19:最低の汚れ仕事
「聖女様のことなら、自分の為に最善を尽くすけど……」
「いえ、そのような話では無く、リエルちゃんを私にも撫でさせて下さい」
なんだか、似たようなやりとりを少し前にした気がする。
なぜ本人では無く僕に聞くのかは不明だが、聞かれたのなら「どうぞ」と応じるのが筋だろう。うん、リエルの可愛さは僕が一番よく知っているからね。なでなでしたくなるのは仕方がないと思うのです。
リエルを僕の身体から遠ざけ、背後に移動して両腕を逃げられないようホールドする。
なでなでされて蕩けていたリエルは状況を把握しておらず、「えっ?」と驚いているが無表情のアカハネさんが迫り―――、撫でる。
アカハネさんの顔……普段は無表情なそれの口元が若干ほころぶ。
彼女は、一頻り頭を撫でると「ありがとうございます」とリエルを開放した。
「可愛いでしょう」
「そうですね……しかし、8年前の聖女様はもっと可愛かったですよ」
「リエルの方がかわ「聖女様の方が可愛いです」」
「「……」」
「今の聖女様は大変疲れておいでです。どうか、勇者さんの力を貸してやって下さい」
「ご主人様に任せて安心ですよ!」
僕の返事の前にリエルが力強く応えてくれたので、それに同調して頷いておいた。
やはり、聖女様のことで念を押したかったんだなぁ、と思いながら。
「撫でられてお返しです、えい」
と、アカハネさんの胸を触ったリエルが色々台無しにしてしまったので余韻も何もないが。
僕の前で「ひゃん」と普段言わないような声を出した彼女は「失礼しました」と逃げるように退室したしね。
さて、お茶を飲んで聖女様の部屋に行くことにしよう。
聖女様の部屋前まで来て、僕とリエルは身体をリラックスするための深呼吸をしている。
なんだかね、ドアの隙間から嫌な魔力が漏れてきているんですよ。
「覚悟は良いか? 僕はできてる」
「私も、覚悟完了してます。当方に迎撃の準備有りです!」
「「失礼します」」
勢いに任せて扉をあける、そこには―――、逆立ちをしている聖女様が居た。
「なん、だと……」
意味不明すぎて戸惑ったが、聖女様が僕に視線を向けてニタァと笑うので「ひっ」と条件反射で声がでた。
リエルは覚悟完了してなかったのか、僕の後ろから頭を半分出して聖女様の奇行を凝視している。
「ようこそ勇者様、リエル。女性の部屋に入るときはノックするのがマナーですよ?」
「すいません!」「も、申し訳ありません!」
「ホホホ、注意してみただけです、あまり気になさらないように」
聖女様から漂う狂気に対して、言動はいつも通り、なおかつ寛大なのが恐い。
逆立ちしているのにドレスのスカートが重力に逆らった状態になっているのは、この際スルーしておこう。きっとワイヤーが仕込まれていたり魔力補正だったり色々あるんだろう、気にしたら負けだ。でもなんだか得をし損ねた気分になるのが悔しい。
「今回、僕とリエルが呼ばれたのは大猪の森の件に関してですよね?」
「その通りです。現在どういった状況になっているか説明しますと―――」
今、この王都が取り巻かれている現状。
聖女様がしてくれた説明を頭の中でかみ砕くと、隣国の大魔法師リネンドがエフィルさんを陥れるため、大猪の森にある彼女最大の魔法で最堅最凶と呼ばれる『遠隔干渉結界』を破壊することを画策。
それに目を付けた隣国の王子様が、「あそこは王都の食料庫も同然、破壊できれば貧困になる住民も多くいよう。この機会に食料提供などの支援をし、恩を売ってあの国の内政に干渉してやる」というコトらしい。
聞いている限りでは、国力を削ごうとしているだけで対人戦がある大規模戦争には発展しないので、そこは安心。というかむしろ……
