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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: 仁科異邦
過去編

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35/36

遠くに輝く星に向けて私は手紙を書く、例え届かなくても

(王太子アルベルトside)

 冬の王城は、冷える。

 石造りの廊下は、夏より三倍は長く感じる。

 それでも歩くのは、仕事があるからだ。

 王太子の仕事に、季節は関係ない。


 夜。

 執務室に、ルーカスが報告を持ってきた。

「学院の令嬢の研究が、佳境に入っているとのことです」

「ゼファーからか」

「間接的に。令嬢が魔法の第二段階を完全習得したと」

 完全習得。

 入学してから一年半。

 やはり、速い。

「クロード・ヴェルナーとの個別研究も続いています。先月から、内容が変わったとのことです」

「‥どう変わった?」

「詳細な話し合いに移行した、という程度しか分かっておりません」

 詳細な話し合い。

 つまり。


 代償について、もう告げられたのかもしれない。

「……未来視の器の準備は」

「整っています。いつでも使えます」

「そうか」

 俺は窓の外を見た。

 雪が、また積もっている。

 学院でも、同じ雪が降っているだろうか。


「そしてもう一つ」

 ルーカスが続けた。

「本日、殿下宛てに一通の手紙が届きました」

「誰からだ」

「……差出人がありません」

 珍しい。


「宛名は確かに殿下です。封蝋に紋章もない。王城の受付では、差出人を確認できなかったとのことです」

「怪しい手紙か」

「内容を確認しましたが、害意はないと判断しました。ただ、殿下にお見せすべきかどうか迷いまして」

 ルーカスが、珍しく少し言葉を選んでいた。


「見せろ」

「……はい」

 封筒を受け取った。

 白い封筒で紋章なし。

 宛名だけが、丁寧な文字で書かれていた。

 「アルベルト・フォン・ラングラーフ殿下へ」

 開いた。


 「殿下へ

 届かなくてもいいから、書きます。

 届いたとしても、差出人は名乗りません。

 名乗る必要がないと思っているし、名乗ったら書けなくなりそうなので。

 最近、大事な話を聞きました。

 詳しくは書きません。

 ただ、何かを失うかもしれないと知りました。

 怖いです、今夜は少し泣きました。

 でも、やめるつもりはありません。


 一つだけ、言いたかったことがあります。

 殿下のことが、好きです。

 一人の人間として。

 ‥うまく言えません。

 でも、好きです。

 この気持ちが消えるかもしれないと知った夜に。

 消える前に、どこかに置いておきたかった。

 届かなくていいし、信じなくてもいいです。  

 ただ、書きたかった。

 これからも、どうか。

 遠くから、見ています。

          差出人より」


 読み終えた後、しばらく動けなかった。

 手紙の文字を、もう一度見た。

 丁寧な字だった。

 でも、普通の丁寧さとは少し違う。

 書きながら、少し手が震えていたような字だった。


 「怖いです。今夜は少し泣きました」

 「この気持ちが消えるかもしれないと知った夜に」

 気持ちが、消える。

 何かを失う。

 それが何かは書いていない、でも。

 俺には、分かる気がした。

 「殿下のことが、好きです」

 その一文を、もう一度読んだ。


 ルーカスが、静かに立っていた。

「……差出人の目星はつくか」

「殿下が、すでにご存知かと」

 そうだ。

 知っている。

 このタイミングで、このことを書ける人間は、一人しかいない。


「……返事は書けないな」

「差出人不明ですので」

「そうだ」

 俺は手紙を、もう一度折った。

 封筒に戻した。

「ルーカス」

「はい」

「この手紙は、俺が保管する」

「承知しました」

「誰にも言うな」

「もちろんです」

 ルーカスが下がった。

 一人になった。


 手紙を、机の引き出しに入れた。

 それから、窓の前に立った。

 雪が降り続けている。

 「殿下のことが、好きです」

