第七話 マリエルの映像!?
本編を完結にしたのですが、おまけのマリエルの映像編を最後まで書いたら、おまけとは言えないお話になったので、タイトルを第七話に変更しました。第十話で完結します。
新年のカウントダウンを終えたばかりの王宮の一角。
王族のみが使用するプライベートな空間で、家族と王家の影たちが新年を祝っていた。
邪気を払うようにけたたましい爆発音を響かせて、花火が絶え間なく夜空を染める。女性陣はシャンパングラスを手にバルコニーへ集まり華やかな花火を眺めている。
家族の前で黒歴史を公開された俺は、知らされた現実をいまだ受け止めきれずにいた。
――なぜ……どうして……
意味のない問いが何度も頭に浮かぶ
いつの間にか俺を縛っていた魔術のいましめは解かれていたが、俺は力なく床に横たわったままだ。
のっぽの影が労わるように俺を起き上がらせ、父上の隣へ誘導する。そこは先ほどまで母上が座っていた席だ。
父の隣に腰を下ろした俺の頭にふとっちょの影がファサっと布をかけた。
戦いに敗れた拳闘士のように、俺は真っ白に燃え尽きていた。衝撃が大きすぎて、いまだに感情が麻痺したようになっている……
父上が俺の前にウイスキーのグラスをコトリと置いた。
「ザキヤマの55年物だ。男には強い酒を飲まなきゃ乗り越えられない夜がある……」父が俺の背中をそっと叩いた。
父上はバルコニーではしゃぐ女性陣たちにチラリと目をやって言葉をつぐ。
「アリアを恨むなよ……本来ならお前は問答無用で離宮に追いやられてもおかしくなかった。それをアリアが『本人に反省を促すから離宮行きはやめてほしい』と止めてくれたんだ……」
(——離宮行きは幽閉と同じだ。映像をみなければ俺は真実を知らないまま、何を聞かされても信じず、ただ周りを恨んで生涯離宮でくすぶっていただろう……)
俺は何も言えないまま、ウイスキーをちびりと飲んだ。初めて飲んだウイスキーの味を俺は一生忘れないだろう。
父上とふたり、しんみりとしていると、かしましい声が近づいてきた。
いつの間にか花火が終わり、女性陣が戻ってきた。十歳のジョージは眠い目をこすりながら影と一緒に部屋を出ていき、母上はイブ姉さまの隣に腰を下ろした。
そしてアリア姉さまが、ふたたびパチンと手を叩き皆の注目を集めた。
「実は……新年のお祝いがわりにもうひとつ動画があるんです」
——は?
「題して『バカ王子と婚約破棄して、隣国の王太子をゲットするぞ♡~マリエルの恋の軌跡~』です!」
——はああああああ???
どういうことかと腰を浮かせた俺の二の腕を、父上がガシッとつかんで、無言でふるふると首を振った。
父の目が訴えていた。
女性陣に逆らわないほうがいいと……
俺は口をつぐんで、すとんと腰をおろす。
背筋に冷たいものがたらりと流れ、胃の腑をぎゅっと握られたような心地がした。
自分の映像だけでも精神が消耗しているのに……まだある……のか……?
……まさか……あの堅物のマリエルが裏で浮気していたとか?
混乱する俺をよそに、無情にも新年の上映会が幕を開けたのだった——
◇
明るく爽やかなBGMが流れて、ピンクの花びらが舞う学園の風景が映し出される。
そこへタイトルが流れた。
——『バカ王子と婚約破棄して、隣国の王太子をゲットするぞ♡♡♡~マリエルの恋の軌跡~』
やっぱりタイトルがクソダサい。いったい誰のセンスなんだよ。
アリア姉さまがシャンパンを掲げて、ちらっと俺に目線を送った。
「ちなみに、こちらはただの余興よ。私もまだ見ていないから楽しみだわ。何か聞きたいことがあれば撮影担当の影にきいてちょうだい」
聞きたいこと?いや俺には疑問しかない——
ここ最近のマリエルは、顔を合わせれば文句しか言わない嫌味な女だった。あの堅物のマリエルが誰かに恋をしていたというのか?
