天使ちゃんのお仕事~令嬢に立場を奪われましたが、破滅が確定しているので最後まで見届けたいと思います。
今日という素晴らしい日を迎えられたことに、天使として、神様に祈らなくてはなりません。
「ア~~レルマ♪ ア~~レルマ♪」
この星の、神を称える祝福の唄を口ずさみ、誰もいなくなった聖堂のど真ん中で、狂ったようにその場でくるくると回ってみます。
天使ちゃんの最後のお仕事、それは神様への報告です。
触れた水晶は白く輝き、聖堂を温かな光で包み込みました。
王都の広場では最後まで醜く喚く罪人の首が落とされ、結界近くでは侵入してきた魔物から逃げ惑う人々は阿鼻叫喚。
嗚呼、もうこの星に救いはありません。
「神様! 愚かな人の子らに祝福を与えたまえ!」
――そして世界は爆散しましたとさ。
おしまい。
…………。
…………。
…………。
『聖女を偽ってはならない』
この星が誕生して数百年。人類の育みの中で交わされた神様との契約さえ守っていれば、世界は無駄な戦争をせず、永遠に平和が保たれ、未来永劫繁栄することが約束されていました。もし契約を違えれば、この世界には神の鉄槌が下ります。
学び舎に通ったことがあるならば誰しもが学ぶ常識、それがこの“神と人の契約”です。
ちなみに神の鉄槌が何かと言いますと、巨大な隕石が落ちてきて星が粉々に爆散します。……あ、これは習わないです。
人類は繁栄を求めてか、未知なる神の鉄槌を恐れてか、神様との契約を忠実に守り、これまで五百年以上に渡って代わる代わる選ばれた聖女が、真摯に祈りを捧げてきたわけですが……。
「おや?」
いざ聖女が代替わりするぞ、となったタイミングで、なんと聖女が二人も現れました。
一人は白髪赤目の超絶美少女、私こと天使ちゃん、そりゃ当然です。聖女となるために天使ちゃんは天より派遣されてきたんですから。これでも天使ちゃんは、毎日天界での仕事終わりに必死に勉強して、厳しい試験を突破し、倍率三千倍という白眼を向くほどバカみたいな抽選に幸運にも選ばれた本物の天使なのです。
今は人の子として生まれ変わり、聖女に選ばれるために平民として、普通の人生を歩んでいました。この星でできた友達と遊んで美味しい物食べて、バカンスみたいに人生を楽しんでいるように見えますが、これもれっきとしたお仕事なのですよ。
「はぁ? あんたみたいな平民が聖女とかありえないでしょ。王太子様につり合わないわ」
もう一人は格下を見下すことが生きがいの侯爵家令嬢様。金髪の毛先をくるんくるんと巻いて、手には悪趣味なフリフリの扇子。ミシェル・クラウディアという名前なのだそうです。今年で十八歳にもなって婚約者がいないのでお察しです。あと爆乳、羨ましくはないです。
この侯爵家令嬢、天使ちゃんを見下す態度はともかく、媚び売る相手には愛嬌たっぷりです。聖女に選ばれれば、特権とも言える王太子との結婚が狙いなのは、少し会話しただけで分かりました。
まあ? 天使ちゃんは演技派ですから? あまり表情を見せないつまらない女を演じてきました。だから王太子様はつまらなかったのでしょう、以前お見かけした王太子様の視線は、ミシェル様、それもバルンッと大きく揺れる胸に吸い寄せられているもんですから呆れました。
え? 表情関係ない? 失礼ですね、ペタンコだって価値があります! ステータスですよ!
