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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: テラトンパンチ
過去編

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友達の作り方を、前世で学んでいればよかった


 友達というのが、こんなに難しいとは思っていなかった。


 前世でも、友人と呼べる人間は少なかった。

 職場の同僚と、たまに飲みに行く程度。

 深い話はしない。

 連絡が途絶えても、特に寂しくなかった。


 そういう人間が、気づけば三人グループの一員になっていた。

 クレア、リュカ、そして私。


 問題は。

 グループの作法を知らない事。

 最初の失敗は、入学して六週目だった。

 昼食の時間、クレアとリュカが何か揉めていた。

 正確には、じゃれ合いだった。

 でも私には、揉めているように見えた。


「ちょっとリュカ、それ返してください」

「やだ、もう食べちゃった」

「食べたんですか!?私のデザートを!?」


「一口だけだって。てか、見てたじゃん」

「見てたから止めようとしたのに無視したじゃないですか!」

 私は少し考えてから、立ち上がった。

「仲裁した方がいいかしら」

 二人が同時にこちらを見た。


「「仲裁?」」


「揉めているでしょう」

 リュカが少し固まって、それから爆笑した。

「揉めてないよ!いつも通りだよ!」


「え、エリシア様、これ普通ですよ」

 クレアも笑っていた。

 私は少し間を置いた。


「……そうなの」


「そうだよ!てかエリシア、真剣な顔して立ち上がったじゃん。どんな仲裁するつもりだったの」

「……とりあえず席を離す、くらいかと」

 二人がまた笑った。


 私は静かに座り直した。

 これが、じゃれ合いと揉め事の違いか。

 前世でも、そういう感覚が分からなかった気がする。


 二つ目の失敗は、その翌週だった。

 放課後、図書室で勉強していたら、リュカが来た。

「エリシア、何してんの」


「見れば分かるでしょう」

「何の勉強?」

「魔法理論の復習」


「ふーん。一緒にしていい?」

「静かにできるなら」

「できるさ」

 リュカは隣に座った。


 最初の十分は静かだった。

 十五分後、話しかけてきた。

「なあ、ここって意味分かる?」


「どこですか?」

 教科書を見せてきた。

 説明する。


「あー、なるほど。じゃあこっちは?」

 また説明する。

「天才じゃん」


「普通よ」


「普通じゃないよ。俺、ここ全然分かんなかったんだけど」

「予習が足りないのよ」

「痛いとこ突く……」


 それから三十分、質問が続いた。

 静かにできると言ったのは嘘だった。


 でも。

 授業の内容を人に説明していると、自分の理解の穴が見つかることがある。

 それは、意外と良かった。


「リュカ」


「なに」

「次から、事前に質問をまとめてから来て」


「え、また来ていいの?」

「静かにできないなら質問だけ持ってきて。まとめてある方が答えやすい」

 リュカが少し目を丸くした。

「……追い出さないんだ」


「邪魔だけど、有益なこともある」


「有益ってなに」

「説明することで、自分の理解が深まる」

「それ、つまり俺を利用してるってこと?」


「そうとも言える」

 リュカはしばらく私を見てから、にっこりした。

「それでいいよ」


「良いの?」

「うん。エリシアが得するなら」


 少し、間があった。

「……変わってるわね」


「よく言われる」

 また少し間があった。

「来週も来ていい?」


「質問をまとめてきなさい」

「やった」

 リュカが小声で言った。

 私は教科書に目を戻した。


 友達の作り方は分からないが。

 こういう関係の作り方は、なんとなく分かってきた気がした。


 三つ目の失敗は、少し違う種類のものだった。

 学院の廊下で、上級生に絡まれた。

 内容は他愛ない。

 「公爵令嬢が平民と仲良くするのは品がない」という類の話だ。

 私に絡んでいるのではなく、リュカのことを「平民同然」と言っていた。


 伯爵家の三男なのに、とは思ったが。

 要するに、私への遠回しな嫌味だった。

 私は普通に対応した。

「おっしゃることは分かりますが、私の交友関係については私自身が判断します。ご心配には及びません」


 完璧な令嬢の言葉で返した。

 上級生は少し気圧されて、去っていった。

 問題はその後だった。

 リュカが黙っていた。


 珍しい。

「……何か言いたそうね」


「別に」

「そんなことはないでしょう」

 リュカは少し間を置いた。


「エリシアは、ああいう時に怒らないの」

「怒ってもしょうがないわ」

「でも、俺のことを馬鹿にされたんだよ」


「あなたが怒るのは分かる。でも私が怒る必要はないわ。私の交友関係の話だったから、私が答えた」

「……冷静だな」


「そういうものよ」

 リュカはまだ少し黙っていた。


「エリシアがちゃんと返してくれたのは、嬉しかったよ」

「当然のことをしただけ」


「当然じゃないよ。貴族の付き合いって、ああいう時に曖昧にする人の方が多いじゃん」

 それは、そうかもしれない。


「……まあ」

 少し間があった。


「あなたは友達だから、かしら」

 言ってから、少し恥ずかしかった。

