レオナルドは、諦めるという言葉を知らないらしい
(レオナルド視点)
俺が「面白い」と思う人間に、滅多に会わない。
二十年生きて、片手で数えられるほどだ。
皇族というのは、周囲に人が多い割に、孤独だ。
誰もが俺を見る時、「第一皇子」として見る。 俺という人間を見る前に、立場を見る。
だから本音で話せる人間が少ない。
だから面白い人間に、なかなか会えない。
エリシア・ヴァレンシュタインに会った日。
久しぶりに、「面白い」と思った。
留学を決めたのは、半年前だ。
帝国の魔力研究所から報告が届いた。
西部と東部の観測値に、異常がある。
原因不明、だが徐々に拡大している。
俺は報告書を読んで、地図を広げた。
異常が出ている地点を結ぶと、方向がある。
王国の方角だ。
王国との国境に近い地域から、外側に向かって広がっている。
王国内部が、震源だ。
調べた。
王国の魔力災害の歴史。
過去の大規模汚染事例。
そして、ヴァレンシュタイン家の存在。
浄化を司る公爵家。
過去に大規模な魔力暴走を止めた実績を持つ。
そして、その家の令嬢が夜中に禁書庫に通っている。
魔法の腕が、同い年の令嬢より段違いに速い進捗だ。
これは何か知っている人間の動きだ。
何が来るかを知っていて、準備している人間の動きだ。
会わなければならない、と思った。
実際に会って、最初に思ったのは。
目が、違う。
事前に集めた情報では「完璧な令嬢」という評価が多かった。
確かにそうだ。
金の髪。翡翠の瞳、それに礼儀正しい。
隙がない。
でも目が違う。
完璧な令嬢の目ではない。
何かを知っていて、何かを決めていて、何かに向かっている目だ。
本物の覚悟を持つ人間の目。
俺が会ったことのある目の中で、一番重い目だった。
父皇帝でも、将軍でも、そういう目をした人間に会ったことがない。
なぜ、十六歳の令嬢が‥それが、面白かった。
廊下での最初の会話。
俺が「面白い目をしている」と言ったら、「初めましてが先では」と返ってきた。
真っ当な指摘だった。
帝国では、俺が何か言えば誰も指摘しない。
指摘できる立場の人間がいない。
でも彼女は、事もなげに指摘した。
それが、余計に面白かった。
昼食の誘いを断られた時も同じだ。
「友人たちと食事をする予定ですので」
皇子の誘いを、あっさり断った。
理由が「いつもの場所の方が落ち着く」だ。
面白いそして。
「意志が固いと言ってください」
頑固、と言ったら言い返してきた。
正確だった。
彼女は頑固なのではなく、意志が固い。
その違いを、自分で分かっている。
翌日、廊下で話した。
今度は俺から仕掛けた。
単刀直入に、本題を話した。
「帝国でも、魔力観測値の異常が出ています」
彼女の目が、わずかに動いた。
知らなかった情報だと分かった。
でも動揺しなかった。
すぐに、計算し始める目になった。
今の情報を処理している。
その速さが、本物だった。
「情報を交換しませんか」
俺は提案した。
「条件は」
「ない。対等に話したい」
「なぜ対等に」
「あなたはこの問題に最も近いところにいる。私はそこに行けない。あなたの力を借りたい」
彼女が少し考えた。
「……少し考えさせてください」
「どれくらい」
「三日」
「分かりました」
俺は一歩引いた。
そして、一つだけ言った。
「あなたが一人で全部やろうとしているなら、それは間違いだと思う」
彼女が少し、目を細めた。
「……余計なお世話です」
「そうかもしれない」
認めた上で続けた。
「でも、言いたかった」
それだけ言って、その場を離れた。
部屋に戻って、一人で考えた。
エリシア・ヴァレンシュタイン。
一人で全部やろうとしている。
なぜそれが分かるか。
覚悟の種類が、一人でやる覚悟だからだ。
誰かと一緒にやる覚悟と、一人でやる覚悟は、目が違う。
誰かと一緒なら、少し重さが分散される。 でも彼女の目には、全部が乗っている。
重たい目だ、十六歳の娘が持つには、重すぎる。
でも彼女は、それを持っている。
折れていないそれが本物の覚悟というものだ、と俺は思う。
俺が「諦める」という言葉を嫌いになったのは、十二歳の時だった。
帝国の東部で、大規模な魔法暴走があった。
それは小規模な黒蝕の先触れだったと、後で分かった。
