13:なにやら策略を感じる
「勇者様、宿に関しては夕飯付きの所を予約してあるからバッチリですよ!」
「服買う前に寄ってくれたの? ありがとう」
握っている手の力を強くすると、リエルもぐっと握りかえしてくれた。
下着を買うのに時間がかかっていいたのではなく、前半は宿を予約しに行ってくれたからあの時間だったとは……リエルの行動力に驚きを感じたが、魔力を使って走る彼女の姿を想像したら納得がいった。
日が陰り、少し寂しくなってきた商店街を2人で歩く。
一般の人は夕食の時間なので、外に出ているのは飲食店の呼び込みと冒険者ばかりだ。
宿に向かう途中で見知ったオッサンがグッと親指を立てて挨拶をしてきたので、両手が塞がっている僕はスライムで作った拳をオッサンの拳にぶつけておいた。我ながらちょっとクールだったかもしれな「ひっ」
スライムの手の甲にオッサンがキスをして、腕をサワサワし始めた。いきなり吃驚だよこの変態。
リエルなんて怖がって荷物落として僕にしがみついてるよ!
汚されれてしまったスライムを魔力に還元して自分に戻すのは嫌なので、切り離してオッサンにプレゼンとする。「この腕は最高だぜ、あぁ、あまらねぇ。なに? 無料でくれるというのか。ダンナ、やっぱりアンタ最高だぜ……だが、俺も一流の冒険者。このスライムの価値はわかっているつもりだ、さすがに無料じゃ貰えねぇ。代わりにコイツを受け取ってくれ」とオッサンが指に嵌めていた銀色のリングを渡してきたので、ありがたく頂戴して速攻でオッサンの前から立ち去った。
「これは、防壁の指輪という魔法具で魔力を吸って壁にする能力を持っています。師匠謹製なんですよー」
しばらく歩いて、落ち着きを取り戻したリエルがオッサンにもらったリングの解説をしてくれた。
「市場に流通してるエフィルさんの商品って、結構お値段しそうなんだけど」
「うーん、師匠が研究資金欲しさに数量調整して国に内緒で卸す商品ですから、並の冒険者では絶対に手が届かない金額なのは確実ですね。私にも具体的な値段は分かりませんけど……」
オッサン、僕のスライムはコストゼロなんだ……
今度会ったときに人型全身ぐらいはプレゼントしないといけないな、と記憶の片隅に置いておくことにする。
しかし、この指輪。自分には必要ないし、売りさばく宛もないしどうするかなーと考えていると「宿屋に到着です!」目的の場所に到着したようだ。リエルが選んでくれた宿屋を見ると、新築! といった新しさで期待が高まる。
「いらっしゃいませー、お、さっきのお嬢ちゃんか。おかえり」
「はい、ただいまです」
猫耳の中性的なイケメンお兄さんが迎えてくれた。
「鍵はお兄さ「彼氏です」彼氏さんに渡しておけば良いかな。夕飯は地下にある食堂でその鍵を見せれば引き替えできるから。飲み物は2杯目から別料金。部屋の方は2階に登って右手側、3番目なんでよろしくな!」
「分かりました、ありがとうございます」
アリーゼからお金を多めに貰ったのに1部屋しか予約していないという事実。
知らぬ間に彼氏扱いされてしまった事実。
なにやら策略を感じたが、ここでツッコミを入れるのは無粋な感じで何も言えない僕。リエルの手を引いて、流されるまま階段を上り、2-3と書かれたプレートの部屋の前までやってくる。
「うおお」
鍵を開けると、そこには大きなベッドが鎮座していた。大人4人は余裕で寝れそうだ。初めて見るが、キングサイズってヤツだろう。
ぼふん。僕が驚いていると、リエルがベッドにダイブした。
「一番乗り頂きましたー! エヘヘヘヘ、ふっかふかですよ、これ! お城のヤツより豪華です! 勇者様も一緒にどうですか?」
「あ、ああ。そうさせて貰う」
なんでベッドが1個しかないんだ、一緒に寝るってことか?
リエルはすごく喜んでるけど、これ僕のスライムベッドに比べたら「悪くは無いな……」ってレベルに感じてしまうぞ?
どうリアクションをすれば良いんだ? まだ付き合ってもいない女の子と一緒のベッドはあかんだろ。
そんな思考が頭の中に駆け巡るが「ヒャッハァ! このベッドすんごぉい!」と放棄することにして、それなりで悪くないベッドの感触をひとしきり楽しむことにした。
リエルは非常にご満悦なようで、エヘヘーと言いながら僕の方へと転がってきて、ピッタリ横にくっついて停止したと思うと―――
顔を真っ赤にしてゴロゴロと高速回転して僕の反対側へ移動し、ベッドの端から転げ落ちた。
「う、ゆ、勇者様、ご飯食べに行きましょう! ご飯」
「……うん」
ってなことで、すぐに食堂へ移動することに。
食堂は宿泊客のみに利用制限をしているおかげで、僕らの他には2組しか利用している人は居ない。
入り口から近くの空いているテーブルに据わると、見慣れた服装のウェイトレスさんが注文を取りに来る。この既視感……と考えていたら、城内にいるメイドさんと同様のメイド服だということに思い当たる。いや、スカート丈だけは少々短くなっており、若干のあざとさを感じる。
これ、一般に流通しているものなのだろうか。丈さえ改造してなければ簡単に城のメイドに紛れて忍び込める気がしてならない。セキュリティ面が心配になってくるな……帰ったらアリーゼに報告を上げておくことにする。
「本日のメインディッシュは鶏肉、猪肉の2種類からの選択式になっております。猪肉については、本日『大猪の森』から獲れたての品になっておりますので、オススメです。ドリンクはこちらのメニュー表からお選び下さい」
「では、メインは猪肉、飲み物は爽やか茶で」
「私も、メインは猪肉、飲み物はまろやか茶でお願いします」
「かしこまりました。料理ができるまで5分程かかります、ごゆっくりお待ち下さい」
ウェイトレスさんが一礼し、颯爽と厨房の方向へ戻っていく。
僕とリエルは顔を見合わせると
「「今日リエルが(私が)倒した得物だ(ですね!)」」
っと、良縁を感じてホクホクになった。
「リエルは、持って帰って食べれないことにガッカリしてたもんね」
「だっておいしいんですもん。早く料理来ませんかねー、すっごく楽しみですよ」
そんなことをリエルと話しているうちに料理がテーブルに到着し「いただきます!」と食事前の挨拶をして2人でガツガツ食べ始めた。
メニューの構成は猪肉のステーキとマッシュポテトと魔野菜サラダにパンとオーソドックスな料理だが、質が異様に高い。城の料理より全然豪華だなぁ、と思う。
この辺りは聖女様がコスト削減大好きで、税をできるだけ使わないようにいている影響だろうが、こんだけおいしいと明日への活力が段違いになると思うんだ。帰ったら聖女様に意見を通しておこうと思う。