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5-2

あらいがすっと俺の傍に近寄る。

「映画でも見ましょう」

「そんな暢気でいいのかよ」

「問題ないわ…ずっと緊張してるも辛いでしょ」

「そう…かも」

「さぁ、座って」

「あぁ…」

俺は流されるようにソファーに座る。

ソファの前に置かれた低めのテーブルには、サービスとしてポップコーンが並んでいる。キャラメル、バター醤油、変わったもので言えばミルクティー味などの豊富な種類のフレーバーが用意されており、どれを選ぶか迷ってしまうほどだ。

「こっちも色々あるわ」

あらいが冷蔵庫を開けると、シャンパンやオレンジジュースなどのドリンクが冷えた状態で整然と並び、視覚的にも気持ちがいい。

「どれを飲めばいいか迷うな」

「全部行きましょう」

「全部?こういうホテルってあれだろ…飲んだら飲んだ分の追加料金って言うか…」

「人が居ないんですもの、好きなだけ飲みましょう」

その言葉に俺はくらっとくる。

「そうだな、そうするか」

俺は好きなだけ飲むことに決めた。

「じゃ…つけるわね」

「あぁ…」

映画を視聴する。

倍速ではなく、標準の速度で。

内容はラブロマンスだった。

別に内容は大したことが無い、批評家の人が浅いって言うような内容だと思う。

でも、俺はそれでも見ていて楽しかった。

優しさに溢れていて、退屈かもしれないが、

心が安らいだ。

「そっち…頂戴」

あらいは俺のカゴからポップコーンを持って行く。

別に量が沢山あったし、持って行かれることに大した問題はない。

「美味い?」

「えぇ、とっても」

「…」

本当に今、殺し合いをしてるのか疑問に思う。

それだけ穏やかな時間だった。

「どうしたの、私の顔を見て」

「あぁ…いや」

俺は無意識のうちに見ていたようだった。

「見惚れてた?」

「そんな訳…」

「そんな訳?」

「ある…かもしれない」

「やった」

あらいは俺が見惚れてることを認めると少し嬉しそう。

そんな気がした。

「終わったな」

映画が終わる。

「ん~。いい時間だった」

あらいは身体を伸ばしていた。

「そうだね」

俺も文句なしの出来だったと思う。

「向こうに何があるんだろう」

あらいは部屋を探索する。

「…」

この瞬間だけは少女のように見えた。

いつも冷静な顔しか見てなかったような気がする。

「おーい、どうしたの?」

「今行く」

俺は彼女の後をついていくのだった。

部屋の一角にはグランドピアノとヴァイオリンが置かれ、音楽家ならここで練習もできるだろう。もちろん、素人でも気軽に音を楽しんでよさそうだ。

「弾ける?」

「どうかな、記憶が無いから何とも言えない」

「試しに弾いてみましょう、それで何か思い出すかも」

「そう…だな」

「曲は何がいいかしら」

「俺は分からないかた頼む」

「えーと、楽譜があるわ。この中から弾きましょう」

パラパラと本をめくる。

「色々あるんだな」

「ジャズにクラシック、アニメ系にドラマの曲まで色々ね」

「難しそうだ」

「これならどう、初心者用にって書いてあるし」

「へぇ」

そこにはカノンとジーグ ニ長調と書いてあった。

「パッヘルベルのカノンね」

「有名なのか?」

「割とそうね、音楽に携わる人ならば一度は聞いたことあると思うわ…原曲だと上級者向けだけど…初心者向けに書き換えてるみたい」

「それなら出来るかも」

楽譜には丁寧にドレミが書いてある。

おたまじゃくしは読めないからありがたい。

「クラシックならば正確に弾かなければ怒られるでしょうけど…どうせ本職の人じゃないし…いい加減にやりましょう」

「分かった」

そう言ってもらえると気楽でありがたい。

「私はヴァイオリンで、貴方はピアノで」

「あぁ」

楽器が決まる。

「テンポは私の感じで行くから、ついてきて」

楽譜をピアノの台に置いて、2人で演奏する。

「っとと…」

俺はミスタッチが目立つ。

「気にしないで、観客は居ない。誰も貴方を責めないわ」

「分かった」

俺はゆっくり演奏する。

「そう…その調子」

なんとか形になってるような気がする。

「出来てる?」

「うん、良いと思う」

「そうか…」

合ってると思うと楽しくなってくる。

「…」

あらいも演奏に集中し始める。

本格的に俺の演奏が良くなってきてる。

きっとダメだったら何か言うだろうし。

俺はこのまま突き進むのだった。

そうして最後のサビまで突き抜けた。

「っっはあっ」

俺はやり切った感があった。

ようやく息を吸えるって思った。

「いい演奏だったわ」

「もしかしたら俺の過去は音楽家だったりして」

「かもしれないわね」

俺たちはそんなやり取りをするのだった。

「少し汗をかいたわ」

「風呂に入ってきたら?」

「来て」

