25:職務への矜持
馬車に揺れること、1時間だろうか。アリーゼは口を閉ざしたまま、手綱を握り僕と目を合わせようとしない。背後の天幕からは貴族の子供達が喋る声が薄く漏れてきて、僕の寂しさを加速させる。
唯一の癒やしは、この馬車を牽引している馬……というか魔獣、ユニコーン。野生の個体は人間の尻穴に角を突き刺しからかう悪癖がある曲者だが、人に飼われて品種改良を行われた末に生まれたこの個体は非常におとなしい。
尻尾をぶんぶん振りながら、生物の暖かみを感じさせてくれる。コレばっかりはスライムにも真似できませんよ。一応、魔法『生物』の括りだけど、あれは僕の群体のようなものだし。今の僕は他人とのコミュニケーションに飢えているのだ。
……このユニコーン、話しかけたら返事をしてくれるだろうか。人間の声に反応して「ヒヒーン」とでも言ってくれれば僕としては非常に満足できる。
しかし、アリーゼに話しかけないのに馬に話しかけるのは何か間違っている気もするし。でも、アリーゼに話しかけるのは敗北した気分になる。僕からではなく彼女の方から話しかけてほしいのだ、なんとなく。
だけど、話しかける切っ掛けぐらいは作っても問題ないよね。豊臣さんは言っていた「鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス」と。
さて、どうするか。無難に触手でこちょこちょとくすぐるとか。かなりベターだけど有効な気が……いや、アリーゼは鎧姿だしちょっと無理か。隙間から這わせることもできるけど、エロい感じになってしまうものな。怒られるなら良いけど、泣かれると困る。どんな反応をするか未知数なのでこれはパス。ならば、手を目の前でふりふりー、としてやるとか。うーん、これは無視されそうだ。無視できないとなると、やはり直接干渉系。
僕は、触手をスラスラと伸ばし、アリーゼの口の両端を釣り上げて―――。
「ほら、笑った方が可愛いんだから」
結局自分から話しかけた。はい、反応ないです。沈黙空間維持。
悲しみにくれた僕は、アリーゼが何か言ってくれるまで口元を触手でグニグニ上げ下げする。くっ、ここまでやって無言を貫かれるのか。そんな風に思っていたら、彼女の目に涙がたまり、なんだか泣き始めてしまった。
「ユニコーンさん、鳴かすハズの女性が泣き始めたんだけどどうしようか?」
……僕の問に一角獣は答えず、アリーゼがすすり泣く声だけが耳に入る。
これは流れに身を任せるしかない。僕はアリーゼの頭を撫でてやると、彼女はさらに声を大きくして泣いたのだった。
天幕や後ろの馬車にいる連中に彼女の泣き声を聞かせるワケにはいかないので、吸声効果のあるスライムを展開するのも忘れていない。これは、リエルと付き合い始めた直後に「昨晩はお楽しみでしたね」と言われないように作った桃色小道具であるが、こんなシリアスな場面で役に立つとは思っていなかった。
「どう、落ち着いた?」
「はい、申し訳ありませんでした……」
泣き止んだアリーゼは、困ったように笑う。
そして、再び沈黙が訪れるが……今度は彼女が口を開くまで待つことにしよう。
「勇者様は、私を恨んでないんですか?」
「恨む理由がないよ」
「……」
「今回、不注意で勇者様に不要な傷を負わせてしまいました。にも関わらず、その後の後処理もろくに出来ず任せっきりにしてしまって……傷を負った勇者様が痛みを堪えて立ち回っているのに、本当に、情けなくて……」
「んー、そんな気負わなくて良いと思うよ。僕から言わせてもらうなら、アリーゼが反省する所は1点。『自分の技の威力を把握していなかった』これに尽きる。あとは何事もなく終わったんだから、適当に反省して次回に繋げれば良いさ」
「しかし、今回のこと以外にも――――」
「……僕には全く思い当たる節がないんだけど。道中長いし、良かったら教えてくれる? それで、一緒に反省会しよう。それでおしまい。終わったら元気なアリーゼに戻る。良いね?」
「……はい」
ということで、反省会開始。
普段説教される僕が諭す立場にいるのがすごい不思議な感覚だ。少しでも気分が軽くなって貰えれば、この気まずい空間も解除されると思うので頑張って妥協点に終着させていきたいと思います。
「勇者様が召喚されてすぐ、私は脇腹を―――」