……さて、話を戻すとしまして、どうやってどちらが聖女であるかを確かめるのかと言いますと、“神様からの贈り物”を用いて調べます。
その贈り物というのが、成人男性の両手の平に乗るくらいの透明な水晶です。この水晶に魔力を持った女性が触れると眩しい程にピカリと輝きます。聖女以外が触れても輝きはしないので、それで確かめることが出来るのです。
「も、もう一度水晶に触れて見れば分かる事だ。えっと……、君たち、水晶をここに持ってきたまえ」
「はい!」
額に汗を浮かばせた落ち着きのない上級神官が、下級神官に水晶を持ってくるよう命令します。
「……ん? どうやって運ぶのですか?」
神様の贈り物である水晶は何者にも手を加える事の出来ない“不動の神物”であり、誰にも持ち運ぶことは出来ません。聖堂に水晶があるのではなく、水晶がある所に聖堂が建てられた、と言った方が分かりやすいかもしれませんね。
これも学び舎に通った事があるならば、更に言えば神官ならば当たり前の事実ではないでしょうか。
そういうわけで、水晶の置いてある場所まで私たちが移動するのかなと思っていたら、
「お持ちしました」
「お持ちしちゃいましたか」
なんか軽々と持ってきちゃいましたよ。大丈夫ですか? 本物ですか? 偽物ですよね?
「さあ、順番に触れなさい」
大きく手を広げて私たちを催促する神官がどうしようもなくウザったいです。だけど、本物の聖女として格の違いを見せつければいいだけのことです。
「では、私から――」
貧相な平民らしく平静を装って一歩前に出ると、天使ちゃんの顔に大きな塊が覆い被さってきました。
「平民の後なんて嫌よ。汚らわしい。アタシから触るわ」
十三歳の天使ちゃんと十八歳のミシェル様では確かな身長差がありました。どんと横から頭に乳を押しつけられ、「くっ」と天使ちゃんが拳を握って倒れ込んでいる間に、ミシェル様は水晶に触れます。しかし、その瞬間を天使ちゃんは決して見逃しません。水晶の内側で怪しい術式が反応したのを確認しました。
「これが聖女の輝きよ!」
「おおー! これが聖女の輝き!」
オウム返しウザったいです。なんのギャグですか? 事前に決めていたかのような棒読みに呆れます。
「見なさい! アタシが聖女で間違いないわ! おーっほっほっほっほ!」
聖堂内を白く染めるほどの不自然な輝き。直視できないほどの輝きに皆が感嘆の声を上げていました。
輝きは落ち着いてもしばらく余韻を残し、ちかちかとする視界の中、ミシェル様は大きな胸を上下に揺らしながら高笑いします。神官と他貴族に囲まれ、鼻を高くしていました。
「聖女選定の儀がこんな茶番とは、実にくだらないですね」
聖堂内をよく見ると、今日の参加者は天使ちゃんと同じ平民や下級貴族の方ばかり。明らかにミシェル様より家格が上の者がいません。こういう大事な儀式は王族や監督者がいるものですが、やはり裏で手を回していたようですね。
「これほどまでの輝き! この平民を調べるまでもないな。彼女が聖女であることに間違いない。かつてないほどの輝きに神も祝福しているだろう」
神官の芝居がかったセリフに、天使ちゃんは小声で「するわけないです」と半笑いでツッコミを入れました。
ここで天使ちゃんが無理やりにでも水晶に触れないのは、水晶が偽物だと断言できる部分が二点あるからです。
まず当たり前ですが、この水晶は動かすことが出来ないのに運ばれてきたのが一点、特定の魔力に反応して発光する術式が施されているのが二点目です。今日は神官たちの数がやけに少ないと思っていましたが、やはり全員がグルのようです。
そもそも、天使ちゃんがこいつらの信仰する神様から直々(抽選)に任され、派遣されている時点で、ミシェル様は聖女ではありません。だけど、天使ちゃんはこの結果に異議は唱えません。見た目は子どもですが、天界では大人ですから!
「うん。天使ちゃんはちゃんと仕事はしました」
天使ちゃんは水晶に触れて堂々と聖女であると名乗り出ていますから! それを邪魔するかどうかは人の子らの意思に委ねています。神様からも余計なことはしなくていいと言われています。
これでこの“星”が失敗作だと判断されれば、跡形もなく爆散するだけです。天使ちゃんは天界に帰って今回の出張費を貰い、数日の休暇を楽しむことでしょう。
天界に帰れば天使ちゃんは元通りの姿になります。せっかく天界では歳を取らない天使が、憧れの人として生きられると思ったのに。数十年程度の予定だった娯楽は本当に一瞬で終わりそうです。
天界に帰った後で、報告書の作成は面倒ではありますが、この偽物がどうやって聖女の力を誤魔化すか見物してから神様に報告するとしましょう。天使ちゃんきっかけで破滅するとか、見てみたいじゃないですか。え? いい性格してる? そんな褒めなくてもいいんですよ?
