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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: テラトンパンチ
過去編

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19/31

魔法学院の最年少教授は、悪趣味


 魔法学院は、思ったより静かだった。

 入学初日。

 石造りの校舎と高い天井。

 廊下に並ぶ歴代優秀生の肖像画。

 ゲームの描写と、ほぼ同じだ。

 違うのは、匂いがすること。

 古い石と、魔力の残滓と、どこかから漂う薬草の匂い。

 画面では感じられなかったものが、ここにはある。

 当たり前だが。

「エリシア様、あちらが私たちのクラスですよ」

 クレアが弾んだ声で言った。

 同じクラスになったことを、昨日の手紙で喜んでいた。

「ええ」

 歩きながら、周囲を確認する。

 入学生は百名ほど。

 貴族の子女がほとんどだが、平民出身の優秀な生徒も数名いる。

 視野の端で、ゼファーの気配を確認した。  校舎の外で待機している。

 学院内は護衛不要、という取り決めだ。

 でも、いないとわかると、少し落ち着かない。

 三週間で、そういう感覚ができてしまった。


 最初の授業は魔法理論だった。

 教室に入ると、前方の黒板の前に人がいた。

 若い。

 二十代半ば、だろうか。

 細身で、少し猫背。

 眼鏡をかけている。

 白衣のような上着が、少し着崩れている。

 髪は明るい茶色で、少し癖がある。

 整っているかどうかよりも、整えることへの興味がない、という印象だった。

 黒板に何かを書きながら、生徒が入ってくるのも気にしていない。

 クレアが小声で言った。

「あの先生、クロード・ヴェルナー教授ですよ。二十四歳で最年少教授って聞きました」

「知っている」

 事前に調べていた。


 王立魔法学院の最年少教授。

 魔法理論、特に禁術の研究で知られる。

 論文は学院の最上位分類。

 問題は、人柄が「掴みどころがない」という評判が多いことだ。

 一方で、優秀な生徒には惜しみなく知識を与えるとも聞いた。

 私には、会っておきたい理由がある。

 禁術の研究者。

 代償の詳細を、書物以上に知っているかもしれない。


 全員が着席した頃、教授が振り向いた。

 飄々とした顔だった。

 笑っているのか笑っていないのか、よく分からない。


「はい、魔法理論Ⅰです。私がクロード・ヴェルナー。よろしく」

 淡泊な自己紹介だった。

「最初に言っておきますが、この授業で暗記することはほぼありません」

 ざわめきが起きた。

「魔法理論は、理屈です。理屈が分かれば、覚えなくていい。理屈が分からなければ、覚えても無意味。なので今学期は、ひたすら理屈を考えます」

 また少しざわめいた。


「質問のある人は、いつでも。ただし浅い質問は嫌いです。考えてから聞いてください」

 言い終えると、また黒板に向かった。

 授業が始まった。


 内容は、面白かった。

 魔力の構造について。

 浄化と汚染の関係について。

 術式が「意志」を媒介とする理由について。

 どれも、私が禁書庫で独自に考えていたことと重なる部分があった。


 でも、一段階深い。

 自分の理解の粗さが、よく分かった。

 授業の途中で、教授が問いを投げた。

「浄化術式が、汚染を消す原理を説明できる人」

 静寂。

 私は手を挙げた。

 教室が少しざわついた気がした。

「どうぞ」

「浄化術式は、汚染した魔力を直接消すのではなく、汚染の構造を解体して再編します。消すのではなく、形を変える。だから大規模な浄化には、解体に見合うだけのエネルギーが必要になります」