「うん、刺したね。でも、聖女様を守る立場だったんだからアレで正解。あのときは僕の能力は明らかではなかったんだから、致命傷を負わせて無力化という選択肢は間違ってない。それに、僕はあの状況を夢だと思ってたから、止めてくれていなかったら酷い状況になっていたと思うよ。聖女様が触手で(自主規制)されたり。それに、あのとき刺されていたおかげで今回が平気だったんだ、痛みに耐性ができてね。結果オーライ」
そう、刺されて気を失った僕は、次回不覚を取らないように自分の身体を嬲るという苦行をして痛みに耐性をつけた。スライムで自分の身体を治療できることが分っていたので、骨を折る程度のことは余裕でやった。
魔法生物生成という能力を身につけたけど、身体能力は日本にいた頃のまま。ならばいつでも、すぐに鍛えられる心から――、というのが当時の心境だったと思う。
それと、余裕があるときは思考するように気を付けるようにした。召喚直後に刺されたから今があると思えば、感謝しても良いくらいだ。
「そ、そうだとしても夜枷もまともにできずに―――」
「ゴメン、なんでそんな単語がでてきたのかわかんないんだけど……」
「それは、聖女様が……私に命じられたからで、その……」
言いにくそうな話題だけど、遺恨を残さない為にもここで消化して置いた方が良さそうだ。
詳しく聞いてみると、「あなたは国賓である勇者様を傷つけました。これが原因であの方が我が国と敵対したらどうするのです? 国益を損なう所か、兵士の血が流れるかもしれません。幸い、あなたは容貌が良い女性で、生娘です。自身を勇者様に捧げ、籠絡しなさい。そして、不穏分子から彼を守る盾となりなさい。今日で、聖女親衛隊は解雇、勇者様専属の守護騎士に転向です」という出来事があったらしい。聖女様はやはり鬼畜で容赦ないな……。
「どんな理由があったにせよ、夜な夜な僕の部屋に来て、一緒にお喋りしてくれたことには感謝してるんだ。こっちの世界に来て心細い僕に初めに寄り添ってくれたのはアリーゼだからさ。同い年だし、可愛いし、役得だなぁって思ってたよ。怒りっぽい所はちょっと苦手だったけど」
そう言うと、またアリーゼがまた泣き始めてしまったので、頭を撫でる作業をしてどうどう、と宥める。
それからも、たくさん話をした。僕との距離が近くなりすぎて、厳しい態度をとることによって距離を適度に保とうとしていたこと。兵士の訓練で僕がサンドバックにされているのを知ったとき、兵士長に抗議したが「同意の上だ」と突っぱねられて何もできなかったこと。毒味をしなかったせいで、僕が毒殺されかけたこと。エドワードさん達に僕の補助魔法が掛けてなければ、フォローしきれずに死なせてしまっていただろうこと。
なんというか、どれもこれもアリーゼに責任がないことばかりだ。サンドバックの件は、兵士長が言ってるように同意の上、というか防御能力の強化を図りたかった&堅い守りを兵士に見せつけて評価を上げるためにという打算に基づいて僕がやったことだし。アリーゼは、責任感が強すぎるのだ。それが美徳でもあるけど、欠点でもある。
どう説き伏せたもんかなぁ、と空を仰ぐと、こちらに向かって何かが飛んできているのが見えた。吸声スライムを展開したままだったので、音が聞こえず早期発見ができなかった。
だが、悪いことばかりでもない。コイツを利用させてもらおう。
「アリーゼ、敵2、上空」
ハッとして上を見るアリーゼ。「すいませ……」と言おうとした口を手で塞いでやった。
「僕は頼りないかもしれないけど、スライムを使えば結構どうとでもなるし、キミに守って貰わなくても自衛できるつもりだ」
「つまり、私は不要と―――」
「うん。僕と普通に喋ってくれる友人でいてくれればそれで十分だと思っている。でも、アリーゼが僕の守護騎士という立場に矜持があるなら―――、ずーんと構えて、正面の大物を成敗してくれれば嬉しい。そっちの方が、性格にも合ってると思うしね」
「そう、ですか……」
僕の言葉を噛みしめるように、彼女は顔を俯けて咀嚼する。
次に僕と視線を交えた時には、大胆不敵な笑みがあり―――こくん、と、頷いてみせた。
「では、あの黒竜種を狩って御覧にいれましょう」
※ユニコーンの角は自浄機能を持っているので、尻穴を突き刺しても奇麗なままです。