「では、お先に失礼します~」
そうと決まればこの場は退散するに限ります。そう思って手をひらひらさせながら聖堂から出て行こうとした時、天使ちゃんの両肩を強面で屈強な騎士が鷲掴みにしました。
「おい、なに勝手に出て行こうとしている」
「ひょ?」
「聖女を偽った貴様は罪人だ。拘束させてもらう」
「え? ちょ、んま」
あっという間に拘束され、天使ちゃんは騎士に運ばれるまま王都の地下牢へ投獄されてしまいました。
聖女を偽った罪は神様との契約がありますからね、確かに重罪です。天使ちゃんはこの星では後ろ盾のない平民であるため、牢獄では碌な待遇を受けられません。
しばらくここで過ごしてみましたが、朝と夜に貰える食事は乾いた小さなパンが一つあればいい方です。水には虫の死骸が浮き、衣類は平民の着る麻で織った服だけです。
ちなみに天使ちゃんはおトイレなんかしませんよ? 本当です。聖女の魔法で誤魔化しているわけないじゃないですか。そんなことよりマシュマロ美味しいですよね。
数日牢の中で過ごしていましたが、流石に暇です。話し相手もいません。
「罪を犯した平民に救いはないようですし、もういいですね? そーれそれそれそれ~」
神の使いたる天使ちゃんに拘束は意味がありません! 脱走防止用に繋がれていた足枷を“神力”で外し、同じく神力で牢屋の鍵を開けます。聖女の力とはつまり、天使が扱う神力のことです。
汚れた衣服もゴッドパワーでマジカルチェンジ☆ 動きやすいノースリーブシャツにパンツスタイルの格好になります。そこ、この星の世界観に合ってないとか言わない。
周囲の牢屋にいた罪人が「俺もここから出せ!」と喚いていますが、知ったこっちゃありません。あなたは罪人です。
地上へと繋がる階段を上がり、出迎えてくれた青空に向かって大きな伸びをします。
「うーん……! いい天気ですね」
神力さまさま、警備はガバガバ、門番素通し。神力を使っているとはいえ、この国は慢心の極みです。この青空くらい澄み切った心の持ち主は王宮にいないのでしょうか。いないのでしょう。
牢獄から離れて森の中に移動し、適当に落ち着ける切り株を見つけて脚を組んで座ります。
「では、天使ちゃんが牢屋に繋がれて数日経った今、偽聖女はどうなっているでしょうか? 神力を使って視ていきましょう!」
私生活覗き込み大好き天使ちゃん! 天使には特定の人物を追う眼を持っているのです。決して乱用はしていません。ええしていませんとも。
グルンと回った視界の先、さて、ここは王太子様の私室でしょうか? 毛布がやけに激しく動いて――
『もう、……王太子様ったらお胸ばっかり――』
――爆乳ッ!!
