12:勝負下着はバッチリです
時は夕暮れ、まだ商店が閉まる時刻まで1時間程度あるので、僕はリエルの着替えを買いに行くことにした。
アリーゼが、気を利かせてお金を多めに渡してくれたからだ。リエルは憲兵から借りたサイズの合わない服なので、明日もこの格好で連れ回すのはさすがに可愛そうだ。
ただ、着替えを買うのは僕。本来なら彼女に選んでもらうのが良いのだが、店が閉まるまで時間が無い。下着も必要なので、リエルにはそちらを買いに行って貰っている。
この世界、衣服に関しては非常に発達しており、ファンタジーなデザインとは裏腹に、日本のポリエステルやシルク、絹の製品と大差がないものが並んでいる。アルゥネと呼ばれる蜘蛛の獣人が紡ぐ糸の恩恵だ。
アルゥネは日本のRPGに登場するアルケニー(下半身が蜘蛛、上半身が女性で織物が得意なモンスター)と似通った存在だが、容姿はゲームと違い人間寄りだ。というかほぼ人間。違いがは、腰の後ろから2本の細い腕のようなものが生えていることぐらいだろう。
この腕は大抵の場合補助腕として、普通の手と変わらない5本指のソレが生えている。しかし、住んでいる環境や、育ち方によってある程度変化し、城内でメイドさんをやっているアルゥネなんかは、鋭い刃だったりする。他にも斧、針、鎌など、多様な種類の個体がいるらしい。
で、そんなアルゥネが経営している服屋で選んだのが『白い生地に黒いフリルが特徴の袖付きワンピース、黒のニーソックス』完全に自分の趣味を貫いて選んだ。きっと、リエルに似合うだろう。
前に彼女とファッションの話をしたときに、「闇に紛れるように黑の服を好んで着ますね」と物騒なことを言っていたので、たまにはお淑やかな雰囲気の服も良いだろうとチョイスした。一応、ポイントで黑も入っているのを選んだし、満足してくれるハズと思っている。
「毎度あり、良かったら今度は彼女と一緒に来て下さいね」
「はい、機会があればまた」
用事は済んだので、服屋から退出。
下着を売っている店はお隣さんなので、店中に設置してある椅子に座ってリエルを待つことにする。
どこの世界でも女性の買い物が長いのは共通らしく、衣類関係の店には男性が休憩できるスペースが設置してあるのである。
「スライムでも揉みながらリエルを待つか」
……20分が経過した。長いな。
男で拘りがない僕なんか、公費で買って貰ったパンツ×4枚から買い換えすらしてないというのに。
そういえば、この世界の一般的なパンツは日本の水泳用パンツと同義である。返り血を浴びて水すぐに洗い流す、という機会が多々ある冒険者に考慮した商品と言える。
女性の場合は上下一体型の水着となっており、デザインも無駄に凝っているモノが多い。
価値観的にも『下着』では無く『水着』という趣が強いので、僕が女性に向かって躊躇無くスライムを投擲して衣類が透けることはなく、社会問題にならないのはこのためだ。だからと言って積極的に見せるものではないので、何らかの原因でチラリズムが発生すれば男連中が喜ぶ図式は日本と変わらないが。
ガラス越しにリエルが退店したのが見えたので、慌てて僕も外に出る。
「お待たせしちゃったみたいですいません。でも、勝負下着はバッチリです、今日は期待していて下さいね」
くっ……人の顔を見るなり何を言ってるんだこの子は。
冷静に、落ち着いて対処するんだ。
「何を期待すれば良いんだよ」
「それはお楽しみで、ムフフですよ」
「じゃ、じゃぁ楽しみにしておくよ」
僕の脳内を卑猥な妄想が駆け巡ってマズイ。
戦闘中は残虐超人なんだけど、普段こうして一緒に居るにはすごく可愛いんだよね……
ギャップ萌え、というのとは何か違う。残虐超人状態のマイナスを相殺して、尚も余剰がある普段の天使状態という感じだろうか。今回なんて、子供のくせに妖艶さが垣間見えて危険区域ですからね。
依頼を通じて、リエルが『師匠の知り合いのお兄さん』以上の好意を抱いてくれるようになったことは思い違いではないだろうけど、好感度が上昇した理由がわからない。少し普段より喋ったくらいだし……これ以上踏み込んだら、僕が完全に攻略されてしまいそうだ。
スライムが生成できる能力へ覚醒したせいで、スライム信者の僕は日本への未練は完全に断ち切った。だから、この世界に骨を埋めることになるので嫁となってくれる人は必要だけど、時期尚早という気持ちの方が現状は強いんだよね。
だから、今はリエルの好意に甘えてしまうワケで。
自然に握られた僕の左腕。それを振りほどくこともなく、宿屋へと一緒に歩くのである。
「勇者様が買ってくれた服、すごく楽しみにしてますから」
「うー、あんまり期待値上げないでね。妥協無く可愛いのを選んだつもりだけど、ガッカリされると凹むから」
「大丈夫ですよー、勇者様が買ってくるなら何でも嬉しいですもん」
「嬉しいこと言ってくれけどさ、褒めても何もないからね?」
リエルが手を離して立ち止まり、僕の方に頭を向ける。
表情は見えないが、なでなでして欲しいなー、という雰囲気が身体から溢れている。
……まったく、敵わないなぁ。