1-1(glass angel)
夏のジメジメした感じ。
温度は30度を超えてると思う。
カラスの鳴き声。
柔らかな感触、
腐った臭い。
暗い裏路地に俺は居た。
ゴミ袋の山の中に、
俺は埋もれてる。
「おえっ」
ゴミ袋を枕代わりに
していたせいか、
口の中に謎の液体が入ってくる。
甘いような苦いような。
塩気があるような。
頭がぐちゃぐちゃになるような味だった。
なんでこんな所に。
恰好は上下スウェット。
ラフだと思う。
それ自体は良い。
だが、
気になるのは背中から生えたガラスの羽だ。
根っこが身体に繋がってるという感じではなく、少し離れてる。
手で背中を撫でるだけでは触れられないからそう感じた。
「誰?」
女の人の声だ。
誰かが近づいて来る。
見た目はボロボロのシャツ、短パン、ベレー帽、ブーツ。
そんな感じだった。
そして、俺と同じガラスの羽が生えている。
胸は控えめな方で、身長は171cmくらいだろう。
割と高いって思える。
「よぉ」
俺はゴミ袋の埋もれた状態で話しかける。
「酷い状態ね」
女の人に笑われる。
「まぁな」
「それで、貴方はどうしてそんな状態なの?」
「俺か?俺は…」
酔っぱらって転んだんだ。
そう、答えれば良かった。
だが、出なかった。
何故なら記憶が無かったからだ。
「どうしたの?」
「あぁ…いや…」
「答えにくい?」
「そうじゃない、ただ」
「ただ?」
「記憶がないんだ」
「記憶が…」
「俺は何処の誰で、いったい今まで何をしていたのか…ゴミ袋で寝てたんだから禄でもない人間であることに違いないと思うが」
「そんなことないわ」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「どうも」
そんなやりとりを行う。
「こっちからも質問していいか?」
「えぇ、構わないわ」
「そうだな、聞きたいことはいくつもある。だが、この場において最も重要なことを聞いておきたい」
「なに?」
「アンタ…俺の敵か?」
「…」
彼女は黙る。
どうしてこんな質問をしたのか。
それは、彼女の手に持ってるアサルトライフルが目に入ったからだ。
頬には乾いた血がついてる。
間違えなく暴力の香りがした。
「どうだ、答えによっちゃ、こっちの出方も変わるんだが」
「そうね、でも貴方に何が出来るかしら」
「ポケットにある銃で…」
「銃で?」
「…」
俺はポケットをまさぐる。
しかし、空っぽである。
出てくるのはホコリだけ。
「私は銃を持ってる、そしてあなたは銃が無い。その状況でどうしようって言うの?」
「精いっぱいの土下座をすれば許してくれるか?」
「ふっ・・・あははははっ」
彼女は笑う。
「へへっ」
彼女が笑って事で、
俺も気を許して同じように笑う。
「面白いわ、貴方。
そうね、敵じゃないわ」
「そう言ってくれて嬉しいね」
「今の所はね」
彼女は少し意地悪そうに笑う。
「それは怖いな」
俺は苦笑する。
「遠野あらい、年は23歳よ」
「俺はいくつに見える?」
「多分、同じくらいだと思うわ」
「じゃ、23歳だ。そういうことにしておいてくれ」
「記憶がないんですものね」
「そういうことだ」
「それじゃあ、名前が無いのは不便ね。本当の名前を思い出すまで、借りの名前をつけましょう」
「それがいい、俺の記憶は無いからな。いいものがつけれそうにない。良かったらアンタがつけてくれないか?」
「いいわ…そうね…ゴミの袋に居たからゴミ山は?」
「酷いな」
「嘘よ、冗談だわ」
「安心した」
「高坂…連」
「さっきよりはマシだ、それがいい」
「私の元恋人の名前だけどいい?」
「それは…いいのか?」
「いいのよ、どうせ元恋人だし」
「まぁ、ちゃんとした名前っぽいし。それでいいか」
恐らくだが、仮に俺が死んでも元恋人の名前だから罪悪感が無いのだろう。
全てがそうとは限らないが元恋人は大抵恨まれてると思うから。
名前にこだわりがある訳じゃないので、これでもいいかと思った。
「決まりね、それじゃあ宜しく。
レン」
「よろしくな、あらい」
俺たちは互いに握手し合う。