22:噂された城内の事情
出発の準備は順調に進んだ。
着替えはメイドさんが用意してくれたし、食料なんかも城側で準備してくれるので僕は『私物入れ』と言われた肩掛けの鞄に少しの嗜好品を入れたぐらいなのだが。
獣都までの移動は馬車を利用して1日の距離なんで、行程に関しては楽々である。この世界の馬車は『馬型』のモンスターが牽引するため、荷物を持った小隊でもそれなりに早く運搬できるのだ。時速15km程度は速度がでる。
しかし、この旅の難点はひとつ。
「リエルがいないんだよなぁ」
これに尽きる。聖女様に「アリーゼのみ同伴させます」と言われたときはコッソリ連れて行く気だったんだけど、いかんせん本人が留守にしているためそれができないのだ。
だって、聖女様との話し合いを終えて部屋に戻ったら『修行の旅に出ます、1ヶ月程で戻る予定なので安心してください。追伸:以前にも言いましたが、愛情を独占しようとは思っていません。なので、私がいない間に別の女の人を囲っても何も文句は言いません、たまに可愛がって貰えれば。あと、胸が大きい人だと嬉しいです』という具合の置き手紙があったんだもの。
寛大なのは良いんだけど、もう少し独占欲を持って欲しくて複雑でもある。
リエルが僕に惚れてくれたのは奇跡のようなものなので、他に女の子と仲良くなることなんてないから彼女が嫉妬するような機会は訪れないと思うけど。自分から女性に声をかけるなんて僕には無理だし。
日本でも散々変態扱いされ、こっちの世界でも「触手を全身から生やすとか生理的に無理です」「スライムの感触が気持ち悪い」「ひやっとした温度が私は苦手です、近寄らないで下さい」と散々メイドの女の子に言われているからね。遺憾の意を表明することしかできずに、受け身になってしまうのは仕方が無いんだよ。
普通の距離感で話しているのはリエルを除けばアリーゼ、エフィルさんぐらいしかいないんだよね。
そういえば、出発時間も間近なのにアリーゼが僕の部屋に迎えにこない。女の子だし、準備に時間がかかっているのだろうか。うん、たまには僕が迎えに行くことにしよう。彼女の部屋は僕の右隣なので、呼び行ってすれ違うなんてこともないしね。
自分の部屋を出て、すぐ隣の扉をノックする「誰ですか?」と返答があったので「僕だよ、扉を開けて大丈夫かな?」「どうぞ」というやり取りを済ませてからアリーゼの部屋に入ると、寝間着姿の彼女がいた。そういえば、アリーゼの部屋に入るのははじめてだ。
「う、散らかってるねー」
と、言葉に出たのが第一印象。ベッド周辺を中心に、衣類が無造作に投げ捨ててある。
「こ、これでも普段は奇麗なんですよ、というか部屋に最低限しか置かない主義ですから」
「あー、たしかに家具類は机と小さな衣装棚ぐらいしかないね。でも、どうして散らかっているの?」
「それは、聖女様が『外交に行くのだからおめかしするように。私の服を貸してあげますから好きに使いなさい、ホホホホホ』と言ってガバァと、こう、散らかしてから嵐のように去って行ったのです」
「あー、その光景がすごく想像付くよ。で、持って行く服が選べなくて往生してるワケだ」
「はい。普段は鎧ですし、プライベートで出かけるときも騎士団の制服ですので、私服なんて普段着ないので……」
確かに、アリーゼの普段着というのは見たことがない。でも、夜話するために僕の部屋に来るときのパジャマは結構ローテーションがあったりするので、あまり衣類に頓着がなかったというのは驚きだ。「パジャマの種類は多いのにね」と指摘すると「ゆ、勇者様の前で毎回同じ服だと失礼に当るかと思い新調したものばかりです」と狼狽しつつ理由を教えてくれた。
「僕は、アリーゼが何を着てても気にしないよ。可愛い格好をしてたら可愛いなぁ、とかは思うけど」
「……勇者様は女性に興味がないくせに、たまに恥ずかしいことを言いますよね」
「いや、生身の女の子にも普通に興味があるからね」
アリーゼさんがジト目でこっちを見てくるんですが、なんですかこれ。そういえば、彼女は僕とリエルが男女の関係になったことを知らないのだろうか。