「あぁ…ん?」

俺は驚く。

「可笑しい?」

「いや…そうじゃないが」

「なら、来て」

「だが、恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしさよりも心配よ」

「心配?」

「えぇ、私が居ない所で貴方が撃たれるのではないかって。

それなら恥ずかしさを殺しても私は一緒に風呂に入るわ」

「そういう…ものか?」

「そういうものよ」

「じゃあ…一緒に」

「あぁ、でも恥ずかしくない訳じゃないから水着を着てね」

「了解」

俺は水着を着て脱衣所に向かう。

そこで気づいた。

バスルームのアメニティの充実ぶりに。

歯ブラシ、化粧水、髭剃り、入浴剤、さらには香水まで揃っており、ホテルのホスピタリティが隅々にまで行き届いている。

加えて、ヘアゴムやメイク落とし用のシートなど女性向けのアイテムも豊富に揃っていて、細やかな配慮が感じられる。もちろん、メイク落としのシートは男性が使っても何の問題もない。

「充実してるわね」

「そうだな、入浴剤なんか面白そうだ」

「入れる?」

「あぁ」

「それじゃ決まったことだし脱ぐわ」

「ここでか?」

「えぇ、可笑しい?」

「可笑しい…のか?」

なんだか分からなくなってきた。

「よいしょっと」

あらいは服の中に水着を着ていて、

オフショルダーのワンピースを纏っていた。

白と青の爽やかな配色が、彼女の雰囲気によく似合っている。

そこはホテルの脱衣所。

窓もなく、空気はどこか閉ざされているはずなのに、

彼女がそこに立つだけで、まるで澄んだ風が吹き込んだような錯覚を覚えた。

「えと、似合ってると思う」

何か言わないとと焦ったように俺は言葉を出す。

女性の水着は褒めないと多分、ダメだろうと思って。

その結果、ありきたりな言葉しか出てこない。

「ありがとう」

あらいは、少し恥ずかしそうだった。

それでもちゃんと微笑んでくれた。

その笑顔に少し安心。

俺もTシャツを脱ぎ、水着姿になる。

「じゃ、行こっか」

そう言って、あらいが先に脱衣所の扉を開けた。

向こうには、貸し切りの風呂が。

バスルームはガラス張りで、ほんのりセクシーな雰囲気。

バスタブはジェット機能付きで、マッサージ効果も期待できそうだ。泡風呂への切り替え機能も備わっているらしく、気分によって楽しみ方を変えられるのも嬉しい。

「すごいね……こんな豪華なお風呂…初めてだ」

俺はとても感動していた。

「たまには、こういうのも悪くないでしょ?」

あらいは照れたような顔だった。

その声はいつもより…ほんの少し柔らかかった。

それがなんだかドキッとした。

人の持つ心の硬さが何なのか分からないが、

彼女の心は柔らかいと理解できた気がした。

「あ…シャワーもある」

俺はシャワーバルブを捻る。

シャワーの温度はあらかじめ人肌に設定されており、勢いよく捻っても熱湯が出る心配はなさそうだ。

安価な宿泊施設ではよくある熱湯トラップのような心配がないという点だけでも、レベルの高さを実感できる。

「洗ってあげる?」

「いや、いいよ…そんな恥ずかしい…」

「遠慮しないで」

「じゃ、じゃあ…」

恥ずかしさもあるが期待もあった。

だから俺は断ることなく受け入れる。

「そこに座って」

「こう?」

俺は風呂椅子に座る。

「シャンプーハットは必要?」

「いや、大丈夫…だと思う」

「そっか、それじゃ洗うね」

「お願い…します」

俺は彼女にやられるがまま洗われる。

「どう?」

「気持ちいいよ」

凝り固まった頭がほぐれてる気がした。

「そっか」

俺は…愛されてるのかもしれない。

なんてことを思う。

「私、洗ってるから先に風呂に入ってて」

「あぁ」

俺は風呂へ向かった。

浴槽にはバラの花びらが浮かび、豊かな香りが漂っていた。

まるで貴婦人の館にある風呂のようだ。

そんな場所に、俺は身を沈めた。

「お邪魔します」

あらいが入ってくる。

「どうして隣なんだ?」

俺は少し戸惑った。向かい合って入るものだと思っていたからだ。

「嫌?」

「いや、別に嫌ってわけじゃないけど」

こういうのは女性側の方が嫌がると思ってたからだ。

「いいじゃない。傍にいたい気分なの」

「…それなら、いいか」

俺も、あらいが隣にいることを嬉しいと思っていた。

ふと手を湯の中に伸ばすと、彼女の手に触れた。

「……」

彼女は何も言わず、

その手を握り返してくる。

そして、そっと指を絡めてきた。

「あらい…」

受け入れられたと心から感じる。

「この世界では敵が多いけど、この瞬間だけは敵なんていないって思えるわ」

「ああ、そうだな」

俺たちは手を繋いだまま、静かに長風呂を楽しんだ。









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