16:アイツは肉壁突貫役
サンドイッチの件を注文しようと思っていると、どことなく見覚えがある背中の男性が妖艶な女性と食事をしているのが目にはいる。
紫色の全身鎧に深紅の槍……どこで見たんだっけ。
そんなことを考えながら彼の方を見ていると「ひっ」殺気帯びた視線を向けられた。
「おお? 探るような視線があると思ったら勇者様ではないですか」
「あ、あああ、ご無沙汰してます。何処かで見た後ろ姿だなぁ、と思って眺めてたんですけど、失礼だったみたいで」
「いえ、俺のほうこそすいません。覚えてますか? 先日ギルドでサムソンと一緒だった……」
「エドワードさんですね」
「おお、覚えててくれましたか! えらい人は民草の名前なんていちいち覚えてないって言いますけど、勇者様は違いますね!」
僕が名前を覚えていたことを喜んでくれているのは、先日ギルドに行ったときにオッサンと一緒だったエドワードさん。
あの集団で唯一”オッサン”とは言えない年齢の美丈夫で、『穿つ三槍』の称号を持つ冒険者だ。なんでも、一度槍で突くだけで、3カ所同時にダメージを与えるスキルを持っているのでそんな称号が与えられたとか。
ここで会ったのも良いタイミングなので、昨日のオッサンに譲って貰った”防壁の指輪”の対価について話しておく。
「昨日、この宿に来る前にオッサ……サムソンさんに会ったのですが―――」
防壁の指輪の件をエドワードさんに伝えると、彼は驚愕し「無理を言ってるのは分かってますが、その指輪を返却して貰うことはできませんか?」という話になった。
リエルが”並の冒険者では手が届かない金額”と言っていたが、この指輪は予想以上に高くて……オッサン(Aクラスの冒険者)の3ヶ月の収入を注ぎ込んだものだったらしい。「それがないと、パーティの戦力も大幅にダウンするんですよ。サムソンは肉壁突貫役でしたから」と悲しげな表情でエドワードさんは言う。
僕としても、苦々しく思っていた所に具体的な値段、戦力低下の話を聞かされたのだから、異論はない。
指輪を返却し、「無料では悪いですから」というエドワードさんの好意で、宿代を負担して貰うことにした。
「そういえば、そちらの女性は奥様ですか?」
「いえ、今回の依頼のパートナーです。彼女はこの宿の常連で、ミーティングに俺が呼ばれた感じですね」
エドワードさんが目線をやると、妖艶な女性が立ち上がって会釈する。
「勇者様、初めまして。わたくしは、ストナ。エドワードとは能力の相性が良いので、臨時パーティを組んでたまに依頼に出かける仲です。彼氏は募集中なのでフリーですよ?」
両腕で胸を挟んだ仕草に、蠱惑的な笑み―――。
僕を誘惑するつもりなんだろうが、そんなものは通用しない。何故なら……
「ストナ、勇者様はスライムにしか興味がない変態なんだよ。そんなことしても『生身の女には興味ねぇんだよ、下品なサルが』としか思わないから恥をかくだけだ、やめろ、俺まで恥ずかしくなるだろうが」
「え? エドくんが嫉妬して冗談いってるだけじゃなくて?」
「本人の前でこんな冗談言えるかって……あ、すいません勇者様」
いや、生身の女性に興味あるからね。
ここは、断固として否定しておかないと駄目だろう。
「いや、僕だって生身の女性に興味はありますよ。ほら! こない僕と一緒に居た女の子。可愛いでしょ」
「またまたぁー、子供じゃないですか。勇者様、冗談でも相手を選ばないと犯罪ですよ? スライム好きが特殊性癖だからって隠さなくて良いですって。サムソンって変態と伊達にパーティ組んでませんから」
くっ……これは、リエルが彼女であることを主張しても、アウト。主張しないのもアウト。
積んでるじゃ無いか……
「ストナとスライム、どちらが良いかって聞かれたらスライムって答えるでしょう?」
「そうですね」
……反射的に返事をしてから失態を悟った。嘘でもストナさんって答えないと駄目だったよ。
ストナさん、顔を赤くして俯いてる、せめて「屈辱だー」って感じの反応してくださいよ。
「これから、2人で斥候として大猪の森に向かうんですよ。ギルドからの指名依頼なんで、詳しくは言えませんが――」