「失礼しました。爆乳と出てしまいました。……天使ちゃんは誰に謝っているのでしょうか。ハハッ!」
プツンと視界を切ります。危うく神力で二つの山をねじ切ってしまうところでした。ちなみに天使ちゃんの声は一切届かないのでご安心を。
山が二つも消えるのは不味いので、偽聖女を視るのは後回しにしましょう。関係者から視て回ることにします。気持ちのいいものが視られるといいですね。まるで偽聖女が気持ち悪いみたいな言い回しですが、天使ちゃんは悪くない。
それではまた視界を飛ばします。まずは聖堂から視ていきましょう。
『何? 結界に亀裂が見つかっただと?』
『はい。魔力が全然足りていないそうで、先代の聖女様とは“魔力の質”も全然違うとのことです』
上級神官と下級神官の会話に、何やら不穏な空気が漂っていて、これには天使ちゃんもワクテカです。
国外に生息する魔物から身を守るため、聖女は国の全方位に頑丈な結界を張るお仕事が主な役目です。他に病気の者を診たり、孤児院に顔を出したりと大忙しです。さらに王太子様と結婚しますから公務も付き纏います。相当ブラックな環境ではありますが、そのぶんお給料(天界での賃金)がいいんですよ。ぶっちゃけ情事にかまけている暇はありません。
『聖堂の者たちで補えないのか? 所詮は魔力が足りないだけだろう』
『聖女様の魔力は質が違いますので』
『質とはなんだ! 具体的に答えてみよ!』
『えっと……すみません。分かりません』
『ふんッ! 神より与えられし魔力に違いなどないのだよ。結界の亀裂の原因は魔力が足りないだけだ、分かったら早く結界に魔力を補充してこい!』
下級神官を追い出した上級神官は、周りに誰もいないのを確認し、足早に厳重な鍵のかかった部屋に滑り込みます。
怪しいです。ここには一体何があるのか、天使ちゃんすごく気になります! よく視てみましょう。
『…………』
神官がにやけた顔を晒しながら向かった先、そこにあったのは歪んだ形の緑色の壺。人の子の工芸品は価値観が分かりませんが、どこか人の顔に見える歪んだ形の壺でした。
『ヒ、ヒヒッ、これだけあれば、またしばらくは遊んで暮らせるなぁ。そろそろ顔を出してやらんとフィーちゃんが悲しんじゃうからなぁ』
「うっわ、気持ち悪いです。これだけの金額を水商売の女に使う気ですか」
壺の中には縁ギリギリまで詰められた金貨。平民の年収の何倍でしょうか? これだけあれば十数年は生活に困らない額を数日で使ってしまおうというあまりの強欲さ。この壺のことは強欲の壺と呼ぶことにしましょう。
『バレそうになったら隠れ家に逃げればいい。代々上級神官にだけ伝わる地下通路を行けばバレやしないさ』
「救いようのない馬鹿みたいな独り言ですね、証拠を王宮に提出してみましょう。さらさら~っと」
聖堂の神官が大量の金貨を貯め込んでいることと、地下通路が存在することを文書にしたためます。そして、ここは敢えて神力ではなく魔力を用いて室内をパシャリ。撮影は上手くいきました。違和感はありません。
封筒に文書と写真を封入し、聖堂からの手紙だと分かるように蝋をペタリ。これで完璧です。あとはこれを王宮の偉い人の机にポンと置いて――。
「はい。これでこの神官は逃げ道が無くなりました! おめでとうございます!」
地下通路は上級神官では扉が開かないよう神力で固定します。
ただまあ、利用されて大金を手に入れたところで、尻尾切りにされるだけです。これからは気を付けましょう。
では、そんな神官を尻尾切りにする諸悪の根源を視にいきましょう。
「と、その前に休憩です」
…………。
…………。
…………。
さて、更に数日が経ちました。パリンと結界も一部が剥がれ落ち、結界近くの農民が領主に訴え始めました。時間的にそろそろボロが出てきた頃ではないでしょうか。
では神官を誑かしたお金持ちは一体誰か? ……そう! 聖女のご実家、クラウディア侯爵家です!