 少し間があった。


 教授が、初めてこちらをまともに見た。

「……名前は」

「エリシア・ヴァレンシュタインです」

 また少し間があった。

 教授は眼鏡を押し上げた。

「正解です。ただし、補足すると——」

 そこから十分間、教授の補足が続いた。

 丁寧で、精密で、面白かった。


 教室の他の生徒は、少しついていけていない顔をしていた。


 授業が終わった後。

 教授が「ヴァレンシュタイン君」と呼んだ。

 他の生徒が出て行く中、私は残った。

 クレアが「私も残りましょうか」という顔をしていたが、首を振った。

 二人になると、教授は椅子に座って、足を組んだ。

 行儀が悪い。

 でも、それが似合う人だった。

「ヴァレンシュタインの娘が、術式の解体理論を知っている」

 言葉は平坦だったが、目が笑っていた。

「本に書いてありました」

「どの本ですか」

「家の蔵書です」

「ヴァレンシュタイン家の蔵書ね」

 少し間があった。


「もしかして禁書庫にも、入ったことがありますか?」

 心臓が、少し跳ねた。

 顔には出さなかった。


「家の書物には、自由に触れられます」

「答えになっていない」

「そうですか」

 教授は少し笑った。

 やっぱり悪趣味な人だと思った。

「ヴァレンシュタインの令嬢が魔法学院に入学して、最初の授業で禁術に近い理論を即答する。面白い」

「禁術の話はしていませんが」

「してないけど、してる」

 断言された。

 この人は、ものを見る目がある。


「……何が言いたいのですか」

「別に。ただ面白いと思っただけ」

 立ち上がって、荷物をまとめ始めた。

「また授業で会いましょう。良い質問を期待しています」

「……一つ、聞いてもいいですか」

 足が止まった。

「どうぞ」

「禁術の代償について、研究されているとお聞きしました」

 沈黙。

 教授がこちらを向いた。

 今度は、笑っていなかった。


「……誰から聞きましたか」

「学院の評判として」

「そうですか」

 少し間があった。

「代償の何を知りたいですか」

「具体的に何を失うのか。書物には『最も大切なものを』とだけあって、詳細がなくて」

 教授は私をしばらく見た。

 さっきとは違う目で。

 品定めのような、いや、測っているような目で。

「……今すぐには答えられません」

「そうですか」

「もう少し、あなたのことを知ってから」

 それだけ言って、教授は今度こそ教室を出た。


 一人残った教室で、少し考えた。

 クロード・ヴェルナー。

 飄々としているが、掴みどころがない。

 「面白い」と言った目が、本物だった。

 警戒すべき相手か、協力を求められる相手かまだ判断できない。


 でも。

 禁術の代償について、「知ってから」と言った。

 つまり、知っている。

 それだけは確かだ。


 廊下に出ると、クレアが待っていた。

「どうでしたか、先生と何を話したんですか」

「授業の補足について少し」

「そうなんですか……先生、なんか変わってますよね」

「そう?」

「なんか……目が、ちょっと意地悪そうというか」

 悪趣味、と思った自分と一致した。


「頭の良い人は、たまにそういう目をするわよ」

「エリシア様はそういう目しないですよ」

「私は頭が良くないわ」

「嘘つかないでください」

 クレアが少し口を尖らせた。

 私は笑った。

「あの先生のことは、少し調べてみるつもり」

「え、なんで?」

「研究内容が面白そうだから」

 嘘ではない。

 ただ、全部ではない。

 クレアはしばらく考えてから、また口を尖らせた。


「……エリシア様って、なんか、気になることがあると追いかけずにはいられない性格ですよね」

「そうかしら」

「そうですよ。それ絶対、面倒なことになります」

 なるかもしれない。

 でも。

「面倒でも、知らなければならないことがあるの」

 クレアはしばらく私を見てから、深くため息をついた。

「……エリシア様についていくと、大変なことになりそうな気がします」

「ついてこなくていいわよ」

「でも、ついていきます」

 即答だった。

 私は少し、目を丸くした。


「なんで」

「なんとなく」

 クレアは笑った。

「エリシア様の隣は、なんか飽きなさそうだから」

 飽きない、か。

 それは正確かもしれない。

「……後悔しても知らないわよ」

「後悔したら言います」

「そう」

 歩き出した。

 隣でクレアが、今日あった面白い話を次々と喋り始めた。


 ‥うるさい。

 でも少しだけ、ありがたかった。


 夕刻、校舎を出るとゼファーが待っていた。

 いつも通り、三歩後ろについてくる。

 馬車に乗る前に、ゼファーが短く言った。


「今日の授業で、残った教室があったな」

「見ていたの」

「窓から」

 校舎の窓から、外にいるゼファーに見えたらしい。

「教授と話しただけよ」

「どんな人だった」

「悪趣味な人」

 少し間があった。

「……危ない人ではないか」

「今のところは」

「今のところ、か」

 また少し間があった。


「気をつけろ」

「ゼファーはよく、気をつけろと言うわね」

「気をつけてほしいから言う」

 それだけだった。

 馬車に乗り込みながら、少し思った。

 殿下にも「気をつけろ」と言われた。

 ゼファーにも「気をつけろ」と言われる。

 心配されている。

 それが、少しだけ温かかった。

 少しだけ、困った。

 心配されることに、慣れていなかった。


 夜。

 ベッドの中で、今日を振り返る。

 クロード・ヴェルナー。

 「もう少し、あなたのことを知ってから」

 何を知ろうとしているのか。

 何を確かめてから、答えるつもりなのか。

 でも。


 知っている、という言葉は本物だった。

 禁術の代償を、あの人は知っている。

 もう少し、近づいてみる必要がある。

 慎重に。

 でも確実に。

 この学院に来たのは、その情報を得るためでもある。

 目を閉じる。

 明日も、授業がある。

 まだ始まったばかりだ。

 ここまではお読み頂きありがとうございます。


 物語の中で、エリシアはずっと「不遇な人生」でした。

 悪役令嬢として断罪される未来も。

 世界に排除される運命も。

 全部、最初から決められていたもの。

 それでも彼女は抗う事にした――


 たとえ記憶を失っても。

 大切な人を忘れてしまっても。


 しかし。

 物語を書いているこちら側は、時々不安になります。

 この選択は正しかったのか。

 この展開は、届いているのか。


 もし、この物語のどこか一場面でも。

 もし、エリシアの涙や、アルベルトの言葉が、

 ほんの少しでも心に残ったのなら。


 その気持ちを、そっと形にしていただけたら嬉しいです。


ブックマークや評価は、

この物語にとっての“力”となります


エリシアが決められた運命に抗うために、

あなたの一押しで、もう一歩先へ進めます。

無理のない範囲で構いません。


ではまた次の物語で、お会いできますように。


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