02:野生と自家製の違い
城内にある中庭の庭園、僕はその一角で水やりをしていた。本来であれば庭師がやる仕事なのだけども、これは別。普通なら庭園から除外されるような植物的なものを育てているからだ。
野生のスライム、それは大気に溢れる魔力を吸収して育つ苔類のような菌類のような、よく分らない植物である。それは触るとネチャっとした感触が味わえるくらいの用途しかなく、色は周囲の魔力によって変動する可変性のため庭師には『調和を乱す』ということで嫌われている。こういうのには一部に愛好家がいて、手厚い保護と研究が……と思ったんだけどそんなこともなくて、本当に需要が無いらしい。
庭園で世話をしているスライムは僕の心血注いだ魔力によって黄金色の輝きを放って存在感を主張しており、この庭で主役クラスに成長したと思っている。その輝きは「勘弁して下され」と庭師のじいさんに言われる程で、世話をしている僕は鼻高々だ。
「おはようございます、勇者様。こんな所で会うなんて珍しいですね」
「おはよう、お弟子さん。僕としては結構ここ、常連なんだよね……と言っても1週間くらい前からだけど」
彼女は宮廷魔術師・エフィルさんの弟子をやっており、名前をリエルと言う。肩まで掛かる淡い金髪の右側に、花柄のヘアピンを2個刺している非常に女の子らしい女の子で、将来は美人になるなー、と予感させる可憐な少女である。服装は魔法使いらしい黑のローブで、所々に金の刺繍がしてあって威厳があるものだが着せられている感はまったくない。よく似合っていて、凜々しく見える。
彼女とはエフィルさん経由の知り合いで、見かければ挨拶と少々の立ち話をする程度には仲が良い。
「フフフ、知ってますよ。私、結構常連ですから。普段は早朝に来るんですけど、今日は寝坊しちゃいまして」
「そうなんだ。お弟子さんは何を育ててるの?」
「食獣花ですね! この子たち良い食べっぷりが見てて気持ちが良いのです」
布袋から生肉を取り出し空中に放り投げたと思ったら、お弟子さんの前にあるプランターに植えてあった植物の蔦が伸びてそれを捕獲。花冠がガパァと開いて猛獣のような口が現れ、ガツガツと肉を食べ始める。
「ひっ……すごい不意打ちだった。異世界の植物こわすぎ笑えない」
顔の筋肉が痙攣したよ。ピンクで奇麗な花なのになんで隅っこに追いやってあると思ったら。これは僕のスライムと同様に、庭師基準で『調和を乱す』に該当したんだろうなぁ。小鳥がさえずるこの庭園で、この植物は危険すぎる。
「勇者様の能力で作ったスライムだって触手うねうねーって伸びて魔獣を喰べたりするじゃないですか。あれが平気で食獣花が駄目な感性が私にはわかりません」
「僕にはお弟子さんの感性が分らないね、だって、ほら。スライムはこんなに気持ちが良いじゃない―――」
左腕からスライムの触手をだしてお弟子さんの頬を撫でてやる。「ひゃ!」と彼女は驚いて尻餅をついてしまった。心外な反応だ。立ち上がって「いきなり酷いです!」と抗議をするので、反対の頬も平等に触手でスリスリ「んっ!」と歴史を繰り返す作業。
お弟子さんが恨みがましい表情で見てくるので、ゴメンゴメン、と手を取って立ち上がらせてやる。
「可愛かったから、悪戯したくなりました」
「く、くぅ……お世辞で誤魔化す手は通用しませんよ!」
お弟子さんは顔を赤くして怒ってしまった。事実なのに。怒った顔も可愛いから困りものだ。顔が自然とニヤけてしまうので「転んだぐらいで笑いすぎです」とまた怒られ、「ゴメン」と悪気はないけど謝っておいた。
「そういえば、午後からエフィルさんに会いに行こうと思ってるんだけど予定空いてる?」
「大丈夫ですよ。師匠は基本暇人ですから、昼食を食べるときにでも伝言しておきます」
「ありがとう。じゃぁ、僕はこのまま芝生に寝転んで二度寝でもしようかな……」
僕はその場に寝そべると、スライムの枕を生成して大の字になる。
これは、アリーゼによる武術の訓練がない時の日課だ。野生のスライムが生息している環境で、自家製を並べるという夢のコラボレーション。その中で文字通り夢を見るのだから、とても心地よい。
目を閉じて夢の世界に突入しようかなー、そう思っていたらお弟子さんも僕の横にやってきて寝転がる。
……女の子が横に来るとか緊張して眠れなくなるんだが。
「庭園で二度寝というのは悪くないですねー、私も今日は非番なので勇者様にお付き合いしましょう」
「ごめん、すごく離れて欲しい」
「ぐっ。その言葉、一瞬にして私の精神を削りましたよ……」
「いや、さっきも言ったけどお弟子さんは可愛いんだから。何というか、緊張するから適切な距離感をね」
そう言うと、お弟子さんは慌てて起き上がって僕から距離を取る。彼女は、たまに距離感がとても近くなるのだ。物理的な意味で。
注意するとその日は意識して僕から距離を保つようにするんだけど、次に会ったときは忘れたように踏み込んでくる。「勇者様が甘えさせてくれそうなオーラを出しているのが悪いんです」と言うのが理由らしいんだけど、そう言われても困る。このままだと僕は何かに目覚めてしまうからね……キミの存在は危険なんだ。
城内の女性は、業務的に僕に接する人がほとんどなので、お弟子さんのように普通に親しくしてくれるのはものすごい嬉しい。彼女から見れば、師匠とも仲が良い『お兄ちゃんポジション』と言うヤツなんだろうけど、僕からしてみれば『妹以上には意識している』という感じで、温度差があると思うんだよ。
「す、すいません。では、私はこのへんで寝ますので」
「了解。あ、折角だからスライムの枕を作ってあげよう」
お弟子さんが地面に頭をつけている部分に、僕が使っているのと同じスライムの枕を作り出してやる。「うっ……気持ち悪いけど気持ちよいです」と彼女に評されたが、一度この枕で睡眠すればスライムの魅力に抗えなくなるハズだ。では、良い夢を―――。