5-4
俺は誰かに揺すられる。
「起きて…お願い」
「どうした…」
俺は眠い目を擦りながら目を覚ます。
時計を見ると深夜の2時だった。
「大変なの、気づかない?」
あらいは困った顔をしていた。
「大変って…ん?」
なにか可笑しい。
妙に焦げ臭い気がする。
まさかと思う。
「火よ」
あらいが深刻そうに告げる。
「げほっ…くそ…部屋の中にまで」
俺は思わず咳が出る。
煙がじんわりとだが入って来てる。
今はまだ視界が覆われるほどじゃないが、次第に見えなくなってくるだろう。
「廊下も酷いの」
「なんだって?」
俺は慌てて確認しに行く。
廊下への扉を開けようと思った。
ドアノブに手を触れる。
まだ熱くない…大丈夫か?
恐る恐る廊下を見る。
すると、そこは煙で全く見えない世界だった。
火は遠くみたいだが、だがいずれここに来るだろう。そんな嫌な考えが頭を埋め尽くす。
「ダメでしょ?」
「げほっ…こいつは酷い」
咳が止まらない。
「非常ベルは鳴っていないわ。
普通の世界ならば、故障したかもしれない。
そんな結論が先に出ると思う。
でも、ここはバトルロイヤルの世界。
普通と違うわ。
ここまで言えば分かるでしょ」
あらいが言った。
「ってことは、人為的か?」
何故この火災が敵の仕業だと分かるのか?
その答えがこれだろう。
「敵…そう考えていいと思う」
あらいの目はすでに人を射抜く目だった。
殺る気ってことだろう。
「非常階段で脱出しよう」
「いいえ、それは止めておきましょう」
「何故だ、煙で廊下が使えないのだからエレベーターまでたどり着くのは難しい、なら非常階段ならランプが点灯して誘導できるだろう」
俺は自分の考えを伝える。
「普通の非常事態ならね、でもこれは人為的なモノで計画性があるわ…動かすと音と光で生存を知らせてしまうリスクがあるんじゃないかな」
それがあらいの考えらしい。
「階段に誰かが待ち伏せてるかもしれないと?」
「私はそう思ってる」
あらいは真っすぐな目で俺を見て来る。
「なら、どうする?」
「危険だけど…外壁から降りようと思ってる」
「まさか…ここ10階だぞ」
「そう、だからこそ安全なの。
でも高すぎて無理と思わせておけば、
敵も油断するのよ」
「出来そうなのか?」
「スマホを動画撮影モードにして、垂らしてみたわ。窓がガラスだったから、何かこう、衝撃を加えれば簡単に壊れそう。そこからなら侵入できるんじゃないかな」
「なるほど」
「ほら、これ」
あらいにスマホの映像を見せてもらう。
それは窓の外の光景。
あまりにも高く床が遠い。
高所恐怖症の人間ならば立てない程に。
風は無風そうだ。
強風だったら諦めたかもしれない。
だが…これならいけるかも。
「でも…正直なところ…半々って感じ。絶対に無理って感じでもないと思う…でも危険が無い訳じゃない…それでもやる?」
あらいは深刻そうな顔をする。
「行くしかないんだろ…ならやってやるさ」
俺は腹を決めた。
「レン…」
「言っておくが怖くない訳じゃないんだぞ?」
「分かってる、でも受け入れてくれて嬉しい」
「よせよ、そういうのは勝ってからだ」
「そうね」
「それで、具体的にどうする?」
「ロープで行こうと思ってる」
「あるのか?」
「作るわ、それで」
あらいは視線をある方向に向かせる。
「なるほど」
俺は理解した。
そうして簡易的なロープを作ることに決めた。
ベッドからシーツを剥がし、
爪が痛むのも構わず、
強くなぞって切れ込みを刻む。
そして左右に引っ張ってロープ状に。
ベッドシーツを繋ぎ合わせて、解けないように硬めに縛る。
結び目を3つくらいしておけば大丈夫だろう。
「先にガラスを壊しておくわ。
ロープにつかまったまま壊すシーンが映画であるけど危ないもの、ここから壊すわ」
「どうやってだ?」
「振り子の要領でやれば大丈夫。
壊すのは人の蹴りではなくて硬いもので」
「それなら安全そうだ」
「それじゃ、壊すわね」
あらいはビール瓶にガムテープをつけてスイングさせる。そして、その勢いのまま窓を破壊した。
ガシャン!
鈍くも鋭い音が響いた。
それは映画などで見る不良の喧嘩シーン。
ガラス瓶で頭部に殴った時のような音だった。
そこに宿っていたのは、破壊ではなく決意。
生きるために前に進む。
そんな意思が感じられる一撃だった。
破片が一つ、また一つ、夜の底へ吸い込まれていった。
それは何処か俺たちの未来のように思えて少し怖かった。
「私から行く」
あらいは一歩前に出る。
「君から行かせるのは危ないよ」
俺は否定する。
「発案者は私だから、先に行って安全を確認するわ。後からついて来て」
「だけど…」
「今更でしょ…大丈夫…任せて」
あらいは俺を心配させないようにか穏やかな顔をしている。
「分かったよ…でも…少しだけ言たいことが」
「なに?」
「君の心臓がうるさいくらい鳴ってる」
「バカ…それじゃ祈ってて」
あらいは窓から静かに下りていく。
慎重さが感じられた。
ビルの外壁に手をかけて、
高層から彼女は見下していた。
彼女の目に映る夜景は、まるで底のない闇だった。
きっと、そんな風に見えていた。
風が少し出始めてる。
服をはためかせる音が響いてきたのが証拠だ。
「上手く行ってくれ…」
俺は手を合わせて祈っていた。
「…」
あらいは開いた窓ガラスから9階に入っていく。
それが上の10回から見えた。
「良かった…」
俺は胸を撫でおろし、安堵する。
「次はレンよ」
9階の窓からあらいは顔を覗かせていた。
「あぁ」
俺もロープを使って降りていく。
成功するかに見えた。
「レン!」
俺は一瞬滑りかける。
あらいは手を伸ばす。
「…悪い、こんな時にまで君に頼ってばかりだな」
俺はいつも彼女に助けられてる気がする。
自分自身情けない気持ちもあるが、それと同時に彼女の頼りになる感じが傍にて嬉しい気分だった。
「平気?」
「君に助けられたから」
「引っ張るわ…せーのっ」
「っっはああっ」
俺は盛大に息を吐き出し、
やっとこの瞬間の重さから解放された気がした
あらいに引っ張られて9階に入れた。
少し冷や汗が出たが、なんとか生きてる。




