3-13
「はぁ…はぁ…」
あらいは苦しんでるようだった。
俺はソファーに寝かせてやる。
「どうしたら…そうだ…医者を呼ぶんだ」
スマホで119に電話する。
しかし、応答はするものの誰も出なかった。
「無駄よ…この世界に医者は居ないわ。
仮に居ても…それは医者のフリをした殺人鬼よ」
「どうしたらいいんだ」
「よく…聞いて」
「なに?」
「貴方がするの」
「俺…が…?」
その言葉にとてもショックを受ける。
「私では自分の傷は見れないの」
「無理だ…俺には自信がない…昔は医者だったかもしれないが…今は記憶がないんだ…それは経験なしと同じだろう?」
「やらないの?」
「あぁ…」
情けないとは思うが…人の命なんだ。
怖くて当然だろう。
「ごめんなさい…貴方に責任を押し付けような真似をして…これは私がやるわ」
「傷は見れないんだろ、どうやって」
「勘でやるしかないわ」
「そんな」
「仕方ないの…これは私がやらないと」
「俺が」
「え?」
「俺が…やる」
「レン、でも」
「俺がやらないと…ダメな気がするんだ」
「そう…それじゃあ信じるわ」
あらいは微笑む。
申し出たことに少しだけ後悔していた。
手術の準備を行う。
時間帯はすでに夜になっていた。
カーテンを閉めて敵に見つからないようにする。
光が漏れ出てないのを確認したら、
ロウソクの灯りをつける。
淡い光が部屋を弱く照らす。
次に、ピンセットをエタノールに浸す。
これできっと消毒になる筈。
家にあった配置薬だ。
小学生の子供が転んだ時にでも塗ってあげるつもりだったのか、それとも感染症対策か。
まぁ、その辺はどうでもいいだろう。
そして、老眼鏡を取り出す。
腹部の傷を確認をするためだ。
老眼鏡は100均で売ってるから身近だと思った。
老眼鏡は拡大鏡の代わりにしようって訳だ。
だが、手術をするにあたって致命的な問題があった。
「無い…あれが…無い!」
それは麻酔が無いってことだ。
「どうしたの?」
「麻酔が無いんだ」
「そう」
「どうしたらいい?」
俺は慌てる。
「一番強い酒」
「え?」
「持ってきて」
「あぁ…」
barにあると思って探す。
俺はそれらしいものを見つけて持って帰る。
「あった?」
「これしかなかった」
テキーラだった。
度数は55%。
かなり高い方だと思う。
「前に聞いたことがあるの、酒は薬学上…麻酔と同じ分類だって」
「それは、そうだけど…何に使う気?」
「こうするの」
あらいはテキーラをラッパ飲みでぐぃっと行った。
「あらい!?」
「これで…少しは誤魔化せる筈」
「大丈夫なのか?」
「分からない、気持ち程度だと思う」
「そんな」
「でも、無いよりましよ」
「それは、そうかもしれないけど」
「後、酒と一緒に生理痛の薬を飲んだわ。
女の子なら大体必需品でしょ」
「な、なんのために?」
「鎮痛剤の代わりになると思って」
「なる…のか?」
「さぁね、でたとこ勝負よ」
「確証は…ないんだよな」
「そうね」
「…」
本当に大丈夫なのか?
