21:寛大な処置でした
「それで、わたくしを捕らえているスライムをそろそろ解除して欲しいのですが」
「起因は僕にあるのに、その本人の前で別の人間を執拗以上に嬲る聖女様にはお仕置きで」
聖女様を簀巻きにしているスライムを、少し窮屈に感じる程度に締め上げる。
リエルが怒られた怒られる原因になったのは完全に僕なんだけど、それは反省しない。
「リエル以外に監視を付けてましたよね」
これが理由。聖女様がリエルを虐めるまでは全く気付かなかったけどね。
報告してない情報を聖女様が知りすぎていることからの推測だが、間違いないだろう。
ギルドの会議で”リエルがスライムを弄っていた”、なんて小さなコトをアリーゼが報告するワケないし、宿からすぐに戻って来たのに、宿泊した場所を知られているのもおかしな話だ。受付のイケメンの人には僕が勇者だなんて知られてないし、報告が上がる理由がない。
「スライム好きの変態だと少々侮っていました。気付いた理由を伺っても?」
「聖女様がお喋りしすぎ」
「……私の失言ですか。なるほど、憂さ晴らしをすることに趣を起きすぎましたね」
「それで、リエルとは別の監視が付いているにも関わらず介入しない程度だったんですから。僕は自分の行動を反省しません。リエルにも後で恨みの矛先がさらに聖女様にいくように告げ口しておきますんで」
「はぁ。勇者様、介入しない程度は間違いです。介入できなかったのが正解ですので少しは反省してくださいね」
聖女様は苦笑を浮かべ、僕に反省を促す。どの口が言うか、と思わないでもないがそこは黙っておく。一応。
曰く、「黄金スライムを作る前に麻酔針で僕を沈黙させようとしたが、無力化された」「首輪の制約で気絶した時はリエルの防御魔術が強力すぎて連れ帰ろうにも触れることができないレベルだった」「宿にチェックインする前に接触しようとしていたら、民間人の冒険者に阻止された」……らしい。最後のはよく分からんないけど、誰かに話しかけられた、とかかな。
おかげで、僕の監視をしていた女性は現在リエルとは比べものにならない罰を受けているとのことだ。リエルに本来提示されていたのが禁錮なので、それ以上となると強制労働とか、鞭打ちだろうか。あまり考えたくないが……
「三角木馬に跨がった状態で、同じ部隊の人間から勇者様謹製の納豆臭スライムを投げつけられる責め苦を受けています。良い声で鳴いていますので、よろしければ見学しますか?」
笑いながら恍惚とした表情で語る聖女様の顔をみて、リエルにはまだ寛大な処置だったのだと僕は思った。というか、この人はそろそろ聖女の名称を剥奪されるべきではないでしょうか、嗜虐性癖ある危ない人ですよ。
納豆スライムは、和食がないことに耐えられなかった僕が、朝食のパンに挟んで『納豆バーガー』にするために活用していたものだ。メイド長が「勇者様が朝食で食べている臭いスライム……あれを他の兵にも食べさせたいので、大量に生産して頂けないでしょうか」と打診をしてきてたので大量生産して以来、使われたことが無いと思っていたらこんなことに活用しているとは。
「スライムのイメージ悪化に繋がるので止めて欲しいんですけど」
「大丈夫ですよ、”有用性”については城内の人間誰もが認めていますから。イメージが悪いのは勇者様でスライムは普通ですよ。ついでなので、今後の参考までに勇者様に麻酔針が無効化された理由を聞いておきたいのですが」
「あー、どこぞやのメイドさんに毒殺されかけたので、スライムで作った免疫抗体を血液中に仕込んでますから」
「まってください、その話は初耳なんですけど」
「ええ、言ってないですから。ちなみに、本人にはたっぷりお灸を据えて、毒殺しようとした背後関係も洗っているので大丈夫です」
「……伺っても?」
「聖女様の信奉者、その中のひとりですね。僕が聖女様に対して敬っていないことに腹を立てていたみたいで。まぁ、次回僕と敵対する行動をした時は、聖女様と無関係なメイドを触手で嬲ると脅し、アカハネさんにしっかり教育するよう伝えておきましたから問題なしです」