その時、帝国の上層部は言った。
「被害を最小限に抑えることを優先する。根本解決は現状では諦めるしかない」
諦める。
そういうものだ、と言われた。
根本解決できないなら、諦めるしかない。
でも俺は納得できなかった。
根本解決の方法を探さずに、なぜ諦めるのか。
探してから諦めろ、と思った。
それから八年。
俺はずっと調べてきた。
そしてヴァレンシュタインという答えに辿り着いた。
彼女が三日後に答えを出す、と言った。
たぶん、答えは「いい」だ。
情報は多い方がいいと、彼女は知っているはずだから。
でも。
情報交換よりも。
俺は別のことを考えていた。
この娘は、何かを一人で背負おうとしている。
それを、少しでも分担できないか。
皇子という立場が、今回は役に立つかもしれない。
帝国の資源、魔法技術の研究者、国境を越えた連携。
それが使えるなら、使いたい。
彼女の覚悟を、無駄にしたくない。
それだけが、理由だ。
面白い、と思っているのは本当だ。
でもそれ以上に。
あの目の娘に、一人でいてほしくないと思う。
なぜそう思うのかは、まだ分からない。
とりあえず三日後の返事を、待とう。
翌日。
授業が終わった後、食堂に向かった。
エリシアがいつものテーブルに、友人たちと座っていた。
茶色の髪の男、明るい髪の令嬢、茶色の髪の少女。
四人で、賑やかに話していた。
エリシアが、ふと笑った。
昨日とは違う顔だった。
計算のない顔。
あの友人たちといる時だけ、そういう顔をするらしい。
俺は少し離れたテーブルに座った。
見るつもりはなかった。
でも自然に視線が向いた。
昨日の廊下での目と、今の目は全然違う。
昨日は重かった。
今は軽い。
同じ人間が、こんなに違う目をする。
覚悟を持ちながら、笑える人間がいる。
それがまた、面白いと思った。
いや。
面白いだけではない、なんというか。
羨ましい、に近い感情もある。
俺には、ああいう顔をさせてくれる人間がいない。
帝国に戻れば、また「第一皇子」として生きる。
でも。
今は違う場所にいる、せめてここにいる間は。
少し、自分のまま動けるかもしれない。
夜、日記を書いた。
帝国では日記をつけている、習慣だ。
「ヴァレンシュタイン令嬢、エリシア。予想通り、面白い人間だった。予想外だったのは、あの目の重さ。あれは、相当のものを背負っている。一人でやろうとしている。三日後に返事を聞く。」
「帝国の観測値を伝えた。驚いたが、飲み込みが速い。情報を処理する頭がある。」
「彼女の友人たち。茶色の髪の男が一番うるさそうだ。でも、エリシアを笑わせている。それは、かなりすごいことだと思う。」
「諦めたくない。この問題を。根本解決を。そのための手がかりが、ここにある。」
ペンを置いた、窓の外を見た。
この国の夜は、帝国より少し暗い。
でも星は同じだ。
国が違っても、同じ空の下にいる。
黒蝕が来れば、国境など関係ない。
帝国も、王国も、同じように汚染される。
だから諦めない。
三日後、彼女の返事を聞く。
そしてその先を、一緒に考える。
俺が帝国の皇子であることが、たまには役に立つはずだ。
(エリシアside)
三日後。
廊下でレオナルドに会った。
「返事を聞かせてください」
「情報交換、受けます」
レオナルドが少し目を細めた。
「条件は?」
「帝国の観測値、全部。それから、帝国の研究者の見解も」
「提供できます。こちらから求めるのは」
「禁術の話は、今はまだできない。でも、黒蝕の性質については話せます」
「十分です」
少し間があった。
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「なぜ、そこまでこの問題に関わろうとするのですか」
レオナルドが少し考えた。
「諦めたくないから」
「それだけですか」
「それだけです。でも、それが一番大きな理由です」
少し間があった。
「……分かりました」
私は頷いた。
「よろしくお願いします、レオナルド皇子」
「レオナルドでいい」
「では、レオナルド」
彼が少し笑った。
礼儀を知らないと思っていた。
だが礼儀より大切なことを知っている人間かもしれない、と。
今日は、少し思い直した。




