2-3
これだけは確認しておきたかった。
だから俺は尋ねる。
「戦う…でいいんだよな?」
「ええ、私はそのつもりよ」
「煽るだけ煽って、戦わないって考えじゃないよな?」
「それはそれで面白そうだけど、
敵に見つかってる以上、逃げるって選択肢は無いわ」
「そういうもんか?」
「あくまで、私の考えだけど、見つかってないなら逃げる選択肢もありだと思う。でも、敵に見つかってるってことは仮の話になるけど、私と敵が同じ速度って考えられると思うの」
「同じ速度?」
「私が足で走って逃げようとすれば、敵も走って追いかける。こちらがバイクで逃げようと思えば敵はバイクで追いかけて来る。何故だと思う?」
「だって、逃げるんだから追いかけるのが自然だろ。
追いかけるんだから追いつこうとするために身近にあるものを利用するから」
「そうね、私もそう思う。
だからね、結局私が言いたいのは逃げれないってこと」
「あぁ…なるほど」
確かに言われてみればそうだ。
敵が必死になってるのに逃げれるとは思えない。
それが戦いの舞台であればある程だ。
背を向けた瞬間、敵は追跡を止めない。
その状況を何時までも続けることが出来るのか?
きっと否だ。
限界がやってくる。
それこそ、しんがりでもしてくれる人が居れば話は別だ。
でも、この場合のしんがりは俺か彼女。
どっちも自分からやりたいっては言わないと思う。
しんがりになったら大抵の場合死ねって言われてるのと同じだし。よっぽど仲間を救いたい理由があるなら別だが。
俺と彼女は昨日今日の仲だ。
それなら同時に生存できる可能性を考えた時、
シンプルに敵を倒すってのが一番いいのだろう。
逃げるよりも生存確率は上がる。
不思議な感じがするが、これは正しいと思った。
「敵は遠くから狙撃したい。
であるならば接近すれば離れるに違いない」
「なら俺が遠くに居ると思わせるべき?」
こちらが接近すれば離れると思ったのだ。
敵は一定の距離を保って接近すると仮定したのだ。
「いや、敵はビルを自分の城に改造してる。
ということは離れることを目的にしてない。
「なんで改造してるって言い切れる?」
「普通はスナイパーは1度、撃ったら別の場所に移動するのがセオリーの筈よ。敵に位置がバレる訳だからね。にも関わらず向こうは2度目の射撃を行った」
「帽子の1発と、ペットボトルの1発」
「そう、敵は連続して撃ってきた。
移動して戦うタイプなら2発連続で撃ってくると思わない。籠城して迎え撃とうとしてると考えるべき。
例えるならば城に居る殿様が敵の進軍を恐れて我先に逃げる?
明らかに戦力差がある場合なら逃げるのは納得できるわ、でもねこちらは多くて2人。それに対して相手は1人。絶望的な戦力差とは思えない。
それならば迎え撃つ準備をしてる城に隠れてる方が敵は安心って思うのが人の心理だと思う」
「筋は通ってると思う、その件はもういい。
しかし、どう進行する?
そのまま普通に歩行してはスナイパーの餌食だろ」
「そうね…」
あらいは考え込む。
「車に乗って一気にビルに攻め込むのはどうだ?
どうせ敵に姿が見られてる。
ならば一気に突撃して行った方が確実では?」
俺は提案する。
「地雷がある可能性は?」
あらいが意見してくる。
「否定できないが歩行でも同じことだろ?」
俺はそう反論する。
「このまま立ち止まって居るよりも車で突撃した方がいいか…」
彼女は俺の意見を通すつもりらしい。
「だが…」
俺は気がかりだった。
「どうしたの?」
「戦わない選択は…どうだ?」
先ほどの逃げても結局は敵に追いつかれる。
それは理解できる、真理だと思う。
しかし、理屈ではなく感情的な面で逃げたいって思いが俺の中で湧いて来る。
「そうしたい?」
あらいは真っすぐ俺の目を見つめて来る。
「俺は…迷ってる」
「私は貴方の意見を出来る限り、尊重したいって思う。だって、重要な決断をした時に、貴方の意見を否定して、私ばかりが先行した場合、心の奥でこう思うわ。あぁ、この人は結局のところ、俺を信じてないんだなって。せっかく共闘という道を選んだんだもの。
信頼されたいわ、だから、私は貴方の意見を尊重したい」
「俺が逃げるって言ってもか?」
「えぇ、例え99%逃げれないって分かっていても、貴方がそうしたいと言うならば、1%にかけて逃げる選択肢を選ぶわ。それが信頼を得る第一歩でしょ?」
「負ける確率大きい行動よりも俺の信頼を取るのか?」
「勝つ確率だけを考えて行動するならば、共闘はしなかったわ」
「あらい…」
その言葉には胸を打たれる。
ドロドロの血液が、サラサラになったような感動が俺の中であった。
「それで、どうするの?」
「戦うさ、怖いけどね」
足の震えを手で押さえる。
それでも震えは消えないが、決意は固まった。
「途中で逃げたくなっても意見を変えることは出来なくなるけれど、それでいい?」
「あぁ…決めたから大丈夫だ」
「…分かった…私は最善を尽くすわ。
生きるための戦いを始めましょう」
「了解」
俺は拳銃をしっかり握る。
硬く、頼りがいのあるそいつは俺の心に闘志を沸かせるのだった。
「このまま出ると、敵に撃たれるわ。
先ほどのペットボトルが良い証拠よ」
「なら、どうする?」
「裏から出ましょう、周りの建造物が壁になって見えなくなる」
「了解」
俺たちは裏の出口から出るのだった。
「建物に入りましょう、歩道を歩くよりも狙撃のリスクは少ないと思う」
「分かった」
俺たちは建物に入っては出て、
入っては出てを繰り返す。
そうして少しずつ敵の居るビルに接近していく。
近づいていくと、あらいの考えが正しいと分かってくる。敵の居るビルに、ざっと数えて百の地雷原で囲まれてるからだ。
「地雷がボウリングのピンみたいに並べられてるぜ」
地雷は地面から露出して、鋭い金属の部分が無造作に顔を出している。それぞれの地雷が、ちょっとした振動や足音で爆発する危険を孕んでいる。地面に目を凝らせば、その数は無限とも言えるほどだ。足を踏み外せば確実に絶命するだろう。
これでは進めない、諦めるのだろうか。
そう思ってあらいをちらと見るが彼女の眼は死んでない。
「少し離れたビルに行きましょう」
「あぁ」
非常階段でビルの屋上へ。
「車を数台並べて」
「何しようって言うんだ?」
「これよ」
「おっ」
あらいはバイクに乗っていた。
ハンドルを回してエンジンを鳴らす。
力強い爆音が心臓を叩かれてるような気がした。
ペダルに足をかけて、今すぐにでも出発しそうな雰囲気だった。
「飛ぼうって訳か」
「そういうこと」
「随分と無茶な真似を」
「映画で見たの、やってみたくて」
「面白そうだ」
「このままだと上手く加速できないから台を置いて欲しいの、出来れば平らの感じの」
「平らの感じ…」
なにかいいのあっただろうか?