このままいっていいか不安になる。
手が震えるし、息遣いも荒い気がした。
「ひゅんびはいいは」
あらいは自分で口にタオルを入れて喋る。
騒がないようにってことか。
あらいは覚悟は出来てる。
なら、後は俺だけか。
腹を決めた。
「よし」
ロウソクの揺れる灯りの下、
傷口の周囲を慎重に目視で確認。
かすかに銀色に光る何かを発見。
”銃弾”
そう思った。
弾丸ってのは皮膚→皮下組織→筋肉→臓器(銃弾が入る流れ)ってきいたことが。
弾丸は皮下組織と筋肉の間に弾丸がある気がした。
まるで知らない人間が家に居るかのような。
不快感がある。
ピンセットを手に持つ。
弾へはまっすぐでは届かない。
俺は呼吸を整る。
左手でそっと皮膚を左右に開く。
熱と血の湿った空気が噴き出たように感じる。
「うっ」
タオルを噛んだ口元から呻き声が漏れそうに。
あらいは必死にこらえていた。
「平気か?」
「…」
あらいは頷く。
「くそっ…」
俺はすでに、申し出たことを後悔していた。
でも、途中で止めるわけにはいかない。
「…」
あらいは心配そうに俺を見つめる。
「いくぞ」
俺はピンセットの先を彼女の肌にそっと当てる。
「…んっ」
痛みを押し殺すような声を漏らしていた。
「…」
汗で手が滑る。
…焦るな落ち着け。
俺は自分に言い聞かせる。
ピンセットを持ち直す。
弾は筋肉の中に浅く入り込んでいる。
何度か角度を変えて、深く差し込む。
「んんっ」
あらいが悶える。
俺は途中で手を止めない。
希望が見えた気がしたからだ。
出来るかもしれないと。
抵抗を感じたから。
こつんと金属同士が触れる音。
それは、ピンセットが弾丸に触れた感触だった。
俺は静かに力を加えた。
しかし、予想外の事が起きる。
抜けなかったのだ。
どうして…俺は動きを止める。
「…」
あらいは心配そうに見つめて来る。
駄目だ、止まってしまっては。
心配をかけてしまう。
俺は動くことに決めた。
「大丈夫、もう少しだから」
顔を見て声をかける。
「…」
あらいは少し安心したような顔をする。
だが、理由は何だろうと考える。
そこで気づいた。
「恐らく、体内で炎症を起こしていて…弾丸が周囲の組織と癒着してる。時間が経って…細胞が弾丸を異物と判断して、巻き込むように固めたんだ。
それが引き抜きにくくしてる原因だと思う。
それはつまり…強引にいかないと取れない可能性があるってことだ…それは酷い痛みを伴うと思う。
出来そうか?」
「…」
あらいは頷いていた。
本当に…強い女性だと思う。
言葉は貰った、後はやるだけだ。
俺はピンセットに力を加える。
それをあらいは感じ取ったのだろうか。
身体がびくんと跳ねた。
「んんんっ…」
タオルから声が漏れ出る。
「ごめんっ…」
俺は謝りながらも手を休めなかった。
ここだと確信した。
強引に引き抜く。
「んんんんんっ!?」
あらいは痛みを訴える。
それでも敵にバレてはいけないと思ってるのだろう。
口にタオルをしてて声が曇って小さく聞こえる。
しかし、予想よりも多かった。
口元から涎が垂れる。
額から汗が滴る。
背中が反り返り、血の気が引いた顔だった。
でも、その代償に俺は成し遂げた。
「出た…」
外に出た弾丸。
ロウソクの光に当てられて輝いて見えた。
ワイングラスに落とす。
すると、からんと乾杯に似た音がした。
弾丸は破損も無く綺麗な状態だった。
あらいは運が良かったって思った。
これが先端部分が割れてたり、
潰れてたりしたら内臓へのダメージが大きかったかもしれないからだ。
「…」
グラスに入った弾丸を見て、あらいは安心した顔を浮かべていた。
「後はもう大丈夫だろう。
安心してくれ」
「…」
あらいは頷く。
「圧迫止血をしよう」
内臓に損傷がある場合は逆に危険だ。
でも、放って置いたら悪化するかも。
判断する方法が無い、医者ならレントゲンとか取れるんだろうけど…俺には出来ない。
なら…賭けに出るしかないだろう。
傷口にガーゼを当て、
その上からタオルをきつく巻いた。
血が止まるまで最低5分はかかる筈。
でも、それがどれだけ長い時間に感じられたことか。
自分の声が震えているのが分かる。
でも、手だけは離さなかった。
頼む…止まってくれ…と思いながらやる。
「…」
じわっと血の気が引いていく、彼女の顔が怖い。
このまま魂が消えてしまうのではと思って。
「止まれ…止まれ…」
俺はガーゼの量を増やす。
すると、次第に血の量が確実に減っていく。
最初は真紅だった布が、
今はほとんど色を変えない。
内臓への損傷が無かったのかもしれない。
「…」
彼女の顔が穏やかになった気がした。
「ふぅ…」
手の力が抜けた。
全身の緊張が一気に崩れ落ちる。
俺はその場に座り込んだまま、
背中を壁に預ける。
脳が何かを判断する前に、
意識が深く沈んでいった。