表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: テラトンパンチ
過去編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/32

隣国の皇子は、礼儀を知らない

 学院に留学生が来るという噂は、一週間前から流れていた。


 アルカディア帝国から皇族が。

 学院中がざわめいた。

 アルカディア帝国は、この国の西に隣接する大国だ。

 魔法技術では、この国より一歩進んでいると言われている。

 国力も軍事力も上だ。

 その帝国の皇族が、なぜ留学に来るのか。

 外交的な意味があるのは分かる。

 でも、なぜ学院に、という疑問は残った。

「絶対かっこいいですよ、皇子様なんだから」

 クレアが朝から興奮していた。


「来てみないと分からないわ」

「エリシア様は冷静ですね……」

「あなたが興奮しすぎなのよ」

「だって皇子ですよ!?」

 リュカが欠伸をしながら言った。

「俺、皇子とか興味ないな。どうせ偉そうなんでしょ」

「リュカは捻くれてますね」

「現実的なの」

 マリアが静かに紅茶を飲んでいた。

 私と目が合った。

 小さく頷いた。


 警戒しておきましょう、という意味だと受け取った。

 頷き返した。


 留学生が来たのは、午前の授業が始まる前だった。

 廊下を歩いていたら、向こうから歩いてくる一団があった。

 学院の案内係が数名。

 そして、その中央に。

 背が高い。

 金に近い茶色の髪。  

 目が、切れ長で鋭い。

 軍服に近い深青の制服、帝国の学院の制服だろうか。

 整っている、それは認める。

 でも問題は。

 こちらに向かって歩きながら、その人間が私を見ていたことだ。

 見ていた、というより目を離さなかった。

 廊下ですれ違う少し手前で、一団が止まった。

 案内係が何か言っているのを、その人間は聞いていなかった。

 まっすぐ、こちらを見ていた。


「あなたが、ヴァレンシュタインの令嬢ですか」

 開口一番だった。

 挨拶もない。  自己紹介もない。


「……そうですが」

「やはり。事前の情報と、目が違った。面白い目をしている」

 また目の話だ。

 私は少し目を細めた。

「初めまして、と言うのが先ではないですか」

「ああ、失礼」

 少しも申し訳なさそうではなかった。


「レオナルド・ヴァン・ソレイユ。アルカディア帝国第一皇子。よろしく」

「エリシア・ヴァレンシュタイン。よろしくお願いします」

 礼をした。

 レオナルドは礼をしなかった。

 代わりに、少し首を傾けた。


「事前に情報を集めていた。この学院で最も面白いのは、あなただと言われて」

「誰に言われたのですか」

「色々な人に。婚約者に捨てられる予定の公爵令嬢。でも夜中に禁書庫に通って、魔法の腕は同年代の中で一番速い。矛盾している」


 心臓が跳ねた。

 表情には出さなかった。

「情報が正確かどうかは保証しかねます」

「目を見れば分かります」

 レオナルドがまっすぐ私を見た。


「あなたは、何かを知っている。それも、かなり深いところで。そういう目をしている人間に、ここ数年で初めて会った」

 警戒が、一段上がった。

 この人間は、鋭いそして。

 情報収集が、徹底している。


「留学生として来られたのですよね。授業に遅れますよ」

「急がなくていい。案内係を少し待たせてある」

「案内係の方に失礼では」

「彼らは仕事だから慣れている」

 慣れているかどうかは彼らが決めることだ、とは言わなかった。


「では、私は急ぎますので」

 横を通ろうとした。

「また話しましょう」

 背後から声がした。

 振り返らなかった。


「機会があれば」

 それだけ言って、歩き続けた。


 教室に着くと、クレアがすぐに飛んできた。

「見ました!?留学生!すごいかっこよくなかったですか!?」

「礼儀を知らない人でした」

「え、でも見た目は」

「見た目と中身は別物よ」

 クレアが少し黙った。

 リュカが笑った。


「エリシアに言い切られると、そうなのかって気になるな」

「どういう意味」

「いや、なんか。説得力があるというか」

 マリアが静かに聞いてきた。


「どんな人でしたか」

「情報収集が徹底していて、目が鋭い。それから」

 少し間を置いた。

「こちらに興味を持っている。理由が分からない」

「あなたに興味を持った?」

「最初から、私を探していたようでした」

 マリアが少し眉を寄せた。


「それは……警戒した方がいいですね」

「そう思います」

「でもなんで留学に来たんだろう」

 リュカが首を傾けた。

「帝国の皇子が、わざわざここに来る理由ってなんだろう。外交のためなら、もっと上の場所に行くはずだし」

「それが分からない」

 私は紅茶を飲んだ。

「様子を見るしかないわ」


 その日の昼食。

 食堂に入ると、すでにレオナルドがいた。

 テーブルを一つ占領して、一人で食事をしていた。

 周囲の生徒が、少し距離を置いていた。

 近づきがたいのだろう。

 私たちがいつものテーブルに向かっていると。


「ヴァレンシュタイン令嬢」

 また呼ばれた。

 振り向くと、レオナルドがこちらを見ていた。

「隣に来ませんか」

「遠慮します」

「なぜ」

「友人たちと食事をする予定ですので」

 レオナルドが、私の後ろを見た。

 クレアとリュカとマリアが、微妙な表情で並んでいた。


「友人たちも一緒にどうぞ」

「ご厚意はありがたいですが、いつもの場所の方が落ち着きます」

