1-3
あらいが連れて来たのはアダルトショップだった。
夜の街角にネオンの光で描かれた看板。
ピンク色の怪しい雰囲気。
ここも人の気配はなく静かな雰囲気。
「ここでなにしようって言うんだ?」
まさか俺を助けたのはプレイ相手を探して?
そんな妄想を俺はしてしまう。
「…」
あらいは自動ドアを通っていく。
特に恥ずかしがる様子もなく、戸惑いは無い。
「なんだか緊張するな」
こんな場所は初めてだ。
記憶が無いから余計にそう思う。
にしても不思議だ。
記憶がない筈なのに、ここはイケない場所だってのは何となく理解できるんだからな。
記憶喪失ってのも部分的なのかもしれない。
必要なことは覚えてる。
歩くことや、言葉を放つ方法とかはな。
でも自分の名前とか、過去の記憶は曖昧だ。
「どうしたの立ち止まって」
あらいが扉の前で振り返る。
「あ…緊張して」
「ふふ…こういう所は初めて?」
あらいは何だかあだっぽい表情を浮かべる。
「初めてじゃないさ、ただ」
「ただ?」
「記憶が無いから初めてに感じるだけさ。
きっと記憶の無い俺はプレイボーイさ」
「記憶を思い出したらリードしてね」
「あぁ、勿論」
そんな会話を交わしていた。
アダルトショップに入る。
店内の空気は甘く汚れてる気がした。
陳列棚には過激な商品があり、目線が迷う。
それにしても、ここも店員が居ない。
街に人が居ないのだから可笑しくはないんだろうけど…勝手に入っていいのだろうか?
俺は少し疑問に思う。
「先、行くわね」
あらいはは迷いなく進む。
どんどんと奥へと歩いていく。
「この店は店員が居ないのか?」
「いいから、ついてきて」
「あ…あぁ…」
俺は言われるがまま彼女の背中を頼りに歩く。
そこは裏の空間で、通常の売場を抜けた先にある。
奥にはブルーライトの廊下。
壁には番号が。
その下に小さな部屋が並ぶ。
個室ビデオ店みたいだった。
シャワー室らしき扉もあり、身体を洗えそうだ。
ここを使うのだろうか?
俺ははエロい妄想を繰り広げる。
(レン…好き)
光沢感のある唇に俺は思わず吸い寄せられる。
その膨らんだ柔らかそうな口にキスを迫る。
(俺もだ)
あぁ、ダメ!
俺は1人悶えていた。
そんなあって間もないのに、いきなりこんな関係なんて。でも悪くない、俺はウェルカムだ!
「何してるの?」
あらいは俺のことを変な目で見てる。
「いや…何でもない」
俺は妄想を捨てるのだった。
そして再び歩き出す。
あらいはある一室の前で止まる。
「ついたわ」
「ここか」
だがカギが閉まってる。
どうするのだろうと思っていたら、
「今開けるね」
彼女は鍵を出して、扉を開ける。
「こんな場所だからな…ぐふふ」
俺は最初ワクワクしてる。
きっと彼女が俺を助けたのは寂しかったのだろう。
俺は温めてやるべきだと思った。
その心の準備は出来てる。
しかし予想を裏切られた。
部屋は異様な光景だった。
鉄製のX字の台、見知らぬ男が拘束。
服装はTシャツにジャンケンのパーが書いてある。
背中にはガラスの羽が生えてる。
彼は両手両足は金属で固定されており、
身動き一つとれない。
口にはボールギャグがついていて喋れそうにない。
「あ…ぅ…」
顔には殴られたような痕があって、
血の跡が乾いていた。
「う…うわあああああぃ」
俺は驚き腰を抜かす
「何を驚いてるの?」
あらいは俺の方を見つめる。
そうか、頬についていた血は彼のだ。
何を暢気に俺はついてきたんだ。
どうして善意のある人間だと思った?
血がついてるんだ。
悪女だって可能性は十分あったじゃないか。
「あらい…君は何をしようとしてる?」
彼女に尋ねるが質問に答えない。
「…」
そして無言でバッグから何かを取り出す。
それは銃だった。
「お、俺を殺す気なのか?」
「殺す気だったら、あのゴミ袋で寝てる時にやってたわ。でも、いま大事なのはそれじゃない」
あらいは俺の手を握る。
「な…何を」
俺の手にはいつの間にか拳銃が握らされていた。
片手で撃てるほどのサイズ感で、
銃弾の数は恐らく12発。
オートマチック拳銃って確か言ったかな?
それが俺の手にあった。
「貴方を、試すわ」
あらいは無表情のままそう言い放つ。
俺はその時、選択を強いられたのだと気づいた。
覚悟を試す気だと。
「俺を仲間にするためのテストって訳か?」
「早い話、そういうことね。
誰でも出来るように拘束してある。
目線だってタオルで隠してある。
罪悪感は出来る限り減らしてる筈よ。
後は貴方の気持ち次第」
「俺の…気持ちだと?」
「拘束された男を撃つ?
拘束された男を撃たない?」
「俺は…」
どっちが正しいのだろうか。
きっと撃てば仲間として認めてくれる気がする。
でも、撃たなかったら殺されるかも。
だけど、手に持ってるこれに銃弾が入ってるならば彼女に対して反撃できるはず。
しかし、それをしていいものだろうか?