思えば、ここ2日の出来事『勇者様はスライムにしか興味がない変態だと思っていたら子供にも欲情する変態だった』と派手に噂された城内の事情を知らないのかもしれない。例の件の始末をするため出かけていたしね。
「僕、リエルとお付き合いをはじめたから」
「………ぇ」
「リエルとお付き合いをはじめました」
「……」
アリーゼは、呆然とした目で僕のことを見つめて、停止する。
そしてハッと我に返ったと思えば、自分の右頬を殴って倒れ込み悶絶している。非常に滑稽な光景なんだけど、夢だと思われたのが釈然としない。どれだけ本気で自分殴ってるんだよ。
「すいません、先に集合場所まで行ってくだい」
「あ、うん」
ものすごく沈んだ声でそう言う彼女にかける言葉は無く、僕はアリーゼの部屋を後にした。
きっと、『スライムにしか興味が無い変態』という肩書きに愛着があったのだろう。僕も、スライムに順応したリエルのことを好ましく思うけど、スライムを出しただけでビクンとするリエルがいなくなったのは少し寂しいもんな。きっとそんな感じ。
門番のザンクさんと「いってきます」「変態外交期待してるからな、いってらっしゃい」と挨拶を交わし、僕はギルドへ向かう。
商人達と隊列を組んで移動するため、認可の受け付けが必要なのだ。なんでも、護衛に化けて物資を強奪した悪人が過去にいたらしく、馬車の護衛をする際にはギルド側で本人確認をした後、カードに符合魔法を付与して身分証明を徹底するそうだ。
「お」「勇者様、ご無沙汰してます」「よぉ、4日ぶりだな」
ギルドに入ると、見知った連中が固まっていた。オッサンのパーティだ。
知った仲なのでアリーゼが来るまで適当に雑談しようと思ったら、エドワードさんに頭を下げてお礼を言われた。どうやら、僕のスライムのおかげで命が救われたらしい。
古代遺産の剣を使う敵に腹を突き刺されたと思ったが、粘液でコーティングされた鎧のおかげで無傷で済んだそうだ。
「絶対死んだと思ったら生きてるから吃驚ですよ。もう、どれだけ勇者様と宿で出会えた幸運に感謝したか。そこをストナに助けられて、すごく情けない格好を晒してる最中に応援に来た姫騎士様が敵の首を討ち取るわけです。生き残ったのにストナには『もう少し強くなってからじゃないと嫌』っと振られてしまいましたよ、見込みがあることが分かったので頑張りますがね!」
ってな感じの経緯のようだ。フラグが折れてて本当に良かった。
「勇者様は今日はひとりで依頼ですか?」
「いえ、後から合流する連れと。獣都までの護衛の任務を受けるように聖女様から言われているので」
「俺たちと一緒じゃないですか! 勇者様に補助スライム使ってもらえれば100人力ですよ、ドラゴンだって刺し貫いてみせます」
「フフフ、今回はスライムの攻撃力みせてやりますよ」
「うえ、勇者様って補助特化じゃないんですか? どんだけバケモノなんですか……」
こんな感じで雑談が続き、アリーゼも同行することを伝えると「おいおい、憧れの姫騎士様が依頼に同行するとは、うおお。感動した、私は感動したぞ」「おっぱい触らせて欲しいな」「勇者様のスライムの感触こそ至高だ」と下世話な話が始まった。姫騎士様は結構潔癖だと思うので、こんな会話を本人の前でしたら鉄拳制裁が来るけど大丈夫だろうか。「大丈夫、美女の鉄拳とかご褒美だぜ」「あぁ、たまんねぇな」……既に大丈夫じゃないようだ。
こんなパーティで大丈夫か? そう思ったのが顔にでたのだろう。
「サムも、ジョンも、ムスタも俺より強いですから、安心して下さい。アイツらはもう少し人格がまともならSランクに手が届くのに、揃って風俗狂いでギルド員からの評判があまり良くないんです」
微妙なフォローがエドワードさんから入れられた。
確かに、皆様見た目からして筋肉だし強いというのはよく分かる。大斧に2m近くある大剣に僕より重そうなメイスだもんな。武器から漂う熟練臭が半端ないもの。
構えて殺気を当てられたら「ひっ」となってしまうのは間違いないだろう。
「勇者様、相談があるんだが……出世払いで女性の左腕型スライムを作ってくれ」
オッサンだけは、凄腕の冒険者というよりただの変態にしか見えないですけどね。




