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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: テラトンパンチ
過去編

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30/32

悪役令嬢はフラグを折るのが仕事だが、その後のケアも大事

 ゲームのシナリオには、いくつかの「必須イベント」がある。


 攻略に関係なく、必ず発生するもの。

 マリアが転入してから一か月後。

 その中の一つが、近づいていた。

 「湖畔の事故」。

 学院の遠足で訪れる湖。

 足場が崩れて、マリアが落ちる。

 騎士団から派遣されていた護衛が助けに飛び込み、二人で岸まで泳ぐ。


 そこから始まる、護衛騎士ルートの最初のフラグだ。

 問題はその護衛騎士というのが、ゼファーに似た立場の人間だということだ。

 ゲームのシナリオでは名もない脇役だが。

 この世界ではゼファーがその対象の可能性がある。

 それは困る。


 まず、マリアに伝えた。

「来週の遠足で、湖に近づかないようにして」

「なぜですか」

「シナリオに湖で事故が起きるイベントがある」

 マリアが少し考えた。


「足場が崩れるやつですね。ゲームでも印象的な場面でした」

「回避できるなら、した方がいい」

「分かりました。気をつけます」

 それで解決する、と思っていた。


 遠足当日。

 学院から馬車で一時間。

 緑の多い丘を越えると、湖が見えた。

 ゲームの立ち絵より、ずっと綺麗だった。


 水面が光を反射して、きらきらしている。

 クレアが声を上げた。

「わあ、綺麗ですね!」

「そうね」

「泳げたらいいのに」

「泳ぐ場所ではないわ」

 生徒たちが思い思いに散らばっていく。

 私はマリアと並んで歩いた。


「湖には近づかないように」

「はい」

「足場が崩れやすい場所は、西側の岩場です。そこだけは絶対に」

「分かっています」

 万全だ、と思っていた。


 昼食の後。

 事件は、湖ではなく、丘の上で起きた。

 リュカが崖の近くで転んだ。

 正確には、転ばされた。

 上級生の悪ふざけだった。

 わざと足を引っかけたらしい。


 リュカは崖の縁に向かって滑った。

 間に合わないと思った瞬間。

 ゼファーが動いた。

 誰より速く迷いなく。

 リュカの腕を掴んで、引き戻した。

 ドン、と音がして。

 ゼファーが崖の縁で踏みとどまった。

 リュカが助かった。

 全員が静止した。


「ゼファー大丈夫?!」

 私が駆け寄った。

 ゼファーは崖の縁から離れて、立ち直っていた。

「問題ない」

「問題ないって、あの速さで……」

「護衛の仕事だ」

 リュカが、顔を青くしながら立ち上がった。

「あ、ありがとう……本当に」

「気をつけろ」

 ゼファーの短い返事だった。


 リュカが、少し震えた手でゼファーの腕を掴んだ。

「本当に……ありがとう」

 ゼファーは少し間を置いた。

「……うん」

 珍しい返事だった。

 いつもの「問題ない」でも「仕事だ」でもなかった。


 騒ぎが収まってから、私は少し離れた場所で立ち止まった。

 湖のイベントは、回避した。

 でも修正力は別のルートを作った。

 マリアではなく、リュカが危険な目に遭った。

 そしてゼファーが助けた。

 フラグの形が、変わった。

 (もしかしてリュカ ✖︎ ゼファー?!いやいや‥)

「……やはり、そう簡単ではない」

 独り言が漏れた。

 修正力というのは、しつこい。


 一つのルートを塞いでも、別のルートを作る。

 完全に回避することは、難しい。

 マリアが隣に来た。

「気づいていましたか、修正力が動いたこと」

「分かった。形を変えた」

「リュカさんが危険な目に遭ったことで、ゼファーさんとの間に何かが生まれたかもしれない」


(もしかしてゼファー✖︎ リュカ?!)