神様と人の契約を反故にしてまで娘を聖女に据えた諸悪の根源。一体どんな家なのか視にいってみましょう。
『魔力さえ足りていれば聖女の代わりになるのではなかったのか!』
高級スーツに身を包んだ中年の男が、机を強く叩きながら白衣を着た男に怒鳴っていました。
『ですから、聖女様は普通の魔力ではなく、聖女様特有の魔力を有しています。魔力が濃い……、純度が高いとでも言いますか、大量の魔力から厳選してやっと聖女様の魔力に似た力を引き出せるのです』
いきなりの修羅場に遭遇してびっくりです。二人は侯爵様と研究者の方でしょうか? いいぞもっとやれと応援しながら続きを伺いましょう。
『お嬢様の魔力を過信して、なんと愚かな事をしたものです』
『貴様! 侯爵家当主を馬鹿にするのか! その首落としてくれる!』
『はは、聖女無きこの世界は終わりです。今死ぬか、結界が破られた後で魔物に食い殺されるか、その違いがあるだけです』
「あー……、研究者の方は諦めてしまいましたか」
侯爵様を必死に止めた善良な研究者であることは間違いないので、ちゃんと“救済措置”はしてあげましょう。天使ちゃんは優しいですから。
先日から何度か話に出ている魔力の質についてですが、天使ちゃんが扱う神力に混ぜ物をした力、という説明が適当でしょうか? 逆に雑味たっぷりである魔力から雑味を取り除けば聖女の魔力に近づけます。
天使ちゃんが神力を使うと純度高すぎて魔法の概念ぶっ壊れちゃいますから、手加減しないといけません。それがいつの間にか聖女の魔力と呼ばれるようになりました。
進展しない言い争いが続くようなので、少しだけ別の所も視てみましょう。
「農村の方は無事ですね。流石天使ちゃんの結界がお仕事しています」
視界を遠くへ飛ばして、結界付近の農民たちの安否を確認します。
ちなみに、なんの罪もない人たちは、神の鉄槌が下った後に魂を回収し、輪廻転生させます。そのために天使ちゃんが人の子らには見えない結界で守っていますのでご安心を。最初から最後まで保証たっぷり、痛みもありません。
さて、視点を戻しましょう。このクラウディア侯爵様、調べてみれば昔から詐欺まがいのことを繰り返し、あくどい方法で金と地位を手に入れてきたようです。いつもニコニコとしているのか口は常に吊り上がっていて頬は皺だらけです。個人的にはザ・詐欺師の顔って感じの印象です。
この方も神官同様に強欲だったようで、可愛い娘のお願いならば、と王太子の婚約者という枠にねじ込むために大枚をはたいたようですね。それだけ娘が大好きで、王妃様という地位は彼にとって利点なのでしょう。
少し離れた執務室では、消えた大量の金貨の帳尻合わせするために老齢の執事が唸っています。可哀そうに。
侯爵様はもうどうしようもありません。放っておけば自滅しますので、ここらでお暇しましょう。
「なんかすでにお腹いっぱいの気もしますが、次で最後です。気張りましょう!」
最後に見たいのは何といっても、偽聖女の落ちていく様でしょう。まだ爆弾が爆発する頃合いではないですが、ボロがボロボロ落ちていく様を視にいってみましょう。
『聖女様、結界が崩れてきています。すぐに修復に向かってください!』
眼の下にクマを重そうにぶら下げた若い執事が、疲れを孕んだ声でミシェル様に懇願しています。
『はぁ? 昨日魔力をつぎ込んだばかりよ。あと十日は持つでしょ?』
『聖女様の魔力は、歴代の聖女様と質が異なります。結界を保つには莫大な量の魔力が必要――』
『うるさいわね! アタシは王妃となる女よ! 聖女として多忙な上に、今は王妃教育で疲れているの、王太子様にだって会えていないのよ! 魔力が足りないなら奴隷でも集めて結界を保持しなさい。命令よ!』
優雅にテラスでお茶会しながら何を言っているのでしょう? テーブルを思い切り叩いた拍子にカップは倒れ、乳がバルンと揺れました。