「思いつく?」
「あ」
俺は思いついて持ってくる。
「なるほど」
「ホームセンターで取ってきた」
俺は木の板を置く
ドライバーで強引にネジをつけて固定する。
「それじゃ背中に掴まって」
「え、でも」
女の子に掴まるのは照れくさかった。
「私1人で戦わせる気?」
「そうじゃないけど」
「なら、乗って」
「分かったよ」
俺は彼女の背中に抱き着く。
香水をつけてるのか何処か甘い香りがした。
それは主張するような甘さではなくて、控えめな感じ。
例えるならば図書館で誰も興味ない本を読んでる女性のような雰囲気だった。
「それじゃ、3カウントで行くわよ」
「あぁ」
あらいはアクセルをひねる。
エンジン音とタイヤの空転。
俺は覚悟を決めてあらいの背中に抱き着く。
すると、彼女の背中越しに心臓の鼓動が伝わってきた。
それはまるで、肉食獣に追われてる脱兎の如く。
恐らく怖いのだろう、でもそれは口にしない。
それが彼女の強さなのだろうと思った。
「3…」
俺はカウントを始める
「2…」
次にあらい。
「1…」
そして俺
「0…」
あらいが最後のカウントを行う。
「GO!」
俺の掛け声と共に一気に前進。
あらいは後方へ走り出す。
そしてUターンを行う。
助走をつけて飛び立つ。
ビルとビルの間を俺たちは飛んでいた。
地上を見ると怖かったが、すでに空に居る以上何もできなかった。後は祈るだけだった。
「届く…か?」
俺は少し不安になる。
「大丈夫、行ける!」
「…」
確か、どこかで聞いたことがあった。
バイクで10m飛ぶなら、落下はだいたい2mほどって。
日本のビルの1階分の高さは約3mなので、
1階分の差あれば、全くの無理って訳でもなさそうだ。
とはいえ、実際は風の影響などを受けて減速する可能性は十分ある。
けれど彼女がそう言うなら、大丈夫なんだ。
そう思えた。
「ぐっ」
あらいはうめき声を出す。
俺たちは何とかビルまで到着した。
しかし、着地と同時に転倒してしまう。
「くそっ、痛ぇ…」
俺は身体を抑える。
「生きてる?」
あらいがそんなことを聞いて来る。
「あぁ、痛いってことはそういうことなんだろう」
「…」
あらいはすぐさま起きる。
「もうちょっとだけ寝せてくれ」
俺は少し甘えるように声を出す。
「ほんの一瞬だけよ、でもすぐに立ってここは安全じゃない」
「仕方ない…か」
俺は自分を奮い立たせて起き上がる。
「私たちが今いるのは敵の本拠地よ」
「あぁ」
「どんな罠が仕掛けられてるか分からない。
身長に行きましょう?」
「了解」
「これは」
ビルの屋上を歩いてると不思議なものを見つける。
あらいは何かを見つけたようだ。
「何だ?」
俺は気になって目を向ける。
「パラグライダー…」
その残骸が放置してあった。
「待ち構えてるって考えてよさそうだな」
「えぇ…そうね…」
俺たちは扉の前までやってくる。
「開けたらいきなり、ドガンって可能性あるかな?」
「0って訳じゃなさそうね」
「どうする?」
「ドアノブにヒモを巻いて遠くで引っ張りましょう」
「了解」
俺はドアノブにヒモを巻き付ける。
ドアノブを少し回転させて引っ張ったら扉が開くようにセット。
「出来た?」
あらいが聞いて来る。
「OKだ、引っ張ってくれ」
「距離を取って」
「あぁ」
俺とあらいは距離を取って、貯水タンクの裏に隠れる。
「せーの」
あらいは扉を開ける。
すると何だか心配した割には何も無くて落ち込む。
「警戒し過ぎか?」
俺は落胆する。
「何も無かっただからいいじゃない」
「そうだけどさ、何だか無駄な努力をした気がするよ」
「その、無駄と思える努力を重ねることで生存率を上げるの、だからしないより、する選択をしましょう」
「…了解」
少し説教臭いと思ったが間違ってる訳じゃないので受け入れる。
そして、俺たちは敵が待ち構えてるだろうビルの中へ向かった。