「あなたは頑固ですね」

「意志が固いと言ってください」

 少し間があった。

 レオナルドが、わずかに笑った。


「面白い」

「面白くはないと思いますが」

「いや、面白い」

 断言された。

 私はため息を一つ心の中でついてから、レオナルドに頭を下げた。

「では、また機会があれば」


「必ず作る」

 有無を言わさない言い方だった。

 私はいつものテーブルに向かった。


 座ると、リュカが小声で言った。

「あの人、エリシアのこと気に入ったんじゃないの」

「関係ないわ」

「でも、ずっと見てるよ」

「見せてあげなければいい」

「エリシアって、なんかこう……女の子らしくないというか」

「どういう意味」

「普通、皇子に注目されたら嬉しくない?」

「余計な注目は困るだけよ」

 リュカがしばらく私を見た。


「……そっか」

 それだけ言って、食事に戻った。

 珍しく、追及しなかった。

 マリアが静かに言った。

「あの方は、修正力とは関係がないと思います」

「そうね」

「でも、ゲームにも存在しない人物です。リュカさんと同じ、イレギュラー」

「分かっている」

「イレギュラーが増えている。それは、シナリオがそれだけ崩れているということでもありますが」

「同時に、読めない要素が増えるということでもある」

「はい」

 マリアは少し考えてから続けた。

「でも、全部のイレギュラーが危険とは限らない。リュカさんは、良い人でしたから」

「レオナルドも悪人ではないかもしれない。ただ」

「ただ?」

「目的が分からない人間は、警戒する」

 マリアが頷いた。


「様子を見ましょう」

「そうね」


 翌日。

 廊下でまた会った。

 今度は一人だった。

 レオナルドが壁に寄りかかって、こちらを待っていたように見えた。


「また会いましたね」

「偶然ではないでしょう」

「鋭いな」

 認めた。

「何の用ですか?」

「少し話したかった」

「話したいことがあるなら、最初から話してください」

 レオナルドが、少し面白そうな顔をした。


「無駄が嫌いなのですか?」

「時間が惜しいのよ」


「そうですね。では単刀直入に」

 レオナルドが一歩近づいた。

「あなたは、何かを知っている。この国に起きることを。そしてそれに向けて、準備をしている」

 心臓が、また跳ねた。

 だが、今度は表情を動かさなかった。


「根拠は」

「根拠はない。でも確信がある」

「なぜ」

「帝国でも、魔力観測値の異常が出ています。王国ほどではないが、確実に」

 それは、知らなかった。

「黒蝕は、王国だけの問題ではないかもしれない」

 レオナルドが続けた。

「帝国の研究者が気づいたのは、半年前。私はその報告を読んで、関連する情報を集めた。そしてこの国の、特にヴァレンシュタイン家が鍵になると考えた」

「それで、留学に来た」

「はい」

 少し間があった。


「あなたは、情報を持っている。私は、帝国の情報を持っている。交換しませんか」

 それが、目的だったのか。

 私は少し考えた。

 帝国の魔力観測値。

 黒蝕が国境を越えて影響している可能性。

 それは、重要な情報だ。

「……条件を聞いてもいいですか」

「条件はない。ただ、対等に話したい」

「なぜ対等に」

「あなたは、この問題に最も近いところにいる。私はそこに行けない。あなたの力を借りたい」

 率直だった。


「帝国の皇子が、他国の公爵令嬢に力を借りると」

「立場など関係ない。解決できるかどうかが重要だ」

 少し間があった。

「……少し考えさせてください」

「どれくらい」


「三日」

「分かりました」

 レオナルドが少し後ろに引いた。


「一つだけ言っておきます」

「何ですか」

「あなたが一人で全部やろうとしているなら、それは間違いだと思う」


 そこだけ、声が変わった。

「一人でできることには限りがある」

「……余計なお世話です」

「そうかもしれない」

 認めた。

「でも、言いたかった」

 それだけ言って、レオナルドは歩いていった。

 私はしばらく、その背を見送った。


 夜、一人で考えた。

 レオナルド・ヴァン・ソレイユ。

 礼儀を知らない、と思った。

 でも正確には、礼儀より目的を優先する人間だ。

 目的のためなら、立場も形式も関係ない。

 それは、悪くない性格かもしれない。

 帝国でも魔力観測値の異常が出ているという情報は、本物だと感じた。


 嘘をついている目ではなかった。

 三日、考えると言った。

 でも実際は答えはもう出かけている。

 ただ情報は、多い方がいい。

 一人より、二人より、多い方がいい。


 でも。

「あなたが一人で全部やろうとしているなら、それは間違いだと思う」

 その言葉が、少し引っかかっていた。

 間違い‥そうだろうか。

 一人でやると決めた。

 誰かを巻き込まないと決めた。

 でも。

 マリアが来た、ゼファーがいる、クロード教授がいる。

 一人ではなくなっていた。

 それは間違いだったのか。


 違う。

 間違いではなかったと思う。

 彼らが選んで、傍にいる。

 レオナルドも、選ぼうとしている。

 そういうことかもしれない。


「……三日で、返事をするわ」

 窓の外に向かって呟いた。

 今日は月が、高い。

 何かと複雑になってきた、と思った。

 

 でも一人でなくなっていくことが。

 どこかで、少し救われる気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