怒りでプルプルと震えるミシェル様でしたが、何か思いついたのでしょう、ゴッテゴテの付け睫毛の瞳を見開いて手を叩きました。
『そうだわ! 聖堂でアタシの隣にいた子、あの子に結界を維持させなさい! あの子も魔力量には自信があったみたいだし、これで解決じゃない!』
『え? いや、あの子どもは……』
『今すぐ地下牢に行って結界まで連れて行きなさい! 少しいい物食べさせてあげたら感謝して仕事してくれるでしょ。これで結界が維持できなかったらあんたを結界の外へ放り出すわよ』
強制的に悪事に加担させられた若い使用人、実に可哀そうです。せっかく頑張って王宮で働かせてもらえることになって、聖女様付きという名誉ある立場になったのに、やることは我が儘嬢ちゃんの悪事に加担。本来なら超絶美少女の天使ちゃんを愛でながら充実した時間を過ごせたのに、あー可哀そう。
『そうよ、アタシは賢いんだから! お茶会を通じて王妃様と仲良くなって、王太子様には愛されて、アタシにしか出来ないことをすればいいんだわ! おーっほっほっほ!』
名案だわと言わんばかりにふんぞり返ってお菓子を貪るミシェル様は、今は特に行動を起こすような事はしないようです。なので、この執事に付いて行って、すでにいない天使ちゃんを迎えに行く様子を視てみましょう。
天使ちゃんが収容された地下牢は王宮の騎士団が管轄しているため、そこまで離れた場所ではありません。
とぼとぼと歩いてきた執事は、恐る恐る地下牢の入り口に近づきました。そこで立っていた強面の男は、やってきた若造を睨むように見下ろしています。
「おや? この人は天使ちゃんを牢屋にぶち込んだ騎士ですね。ということは、天使ちゃんを捕らえるつもりで聖堂にいたということですか」
やはり王宮には碌な人がいませんね。やる気もあるように見えませんし、胸元のポケットに仕舞ってあるのってトランプではないでしょうか? 先ほどまで遊んでいたんですね。
『あ、あの、聖女と偽った女の子って、どの牢に居ますか?』
『あぁ? 誰のことだ?』
『え? 先日、新たに聖女様が就任した際に、もう一人聖女を名乗り出た子どもがいたじゃないですか! その子はここにいると聞きましたが……』
『あーあのガキな。……死んだよ』
「※生きてます」
どうやら脱獄した天使ちゃんは死んだことにされているようです。平民だし、脱獄されたと報告するより都合がいいのでしょう。天使ちゃんだって都合がいいです。
『え? 死んだ?』
『女のガキだったからな。身体が弱かったんだ』
詰み状況ですね。お疲れ様です。このまま逃げることをお勧めします。
死んだとあってはどうしようもない。執事は死んだ魚の目をして、来た道をふらふらと戻っていきました。
一通り視たいところは視ましたので、次回はクライマックスでしょうか、ドロドロの争いが見られるかもしれません。
まだミシェル様が自ら火を付けた爆弾も爆発していませんし、期待を胸に、またしばしの休憩と致しましょう。
…………。
…………。
…………。
現在、緊急で王宮へ向かっています。
この星を観光しつつ、もう少し様子見をする予定でしたが、天使ちゃんが思っていたより早く動き出しました。なんと王の間に関係者一同が集められています。ワクワクが抑えきれず、これには思わず天使ちゃんも王の間に突撃してしまいました~。
王様の前で跪いているのは、上級神官、ミシェル様、クラウディア侯爵様の三人です。ミシェル様以外は顔が真っ白で震えています。
王様は玉座から冷たい瞳で三人を見下ろし、肘を付いて溜息を吐きました。昔から苦労が絶えないのでしょう、干上がった額と浮かぶ白髪がストレスを物語っています。
長い長い沈黙、王様が声を掛けない限り上げることも許されない面は一体どんな表情なのでしょうか。天使ちゃん気になります!