 また頭の中で、その一文が響いた。

 俺は、自分の感情を言葉にすることが苦手だ。


 婚約者への感情を、婚約者以上のものと認めることを。

 ずっと保留にしてきた、でも。

 今夜。

 向こうが言ってくれた。

 名乗らずに届かなくていいと言いながら。

 それでも、書いてくれた。

 俺には返事を書く手段がない。

 差出人不明だから。

 でも返したい言葉は、ある。


 俺も、書いた。

 送らない手紙を。

 便箋を取り出して、ペンを持った。


 「差出人へ。

 届かないから、書く。

 手紙を読んだ。

 全部、読んだ。

 名乗らなくていい、俺には分かっている。

 怖いと書いてあった。

 泣いたと書いてあった。

 一人でそれを抱えてきたのかと思うと。

 言葉が出ない。

 何かを失うかもしれないと知った、と書いてあった。


 それが何かは、俺も少し分かっている。

 だから言う、待っていろ。

 一人でやるな、とは言わない。

 お前が決めたことを、止めるつもりはない。

 ただ待っていろ。

 俺も、動く。

 何ができるかは、まだ分からない。

 でも、何もしないつもりはない。

 そして、

 好きだと言ってくれて、ありがとう。

 俺も同じ気持ちだ。

 婚約者として、という意味ではなく。


 うまく言えないが。

 同じだ。

          返事を書けない者より」


 書き終えて、炎にかざした。

 送れない手紙は、残さない方がいい。

 燃えた。


 白い紙が、灰になった。

 でも。

 書いた言葉は、頭に残った。

 「待っていろ」


 またその言葉が出た。

 何度も言ってきた言葉だ。

 今夜は、意味が少し違う。


 今夜の「待っていろ」は。

 俺が動くから、という意味だ。


 未来視の器は、使えると言った。

 使う時が来た、と思った。

 黒蝕が来る前に。

 あの令嬢が禁術を使う前に。

 俺は知らなければならない。


 何が来るかを。

 そして俺に何ができるかを。

「ルーカス」

 呼んだ。

「はい」

「明日、未来視の器を使う。準備を頼む」

 少し間があった。


「……承知しました」

 ルーカスの声が、少し変わった。

 この男は、未来視の危険性を知っている。

 未来を見ることは、代償がある。

 使用者の寿命の一部が、削られる。

 それに頻繁に使うと未来も変わる。

 王家に伝わる、古い器だ。

 それを使う、と言った。

「殿下」

「なんだ」

「……お気をつけて」

「分かっている」

 そうじゃないという顔をしていたが、ルーカスは頭を下げて下がった。


 もう一度、引き出しの手紙を取り出した。

 俺の返事は燃やした。

 でも、あちらからの手紙は残す。


 「これからも、どうか。遠くから、見ています」

 そう書いてあった。

 遠くから見ている必要は、ない。

 俺が近づく、時間がかかっても。

 お前が何を失っても。

 必ず。


 窓の外で、雪が静かに降り続けていた。

 学院の方角は、王都からは見えない。

 でも同じ雪が降っているはずだ。


 同じ夜が、向こうにもある。

 「好きです」と書いた人間が、今夜眠れているといい。


 そう思いながら。

 俺も、今夜は早く休もうと決めた。

 明日は、未来視がある。

 まず知ることだ。


 知った上で、動く。

 それが俺の、やり方だ。


(エリシアside)

 翌朝。

 目が覚めた。

 昨夜、手紙を書いた。

 書いて、送った。

 送ったことを、少し後悔するかと思った。

 でも後悔はなかった。

 届かなくていい、と思って書いたから。


 届いたとしても、差出人は分からない。

 ただ。

 書いたことで、少し軽くなった。

 言葉にすることで、手放せるものがある。

 逆に言葉にすることで、確認できるものもある。


 「殿下のことが、好きです」

 書いて、確認した。

 まだ好きだ、それに消える前に好きだと言う気持ちを書き残せた。


 届かなくていい。

 でも届いていたら、少し嬉しい。

 その「少し」だけを、今朝は持っていようと思った。

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