第六話 宴のあと
すっかり夜も更けて、もうすぐ新年の花火があがるんじゃないだろうか……
黒歴史上映会と銘打たれたこの会場は、すっかり酔っぱらいの集まりと化し、変な熱気に包まれている。
そして、第一王子の俺は、魔術でぐるぐる巻きにしばられ、口を封じられ、床に転がっていた。
数々の精神攻撃で俺はもう疲労困憊だった。弟のジョージが眠っているのだけが救いだ。
アリア姉さまがしゃっくりしながら画面を指さした。
「ひぃっく。大丈夫よ、お母様。真実を知れば、エロワードだって、若気のいたりなんて言わないわ。己の過ちを海より深く反省するから」
父上に詰め寄っていた母上が「お酒!」とグラスを突き出した。
「ひぃっく。そろそろ、バカの目を覚ます時間よ」姉さまが宣言した。
——これ以上、何があるって言うんだ
初めての情事から性癖まで、何からなにまでを家族に見られて俺の精神状態はぼろぼろだ。フランとの情事は全て暴かれた。
これ以上の映像なんて無いはずだ。
そうだ。絶対に、これ以上の衝撃映像なんてあるはずない。
そう考えた俺は甘かった
甘ちゃんだった
◇
BGMが流れ、学園の倉庫のような場所が映し出された。
「☆真実の愛☆☆彡」ダサいタイトルロールが表示され、フランが扉をあけて薄暗い室内に中に入っていく。
——どこだ、俺はこんな場所に行ったことはない
次の瞬間、俺はあごが抜けるほどの衝撃を受けた。
倉庫の奥におかれたマットレスの上に側近のイクスが座っていた。フランがみずから下着を脱いでイクスの前に歩み寄る。
イクスはフランの腰をぐいっと強引に抱き寄せるとスカートに手を入れた。
んっ……とフランが小さくあえぐ。
「さっきまで、やってたんだろ」
「ええ、エドワード殿下とね」
「フランは殿下を好きじゃないのか」
「好きよ」
「じゃあなんで俺のとこにくるんだよ」
「だって、ぜんぜんよくないんだもん。もの足りないのよ」
俺の時と同じように音声が途絶えて、肌が見えている部分には白くモザイクがかかったが、彼らが何をしているのかはハッキリわかった。
フランの様子は俺としている時とはまったく違った。
みずから腰をふり、激しく乱れていた。フランとイクスは体位を変えて何度も交わっていた。
(……そんな……これがフランの本性なのか……)
——これだけで終わりじゃないわよ
アリア姉さまの声が遠く現実じゃないように聞こえた。頭がぐらぐらする
映像の音楽が変わる。
——ここは……どこかの教室か?
窓枠につかまったフランのスカートをまくって、見知らぬ黒髪の男子生徒が腰を振っていた。
——イクスじゃない
また、音楽が変わる。
——知らず知らずのうちに俺の目から水が流れていた。
もう、見たくない……だが映像は否応なく続いた
こんどは保健室。カーテンを引いたベッドにもぐりこむフランと赤髪の生徒。
そして再び倉庫に消えるイクスとフラン。映像はフラッシュバックのようにぱっ、ぱっと切り替わり、フランが複数の男子生徒と関係をもっている様子が映った。
——どうして
俺にみせていた顔は何だったんだ。
あの愛らしい。純真なフランはいったい——
裏庭の光景が映し出される。
壁際に立つフランに、見知らぬ令嬢たちが数人で詰め寄っていた。
「このあばずれっ」一人の令嬢がどんっとフランの肩を押す。
「学園は娼婦がいる場所じゃないわ」
「婚約者のいる男性に色仕掛けをするのはやめてっ。男爵家には抗議するわっっ」
激高する令嬢の後ろにはハンカチを握りしめて泣いている令嬢がいる。
フランが俺には見せたことがない意地汚い顔で、泣いている令嬢たちをせせら笑った。
「あなたたちが婚約者に愛されないのは魅力がないからよ。私に文句をいうのはお門ちがいだわ。私はエドワード様の寵愛を受けているのよ。私に何かしたらエディが黙っていないわ。ふふふっ」
——俺は目の前が真っ暗になった
酔っぱらった影たちや家族がやいやい言っている言葉がまったく耳に入ってこない。
頭がぐらぐらして立っていたら膝から倒れそうだった。だが、すでに床に転がされているお陰で崩れ落ちずにすんだ。
——俺は……俺はいったい何を見ていたんだ。
ここまで見た映像の記憶が、走馬灯のように脳裏をめぐる。
フランが言われたという言葉。
『人の婚約者に色目を使うのはやめろって』
『害にしかならないって』
マリエルが心配していた……
『目を覚まして。自分でも調べて』
もしかしてフランは公爵令嬢のマリエルにもこんな態度をとっていたのか? こんなの……男爵家ごと消されてもおかしくない。
噴水に教科書を落とすなんて赤子レベルの報復ですむわけがない……
それに、フランの口ぶり。
フランが俺や他の男と情を交わしているのを、誰もが知っていたのか……
