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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: 仁科異邦
過去編

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未来視は、時に残酷な現実を見せる


 王家の地下に、一つだけ部屋がある。

 地図に載っていない部屋だ。

 存在を知るのは、歴代の王と、その直系だけ。

 石造りの小部屋。

 魔法陣が床に刻まれている。

 中央に、一つの台座。

 台座の上に、水晶のような器が置かれている。

 大きさは、両手で包めるほど。

 澄んでいるようで、何か深いものを含んでいる。

 王家に伝わる「未来視の器」だ。


 使い方は単純だ、両手で器を包み魔力を流す。

 そして、見たいものを念じる。

 見える未来は、一つだけではない。

 いくつかの可能性が、映像として流れ込んでくる。

 代償は、使用者の寿命の一部だ。

 どれだけ削られるかは、見た未来の重さによる。

 重い未来ほど、多く削られる。

 だから、歴代の王でも使った者は少ない。

 俺が使うのは、今日が初めてだ。


 ルーカスが、部屋の外で待っている。

 一人の方がいい、と言った。

 ルーカスは何も言わずに、扉の外に立った。

 俺は台座の前に立った。

 器を見た。

 澄んだ表面に、部屋の明かりが映っている。

 俺自身の顔が、小さく映っていた。

 随分、険しい顔をしていた。

 深く息を吸って、吐いた。

 両手を、器に伸ばした。


 触れた瞬間、熱かった。

 いや、熱いというより。

 引っ張られる感覚だった。

 体ごと、どこかへ持っていかれるような。

 魔力を流し、念じた。

 エリシア。それだけを、念じた。


 黒い空が、見えた。

 昼なのに、空が黒い。

 黒い靄が、低く垂れ込めている。

 下を見ると、王都だった。

 でも、俺の知っている王都ではなかった。

 建物の一部が崩れている。

 道に人がいない。

 魔力の汚染が、空気を重くしている。

 黒蝕だ、予想より規模が大きかった。

 遠くで、光が見えた。


 白い光の柱が、黒い空に向かって伸びている。

 あの光の元へ、映像が引っ張られた。


 ヴァレンシュタイン家の地下だった。

 広い石の部屋。

 床一面に刻まれた、複雑な魔法陣。

 その中央に、エリシアが立っていた。

 金の髪と翡翠の瞳。

 でも、見たことのない表情をしていた。

 覚悟、というより。

 静謐。

 嵐の前ではなく、嵐の中の目のような静けさ。

 掌から、光が溢れていた。


 白い光が、禁術の陣全体を満たしていた。

 美しかった、そう思う自分が恐ろしかった。


 マリアが、陣の外で何かをしていた。

 浄化の光を、陣に向けて送り込んでいる。

 二つの光が、絡み合って、強くなっていた。

 黒い空に向かって、光の柱が伸びていく。

 黒蝕が、少しずつ、霧散していく。


 この術式は、機能する。

 だが。

 エリシアの様子が、変わり始めた。

 光が強くなるにつれて。

 彼女の輪郭が、薄くなっていくように見えた。

 消えているのではない。

 ただ何かが、溢れ出ていた。

 顔や、目から。

 溢れ出るように、流れていた。


 代償だと、分かった。

 術式が削っている、彼女の中の何かを。

 見ていられなかった。

 でも、目を離せなかった。


 光の柱が、最大になった瞬間。

 エリシアが、顔を上げた。

 空を見たその目が。


 俺の知っている目ではなかった。

 何かが消えていた。

 あの翡翠の瞳の奥にあった、重さが。

 決めている目が。

 走っている目が。

 全部知っていて、それでも笑う目が。

 消えていた、空白だった。

 美しい顔だった。

 それは俺の知っているエリシアではなかった。


 器から手を離した。

 息が荒げ、膝をついていた。

 気づかないうちに、床に膝をついていた。

