15:背負った業の深さ
目を覚ますと、生暖かい感触が右手に纏わり付いていた。なにやら、良い香りもする。
なんでだろうと疑問を感じて、その方向に視線を向けると、僕の腕を抱き枕にしている下着姿の少女が居た。
そこで寝ぼけた思考は即座に平時の状態に切り替わり、現在の状況を把握。そういえば、昨日は色々としてから一緒に寝たんだよなぁ……。
カップルと言えば抱き合って寝るのが相場だが、僕に関してそれは絶対にない。
理由は単純で、上向きではないと寝れないからだ。
それは別として、健全な青少年としては女の子に腕を掴まれている状況で平然と眠ることなどできないと思っていたが、予想外に深い眠りに落ちたようで、いつもと同じ時間帯に起きることができたようだ。
リエルの身体からコッソリと腕を抜くと、なくなった何かを探すように彼女の手が空中を彷徨う。そんな姿に愛情を覚え、頭をナデナデしてあげると自分を抱きしめながら笑顔で眠りはじめる。
だがな、お寝坊さんには容赦はせん!
僕は遮光カーテンを全開にし、太陽の光を部屋の中に取り込んだ。
突然の眩しさに目がじわじわするが、それが心地よい。
「うぅー」と、声を上げながらお寝坊さんが目を覚ます。
「おはよう、リエル」
「あー、はい。おはようございます、ご主人様」
そう、『ご主人様』これが、僕とリエルの現在の関係を如実に表す言葉である。
勿論、強要されてこうなったのではない。懇願されてこうなった。
切っ掛けは、「僕のことを名前で呼んで欲しい」という話をしたときだろうか。「私は、名前よりご主人様と呼ばせて欲しいです!」と断固主張され、僕が否定するもリエルは折れなくて、なし崩し的にこうなってしまったのだ。
さらには「私はご主人様の愛人です」「いや、彼女でしょ」「愛人が良いのです、ほら! ご主人様には勇者という立場だったり、なんか、こう、色々な柵みがあるじゃないですか」と押し込められ『ご主人様と愛人』という構図ができあがった。
「ご主人様、おはようのキスして下さい、ほら。ちゅー」
まぁ、こんな具合に距離はとても近く遠慮もないので、別に言葉に当てはめた関係性は気にすることもない。
それに、勇者としての立場云々ではなく、リエルの心の呵責でもなく、ただの性癖という部分が大きいと僕は睨んでいる。
だが、寝起きの口臭でキスを強請る子には粛正が必要だろう。キスする振りをして、自分の口からスライムの触手でリエルの口内を侵食する。「んっ、むぅ」と呻いているが問題ない。ついでなので頬を両手で挟んで変顔にしてやる。フフフ。
このスライムは”メロン歯磨き粉味”で、口の中に溜まった汚れを食べる特性を持たせてある。
僕も毎日利用している至高の1品で、単純に口に入れておいしいと感じる味では無く、歯磨き粉の少々苦みがある味にして用途の明確化という差別化を図っている。基本的にはメロン→ストロベリー→塩バニラの3ローテーションだ。
……おっと、触手を解除しなければ。
「んぁ…もー、ご主人様酷いです。スライムじゃなくてご主人様の舌で犯して欲しいんです、それぐらい分かってくださいよー」
「……いや、さすがに僕もその程度は分別あるよ!? 朝から桃色な危ない子にはお仕置きです」
「お仕置き、ですか……」
駄目だコイツ、なんて蕩けた目をしてやがるんだ……
僕、お付き合いを初めて2日目にしてリエルが背負った業の深さを知ってしまったよ!
だがな! 右手にスライムの塊を生成して牽制する。そう、望んだ展開は待ち受けていないということを知らしめるために。
それを見たリエルは、望んだ展開が来ないことに落胆しつつ「フフフ、スライムの良さに目覚めさせられた私に対して、そんなものは効きませんよ」と僕を挑発してきたので――
ベチョォーッ。
と、手に持っていたスライムをリエルの顔面に投げ、意識を刈り取ってやった。
リエルは”自分がスライムが苦手なのでぶつけられると気絶してしまう”と誤解していたようだが、実際は”鎮静作用を持つスライムを投げているから気絶する”ので、魔法による対処か、屈強な肉体が無い人間が普通にぶつけられると昏倒してしまうのだ。
……カッとなって大人げない反応をしてしまった。
反省してリエルを起こそうとするが、なんだか気持ちよさそうな表情で眠っているのでそのままにしておくことにする。
抱きかかえベッドに寝かせて、額にキス。ついでに頭をなでなで。
脱ぎ散らかしたままになっていた服を着て、1人で朝食を済ましてしまうことにしよう。
階段を降りてカウンターへ向かう。
誰ともすれ違うこともなく、静かなものだ。客室的には2階は16部屋あるし、建物的にも3階建てあるんだが。それにしてはまったく喧噪が無くて……魔法で防音でもしているのだろうか。
食堂行くために受付を横切ると、昨日と同じ猫耳イケメンのお兄さんが店番をしていた。
「おはよう、お兄さん。可愛い彼女さんは一緒じゃないのかい?」
「えぇ、彼女はまだ夢の中なんで。先に朝食を頂こうかと」
「それなら、彼女が起きるまで待ってあげて、一緒に朝食を食べると良い。今日はサンドイッチだから、食堂で頼めばバスケットにいれてくれるよ」
「サービス満点ですね。それなのに、この宿屋に人がいないように感じるんですけど……」
「あー、この宿屋は国家経営でさ、王城に勤務する人が、休暇の時に泊まりにくる場所なんだ。宿舎ではくつろげないだろうから……って。だけど、勇者様が召還されてからめっきり利用が減ってさ。今は、そっち関連から紹介された信頼できる一般の人しか利用してないんだよ」
「は、ははは。何の因果関係でしょうね、それは」
いや、本当に。スライムと戯れて城内に引き籠もってる僕は何もしていないからね。掃除や洗濯はスライムで済ますからメイド要らずだし、騎士の人とは訓練のぐらいしか縁もない。しかも僕が標的になってスライムで攻撃を防ぐだけの簡単な作業を強いらるという、扱われるほうの側だし。僕が何か迂闊な行動をしたときは、アリーゼが対処するし、何故だ……
勇者をやっていることが受付の人にバレないようにしようと心に誓い、僕は食堂に移動するのだった。