5-6
「平気?」
あらいが駆け寄る。
「くそっ…このままじゃやられっぱなしだ!」
俺は苛立っていた。
敵に押されている。
そんな感覚が胸を圧迫する。
こちらから仕掛ける道を探らなければ。
「心配しないで。策はあるわ」
あらいが微笑んだ。
「策…?」
疑問を口にする間もなく、彼女がそっと抱きついてくる。
その瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
(…何だ、この匂い)
不意に、心臓が早鐘を打ち始める。
「信じていいのか?」
「えぇ、大丈夫。私に任せて」
「…わかった。信じる」
俺は頷いた。もう、彼女の言葉に賭けるしかなかった。
…………。
7階の廊下は煙で満ちていた。
視界は1メートル先すら見えず、
天井のスプリンクラーは止まったまま。
火災の熱と焦げ臭さの中で、俺はショットガンを構える。
煙に紛れて、不意打ちを仕掛ける。
引き金を引いた瞬間、銃声が廊下に響き渡った。
「っ…なぜ、この煙の中で正確に襲ってこれる?」
敵の声が動揺していた。
「さて…どうしてだろうな」
「気に食わん…」
敵も発砲してくるが、煙が邪魔をしてこちらに命中しない。
俺は反撃の弾を何発も撃ち返した。
「ほらほら、どうした!」
挑発するように、俺は煙の向こうへと弾を撃ち込む。
「…」
敵は沈黙したまま、後退していく。
だが、逃がさない。
そう思い、追いかける。
「逃がすか!」
俺は駆け出すが、途中で足を止める。
隣に居たあらいが言った。
「これ以上は、無理みたい」
「そうだな」
俺は小さく頷く。
煙の中で、敵が追われていると気づいたのだろう。
それは香り。
あらいが近接戦闘を仕掛けた際、敵の服に香水を残していた。
その香りを頼りに、俺は位置を特定できた。
だが敵はそれに気づき、香水がついた上着を脱ぎ捨てた。
廊下に落ちてるこいつが証拠だ。
追跡は困難になった。
敵は煙に紛れるようにして、静かに姿を消した。
ルアーに気づいた魚影が海の底に行くように。
「この際だから思い切りましょう」
あらいは何かを考えてるようだった。
「思い切る?」
俺はその言葉に疑問を感じる。
「どうせ生存はバレてるのだから非常階段で行くわ」
彼女の声にはいつもの冷静さの中に、
不安を押し殺した強さが混ざっていた。
「ちょっと考える」
シーツ使ってロープ状にして階下に行く方法はバレてる。
なら、どうせ待ち構えてるならば非常階段の方が安全かも。
階段なら壁にもなるし、視界を覆ってくれる。
「さっきと同じ方法で行く?」
あらいは俺の意見を聞きたがってた。
俺の意見を優先させてくれるのだろう。
「いや…階段で行こう」
「了解」
あらいはライフルを構える。
廊下を突っ切って、非常階段に向かう。
「扉はどっちが開ける?」
「貴方が開けて、私が突撃するから後からついてきて」
「…それじゃ3秒数える。0で突撃して欲しい」
「分かったわ」
あらいは銃を真っすぐ構える。
敵が視界に入ったら何時でも撃てる体制になった。
それは何処か経験を感じさせる動きだった。
「3…」
俺は気持ち的に余裕あるカウントだった。
「…」
あらいは沈黙する。
「2…」
そろそろだ、少し汗が出る。
「…」
あらいは無言で壁を見つめる。
「1…」
やばい、彼女が行く。
何も無ければいいが。
「…」
俺とは違って、あらいの表情は静かに凛として見える。
表面的にそうなだけで、内心が違うかもしれないが。
「0…GO!」
最後のカウントだ、緊張が高まる。
後は祈るだけだった。
「っ!」
あらいは突撃していく。
俺は後に続く。
非常階段だからか煙は少ない。
しかし、警戒した割には敵は居なかった。
「先に行った?」
待ち構えてると思っていただけに、
俺は不気味に感じる。
「そう…みたいね」
あらいも何か思う所がありそうだ。
彼女の目には何かしらの警戒心が残っているようだった。
敵の罠に敏感に見えた。
「警戒しながら進もう」
「えぇ」
俺たちは6階の廊下へたどり着く。
火災は無く7階から上に向かって起きてたと分かる。
視界も良好になってきた。
「ここなら戦いやすそうだ」
「そうね」
ぼん、ぼんと何かが跳ねる音が聞こえる。
「なんだ?」
俺は振り向くと、廊下にサッカーボールが転がってくる。
「用心して」
「構うもんか、壊してしまえば安全だ」
俺は思わず発砲。
「ダメ!」
あらいの声が響いた、その直後のこと。
ドォン!!
目が焼けるほどの閃光が爆発と共に広がった。
一瞬で世界が真っ白になる。
遅れて、鼓膜を裂くような衝撃音が襲う。
「がああっ!」
俺の身体は爆風で弾き飛ばされ、
床に叩きつけられる。
耳が鳴る。視界が揺れる。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
だが、視界に入った細切れの白黒の皮。
サッカーボール!
恐らく、中は可燃性ガス。
ただの罠じゃない。
相手は遊び心すら利用してくる陰湿で狡猾な、狼だ。