「この国で暗躍していた連中はすでにわたくしの魔眼で掌握させて頂きました。おかげですべてコチラの手の内ですよ、ホホホ」
という状態である。今回のような所まで事態が進んでしまったことは落ち度だが、情報を得るために元々放置していたそうだ。
僕が気にしていたエドワードさんたちにはアリーゼが合流しているし、隣国の大魔法師さんには倍返しするためにエフィルさんが楽しげな実験をしている完璧な布陣ということだ。
「リネンド様は……去年の国家対抗模擬戦で師匠に完敗して地面に這わされ頭を踏まれ、『期待外れも良い所じゃ。もっと楽しませてくれる相手はおらんかの、ふほほ』と、どこかに連れて行かれて戻ってきた時は憔悴しきって口から涎がでてましたから。恨んでいるのでしょうね、気持ちは痛いほど分かりますけど……」
「今回の騒動はエフィルさんが不要な恨みを買ったのが元凶なんだね。というか、事態がもう収拾してるから僕の出番はどこにもない気がするんだけど」
「いえ、エフィル様のコトは事件の切っ掛けにしか過ぎません。わたくしが糞王子に目を付けられていますから。そして、その王子の干渉を無力化するのを勇者様に協力して貰おうと思っているのです」
つまりは、暗殺すると言うことか。
勇者様と呼ばれながら汚れ仕事を押しつけられる僕の扱いとは何なんでしょうか。
「あの糞豚、『聖女様の行き遅れた純潔は僕が頂くよ、あたがたく思うが良い。キミみたいな女は僕以外貰い手がいないだろうね……キミにも姉様の半分でも良いから魅力があれば』とかぬかして、自分の姿を鏡で見てから言いなさいという話です! あぁあ、思い出しただけでも苛立ちが……」
聖女様の背後の空間が魔力によってゆらりと滲み「ひっ」と言う僕の背後にリエルが隠れ、部屋の中が魔力で爆発しそうな気配で充満する。
「その不快感に対して、あの豚が苦しむためになんとか一泡吹かせたいのです。今回の事件の証拠をたたきつけても、大魔法師を捨て石に追求を躱されますし、それ以上しようものなら国家同士の戦争に発展しかねません。そこで……」
「王子を僕が暗殺する、と言うわけですか」
「……いえ、あの糞豚の姉をアイツの前で陵辱してやろうかと」
え? 今、聖女様の口から漏れてはいけない言葉がでたよ、吃驚だよ。僕の聞き間違いじゃないよね。
「なぁに、勇者様が召還初日に私へ与えてくれた辱めと同じレベルで良いのですよ。あの白濁とした気持ち悪いスライムの粘液を、アイツの姉が風呂上がりに歩いているところにぶっかけて、そこに通りがかりの豚王子が遭遇すれば良いのです! ホホホ、幻滅します、幻滅してしまいますよね。最愛の姉を! 心の支えを失った人間は脆いものです。そこで、わたくしが『汚れた姉君を持つ王子様を嫁に貰うことはできません』ともう一押し心を折ってやるのですよ。考えただけでゾクゾクします。私が信頼していた兵士たちに『白濁の聖女』と陰で言われるようになったあの苦しみ、憎しみ、同じ目に遭わせてやりますよ、フフッ……あぁ、楽しみです、楽しみですとも。この作戦、わたくしが昨日寝ずに考え――」
べちょぉぉ。
気付けば、僕は無意識に聖女様の顔面にスライムを投擲していた。粘度を上げた白いヤツを。
不意に衝撃を受けた聖女様はバランスを崩し倒れるが、リエルがおっぱいを揉みながら支えて事なきを得る。
目で「勇者様最低です」と言ってくる彼女だが「リエルも人のこと言えないよね」とアイコンタクトをしておく。
『白濁』と言われる所以になった件は僕にも責任があるだろうが、異世界に全裸で召還されてあるハズだった日本での人生を奪った手前、何も言われていない。というか、初めてそんなエピソード聞いたんですけど。陰口叩いた連中は全員魔眼で記憶が改ざんされているんだろうなぁ。
……さて。この状況、どう解決しようか。