなケースは珍しいです。
以上、本編で自然な感じに落とし込むことができなかったので補足でした。