「神官よ、我は怒りを通り越して呆れておる。正直に告白せよ、貴様は何をしでかしたのだ?」
王様の手には天使ちゃんが送った封筒が握られています。ちゃんと目を通してもらえたようで嬉しいです。
事前に確認しましたが、神官が使っていたあの強欲の壺があった部屋は現在封鎖されていて、壺に入っていた大量の金貨も没収されていました。その壺に価値はなかったらしく粉砕され、地下通路は他の上級神官から位置バレしていました。当然そこも封鎖されています。
「わ、わたくしは、報酬の額に目が眩み、す、水晶を偽物とすり替え、クラウディア侯爵様のご息女をせ、せいじゅ、聖女に仕立てあげま、した」
めっちゃ裏声、めっちゃ噛み噛みでワロタ。
「ふむ、報告で聞いた通りだな、偽りもないようだ。過去に起きた神官の汚職では、役職の剥奪と資産の没収。この程度の事は覚悟しているな?」
「はいぃ。申し訳ございませんでした!」
「神への冒涜は何をもってしても許されん。以後、聖堂への立ち入りも禁ずる」
「そ、それでは神に祈ることが出来ないではありませんか!」
「神より金を信仰している者に祈られて、神が祝福を与えるとでも?」
反論を許さない鋭い目つきで神官を黙らせると、神官はガックリと肩を落としました。
「…………」
八方ふさがりで追い詰められているため、これ以上無駄な抵抗は見せず口を閉ざした神官の瞳は虚ろでした。もはや何も見えていないのではないでしょう。
全て分かっているぞ、とほくそ笑む王様は、呆れていると言いながらも心の奥で怒りを抱いているのでしょう。瞳を見ただけで天使ちゃんも震えあがりそうです。
「大金に目が眩んで神との契約を反故にするとは愚か者だ。そうは思わないか? なあ、クラウディア侯爵?」
「は、はい。その通りでございます」
汗ダラッダラの侯爵様は、床に汗の水溜まりを作りながら、顔を伏せたまま裏返った声で早口に返事をしました。
「一体どこの誰が神官を誑かしたんだろうなぁ? クラウディア侯爵、答えてみろ」
「わ、私でございます。私が、神官に金を渡して命令しました」
「そうかそうか。では、どうしてそんな命令を下したのだ」
「それは、……その」
「答えよ!」
「む、娘の我が儘でございます!」
「えぇ? お父様! そんな酷いです!」
「うるさい! 元はと言えば、お前が王太子様と婚約したいと無茶を言ったのが原因だろう!」
急に始めった親子喧嘩に周囲は白けます。王様が額に血管を浮かべて怒鳴りました。
「黙れ! 我が儘に育った娘に責任はあるが、そのように育てた親の責任でもある。次いで、ミシェル嬢、なぜ王太子との婚約という大それた事を願った」
「え? アタシ程の女がそこらの男と結婚とかありえないからです」
「…………」
「何かおかしなことを言いましたか?」
王様の瞳から光が消えていきます。怒りの限界を超えたようですね。
「クラウディア侯爵、責任を取って親子共々その首を落とすがよい」
「え? 王様、今なんて――」
「お、王様! 命だけは! 金ならいくらでも払いますから! どうか命だけは!」
床にガンガン頭を打ち付けながら命乞いする侯爵に救いの手はありません。小さな子どもでも知っていることを守れない者に救済は不要です。残念ながら、彼らは輪廻転生の対象外となるでしょう。
「こんな下らんことで我らは聖女を失ったのか……。王太子は聖女選定の場に顔すら出していない。しばらく謹慎させ、場合によっては第二王子と挿げ替えるとしよう。こやつら悪党は牢屋に入れておくとして――」
全てを諦めたように王様が一度瞼を下ろし、次に見せた疲れた瞳は、真っすぐこちらを向いていました。
天使ちゃんは神力を使ってこの場にいないも同然の状態でしたが、間違いなく王様はこちらを見ています。
「聖女、……いや、天使よ。少し話がしたい」
王様が私を捉えた事で、周囲にいた貴族たちも天使ちゃんの存在を視認しました。バッと人が離れていく様が面白いです。
「これは驚きました。天使ちゃんが見えるんですね」
「そういう体質だ。できれば会話を遮断してもらえるか?」
「いいですよ」
天使ちゃんは貴族たち観衆から飛び出して王様の前に立ちます。邪魔が入らないよう結界を張るが、後ろからミシェル様がドンドンと結界を叩き続けていました。
すでに死んだと報告を受けていたら、そりゃ驚きますよね。ぐちゃぐちゃにした顔で何か喚いています。
「我が、聖女選定の場にいればこのような事にはならなかった。本当にすまない」
