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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: テラトンパンチ
過去編

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それでも選ぶ意味

 学院入学まで、あと半年になった。

 十五歳の春。


 窓から見える庭の薔薇が、今年も咲いた。  去年と同じ場所に、去年と同じ赤い花。

 何も変わっていないようで。

 全部、変わっている。

 私の魔法は、第二段階の半ばまで来た。

 禁書庫の研究は、術式の核心に近づいている。

 そして。

 殿下への気持ちは、消えるどころか、積み重なっている。

 それが一番、困る。


 その夜。珍しく、眠れなかった。

 魔法の疲れではない。

 体は健康だ。ただ、頭が止まらない。

 来年、学院に入る。

 マリアが現れるまで、まだ一年ある。

 婚約破棄まで、あと三年。

 タイムラインは、ほぼ予定通りだ。

 問題は。

 準備をすればするほど、リアルになっていく。

 禁術を使う、その日が。

 何かを失う、その瞬間が。

 書物の中の話ではなくなっている。


 起き出して、地下へ降りた。

 深夜の禁書庫は、いつもより暗く感じる。

 魔法陣の前に立つ。

 今夜は触れない。

 ただ、向き合う。

 紋様を見ていると、不思議と落ち着く。

 何百年も前から、ここにある。

 私が生まれる前から。


 私が死んだ後も、たぶん、ここにある。

「……聞いてもいいですか」

 問いかける。

 相手は、紋様だ。

 先人の記録だ答えるはずがない。

 でも、一人で考えるより、声に出した方がいい気がした。

「怖かったですか」

 沈黙。

「消えることが」

 沈黙。

「忘れることが」

 石の部屋は、静かだ。

 当たり前だ。


 でも、ここにいると。

 怖くても、覚悟を決めた人たちが、確かにいたと分かる。

 記録の中に、彼らはいる。

 命を削り浄化した。

 声を失い浄化した。

 記憶を失い浄化した。

 感情を失い浄化した。

 そしてたぶん、全員が怖かった。

 それでも選んだのだと思う。


「私も」

 呟く。

「選びます」

 静かに、確認する。

 これは誓いではない。

 宣言でもない。ただの、確認だ。

 私は選ぶ。この世界を守ることを。


 前世の記憶を失っても。

 物語を知る知識を失っても。

 それから。

「……殿下への気持ちを失っても」

 声が、少し震えた。


 自分でも気づかなかった。

 言葉にしたのは、初めてだった。

 殿下への気持ち。

 好きだ、と言っていいのかも、まだ分からない。

 ただ、大切だと思う。

 あの人のことを考えると、胸が温かい。

 あの金の瞳が、自分を見る時、心臓が跳ねる。

 それを。

 失うかもしれない。

 禁術の代償が、それを選んだなら。


 「……それでも」

 掌を胸に当てる。

 今、ここに、確かにある気持ち。

「それでも、選びます」

 言い切った。

 震えは、止まっていた。


 長い沈黙の後。ふと、思った。

 失うのは、怖い。

 でも失う前に、ちゃんと持つことは、できる。

 記憶を失う前に、全力で記憶する。

 知識を失う前に、全力で使う。

 気持ちを失う前に。

 「……全力で、好きでいよう」

 誰に言うでもなく。

 許可を、自分に出した。


 好きでいることは、迷惑にならない。

 黙っていれば、誰も知らない。

 消える前の、私だけの話だ。

 それならいい。


 石段を上る。

 廊下に出ると、夜明け前の空気が冷たかった。

 東の空が、ほんの少し明るい。

 夜明けが来る。

 また一日が始まる。

 学院まで、半年。

 マリアが来るまで、一年半。

 婚約破棄まで、三年。

 全部、分かっている。

 全部、決めている。

 それでも。

 今この瞬間、生きている。

 今この瞬間、感じている。

 今この瞬間の私は、選んだ。

 それだけで、十分だ。


(アルベルトside)

 同じ夜、王城の書庫に、明かりが灯っていた。

 俺は一人で、古い文献を読んでいた。

 ヴァレンシュタイン家の禁術について。

 三年かけて、少しずつ調べてきた。

 表向きの文献には、ほとんど書かれていない。

 でも、断片を集めれば、輪郭が見えてくる。

 浄化の術式。

 代償。

 過去の使用者たちの記録。

 読めば読むほど、嫌な予感がする。

 あの令嬢は、これを調べている。


 三年前から、夜中に禁書庫に降りている。

 魔法の腕も、同い年の令嬢より明らかに速い進捗だ。

 そこまで分かっている。

 問題は。

 何のために、という部分だ。


 文献を閉じる。窓の外を見る。

 夜明けが近い。

 彼女の領地は、遠い。

 今夜も、地下に降りているだろうか。

 あの翡翠の目で、何を見ているだろうか。

 三年前から考えていたことが、答えに近づいてきた気がする。

 エリシア・ヴァレンシュタインは。

 何かを、知っている。


 そして。

 それを使うつもりでいる。

 それが何なのかは、まだ分からない。

 でも一つだけ、確かなことがある。

「……危ないことだ」

 独り言が、静かな書庫に落ちる。


 危ないことを、一人でやろうとしている。

 そのために、三年かけて準備している。

 俺は皇太子だ。  感情で動くことは許されない。

 だが。

 今夜だけは、正直に認める。

 あの令嬢に、危ないことをさせたくない。

 理由は。

 まだ言葉にする気にならない。


 ただ。

 窓の外、夜明けの空に向かって。

 静かに、呟いた。

「……待っていろ」

 どういう意味で言ったのか、自分でも分からない。

 何を待てと。

 誰が、誰を、待つのか。


 答えは出なかった。

 出さなくていいと思った。

 東の空が、白み始めた。

 同じ夜明けを。

 遠い領地でも、見ているだろうか。

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