 手が、震えていた。


 「やはり、そうか」

 声は少し震えていた。

 黒蝕は来る。

 エリシアが止める。

 止める代償として、何かを失う。

 それが分かった。


 目が変わっていた、ということは。

 失うのは。

 記憶なのか、感情か‥その両方か。

 確認する方法はない。

 でもどれであってもあの目が消えることを俺は、受け入れられない。


 立ち上がった。

 手の震えが止まっていた代わりに、頭が冷えていた。

 感情と判断を切り離す。

 ずっとそうしてきた、今もそうする。

 感情は、あるが今は、判断の方が重要だ。

 何ができるか、何をすべきか。

 未来視の映像の中に、一つだけ、気になるものがあった。


 陣の外に、マリアがいた。

 二人の光が、絡み合っていた。

 マリアの浄化が、術式に影響を与えていた。

 つまり。


 陣の中に、もう一人入れるとしたら。

 代償は、分散できるかもしれない。

 ヴァレンシュタインの血ではない者が、陣に触れることが、そもそもできるかどうか。

 それは分からない。

 でも試す価値は、ある。


「ルーカス」

 扉を開けた。

 ルーカスが、すぐに振り向いた。

 俺の顔を見て、少し息を呑んだ。


「殿下、お顔が」

「問題ない」

「いいえ、問題があります。少し――」

「問題ない」

 もう一度言った。

 ルーカスが黙った。


「二つ、調べてほしいことがある」

「……はい」

「禁術の陣に、ヴァレンシュタインの血を持たない者が触れることは可能か。過去の事例を調べろ」

「承知しました」


「もう一つ。王家の魔力量と、浄化術式の相性について。特に、王家の血が浄化系の術式に対してどう作用するか」

 ルーカスが少し目を細めた。

「……もしや、殿下は」


「調べてくれれば、それでいい」

「殿下」

 ルーカスが、珍しく押した。

「自分を盾にするおつもりですか」

「盾ではない」


 少し間があった。

 ルーカスが、深く頭を下げた。

「……承知しました。至急調べます」

「頼む」


 廊下を歩きながら、もう一度映像を思い出した。

 エリシアが、空を見たその目が、空白だった。

 あれが、代償の後の姿だ。

 失った後も、生きて立っている。

 空を見ている。

 クロード・ヴェルナーが言った通りだ。

 術式は人を壊さない。


 だがあの目を見た俺には。

 壊れていないことと、失っていないことは、全然違う。


 手紙のことを、思った。

 「殿下のことが、好きです」

 あの文字を書いた手が、昨夜、陣の中で光を放っていた。

 「この気持ちが消えるかもしれないと知った夜に」

 知っていたのだ、ずっと。


 消えるかもしれないと知りながら。

 それでも書いてくれた。

 どこかに置いておきたかったと書いた。

 置いておいた言葉は俺が持っている。

 引き出しの中に、ある。

 消えた後も、俺が持っている。


 だから失っても、全部消えるわけではない。

 俺が、覚えている。

 あの手紙が、証拠だ。


 執務室に戻った。

 机の引き出しを開けた。

 白い封筒が、そこにあった。

 取り出して、もう一度読んだ。

 「これからも、どうか。遠くから、見ています」

 遠くから見ていなくていい。

 俺が近づく。

 未来視が見せた映像に、俺はいなかった。

 だからこれから入れる。

 俺が、その映像に入る。

 エリシアの隣に。

 陣の中に代償を、分ける。

 それが、俺にできることだ。


 窓の外で、雪が止んでいた。

 曇り空の向こうに、薄く光が見えた。

 冬の日差しだ。

 弱くても、確かに、ある。

 (待っていろ)


 今夜三度目の言葉を、声には出さなかった。

 頭の中だけで言った。

 今度は違う意味で。

 お前が禁術を使う時、俺もそこにいる。

 一人でやらせないという意味ではなく。

 一緒にやる、という意味で。

 待っていろ必ず、行く。

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