「ぐ、申し訳ありません……知らぬ所で、要らぬ手間をかけたようで」
「そこは、アリーゼの毒味を断っている自分が悪いので、自業自得と割り切っていますよ。で、用事は終わったしそろそろ僕も退席させて貰って良かったですかね?」
「いえ、まだ『豚姉陵辱計画』の詳細な打ち合わせが済んでいません、何のために勇者様を呼んだと思っているのですか」
「その計画は協力しませんよ」
「「……」」
聖女様は強い視線で僕を睨む。負けじと「ひっ」睨み返すのは無理でした、眼力強すぎます。
精神的に優位ではなくなった僕は聖女様を拘束しているスライムを解除すると、彼女は空中で半回転して奇麗に着地し、土下座を決めた。
「どうかっ……、どうかお願いします、勇者様。わたくしは、あの糞豚の姉を我が物にしたいのです!」
言動に、違和感と寒気を感じた。
最愛の姉を汚して屈辱を味あわせるんだよなぁ、欲しいというのは……
「えっと、意味がよくわかんないです」
「だから、あの豚姉を……いえ、計画を語る途中で熱くなりすぎて勇者様に沈静させられたんでしたか、ホホホホ」
誤魔化し笑いをしつつ、聖女様は再び計画を補足する。
「あの豚王子に姉を幻滅させ、わたくしが婚約を断ります。しかし、そうなってくると2国間の仲が悪くなってしまいます。そこで、豚姉を勇者様の嫁として我が国に迎え入れるのです。スライムにしか興味が無い勇者様は……おっと、知らぬ間にリエルを毒牙にかけたのでしたね。ごほん。スライムと小さな女の子にしか興味がない勇者様は、嫁に迎え入れたとしても、豚姉との新婚生活は望みません。そこで、わたくしが豚姉の心を癒しつつ、壊し、だんだんと依存させ、傀儡として意のままに操り―――」
ねちょぉぉ。
気付けば、ついカッとなって聖女様の顔面にスライムを投擲していた。
同じ攻撃は効きません、という顔をして聖女様は魔力を込めた手で打ち落とそうとしたが、ソレも無駄。先程とは性質が違うんだ。魔力に吸着して、吸った魔力に応じて重量を増すタイプ。話をまた中断するのもどうかと思ったのでね。
聖女様は重量が増した右腕をブラリとたれ下げ、平静を保とうとするも耐えきれずに地面へ崩れ落ちる。
「わたくしが土下座までしたというのに協力しないなどと、勇者様の血は何色ですか」
「普通に赤いです。むしろアナタの血が何色ですか、絶対僕と同じものは流れていませんよ」
「「……」」
「とにかく、計画に協力して貰えなくとも、あちらの国には出向いてもらいます。勇者様を送り込むことによって、牽制する意図もありますので」
「了解です、外に出ることには文句は別にないので。王都に引き籠もりっぱなしですから、旅行と思ってそれは楽しんできますよ」
そこからは、聖女様と普通の話し合い随伴する人員などを決めた。
僕としてはリエルと2人きりで行きたかったんだけど、僕か聖女様が嫁婿を取らないならば、有力な貴族の息子、娘を同伴させて集団お見合いのようなことをしなければならないということで。
政略は政略だが、できるだけ愛のある夫婦ができるようにという計らいである。他の国では年齢差がある政略結婚は珍しくない、このあたりは善政をする聖女様。僕には汚れ役をアッサリ命じたので、なんとも複雑な気持ちになる。
貴族を連れて行くので護衛が必要だが、「勇者様がスライムの結界を張れるので兵士は最低限で良いでしょう、『豚姉陵辱計画』を実行しないのでしたら私は王都に残りますしので。豚の顔など見たくありませんから」とのことで、アリーゼしか随伴しないことになった。それに、「商人の馬車と隊列を組むので、何かあればそちらの戦力を当てにしてしまえば良いのです」と平然と言ってのけるので恐い。
今回の国内で起きている事態を解決してから移動になるので、出発は3日後になるそうだ。