「今はまだ始まってないって言えるわ。
でもね、すでに戦いは確実に進んでる。
だから私はこのバトルロイヤルの世界で勝つ準備をしなければならない。そのためには協力者を探してる」
「協力者?」
「敵の多くは単独で動く筈。
そんな中で私達だけが協力して動いたら有利になると思わない?敵が撃ち合いしてるのが私だけって思ってたら背後から貴方が現れてズドン。
それで勝利よ」
「それは確かにそうかもしれないけど」
「でも、薄々と気づいてると思うからこの際、ハッキリ言うわ。撃たない選択をした場合、私は貴方を切るわ。仲間が消えるのは惜しいけれど、協力する気が無いなら邪魔だものね。逆に武器を与えた今、敵がもう一人増えるようなものだもの」
「…」
俺は撃つべきか撃たないべきか。
記憶が無い状態でバトルロイヤルに参戦させられてる。だからなのか、俺は善でありたいと願ってる。でも、それは無意味なことなのではないかと思う。
だって記憶ない時に殺人行為を行ってたならば、今更では?と思うからだ。何人も殺しておいて今更かもしれない。けれど、もしも記憶がない時にも殺人をしてなかったら悪いこと。俺は罪びとの魂になるだろう。だけど、そんな魂の善悪を考える以前に、生き残るためにはそういうのを無視してでも撃つべきなんじゃないのか?
そんな問いが俺の中でぐるぐる行われる。
「さぁ、どうなの?」
「1つ、そうだな。
哲学的な質問をしても構わないか?」
「なに?」
「戦って勝つことだけが正義なのか?」
「何が言いたいの?」
「逃げることは恥とされるが、戦って誰かを殺す生き方よりも臆病に逃げ回って誰も殺さない生き方も正義なんじゃないのか?」
「逃げれるのならば逃げた方がいいわ。
でもね、逃げきれない瞬間が必ず訪れる。
何処かで戦わなければならない瞬間が。
右腕が欲しいと言われれば右腕を、左足が欲しいと言われれば左足を、そうして与えても敵は満足しない。
何時の日か心臓が欲しいと言ってくる、その時はどうするか戦わなければならない」
あらいは答える。
「それが君の考えか」
「そうね。戦いに勝ちたい。
勝って、守りたい人が居る、そのためには勝たなくては」
彼女の眼は真っすぐ俺に向けられる。
それが誰なのかは分からないが、
それは共感できる内容だと思えた。
「俺も決めないとな」
俺は銃をを拘束された男に向ける。
でも震える。
目を瞑る、少しでも罪悪感を減らすために。
何の意味もない儀式だろう。
どうせ殺すのだから、これは俺が楽になろうとしてるだけのこと。でも、やらないと出来ないって思った。
人の命を奪うのだ、何だか怖かった。
チェスですでに奪われた駒のように2度と戻ってこない気がして。
”カチッ”
妙に軽い音だった。
俺は違和感を覚えて何度も引き金を引く。
そこで気づく、弾が無いのだと。
「合格…ね」
あらいは合格と拍手する
「どうして」
「初対面の人間に弾を与えないのは可笑しいこと?」
「それは」
「万が一私が撃たれる可能性もあるもの」
「くそっ、茶番かよ」
俺は何だと思って座り込む。
「いいえ、本物よ」
あらいは自分の銃を取り出して拘束した男に発砲。
男の胸に穴が開いて、そこから出血する。
主人公は驚く。
「これで仲間…ね」
あらいは手を差し出すのだった。
「あぁ…」
俺は怯えながらも手を取る。
取らなければ殺される気がして。
「もう、夜も遅いしここに泊まりましょう」
「ここにか、だけど」
「不満?」
「不満って訳じゃ」
「シャワーもあるし、個室が複数存在する。
電気も通ってるし、食事は出ないけど問題ないと思うわ」
「人が死んだ傍で1日を過ごすって思うと」
「死体が不満なの?」
「そういう訳じゃ」
「あぁ、死んでないかもしれないって不安なのね。
でも、安心して」
「何を安心するんだ」
「死んだ証拠はあるわ」
「え?」
「見て、私の背を」
あらいは自分の背中を指さす。
彼女の背中に浮いてるガラスの羽が一枚、パリンと割れる。
「これは」
「これは残りの人数だと私は思ってる」
「残りの人数?」
「そう、参加者のね」
「…」
ガラスの羽は16枚だった。
先ほど1つ割れて今は15枚…これが参加者の人数。
ということなのだろう。
「明日は早いわ、さっさと寝て。
戦いに勝つためにも身体を休めるの」
「分かった」
「あぁ、それと」
「なに?」
「私、シャワー浴びるけど…覗かないでね」
「覗かないよ」
「それなら安心」
あらいはにこッと笑ってシャワー室へ入っていった。
「くそ…頭がぐるぐるする」
どうして俺はこのバトルロイヤルに参加してしまったんだ。記憶がないことが恨めしかった。
今は疲れた、彼女の言う通り個室のビデオルームで休もう。狭く、寝るには大変だがソファーに身体を預けて眠ればそれなりには体力を回復できると思った。
そうして俺は目を閉じるのだった。