「それもクラウディア侯爵様の策略だったことは確認済です。安心してください。あなたは輪廻転生できますよ」
「……それはすなわち、我々は死ぬのだな」
「神様との契約を違え、聖女の力が途絶えましたからね。今晩、神様に報告したら間違いなくこの星は破棄されます。契約を違えた星に、神様は容赦しませんから」
「報告しなければよいのではないか?」
「それでは職務怠慢で天使ちゃんも殺されます。ここが無数にある星の一つであるように、天使ちゃんも多く存在する天使の中の一人ですから」
「そなたの希望があれば何でも叶えよう。今からでも聖女の職に就かないか?」
「意味がありません。この星の人たちが契約を違えたことに変わりはありませんから」
「そうか、『聖女を偽ってはならない』だったな。なんにせよ救いはない、か」
五百年前の神様との契約事が王家にははっきり残されていたのでしょう。契約を反故にした場合、どうなるか覚悟していたようです。
天使ちゃんも死にたくないですからね。報告は絶対にします。すでに少し遅れての報告になっていますが、まあなんとかなるでしょう。
「神との契約だ。愚かな王として潔く運命を受け入れるとしよう」
「この星の魂は天使ちゃんが管理していますので、あなたほど聡明な方ならば、輪廻転生後はまた王様になれますよ」
「いや、もう王はこりごりだ。もし選べるのならば、次は旅商人となって世界中を飛び回りたい。そして好きな女を抱きたい」
「欲望に忠実ですね。天使ちゃんそういう人は好きですよ」
誰がどの肉体に宿るかまでは選べませんが、上に言えば少しくらい配慮してもらえます。
さて、あまり長居しても喚き続けているミシェル様の喉が枯れそうなので、お暇することにします。
背後の三者三様の自業自得な皆様と最後の挨拶をするため、この場の結界を剥がします。ミシェル様が前に倒れ込み、床に顔面をぶつけました。実に無様です。
「あ、あんたが素直にアタシの前に出てきていたら! こんなことにはならなかったのに!」
「ええ、もう何でも言っていいですよ。手遅れですから。ほらほら見てください。これが本物の、聖女の魔法ですよ~」
「キィー! あんたがさっさとその力を披露していたら――」
「聖女を偽った罪でミシェル様は罪人ですね。聖女になろうとした時点で終わっていますよ」
これ見よがしに神力で魔力を自在に操ってみせます。これで天使ちゃんが本物の聖女だと信じてもらえましたかね?
ちなみにミシェル様が張っていた結界は見事に剥がれてしまい、大量の魔物が侵入しています。天使ちゃんが無実な方々を守っていますが、この場に集まった貴族たちは知る由もありません。思いつく限りの罵詈雑言を天使ちゃんにぶつけてきます。
それから、王様が「聞くに堪えん!」と玉座から立ち上がるまで、天使ちゃんは彼らの罵詈雑言をニッコニコしながら聞き流していました。
「もういい、連れていけ。神官は今後聖堂への立ち入りを禁じ、財産と役職の没収、牢にて刑期を終えるまで労働せよ」
この星が終わるのを隠したまま神官に罰を告げた王様は、ため息交じりに冷たい視線を残りの二人に向け、
「早急だが、今夜にはこの愚か者二人の首を落とす」
王様の無慈悲な言葉にスカッとしました。口元がにやけます。
「イヤァーッ! アタシは次期王妃なのよッ! 死んでいいはずがないわ! 王太子様が助けに来てくれるはずよ!」
「私は悪くない! 娘が! 娘が言い出したことなんだ!」
「責任を押し付けないでよ! お父様がもっと上手くやっていたらよかったのに!」
「うるさい! 大して魔力もないくせにッ! 私まで首を落とされるではないか! 王様! どうか私だけは! 金も娘も侯爵家もいりませんから!」
「勝手にアタシを見捨てないでよ! ああ、もう! あの平民がでしゃばって来なければよかったのよッ!」
「婚約者すらできない愚か者が王太子の婚約者など出来るはずがなかったんだッ!」
彼らの最後の親子喧嘩に、天使ちゃんは剥き出しの歯茎が隠せません。天使にあるまじき顔つきですが、仕方ありませんよね? これが見たくて神様への報告を遅らせているのですから。
断末魔を響かせながら牢屋に連れていかれる彼らを見送ります。
さて、天使ちゃんのお仕事を奪って断罪された偽聖女、彼女らの結末までを完走した感想ですが、
「ざまあ(笑)」
この一言に尽きました。
ポイント評価、感想、誤字脱字、お待ちしております。