「あ、大丈夫ですよ。たぶん、当事者なんで」
「……じゃぁ、あの霧に包まれた熊を狩ったのは勇者様で?」
「いえ、僕の連れの。リエル……こない僕と一緒に居た女の子ですよ。ああ見えて、宮廷魔術師の弟子、残虐超人のリエルと呼ばれていますから。魔力を込めた手刀で首から下をズバァ! ですよ。返り血浴びて平然と笑う堕天使ですよ」
「信じられません……が、勇者様の言うことなら、本当なのでしょう。しかし、そんな実力者がいるなら何故俺たちに依頼が。勇者召還に反対していた勢力が、これ以上の勇者が活躍しないように謀略していると考えるのが妥当だろうか」
「そうね。そこで私たちみたいに金で動く冒険者にお鉢が回ってきたのでしょう。姫騎士、紅刀、雲隠れ、あたりの有名人が出払っていると言っていたのも怪しいわね」「あぁ、ここで勇者様に会って話を聞けたのは僥倖だ」「逃げるって選択肢も……」「だが、逃げても別のヤツに依頼が回るだけだろう」「確かに、そうね。それなら、私たちが命をかけた方が後味が悪くない」「あぁ。大金も頂けることだし、死ぬつもりもないしな。ストナ、この依頼が終わったら、キミに言いたいことがあるんだ――」「うん、無事に生きて帰ったら聞いてあげる」「死ぬなよ」「アナタこそ」
……会話に混ざれない空気が一瞬して形成されました。
くっ。どうやって死亡フラグをへし折る? この空気を払拭するには――――――、
僕は、コッソリと席を立ち上がり、キッチンでビールグラスを2個借りて戻ってくる。
グラスには『黄金の粘液を注ぎ込んだ状態』にして、だ。
ドン! とわざとらしく音を立ててグラスをテーブルの上に置く。
「僕の魔力が込められた”ドーピングスライムスープ・コンソメ味”です。体外から排出されるまでおよそ1日。魔力が減る度に、そのスライムが補填してくれるハズです。出発の門出を祝い、グイっとやちゃってください!」
「「…………無理です」」
あー、これは僕のぶんが無いから躊躇ってしまっているのかな。
グラスは3個用意すべきだったか……気配りが足りなんだ。
「勇者様には悪いですが、なんか、ドロドロしてますし……」
「金色に輝いているのも、毒々しいと言うか……」
まったく、粘液だからドロドロなのは当然だし、僕の魔力を内包しているから金色なのは仕方が無いと言うのに。
説き伏せるのも面倒なので、2人の全身を触手で拘束して、口を無理矢理開いてスライムスープを流し込んだ。
エドワードさんも、ストナさんも涙をためて喜んでくれたようで、僕は一安心だ。
「どうですか? 体内に別の魔力がある感覚、その魔力の残存量が体感的に分かると思いますが」
「……その点ではバッチリです。私の魔力と同程度ありますし、信じられないぐらい馴染んでます」
「エドワードさんのほうは?」
「ええ、快調すぎて恐いぐらいで。ギルドで黄金のスライムを見せて貰ったときも吃驚しましたが、勇者様は規格外ですね……単純に魔力の受け渡し、なんてもんじゃないですから。自己の魔力限界を超えて貯蔵させるなんて異常ですよ、融和色も関係ないし」
うん、好評のようで何より。
このスライムスープは、アリーゼに実験台なってもらって一週間もコンソメとスライムの親和性を突き詰めた至高の一品だ。
あの厳しい彼女にして「スライムに胃袋を攻略されるなどと、あってはならない……くっ。というか、実験は味についてだったのですか? 魔力の親和や、継続性ではなく、なんという……」と唸っていたほどのデキなので、味に関してはかなり自信があるのだ。
その後、装備を粘液でコーティングし、便利スライム詰め合わせセットを渡し、今回の依頼をしてきたギルドの人間の名前を聞き出したりして、2人の肩をバンバン叩いて宿から送り出した。
「勇者様、帰ってきたら美味い飯をご馳走させて頂きます」
「俺とストナの結婚式にも招待しますからね、期待してて下さい!」
「……へぇ、私が誰と結婚するって?」
「そりゃぁ俺さ。依頼が終わったら言葉にするから、冗談じゃ無く本気だかんな」
「…………」
……大丈夫、だよな。折れてるよな死亡フラグ。