俺は床に転がされたまま、己の所業をかえりみて吐き気がしてきた。
なのに——
無情にも、記録玉から聖夜の音楽が流れてきた……
舞踏会の会場が映し出された。
◇
もうろうとした頭にアリア姉さまの声が聞こえた。
「なんだか可哀想になってきちゃった。ノリで編集しちゃったんだけど……」
姉さまが捨てられた子犬を見る目になってる。
もう俺はどん底で声を出す気力もなかった。
聖夜の音楽をききながら、流れる涙が止まらなかった。
◇
『エドワード殿下のご入場です!』
正装姿の俺と豪華なドレス姿の男爵令嬢フランが登場する。
会場がざわめく。いっせいに視線が集まる。
(俺は心の中で叫んだ。やめろ。言うな。こんな場所でやらかすんじゃない)
『マリエル! お前との婚約は今日をもって破棄する』
ざわめく会場の様子をみて俺は思う。
ああ、今ならわかる。俺がどんな目で見られていたのか。なんて馬鹿なんだ。
涙がほろほろと頬をつたった。
——あああ
——やっちゃった
——せめて当事者だけで話せばなんとかなったのにな
——それな
『そうですか。今後のことは陛下と父とで話し合ってもらいましょう。では、失礼いたしますわ』
あっさり話を終わらせて、さっさと出ていこうとするマリエルを、俺は慌てて引き止めた。
『いやいやいや、ちょっと待て。おい、マリエル待てって!』
『なんでしょうか? まだなにか?』
『理由が気にならないのか!?』
——聞くまでもないですよねぇ
——情事におぼれているのは全校生徒が知ってますし
——殿下がフラン嬢に貢いでいるのも知ってますし
——そんな男と結婚したい女いませんし
——しかもせっくす下手
ぐふっ……
涙がとまらない……
ふぅっうっ……ふぐっ……
『あら、理由だなんて。殿下がふしだらな令嬢にたぶらかされていることを知らない者はいませんわ』
——そうねそうね
——みんな知っているしぃ
『たぶらかされているとはなんだ。俺たちは真実の愛で結ばれているんだぞ!』
——ぶふっ
——でたー!
——真実の愛だって。プークスクス
『醜い嫉妬でフランを侮辱するな! 彼女はゆくゆくは王妃になる女性だ!』
(ああああ、やめろ。俺。誰とでも寝る女が王妃になどなれるはずないだろ)
——王妃って
——斬新!
——ゆくゆくは娼婦になる女性だぞっ
——ぶはっ
影たちがやいのやいの騒いでいる。
もう俺の耳には何も入ってこない。
俺は俺はいったい。何をしてしまったんだ。
……ふぐっぅ
えぐっ……ふぅっ……
『茶番はおふたりだけでやってくださる? 続きは陛下が戻られてから話し合いましょう』
(背の高い令息がマリエルの手をとった。彼は隣国の正装をしている。あれは……なぜ気づかなかったんだ。あれは……トラン王国の正装、トランの王子じゃないか——)
マリエルは輝くばかりの笑顔で、トランの王子に寄り添い、優雅にダンスを披露した。
曲が終わり、ふたりは見つめあい微笑みあって手をとると、気品を感じさせる完璧な所作で挨拶をかわした。
王子の手をとったままマリエルが顔をあげて正面を見た。一瞬、画面越しに目が合ったと思うほど真っ直ぐにこちらをみて、マリエルと王子は華麗に挨拶をした。
麗しい二人に見惚れて動きをとめていた生徒たちから歓声があがった。
拍手と称賛の声に包まれる二人を背景に映像の下のほうからクレジットがあがってきた。
——完——
終わった————
余韻にひたる暇もなく、ぱっと部屋の灯りがともる。
ふと見るといつの間にか、ジョージも目を覚ましていた。姉さまが声をあげる。
「さあ、みなさま、シャンパンの用意はいいかしら。
新年のカウントダウンいくわよ!」
じゅう
きゅう
はち
なな
ろく
ご
よん
さん
にい
いち
ぜろーーーー!
「「「ハッピーニューイヤー!」」」
突然、激しい爆発音のようなものが響いて、光がまたたいた。パーン、ドーン、ドドーンと艶やかな花火が夜空を彩る。
新年だ————
——やっと、終わった。
ようやく、ようやく……終わったのだ。
俺の人生も同時に終わってしまったかもしれないが、とにかく上映会は終わった。
俺は新年を祝う気持ちになどなれず、屍のように横たわっていた。脳裏には、この数時間で見た衝撃的な場面が花火のように瞬いていた。
☆おしまい☆彡
————————おまけ————————
新年のあいさつの後、アリア姉さまが手を打ち鳴らした。
「実は、新年を祝う動画もあるのです」
——は?何言ってんだ姉さま
「題して『バカ王子と婚約破棄して、隣国の王太子をゲットするぞ♡~マリエルの恋の軌跡~』です!」
——はあああああああああ?
ハッピーニューイヤー!!
紅白歌合戦に後ろ髪ひかれながらも、必死で年内に完結させました。
年明けは、おまけのマリエル編を投稿します。