「これはこれで‥」

「マリアさん声に出てますわよ」


「あ、失礼しましたー」


「コホン」

「エリシアさん、どうしますか」

「どうも、しない」

 マリアが少し目を丸くした。

「止めないのですか?」

「ゼファーとリュカが、どう関係を築こうとそれは二人の選択だわ。修正力が絡んでいたとしても、感情は本物(?)になっていく」

「……そうですね」

「それに」

 私は湖を見た。


「全部のフラグを折ることは、できない。それをしようとすれば、修正力に正面からぶつかることになる。今はまだ、その力がない」

「では、どうするのですか」

「折れるフラグを折る。折れないフラグは、形を変えさせる」


「形を変える、というのは」

「マリアが溺れるイベントが、リュカが崖から落ちかけるイベントに変わった。本質は違うけれど、誰かが誰かを助けるという構造は同じ」

 少し間があった。

「ただ、今回は怪我がなかった。それで十分よ」

 マリアが静かに頷いた。


 遠足の後半。

 リュカが、ゼファーの横に並んで歩いていた。

 珍しい光景だった。

 ゼファーはいつも通り、無口で歩いている。

 リュカが何か話しかけていた。


 返事は短いだろうが、返しているらしい。

 リュカが笑った。

 ゼファーの表情は見えないが、少し肩の力が抜けているように見えた。

「……良かった」

 マリアが隣で呟いた。

「何が」

「ゼファーさん、いつも少し固い気がして。でも今日は少し違います」

 そうかもしれない。

 私も少し見ていた。


「リュカは、どんな人間でも柔らかくするわね」

「天性のものですよね、あれは」

「羨ましいわ、少し」

 マリアが少し驚いた顔をした。

「エリシアさんが羨ましいと言うのは、珍しいですね」

「たまに言う」

「どんな時ですか」

「自然体でいられる人間を見た時」

 マリアが少し考えた。

「エリシアさんも、最近少し自然体に近づいていると思います」

「そうかしら」

「最初に会った頃より、ずっと」

 少し間があった。

「……あなたたちのおかげかもしれない」


「私たちの?」

「本当のことを全部言わなくても、一緒にいられる人たちができたから」

 マリアが、少し微笑んだ。

「それは、私も同じです」


 帰り道の馬車の中で。

 クレアがうとうとし始めた。

 リュカは窓の外を見ていた。

 少し、静かな顔をしていた。

「リュカ」

 声をかけた。

 リュカが振り向いた。

「今日、怖かった?」

 少し間があった。

「……怖かった。本当に」

 正直な声だった。

「崖の縁まで行った時、ああ、もう終わりかなって」

「でも、ゼファーが」

「間に合ってくれた」

 リュカが窓の外に視線を戻した。


「……俺、今まで命の危険って、あんまり感じたことなかったんだよね。伯爵家の三男で、のんきに生きてきたから」

「そう」

「でも今日、初めてだよあんなに怖かったのは」

 少し間があった。

「だから余計に、ありがとうって気持ちが大きくて」

「ゼファーに言えた?」

「言った。二回」

「それで十分よ」

 リュカが、少し笑った。

「エリシア、俺のことが心配だった?」

「当然でしょう。友達なんだから」

 リュカが目を丸くした。


「……エリシアが、ちゃんとそれを言う珍しい」

「言ったでしょう、前も。あなたは友達だって」

「言ったけど。なんか、今日は違う感じがした」

「どう違うの」

「なんか……もっと、ちゃんと言ってくれた感じ」

 少し間があった。

 私は窓の外を見た。


「怖い思いをしたあなたに、もっとちゃんと言いたかったのよ」

 リュカはしばらく黙っていた。

 それから、小さく笑った。

「ありがとう」

「どういたしまして」


 夜。

 部屋に戻ってから、今日のことを振り返った。

 フラグは、完全には折れなかった。

 修正力は、形を変えて働いた。

 でも誰も傷つかなかった。

 ゼファーとリュカの間に、何かが生まれた。

 それは、悪いことではないかもしれない。

 修正力が作ったとしても。

 本物の感情は、本物だ。


 一つ、考えたことがある。

 修正力を、完全に無効化しようとすることに意味はあるか。

 修正力は「物語の流れ」を守ろうとする。

 エリシアが婚約者を傷つけ、断罪され、国が滅ぶ。

 その流れを。

 でも。

 流れの細部を変えることはできる。

 誰が傷つくか。

 どんな形で助けられるか。

 大きな流れは変えられなくても、中身を変えることができる。


 それが今日分かったことだ。

 完全に抗うよりうまく付き合う方が、賢いのかもしれない。

「……悪役令嬢は、フラグを折るより、フラグの形を変えるのが仕事かもしれないわね」

 自分でも、少し笑えた。

 ゲームをやり込んだ前世の自分が聞いたら、なるほどと言うかもしれない。

 難易度の高いゲームは、正面からではなく、うまく誘導する方が攻略しやすい。


 今の私は、このゲームをうまく攻略しようとしている。

 ただ攻略の目的が、ハッピーエンドではなく、生存なのが。

 少し皮肉だった。


(ゼファーside)

 あの瞬間、考えていなかった。

 体が動いた。

 護衛の訓練で染み込んだ反射だ。

 誰かが危険な場所へ向かっていれば、止める。

 それだけだった。

 エドモンドの三男が崖から落ちかけた。

 止めたただそれだけのことだ。

 でも。

 彼が「ありがとう」と言った声が、頭に残っている。


 怖かったのだと思う。

 本当に怖かったのだと、声で分かった。

 俺は護衛対象以外の人間を助けたことが、仕事としては初めてだった。

 でも後悔はない。

 帰り道、彼が隣を歩いてきた。


「ゼファーって、普段何が楽しいの」

 突然の質問だった。

「……仕事」

「仕事が楽しいの?」

「充実している」

「充実と楽しいは違くない?」

 少し考えた。

「……違うかもしれない」

「じゃあ、楽しいことはないの」

「考えたことがなかった」

 リュカが少し間を置いた。


「じゃあ一緒に考えよう。俺、今日のお礼がしたいし」


 反論できなかった。

「……嫌いなものが少ない場所が、好きだ」

「嫌いなもの?」

「騒がしい場所。狭い場所。嘘くさい会話」

「じゃあ好きな場所は」

「静かで、広くて、本音が言える場所」

 リュカが少し考えた。

「じゃあ今は、割と好きな状況じゃない?」

 少し間があった。


「……そうかもしれない」

 リュカが笑った。

「よし、また話そう。俺、ゼファーと話すの割と好きかも、嘘くさくないから」

 俺は何も言わなかった。

 でもそうか、と思った。

 嘘くさくない、と言われた。

 それは俺が一番大事にしていることだ。

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