 直接的すぎた。


 リュカが、今日一番の顔で笑った。

「お前、ちゃんと笑えるし、ちゃんと言えるじゃん」


「何が」

「友達だって」

「事実を言っただけよ」


「それが嬉しいんだよ」

 リュカは笑ったまま、歩き出した。


「エリシア、友達の作り方上手いよ」

「全然上手くないわ」

「上手いよ。本当のことを言えるのが、一番上手い」


 その夜。

 寮の部屋で一人になってから。

 リュカの言葉を、何度か反芻した。

 「お前、ちゃんと笑えるじゃん」


 「友達の作り方、上手いよ」

 前世では、そういうことを言われた記憶がない。

 友達の作り方が上手い、と言われたことがない。


 そもそも、友達を作ろうとしていなかった。

 深く関わらない方が楽だと思っていた。

 全部話せなければ、友達とは言えないと思っていた。


 でも。

 そうじゃないのかもしれない。

 本当のことをそのまま言う。

 それだけで、上手いと言ってもらえる。


 「あなたは友達だから」

 自分で言った言葉を、もう一度頭の中で繰り返した。

 また少し、恥ずかしかった。


 でも。

 間違っていなかった。

 翌日の昼食で、クレアが何かを察したように聞いてきた。

「昨日、廊下で何かありましたか?リュカが何も言わないから気になって」


「少し絡まれたけど、解決した」

「エリシア様が?」


「そう」

「……どんな風に言ったんですか」

 再現すると、クレアが目を丸くした。


「完璧じゃないですか……」

「普通よ」


「普通じゃないですよ!私だったら頭が真っ白になります」

「慣れよ」

 リュカが紅茶を飲みながら言った。

「エリシアってさ、こういう時すごく頼もしいよね」


「頼もしい?」

「うん。なんか、ぶれない。どんな状況でも、自分の軸で動いてる感じ」

 ぶれない。

 ぶれていないわけではないが。


 ぶれていても、それを見せないだけだ。

 でも、そう見えているなら。

 それでいい。


「クレアは?」

 リュカがクレアに振った。

「私はエリシア様を見てると、なんか……かっこいいなって思います」


「かっこよくはないわよ」

「かっこいいですよ。あと、たまに面白い」

「面白い?」


「デザートをかじられて言い争いを仲裁しようとしてきた時、面白かったです」

 リュカがまた笑い出した。


「そうそう!あの真剣な顔で立ち上がった瞬間!」

「笑わないで」

「だって面白かったんだもん」


 二人に笑われながら、私は紅茶を飲んだ。

 笑われている。

 でも。


 嫌じゃない。

 自分の失敗を笑われて、嫌じゃない相手がいる。

 それが。


 友達ということかもしれない。


 放課後。

 ゼファーと合流する前に、一人で廊下を歩いていた。

 窓から外を見ると、運動場でリュカが他のクラスメートと走っていた。

 全速力で、楽しそうに。

 あの男は、何に対しても全速力だな、と思った。


 生き方が、眩しい。

 全部を知らないで、全力で今を生きている。

 私にはできないことだ。

 知りすぎているから、全力になれない部分がある。


 でも。

 リュカの隣にいると、少し、今を感じられる気がする。

 過去でも未来でもなく、今日のこの瞬間を。

 それは悪くない。


 夜、クロード教授の研究室に寄った時のことだ。

 教授は相変わらず、猫背で文献を読んでいた。

「ヴァレンシュタイン。友人はできましたか?」

 唐突な問いだった。


「……なぜ知っているのですか」

「学院は狭い」

 つまり噂になっているらしい。


「エドモンドの三男と、ミルデンの令嬢と、よく昼食を共にしていると聞きました」


「そうよ」

「良いことです」


 教授が珍しく、真面目な顔で言った。

「なぜ」


「孤独な人間は、判断が歪む。支える人間がいる方が、正しい選択ができる」

 含みのある言い方だった。

 私の「選択」を指しているのは分かった。

「……先生は、心配してくれているのですか」


「研究対象に情がわくのは、研究者として失格かもしれませんね」

 教授は眼鏡を押し上げて、また文献に目を落とした。


「ただ」

 続けた。

「友人ができたことで、あなたの目が少し変わりました」

「どう変わりましたか」


「少し、柔らかくなった」

 少し間があった。

「それは、良いことです」

 そう言って、教授は本当に文献に戻った。

 私は少し考えてから、部屋を出た。


 廊下に出ると、少し遠くでゼファーが待っていた。

 いつも通り、壁に背を預けて、静かに。

 私が近づくと、ゼファーが短く言った。

「今日は顔が違う」


「どう違うの」

「……少し、楽そう」

 少し、楽そう。

 教授には「柔らかくなった」と言われ、ゼファーには「楽そう」と言われた。


 同じことを見ている。

「そう」

 答えた。

「友達ができると、変わるものね」

 ゼファーは少し間を置いた。


「……そうらしい」

 他人事のように言った。

 でも、少しだけ、表情が動いた気がした。

 私は笑った。

 本物の笑顔で。


「あなたも友達にしてあげようか、ゼファー」

「護衛だ」

「友達でも護衛でもいいでしょう」

「……考えておく」


 断らなかった。

 それで十分だった。

 帰り道、空に星が出ていた。

 今夜は少し、温かい。

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