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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: 仁科異邦
過去編

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冬の思い出


 冬の学院は、静かだ。

 雪が音を吸う。

 廊下も、中庭も、いつもより柔らかい。

 それでも祭りの夜だけは、違った。


 王国には、冬至を祝う祭りがある。

 一年で一番夜が長い日に、街に光を灯す。

 王都では大がかりなものになるが、学院の近くの町でも、小さな祭りが開かれる。


 規則では、夜間の外出は禁止だ。

 でもリュカが言い出した。

「行こうぜ、な?」

 かれこれ三日前から言っていた。


「規則違反よ」

「ばれなければいい」

「そういう問題ではない」

「じゃあ問題は何」

「規則は守るためにある」

「守るためだけにある規則は、本当に守るべき規則かどうか怪しい」


 ‥屁理屈だ。


 当日。

 気づいたら、四人で学院の裏門を出ていた。

 ゼファーも来た。

「護衛だから」と言っていたが、少し口元が緩んでいた気がした。


「ゼファーも楽しみにしてたんじゃないですか」

 クレアが小声で言うと、「楽しみという感情があるかどうか確認中だ」

 と返ってきた。

 全員が少し笑った。


 町の祭りは、小さかった。

 でも、光が綺麗だった。

 軒下に色とりどりのランプが吊るされていた。

 広場には屋台が並んでいた。

 子どもたちが走り回っていた。

 平民の祭りで貴族の行事とは、全然違う。


 うるさくて、匂いがして、人が多い。

「わあ」

 クレアが声を上げた。

 マリアも目を輝かせていた。

 私も思ったより、きれいだと思った。

 (こういうのは前世でもあったけど、また違った良さがあるわね)


 屋台を巡った。

 リュカが揚げたてのパイを買って、全員に押しつけた。


「熱い」

「食べれば慣れる」

「食べたら全部熱い」

「慣れ慣れ」

 言い合いをしながら食べた。


 美味しかった。

 外で食べるものは、なぜか美味しい。

 マリアが「前世でも冬の夜にこういうの食べたかったな」と小声で言った。

 私も頷いた。


「前世、寒い日は鍋が多かった」

「私もです。ラーメンとか」

「食べたかった今、無性に」

 マリアとそういう話をしたのは、初めてだった。

 同じ記憶を持つ人間と、前世の食べ物の話をする。

 少しおかしくて、でもありがたかった。


 広場の中央に、大きな光の木が立っていた。

 魔力で灯された光が、木の枝を飾っている。

 白と金の光。

 クレアが「綺麗ですね」と言った。

 マリアが頷いた。

 ゼファーが黙って見ていた。

 リュカが私の隣に来た。


「エリシア」

「なに」

「今日、楽しい?」

 少し間があった。

「……楽しい」

 正直に答えた。

「じゃあ今日だけ、全部忘れていいよ」

 リュカが言った。

 さらりと、いつも通りの口調で。

 でも、その一言が胸に刺さった。


「全部って、何を忘れるの」

「知らないけどさ、エリシア何か抱えてるじゃん」

「そんなことはないわ」

「えー嘘くさい」

 リュカが光の木を見たまま言った。


「俺、深入りしないって言ったから聞かない。でも」

 少し間があった。

「なんか……ずっと、先を見てる感じがするんだよな、エリシアって」

「先を見る?」

「今じゃなくて、もっと遠くを。走ってる人みたいな目」

 走っている人、か。


「それは、褒め言葉?」

「どっちでもないかな。ただ」

 リュカが私を見た。

「今日だけは、遠くじゃなくて、ここを見てていいよ。俺らがいるここを」

 静かな祭りの夜に。

 リュカが、当然のようにそう言った。

 私は少しの間、何も言えなかった。


「……ありがとう」

 小さく言った。

「どういたしまして」

「あなたって、なんでそういうことが言えるの」

「なんとなく?」


「なんとなくで言えるものじゃないでしょう」

「言えるよ。俺、思ったこと言わないでいられない性格だから」

 少し笑えた。

「それは知っている」

「でしょ」

 リュカが光の木に視線を戻した。


「エリシアが笑ったら、今日来た甲斐がある」

「大げさね」

「大げさじゃないよ。エリシアって、笑うのが少ないから」

「……最近は増えたと思うけど」


「増えた。最初に比べたら、めちゃくちゃ増えた」

 少し間があった。

「だから、もっと増えてほしい。俺はそう思うけどな」


 その後、四人で広場を一周した。

 クレアが屋台の飾りを買った。

 マリアが温かい飲み物を全員分持ってきた。

 リュカが子ども向けの出し物を見て大笑いした。

 私はそれを見て、また笑った。


 帰り道。

 学院に向かって、五人で歩いた。

 雪が、また少し降り始めていた。

 息が白い。

 クレアとマリア達が先を歩く。

 その背中を見ていた思った。


 いつかこの光景を、失うかもしれない。

 記憶が消えれば、前世の事も分からなくなる。

 殿下への感情が消えれば、あの人を好きだったことを忘れる。


 でも今夜のことは、忘れたく無い。

 皆んなで出かけた夜のことは残るかもしれない。

 そうであってほしい、と思った。


「エリシア、何してんの。置いてくよ」

 リュカが振り返って言った。

「ふふ、待ってよ」


「っまぁ、置いていかないけど」

 リュカが待っていた。

 私は歩き出した。

 並んで歩いた。

「今日、来てよかった?」

「よかった」

「だよね」


「でも次は規則を守りなさい」

「それは状況による」

「状況によらない」


「エリシアは頑固だな」

「意志が固いと言って」

 リュカが笑った。

 私も笑った。

 二人の笑い声が、雪の夜に溶けた。


 寮に戻る直前。

 ゼファーが短く言った。

「今夜は良かった」

 珍しかった。

「ゼファーも楽しかったの?」

「……充実していた」

「楽しかったと言いなさい」

 少し間があった。


「……楽しかった」

 私とマリアとクレアが少し顔を見合わせた。

 リュカが「やったー」と小声で言った。


 ゼファーが少し困った顔をした。

 でも口元が、かすかに動いていた。


 部屋に戻って、一人で窓の外を見た。

 雪が積もっている。

 今夜は、リュカが言った通りにした。


 遠くではなく、足元を見た。

 先を見るのではなく、今夜の光を見た。


 今夜のパイは、熱くて美味しかった。

 マリアと前世の食べ物の話をした。

 ゼファーが「楽しかった」と、そしてリュカが笑わせてくれた。

 全部、ここにあった。

 失う前に、全力で生きる。

 それはこういうことだと思う。


 夜空に、星は見えない。

 雪雲が覆っている。

 でも。


「……殿下も、今夜は少し楽しいことがあるといいですね」

 呟いた誰にも届かない声で。

 でも言いたかった。


 遠い王都の、金の瞳に。

 今夜の光みたいな夜が、あればいいと思った。


(リュカsides

 部屋に戻ってから、一人で考えた。

 エリシアが、今夜笑っていた。

 本物の笑顔で、何度も。

 それが嬉しかった。


 でも。

「今日だけは全部忘れていいよ」

 そうエリシアに言った時の顔が頭に残っていた。

 少し、驚いた顔をしていた。

 そんな言葉を、かけてもらったことがなかったのかもしれない。


 俺には分からないことが、エリシアにはたくさんある。

 深入りしないと決めた。

 聞かないと決めた。

 でも。傍にいることは、できる。

 笑わせることは、できる。


 「今日だけ忘れていい」と言える夜を、たまに作ることは。

 できる。それだけを、続けよう。

 それが俺の、エリシアへのやり方だ。

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