10:地を駆ける獣を狩る(後編)
凄惨な光景が拡がっていた。
飛び散る獣の肉片、赤い飛沫―――その中で縦横無尽に動き回る少女が居る。
リエル、だ。彼女は爛々と目を輝かせ、得物に向かい突撃していた。
「ひっ」
彼女が無事である安堵より、恐怖心が先にくる。
ココに来るまでの、四肢を破壊された大猪、上半身がはじけ飛んだような姿をしていたバケモノ。
それは、悪意のある第三者が行った行動では無く。僕が知っている笑顔が可愛いくて可憐な、ちょっと泣き虫な少女がやったという現実。なにこれこわい。
リエルの戦闘スタイル、それは紫色に輝く拳で相手を殴りつける単純な近接戦闘。
近づき、殴る。近づき、殴る。
ヒットアンドフェイの繰り返しである。
対する相手は……熊の両腕から無数のトゲを生やしたようなモンスターで、黒い霧を纏っている。
このモンスターも近接戦闘型らしく、リエルに突っ込んでいるのだが……そのたびに身体の何処かが破壊され飛び散るのだが、すぐに再生して何事も無かったように戦闘に復帰する。
どのくらい前から戦っているかわからないが、見るからに体力が無尽蔵でゲンナリする。
「グゥォォォォォゥ!」
ミストベア……(便宜上の呼称)が咆哮と共に、黒い靄のブレスを吐き出す。
リエルはそれに正面から突撃すると、両手の連打で押し返そうとする、オラオラオラァ!
……が、明らかにブレスの勢いの方が強い。
彼女もそれを悟ったようで、バックステップして距離を離した。
「リエル!」
そのタイミングで彼女に声をかけた。
リエルは僕の方を見ると、ブンブンと手を振り「ちょっと待ってて下さいね、このぐらい楽勝ですから」と言ってる最中、ミストベアに吹き飛ばされて大木にすごい勢いで激突する。メキメキと木がしなる音がした。
「なん、だと……」
迂闊な動きが死に繋がる実例を見たよ、血反吐も吐いてないし無事だろうけどさ。
だけど、劣勢になったのは間違いない。ミストベアが追撃をする前に僕が仕掛けるしかないだろう。
両腕から触手を生やし、リエルを吹き飛ばした興奮で咆哮しているミストベアの両足の自由を奪い、転倒させる。「よし」と思わず声がでた。隙だらけだったからね。あとはこのまま追撃して倒すだけの作業なので楽勝だろう。両腕から追加の触手を生やし、熊さんの両腕を縛って完全に拘束。
「殺さず捕獲したいです」
いつの間にか舞い戻ってきたリエルがそう言うので、僕は追撃しようと思っていた手を緩める。彼女に先程のダメージはまったくないようで、ケロリとした顔で平然としているのは本当にさすがです。
「勇者様、そのままスライムで魔力を吸うことってできますか?」
「できるよ、と言うか現在進行で捕食させてる。この熊に纏わり付いてる黒い霧が魔力の塊でね、かなりのペースで触手から吸い上げてるんだけど、一向に無くなる気配がないというか……」
「そうですか……ああああああ! ちょっと待ってください、勇者様タンマです!!」
急にワタワタし始めるリエル。普段なら可愛いと思うのだろうが、今の彼女は血みどろ真っ赤なボディをしてらっしゃるので、なんとも言えない気分である。
「この森に来る前に、魔力の不和って私言ってましたよね? 原因コレです。どうやら、師匠が張った結界に干渉して減った魔力を吸ってる感じです。だから、後先考えない戦い方をしていたんです!」
「ってことは、コイツの目的は結界の破壊と、資源の搾取……みたいな感じかな。でも、それならどうやって無力化する? 僕に首輪の制約がなければ余裕なんだけど……」
制約さえ無ければ魔法を遮断するスライムで真空パックにしてやるだけの簡単なお仕事なんだ。でも、現状の手札ではこれ以上のことはできない。今の状態で引っ張って行くには、僕の体力が心許ないのだ。
スライムによる身体強化ができれば余裕なんだけど、やはり首輪の弊害があるのでなかなかに憎い。
「そこは大丈夫ですよ、勇者様がそのまま抑えていてくれれば私がやります」
言ったそばから、リエルはミストベアの口をこじ開け、そこに右腕を突き刺す。
ゴリッと、何かが砕ける音がし、続けてグチュリ、グチュリと何かが混ざる音がした。
「ひっ」
嫌悪感と恐怖で顔の筋肉が痙攣してぴくぴく動いてる感覚がある。
さっき首を絞められてきた時に出していなければ、今漏らしてかもしれないね……
「えっと、脳味噌が魔術の核になっていると思うんですよね。頭部だけは私の攻撃を執拗なまで避けてましたから。あ、黒い霧が頭部に集まってきました。勇者様、手がふさがってるのでどうにかしてもらえませんか?」
「はい! あなたのお心のままに!」
精神的に屈服させられた僕は反射的に返事をすると、すぐに新しい触手を伸ばし、黒い霧を散らしていく。
リエルちゃんマジ天使、そうなふうに考えていた時期が僕にもありました……なにこの残虐超人。
「よし、コレで大丈夫ですね。今、この熊さんと師匠の結界を繋いでいた魔術的な繋がりを弱めました。私は『奪取』や『操作』に特化しているので、無防備状態の相手ならこのくらい楽勝なのです!」
ふふん、すごいでしょう。勇者様褒めて下さい、とリエルの顔が語っている。
「リ、リエルはすごいナー、ボクにはこんなことできないヨー」
「そんなに褒めないで下さいよ。照れちゃいます。これも勇者様が助けに来てくれたおかげなんですから」
「いやいや、ご謙遜を」
「もー、首輪の制限がかかった私とコイツでは力量の差がそれほどなくて、倒すなら簡単、捕獲は難しい……どうしよう。そんな感じだったんですから。そこに勇者様が登場し、颯爽と自体解決に助力ですよ」
興奮しながら語るリエルに、そんなもんかーと思いながら聞く。
ズバァッ! ぴちゃ。
ミストベアの頭部が本体から切り離された。
「ひっ」
不意打ちに僕は吃驚だよ。少し空気になれだして和んできたと思ったコレだ。
「よし、これで持ち運びはバッチリです。このまま頭部を持って行きましょう。あとは、分析の為にそこに落ちている腕1本。それと、途中で見かけた大猪! あれ、すっごくおいしいんですよ。おいしい部分にダメージを与えないよう、四肢を落としてから熱を奪ってあります。勇者様のスライムに血抜きしてもらえば軽くなると思うので、私が頑張って運びます!」
リエルは興奮しているのか、舌なめずりしながらまくし立てるけどアレだ。
「今回はギルドの依頼で来ているので、持って帰ったら駄目でしょう、納品しないと」
「あー、そうでした」
彼女はシュン、と項垂れる。
ギルドの依頼は、大猪3匹の討伐。で、今回仕留めたのは大きい大猪1匹……見た目で500kgはあるように見えるので、普通のサイズの200kgぐらいと比較すれば若干足りないけど、これだけ納品すれば食料が大量に不足するような自体にはならないだろう。
異常事態の報告をするのが優先なので、依頼を中断して帰ることにする。
「よし、帰ろうか」
「はい!」
こうして、僕とリエルは大猪の森を後にした。
リエルは大きな大きな大猪を担ぎ、僕は右手に『右手』を、左手に頭を持って。
モン○ンを意識して書いたので、はぎ取りせずに『全部持って帰る』ことを考えていませんでした。
おかげで、討伐した魔物は素手で持って帰ることに…