しかし、改めて見ると、入学当時のマリエルは可愛らしい完璧な淑女だった。成績優秀で非の打ちどころがない立ち居振る舞い。朗らかに友人と笑いあい、勉学に励み、学園生活を楽しむ等身大のマリエルの姿があった。
こんな彼女の姿を、俺はずっと見ていなかった……
◇
暖かい日差しが降り注ぐ新緑の並木道をとおって、図書館へ通うマリエルが映し出される。
図書館へ向かう途中、マリエルは足を止めて演武場をじっと眺めていた。視線の先では、十数人の生徒たちが剣術の稽古をしている。
春の陽気にあてられて上半身が裸の生徒もちらほらいる。マリエルが熱心に眺めている男子生徒は、薄手のシャツの胸元を大きく開き、対戦相手と激しく打ち合っていた。
「あれは誰なの?」イブ姉さまが問いかけると影が答えた。
「あれは、トラン王国の第二王子イザーク様とその側近の方です。隣国は熾烈な後継者争いで荒れていて、王子は安全のために身分を隠して留学していると聞いています」
激しく剣を交わす王子と側近が大きく映し出された。
イザーク王子は鍛え上げられた長身で精悍な顔立ちの美丈夫だ。俺よりひとまわりは大きいのではないだろうか……
がっしりとした筋肉質な体から繰り出される剣撃はかなり重そうだ。
——イザーク王子はかなり腕がたつようだな
——隣国は修羅の国ですからね
——強くないと生き残れないらしいですね
武に通じた影からみてもイザーク王子は相当な腕前のようだ。
眺めているうちに被写体がどんどん大きくなる。
二人の剣技を映していた画面がぐぐぐっと被写体に寄って、王子の全身、上半身、そして胸筋へ——
いまや、画面はイザーク王子のたくましい胸板でいっぱいだ。ムキムキしている。しっとりと汗に濡れた肌の質感までもがわかる。
「きゃー」
「きゃー」
母上とイブ姉さまが黄色い歓声をあげた。
「ちょっ、画角、画角ー!」
アリア姉さまも野次をとばす。
——てか、撮影者だれよ
——はーい 王子筋さいこーですよね
——王子を細菌みたく呼ぶな
カメラワークはずっと筋肉を追っている。もりもりと動く筋肉。きゅっと引き締まった臀部。
たくましい胸筋がちら見えするたびに、イブ姉さまが頬を染めてきゃあきゃあ言う。
いや、ちがう。顔が赤いのはただ酒に酔っているだけか……
両手で顔を覆っているのに指の間からガッツリ見ているからな。ちなみに母上もまったく同じ状態だ。
汗にぬれた薄いシャツが浅黒い肌に張りつき、胸筋のかたちを浮かび上がらせる。
激しい剣技を(ちょいちょい筋肉のドアップを)姉さまたちは、食い入るように見つめている。
側近の攻撃を紙一重で鮮やかにかわして、ついにイザーク王子が側近の首元に剣を当てた。
メガネの側近が肩を落とし、イケメン二人はハァハァと荒い息をしながら手を取った。
「きゃああああ」
「イザーク様ぁあああ!」
母上たちは大興奮だ。
影のひとりが白けた声で言う
——おまえ、完全に趣味で撮影してないか?
——ちがいますよぉぉ 私の推しは側近のメガネ氏ですよ。メインで王子筋を撮ってますので、断じて趣味ではありませんっ!
——お前が撮るべきはマリエル様だろっっ!!
「ところで、マリエルはどこなのよ?」
イケメンの筋肉を愛でていたイブ姉さまが問う。
画面がパンしてマリエルが先ほどいた方角にゆっくりと視点が移る…………と、かなりの至近距離にマリエルの顔が映った。
画面の中のマリエルと目が合うほどのドアップで、映像が一瞬びくっと揺れた。
『撮影、ご苦労様です』マリエルが一声かけて去っていった…………
——おいっ
——ばればれやんけ
責められた撮影担当の影が情けない声をだす。
「だって、マリエル様ものすごく目ざといんですよ~。隠密の魔術をつかっていても、すぐに見つけられちゃうんですよ~」
——だめじゃん
——お前ね……
——査定マイナスだぞ
「それにあの王子様もですよ……隠密状態で近づくと恐ろしい殺気をとばしてきて怖いんですよ~」
——あー、トランは後継者争いが激しかったからなぁ
——暗殺は日常茶飯事らしいぜ
——あの王子は俺でも厳しいな
——マリエル様この時から王子を狙ってたんっすかね
——狙っていたかはわかりませんが、確実に筋肉を見に通ってました! 同志にはわかります!!
(新年の上映会……俺が思っていたのと方向性が違う……)
父上は、筋肉に頬を染める母上を見て、おのれの平たい胸筋を確かめ、虚無の表情をしていた——
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